【大企業は自社を顧客目線で語れているか?】 経営戦略×オープンイノベーション
「オープンイノベーション」という言葉はビジネスの現場でも頻繁に語られるようになり、企業同士の出会いも生まれつつある。しかし、出会うだけがオープンイノベーションではない。そこから企業同士がシナジーを発揮し、これまでにない価値ある事業を生み出さなければ、オープンイノベーションとは言えないだろう。ただのバズワードで終わらせるのではなく、自社の経営戦略にいかにしてオープンイノベーションを紐付けるのか?――そのためのヒントを得る場として、eiiconでは、「経営戦略×OI(オープンイノベーション)」をテーマにしたイベントを開催した(2/12 BASE Qにて)。
同イベントでは、大企業のオープンイノベーションや新規事業の立ち上げを支援する、サムライインキュベートの長野英章氏、三井不動産 BASE Q運営責任者の光村圭一郎氏、eiicon company代表の中村亜由子が活発に議論を交わし、経営戦略とオープンイノベーションの関係性や新規事業創出に関する考え方などが紹介された。
イベント冒頭では、サムライインキュベート・長野氏が登壇。 自身の経験から事業創造フレームワークを開発し、大企業のオープンイノベーション支援、新規事業の立ち上げ伴走支援などに従事している長野氏による講演内容から紹介していきたい。
<登壇者>
▲株式会社サムライインキュベート 共同経営パートナー Chief Strategy Officer 長野英章氏
2010年グルーポン・ジャパン入社。2011年Rocket Internetの旅行系C2C事業Wimduの日本創業チームの立ち上げマネージャーとして、事業開発からPRまでを実施。同年、ダイマーズラボ株式会社を創業。2015年、オプトホールディングとダイマーズラボ株式会社の共同で、新規事業の量産に特化した新会社「オプトインキュベート」を設立し、代表取締役COO就任。2017年、株式会社サムライインキュベートに共同経営パートナー Chief Strategy Officerとして参画。事業創造フレームワークを開発し、大企業のオープンイノベーション支援、新規事業の立ち上げ伴走支援等に従事している。
▲三井不動産株式会社 BASE Q 運営責任者 光村圭一郎氏
出版社勤務を経て2007年三井不動産入社。オフィスビルの開発、プロパティマネジメントの経験を経て、新規事業開発に携わる。2015年、自ら志願してオープンイノベーションの実践部門であるベンチャー共創事業部の立ち上げに関わり異動。2018年5月、東京ミッドタウン日比谷に「BASE Q」をオープンさせ、大企業のオープンイノベーションと新規事業開発を支援するプログラムを提供している。
▲【モデレーター】 eiicon company 代表/founder 中村亜由子
自社を「顧客目線」で語ることの重要性。
長野氏は「なぜ今なのか」「ポートフォリオ」「組織構造」「ノウハウ」を切り口にオープンイノベーションについて解説した。クローズドイノベーションと比較し、オープンイノベーションを研究開発から製品化、改良・成長までを外部との連携も視野に入れることで、「特に顧客視点で最適化すること」と強調した。
国内では2013~14年を境に隆盛しているが、その背景にはAI、IoT、VR、ドローンなどテクノロジーの乱立があるという。「大企業が自社ですべてのテクノロジーを網羅するのはほぼ不可能」であるため、外部に頼る、つまり、オープンイノベーションが必要になった。また、長野氏はオープンイノベーションの領域を、市場と製品の組み合わせであると示し、すなわち、【既存市場×既存製品】、【既存市場×新製品】、【新市場×既存製品】、【新市場×新製品】の4つのポートフォリオがあると伝えた。
このうち、【新市場×新製品】のアセットのない飛び地で、数十億円の累積赤字が必要になると解説。このため、「PLでコミットしている上場企業などは、アセットがあり短期で黒字化の期待できる領域で新規事業を手がけるが現実的ではないか」と言う。また、オープンイノベーションが前提ではなく、「自社で内製化し、Capability構築が可能な範囲は自社で努力した上で、外部に頼る必要がある部分をOpen Innovation化する方がいい」と語った。
