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油圧のカヤバからSaaS型の新規事業「油状態診断システム」が誕生――『Sagamihara Innovation Gate』参画で加速した新規事業の舞台裏

油圧のカヤバからSaaS型の新規事業「油状態診断システム」が誕生――『Sagamihara Innovation Gate』参画で加速した新規事業の舞台裏

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1919年に創業し、油圧機器などで知られるカヤバ株式会社。同社が新たに開発した「油状態診断システム」がついにリリースされる。技術者の情熱と確信から始まったこの新規事業プロジェクトは、幾多の試行錯誤と組織の壁を乗り越え、産声を上げた。長年培ってきた「油圧」の知見が、今、新たな形で産業界の課題解決へと動き出す。

この開発を前進させる一助となったのが、相模原市主催のオープンイノベーションプログラム『Sagamihara Innovation Gate(SIG)』への参画である。自社で培ってきた技術に、『SIG』で出会ったスタートアップの新たな視点を加えたことで、プロジェクトの価値が社内でも再認識されるきっかけとなった。社外との接点を通じて得られた気づきが、この取り組みを形にする推進力になったのだ。

本記事では、カヤバの研究所で「油状態診断システム」の開発を牽引し、現在は事業部でその展開を担う亀田氏、そして『SIG』に参加して組織変革を支えた東口氏、原氏、永井氏の4名に話を聞いた。リリースに至るまでの試行錯誤や、外部連携によって得られた視点、伝統と革新が交差するカヤバの「現在地」と、次の時代へ向けた決意に迫る。

変革期に立つカヤバの模索と『Sagamihara Innovation Gate』参画がもたらす変化の兆し

――まずは、御社がなぜ今「新規事業」に注力しているのか。その背景からお伺いしたいです。

東口氏 : 当社は現在(※取材時/2026年3月)、2023年に掲げた中期経営計画の最終年度・最終月を迎えています。これまでカヤバは自動車や建設機械向けの部品製造を中心に事業を展開してきましたが、両業界は大きな変革期にあり、市場環境は厳しさを増しています。こうした状況を踏まえ、中期経営計画では、新しいビジネスに挑戦することを掲げました。この経営方針と、研究所で研究を続けてきたメンバーや私たち営業部のメンバーが混ざり合って、新規事業創出に向けた取り組みを本格化させています。

▲カヤバ株式会社 営業本部 営業戦略部 専任課長 東口真布 氏

――同じ2023年度に、相模原市主催のオープンイノベーションプログラム『Sagamihara Innovation Gate(SIG)』が始動し、御社も3年連続で参加されています。経営方針の転換とプログラム開始のタイミングが重なったということでしょうか。

東口氏 : その通りです。もう一点つけ加えるなら、当社は創業者・萱場資郎が「萱場発明研究所」を立ち上げたことから始まった会社で、その研究所がこの相模原にあります。現在も多くの研究者が、この場所で研究に取り組んでいます。相模原市全体でも近年、イノベーションを生み出そうという機運が高まっており、そうした『SIG』の取り組みと当社の研究開発拠点があることが、よい形で合致したのだと思います。

――御社にとって、『SIG』への参画にはどのような意味がありましたか。このプログラムから得られた学びなどがあればお伺いしたいです。

亀田氏 : 新規事業に取り組むにあたり、社内だけで悩んでいても先に進みづらいのが実情です。そうした中、『SIG』に参加し、多くの方々と議論や意見交換を重ねることで、新たな知見や気づきを得ることができました。また、カヤバが新たな領域に挑戦している姿勢を、社内外へ示す契機になったと考えています。

▲カヤバ株式会社 ハイドロリックコンポーネンツ事業本部 技術統轄部 システム技術部 設計室 専任部長 亀田幸則 氏

――『SIG』への参画を経て、具体的に生じた社内の変化はありますか。

原氏 : 外部の方々と関わる中で、従来の「自前主義」にとらわれない、より広い視野を持てるようになったと感じています。特にスタートアップの方々の、意思決定の速さや、完璧ではなくても前に進める姿勢、そして顧客との距離の近さは大きな気づきでした。こうした経験を通じて、社内でも同じような考え方を取り入れようとする動きが少し出てきています。

具体的には、現在研究棟の1階で、イノベーションハブとなる新たなスペースの整備を進めています。事業ニーズの探索からテーマ設定、実証の場づくりまでを伴走型で支援できる環境を構築し、社内外の知が交わる“化学反応”が生まれる場として育てていく計画です。将来的には、スタートアップとの共創にもつながる可能性も視野に入れています。さらに今年1月には、経営企画部内に「新事業イノベーション企画準備室」という新部署も発足しました。『SIG』への参画は、こうした一連の組織的な動きを加速させる要因の一つになったと考えています。

