【クレディセゾン×資生堂×アリババ】次の時代を勝ち抜くための大企業のオープンイノベーション戦略とは?
変化の激しいこれからの時代、スタートアップといかにオープンイノベーションを起こしていくかが、大企業に課せられた命題だと言える。しかし、規模も違えば文化も違うスタートアップと、大企業はどのように付き合っていけばいいのだろうか。
そのような疑問をテーマにしたパネルディスカッションが、2019年11月28日に開催された「スタートアップワールドカップ2020東京予選」にて行われた。スタートアップワールドカップはグローバルに投資を行う「ペガサステックベンチャーズ」が主催するピッチイベント。2020年6月に開催される世界大会で1位に輝いたスタートアップは、1億円の投資を受けられる。
日本代表を決める東京予選ではスタートアップによるピッチの前に、“大手企業のイノベーション、スタートアップとの協業の必要性”をテーマにした大企業の経営陣によるディスカッションが行われた。法政大学大学院の教授を務める米倉誠一郎氏をモデレーターに迎え、クレディセゾンの林野宏氏、資生堂の島谷庸一氏、アリババの香山誠氏がパネリストとして登壇。本記事では3社が語ったそれぞれのオープンイノベーション戦略についてお届けする。
「伝統」「歴史」のイメージを覆す。老舗大企業のオープンイノベーション
ディスカッションの冒頭で米倉氏は次のように述べた。
米倉「日本はこの20年間、GDPがほとんど変わっていません。海外に目を向ければ、成長している国は大企業とスタートアップがうまく噛み合って成長してきました。日本もそろそろやり方を変えてオープンイノベーションを進めていく必要があるでしょう。今日はオープンイノベーションに積極的な大企業に、どのような取り組みを行っているのか話を聞いてみたいと思います。」
米倉氏がまず話を伺ったのはクレディセゾンのCEOである林野氏だ。今や多くのスタートアップに投資を行うクレディセゾンだが、オープンイノベーションに取り組んだ当初は何から始めればいいかも分からなかったと言う。そのような状況の中で林野氏は、知り合いのIT企業の経営者に話を聞きながら、徐々に業界のネットワークを作り上げてきたようだ。そしてスタートアップにとって、クレディセゾンと協業するメリットについて続けた。
林野「スタートアップの経営者が誰しも困るのは集客です。その点、私たちは3,700万人の顧客、それも決済権のある顧客を持っているのですから、スタートアップには魅力的に映るでしょう。そのため、今でも多くのスタートアップが私たちのもとを訪れてくれます。私たちも彼らが何をしようとしているのか耳を傾け、様々な分野でシナジーを実現してきました。」
日本を代表する大企業の資生堂もオープンイノベーションに積極的だ。創業147年の老舗は伝統や歴史というイメージを強く持たれているが、5年ほど前から自前主義を脱し前向きに協業していると島谷氏は語った。今ではアメリカやヨーロッパにイノベーションセンターを設立し、グローバルなオープンイノベーションを図っている。
始めは研究開発系のスタートアップとの連携が多かったようだが、最近ではデジタル系スタートアップとの協業も進めているようだ。世界中で起きている「パーソナライズ」のニーズに対応するには、スマホで肌の具合をチェックする技術なども必要だからだ。そしてデジタル領域に強いアメリカに開発拠点を移すほど、デジタル領域に注力していると語った。しかし、地域によって強みのある分野が異なるため、それぞれの地域の特性を生かしているとも続ける。
島谷「例えば日本の化粧品は世界中で評判が高いです。それは化粧品の“機能的な価値”だけでなく、使用感やパッケージデザインという“感性的な価値”も含めて。日本の化粧品は感性的な価値を大事にしている上に、品質のよさが強みです。そのため国内ではマテリアル(素材)系のスタートアップと組むことが多いですね。
一方でヨーロッパが強いのはフレグランスです。ヨーロッパでは生活習慣としてフレグランスを使うため、もはや文化になっているのです。そのようにアメリカはテクノロジー、日本はスキンケア、ヨーロッパはフレグランスといった風に各地域の強い領域のスタートアップと協業しています。」
年間数十社を買収。中国の巨人は今なお巨大化を続けている
米倉氏が続けて話を聞いたのは中国の「ITの巨人」であるアリババの香山氏だ。米倉氏がまず気になったのは、スタートアップワールドカップの少し前にあった「ダブルイレブン」での売上げだ。中国は11月11日を「独身の日」として、独身者が集まってパーティーを開いたりプレゼント交換をするイベントが広がっている。そこに目をつけたアリババは、2009年から毎年独身の日に大規模なセールを行っているのだ。
香山氏は2019年の「ダブルイレブン」1日の売上げを4.16兆円と答えた。楽天の年間の売上げが3.4兆円であることを考えればアリババが「巨人」と評されるのも納得がいくだろう。続けて米倉氏が話を掘り下げたのが、アリババが提供するQRコード決済サービス「アリペイ」について。今や中国では2人に1人が利用していると言われるアリペイだが、その強さについて香山氏は続けた。