長野氏は、大企業によくあることとして、「自社を顧客で語っていない」と強調。例えば、カメラ会社は、顧客目線では「人の記憶を保存する会社」だが、社員の方々に聞くとほぼ必ず「カメラメーカー」と答え、前提に縛られた形でイノベーションを考える傾向があり、独自性の高い価値創造に繋がらない事が問題と伝えた。これに関し、続けて光村氏、モデレーターに中村氏を交え、ディスカッションを行った。その模様について、以下に紹介していく。
経営層が切実な危機感を持てば、オープンイノベーションは当然の選択。
三井不動産・光村氏 : 「大企業は自社を顧客体験を起点で語っていない」という長野さんの指摘はその通りだと思います。自社(三井不動産)のことで言うと、建物を建てる会社と捉えていては通用しません。「都市生活をトータルでデザインする会社」と見る必要があります。
話をオープンイノベーションに引き寄せると、既存のビジネスモデルが継続している時代においては、大企業は大学やベンチャーから「技術を買う」という意識でした。その技術を、既存のビジネスモデルに取り込み、商品を発展させるだけでよかった。しかし、ビジネスモデルの本質的な変革を求められいる現在は、「未来の仮説を取り込む」という意識が必要です。社会の変化を見据えた不確かな仮説を作り、行動するのは、大企業が最も苦手とし、ベンチャー企業が得意とするところです。そのために今、オープンイノベーションが必要であると考えています。
eiicon・中村 : 現状、オープンイノベーションがうまくいっていないという声をよく聞きますが、その要因は経営層や社内の技術者が、オープンイノベーションの必要性を認めていないことに集約できると思っています。結局のところ、企業価値の向上とオープンイノベーションが結びつけられていません。大企業ではよくあることだと思いますが、サポートを進める中で、お二人はどのように解決されているでしょうか。
三井不動産・光村氏 : オープンイノベーションの本質は、自社に必要とされながら持っていないものを、自分で作るよりも早く外部から取り入れるためにある、と言えます。その「自社にはない」という切実感をどれだけ共有できているかが、成否を左右しているのではないでしょうか。
例えば、あるベンチャーが先駆的な技術を開発し、小さいながらも売上を立てていたとしましょう。大企業の人は、自社の技術者なら2年後には同等以上の技術が開発できると考えがち。しかし、2年も待てるほど社会の変化はのんびりしていないわけです。そうした状況に直面した時、先行しているベンチャーの優秀さを認め、自社に取り入れることの必然性を認識しなければいけません。それができない限りは、オープンイノベーションがうまくいくことはありません。
サムライ・長野氏 : 大企業はどうしても主語を自社にしがちです。でも、顧客は新しいサービスや商品を提供するのは誰でもいいと思っています。その点を考える必要性を伝えています。
三井不動産・光村氏 : 経営陣がコミットできるか否かは、やはり危機感に尽きると思います。それも、詳細で具体的な未来予測に基づく危機感です。例えば、「不動産業はいつかなくなる」程度では意味がありません。具体的にどんな技術がいつ業界を破壊してしまうのかなど、「手触り」のある言葉に落とし込み、行動計画に落とし込むことができていないと、危機感は生まれないでしょう。
経営層は実は情報を求めている。
eiicon・中村 : では次に「スタートアップと大手の経営戦略」をテーマにしたいと思います。大手とスタートアップはまったく別の物だと考えますが、この点お二人はどう捉えているでしょうか。経営戦略はどのように違ってきますか。
サムライ・長野氏 : スタートアップの場合は、ステージによって経営戦略が大きく異なります。事業を立ち上げた段階では、経営戦略をほとんど意識していないはずです。100人規模の組織になり、上場を目指す段階になって、経営戦略を意識し始めるでしょう。一方で、オープンイノベーションを前提に事業の拡大を目指している場合は、早くから経営戦略を考えているケースが多い印象です。
eiicon・中村 : 業界を変革させようと考えているスタートアップは、早くから経営戦略を練っているということでしょうか。