▲カヤバ株式会社 技術本部 基盤技術研究所 情報技術研究室 室長 原靖彦 氏

――永井さん、東口さんは、『SIG』の効果を、どのように捉えておられますか。

永井氏 : このプログラムを通じてパートナー企業と出会い、共創によって新しいビジネスを模索できたことは非常に大きな価値でした。自社単独では辿り着けなかったアイデアや事業領域に踏み込める可能性を感じることができました。また、こうしたオープンイノベーション活動を継続することで、社内でも関心を持つ人が増え、会社の風土改革や考え方の変化にもつながっているのではないかと思います。

▲カヤバ株式会社 技術本部 基盤技術研究所 情報技術研究室 主任研究員 永井勇冴 氏

東口氏 : 昨今、世の中の変化はかつてないスピードで加速しています。多くの社員がその変化を深層心理で感じ、漠然とした不安を抱えているのではないでしょうか。自然科学者のダーウィンは研究の中で、「強い者が生き残るのではなく、環境に適応した者が生き残る」ことを示しましたが、この新しい環境に適応しようとする、いわば「アニマルスピリッツ」を社内で呼び覚ます効果が、『SIG』にはあったと感じています。

10年の歳月を経て結実した「油状態診断システム」

――次に、今年3月末にリリースされる「油状態診断システム」についてお伺いします。これは、2024年度の『SIG』でも扱われていたテーマですが、具体的にどのようなサービスなのでしょうか。

亀田氏 : 油の状態を専用のセンサー(下画像)で計測し、そのデータから診断した結果をお客様にお知らせするSaaS型のビジネスです。これまで油のメンテナンスは、勘とコツに依存した分野で、職人さんが手で触ったり色を見たりして、「そろそろ交換かな」と判断していました。油状態の診断は知見がないと難しいため、全くメンテナンスをしないお客様もいれば、1年に1回は必ず油を交換するお客様もいるなど、適切なメンテナンスタイミングの判断が難しかったのです。

その分野に対して、独自開発のセンサーで油の状態を確認し、「そろそろ油が汚れてきているから交換しましょう」や「ゴミが増えているからフィルターを交換しましょう」という形でお客様にレポートで知らせる仕組みです。お客様はお知らせを見て、メンテナンスのタイミングを判断できるようになります。このサービスを、油圧機器が多く使われている工場やインフラ関係の法人向けに展開していく考えです。

――『SIG』ではAIのスペシャリストであるフツパー社と共創されましたが、この経験は事業開発にどう活かされましたか。

亀田氏 : フツパーさんとは一緒に取り組む中で、スタートアップならではの考え方や意思決定の速さなど、多くの学びがありました。その経験は、今回のリリースにもつながっている部分がありますし、今後の事業拡大において、他社との連携を広げていく際にも必ず活きてくると考えています。

――具体的に、どのような点が学びになりましたか。

亀田氏 : 今回の「油状態診断システム」のようなSaaSビジネスは、まずは迅速に立ち上げ、改良を重ねながら良くしていくという発想が学びになりました。従来の当社の進め方とは大きく異なるため、『SIG』でさまざまな企業の考えに触れ、どのような仕組みを整備していくべきなのか、その方向性がより明確になったと感じています。

▲2025年度の『SIG』では、スタートアップ・フツパーとの共創に取り組んだ。(※関連記事

――初めて、今回はSaaSビジネスの立ち上げということで、今日に至るまでには多くの紆余曲折があったのではないでしょうか。

亀田氏 : 実はこの取り組みを始めたのは2016年頃で、リリースするまで約10年かかっています。当初は私を含めた2名で「何か新しいことをやろう」と考え、今回のSaaSビジネスの原点となる油状態を測るセンサーの開発に着手しました。海外の専門文献を読み漁り、手探りでプロトタイプを作っては実験を繰り返す日々。当初は設備に取付けても不具合の連続で、技術的な苦労もたくさん乗り越えて今に至っています。

何よりも、「出口」が見えない辛さがありました。量産につなげるには事業部への移管が前提でしたが、なかなか円滑に進まない状況が続いたのです。それでも諦めずに社内を説得して研究予算を確保し、開発を続けている中、東口ら社内メンバーの協力やセンサーのみでなくサービスも含めたSaaSビジネスへ発展させ、ようやく事業化の機運が生まれてきたのです。

――10年という月日は、決して短いものではありません。諦めずに続けられた理由は?