香山「もともと中国のキャッシュレスはクレジットカードの“銀嶺”が主流で、500万以上の店舗で利用されていました。しかし、銀嶺の手数料が1%以上なのに対し、私たちのアリペイは1%以下です。私たちの後にテンセントが“Wechat Pay”をリリースしてからは、さらに手数料が下がりました。手数料が増えれば導入すれば店舗も増えますし、使える店が増えたことでユーザーも増えてきました。」
米倉氏が「アリペイ」に特に凄さを感じているのは、アリペイの中で使える芝麻信用(ジーマ信用)があるからだ。アリペイはショッピングだけでなく、公共料金の支払など様々な決済シーンで使われており、その支払状況に応じて個人の信用が「ジーマポイント」として評価されていく。そのためアリババは、ユーザーの資産情報について細かいデータを保有しているのだ。
香山「過去には2000万円クラスのスポーツカー100台を、ものの10数秒で完売させたこともあります。アリペイユーザー10数億人の中から、数億円以上の資産を持っているユーザーを抽出してマーケティングができるアリババならではだと思います。中国社会ではジーマポイントがとても浸透していて、600点以下だと合コンで口も聞いてもらえないそうです。」
他社には真似のできないマーケティングを展開するアリババは、オープンイノベーションにも積極的だ。今でも自らイノベーションを起こす存在であり続けるために、中国では物流やAIなど幅広い分野で年間数十件の買収を繰り返している。「巨人」と呼ばれるアリババでさえ、誰が勝者になるか分からない戦いが中国では繰り広げられているようだ。
そんなアリババは日本では資生堂との協業を進めている。資生堂は日本で初めてアリババのビッグデータを活用したようだ。今では一緒に製品開発まで行っているという。しかし、日本のスタートアップと組んだことはこれまでになく、香山氏はどんなスタートアップであればオープンイノベーションを考えているのか続けた。
香山「化粧品でもアパレルでも、魅力的な消費財を持っているスタートアップとはぜひ組みたいですね。特に世界展開の第一歩として、まずはアジアで勝ちたいと思っているスタートアップであればいい協業ができると思います。」
「資金獲得だけじゃ意味がない」国内法人だから教えられる日本市場での勝ち方
アリババのスケールの大きな話に負けじと、クレディセゾンの林野氏も自社と組むメリットについて語った。クレディセゾンの一番の強みは、これまで培ってきた顧客を育てる力だと言う。これまで二人三脚で顧客のビジネスを成長させてきたクレディセゾンには、日本でビジネスを成功させるノウハウがあるようだ。
頭のいい起業家ほど素晴らしい商品を開発するが、概して商売は苦手だと林野氏は続ける。時にはお客さんに頭を下げるなど日本式の商売をしなければ日本では成功できない。そのような細かいポイントのサポートは、外資では真似のできないことだ。林野氏は日本でビジネスを成功させるために、何が大事か考えてほしいと訴えかけた。
林野「大きな会社と組めば、多額の資金を調達できるかもしれませんが、お金を獲得するだけではビジネスを成功させることはできません。私たちに相談してもらえば、資金以外でも様々な可能性を提案できるはずです。」
日本の市場に合わせたサポートを行っているクレディセゾンとは対象的に、資生堂はグローバルなオープンイノベーションを展開している。30年も前にハーバード大学と共同でボストンに皮膚科学の研究所を開設し、日本と研究者を送り合っていると言うのだ。日本でオープンイノベーションという言葉が使われるずっと前から外部と提携した資生堂からすれば、「日本は言葉ばかりが先行している」と語った。
ディスカッションの最後に米倉氏が3名に、来場した起業家へのメッセージを求めると、それぞれ次のような言葉を残した。
林野「自由に考えて自由にやることが大切です。学校の教育通りに生きるのではなく、むしろそれを否定するように自由に生きてください。」
島谷「失敗を恐れる気持ちをなくして挑戦してください。失敗こそが自分を成長させてくれるのですから。また、今の日本は理系の人が少なくなりましたが、それが国力にどう影響するのか心配です。私自身も理系出身ですが、これからテクノロジー分野のビジネスが盛り上がっていくと思うので、科学者の方には頑張ってほしいと思います。」
香山「諦めずに最後までやり通すことが重要です。資金的に追い込まれて、あと数ヶ月で会社が潰れるという時こそいいアイディアが生まれるものです。むしろ最初に立てた計画通りに成功している会社なんてありません。最後まで必死に粘った会社だけが成長しているので、それを忘れないでください。」
取材後記
ここ数年でオープンイノベーションの機運が高まり、スタートアップとのコラボレーションに乗り出す大企業は増えている。しかし、大企業もスタートアップに選ばれなければオープンイノベーションは成功しない。資金の援助だけでは、優秀なスタートアップと組むのは難しいはずだ。
登壇した3社はいずれも、スタートアップにどんな価値を提供できるのかが明確になっていた。これから本格的にオープンイノベーションに取り組む大企業は、スタートアップに選ばれるための戦略にも頭を絞らなければいけないだろう。
(編集:眞田幸剛、取材・文・撮影:鈴木光平)