サムライ・長野氏 : そうですね。ただ、肌感覚ですが、スタートアップの多くは業界を壊そうと考えているのではなく、単に顧客に新しい価値を提供したいだけです。あくまで結果的には業界の破壊につながったということでしょう。
三井不動産・光村氏 : 経営戦略について言えば、大企業側はもはやオープンイノベーションなしに生き残ることは不可能です。そして、オープンイノベーションを軸に大企業とスタートアップの関係性を語るなら、大企業が教えを請う側となります。「スタートアップがオープンイノベーションを望むなら、大企業は手を組ませてもらえる」くらいに考えるのが適切です。
eiicon・中村 : 大企業はここ数十年、リスクを取る選択をせず、既存事業のみに注力してきました。チャレンジができない、オープンイノベーションに取り組めない、ということが起こっています。
三井不動産・光村氏 : はい。ただ、経営者個人も望んで今の状況に陥っているのではないと思います。問題は、経営層に現場の情報が伝わりにくい組織や制度にあります。
eiicon・中村 : 情報の格差をなくすため、経営陣に知ってほしい情報を勝手にメールで送りつける、という泥臭い手法を取っている方もいらっしゃいます(笑)。
サムライ・長野氏 : 経営陣については、私自身が勘違いをしていたこともありました。ある会社の役員とお会いする時、「ウチの役員は通りにくい人です」と言われてお会いしたんですが、ストレートに話を投げると、即「やろう」で決まったことがあります。現場は目を丸くしていましたが、おそらくその会社内で「空想の役員」を一般論から作り上げていたのだと思います。
目的のないオープンイノベーション、アクセラレータープログラムは不要。
eiicon・中村 : 「どんな経営戦略のとき、オープンイノベーションをすべきか」という話をしたいのですが、これは先ほど長野さんが、市場と製品の組み合わせ4事象を示してくれましたね。
三井不動産・光村氏 : その中で一つ長野さんに伺いたいのですが、【新市場×新製品】でオープンイノベーションは不適とありましたが、むしろベンチャーが世界を作ろうとしているのか知るためにも、積極的に取り組むべきだと考えています。いかがでしょうか?
サムライ・長野氏 : そうですね。「情報を取りにいく」という意味では、積極的に乗り出すべきだと思います。というのも、本当に飛び地、つまり製品としても市場としても新規かは不明なことが多いからです。
三井不動産・光村氏 : 新規の市場を創出するといっても、ビジネスモデルを作るというのは大企業が苦手なところだと思います。どのように克服したらいいのでしょうか。
サムライ・長野氏 : 素直に「ウチのアセットで何ができるでしょう」とベンチャーに聞くしかないと思います。
三井不動産・光村氏 : その場合、アセットがアクセシブルである必要がありますね。アクセラレータープログラムでも、アセットがあります、使えますと打ち出しておきながら、結局使えない事態も増えています。
サムライ・長野氏 : アセットは企業にとって財産ですので、アクセシブル化は簡単ではありません。それにも関わらず、あたかも利用可能なように見せるのは、プログラムの失敗につながります。実際、イベントで終わっていることが少なくありません。
三井不動産・光村氏 : 明確な目的を持たず、応募だけ集めて喜ぶというプログラムは、そろそろ止めたほうがいいでしょう。オープンイノベーションに目を向けないと自社がなくなる、くらいの真剣さが今は求められている。そうした認識が絶対に必要です。
取材後記
オープンイノベーションはもはや取り入れるべき方法論か否かというものでない。いかに上手く運用していくか、という点が重要になってきている。自社とは無関係というスタンスではこれから先立ち行かなくなるだろう。登壇者からはそんな思いがひしひしと伝わってきた。国内の大企業はグローバルでの競争力が落ちていると言われている。世界ではスタートアップが国を代表する企業へと成長することも少なくないが、日本では大企業がマーケットを牽引することが求められる。オープンイノベーションを巧みに取り入れながら、大きな変革を遂げ、確かな成長を続けてほしい。
(構成:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)