亀田氏 : 当初から「これは絶対に売れる、形にできる」という思いが、自分の中にありました。それに加えて、技術者やエンジニアの意地と言いますか、一度自分でやると決めたからには、何としてでも形になるまでやり遂げたいという思いがあったと思います。

――原さん、永井さんは、今回の「油状態診断システム」が、リリースという形に至ったことをどのようにお考えですか。

原氏 : 亀田自身が研究所で生み出したものを、自ら事業の現場へと持っていった点は非常によかったと思います。今まで社内に新規事業を立ち上げる仕組みが整備されていませんでしたし、いきなり新しい組織やルールを作ると反発も生まれます。今回は事業部にも関わってもらいながら進めたことが、結果としてよかったのではないでしょうか。

また、本人が熱意を持って取り組む様子を見て、周囲の見る目も少しずつ変わりました。人事部をはじめ、応援してくれる仲間が増えてきたことも、リリースを後押しする大きな力になったと思います。

永井氏 : 「油状態診断システム」がリリースを迎えられたことは、当社にとって大きなターニングポイントだと感じています。これまで研究所で進めてきた研究でしたが、亀田も事業部に異動し、事業部で取り組むサービスとして動き出しています。そこから研究所や営業など社内のさまざまな部署が関わり、一つのプロジェクトとして全社一丸で世の中に出していこうという意識が生まれています。これは、当社にとって大きな意味を持つと感じています。

SaaSビジネスを突破口に事業領域を拡大、発明家のDNAを胸に次なる高みへ駆け上がる

――今後の「油状態診断システム」の事業展開については、どのようにお考えですか。

亀田氏 : まずは初年度、このビジネスを軌道に乗せるために、関係者一丸となって取り組む考えです。工場の設備分野を対象としたサービスとして始めますが、将来的には、工場以外の分野へも拡販していく予定です。また、油状態だけでなく、その周辺も含めた総合的な状態監視へと機能を広げるとともに、海外展開も視野に入れながら事業を育てていきたいと思います。

――現時点で、「油状態診断システム」のお客様や営業先での反応はいかがですか。

東口氏 : 100社、200社と案内して回りましたが、初見で「こんなのいらないよ」と言われたことは一度もありません。まさに「百発百中」なんですよね。それが、自信をさらに深めてくれています。

――今後のイノベーション創出活動の展望についてもお聞かせください。

原氏 : 新規事業は「十中八九失敗する」と言われます。当社が掲げた10年後の目標達成を見据えるならば、今よりもっと多く挑戦をしていかなければならないでしょう。ですから、失敗しても評価される文化を作りたいですし、チャレンジするマインドを持てるようにしていきたい。色々な部署から変革人材が現れ、それを繋いでいくエコシステムを作ることが重要だと考えています。

――その中で、『SIG』での活動をどのように活かしていかれますか。

永井氏 : 『SIG』で得られた最大の武器は「ネットワーク」だと思っています。スタートアップ、相模原市内の大企業、大学、それに行政の皆さんなど、色々な方と接点を持てたことが最大のメリットです。今後は、『SIG』で得たネットワークを活かし、オープンイノベーションを上手く取り込みながら、研究開発のスピードを加速させ、これまでにない大きな価値を創出していきたいです。

――今年1月に発足した「新事業イノベーション企画準備室」も、これから本格稼働ですね。この組織立ち上げの狙いも教えていただけますか。

東口氏 : 技術や発明というのは、生まれてくること自体に罪も責任もありません。ただ、子どもと同じで、生まれたからには育てていく責任が周りの大人にあるのだと思います。この新組織は、大切に育ててきた技術を、世の中に届けやすくするための組織だと考えています。

――最後に、御社がこれからの時代に果たすべき役割や、目指すべき姿についてお聞かせください。

東口氏 : 「人間が想像しうることは、すべて現実になる可能性がある」という有名な言葉がありますが、想像を実現できる集団でありたいと心から思います。創業者であり発明研究家である萱場資郎のDNAを背負っている会社だからこその名前を、次世代に残していくことが私たちの使命です。今回の活動もまた、次の世代の血肉となり、さらに先へと受け継がれていくべきものだと考えています。

少子高齢化が進む今こそ、技術力を持つ会社の出番だと私は思います。「こんな世の中であったらいいのに」という願いを忘れず、「モノ売り」「コト売り」の先にある「イミ売り」にも取り組んでいく。自分たちの仕事が社会にどんな意味を成すのかを自問自答しながら、次なる高みへ駆け上がっていきたいと考えています。

▲取材は、相模工場内の「カヤバ史料館」で実施した。左側の写真に写っているのが、カヤバの創業者である萱場資郎だ。

取材後記

「油状態診断システム」が10年の節目にリリースされたことは、新たな展開へのスタートラインでもある。今後は『SIG』で得た外部ネットワークも活かし、従来の枠を超えた多様な分野へと事業を広げていくという。自社の確かな技術に社外の視点を加えることで、研究開発はさらに加速していくはずだ。社会における自らの役割を問い直し、形にする。次世代へと歩みを進める同社の姿に、伝統ある企業が未来を切り拓くためのヒントがあると感じた。

(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)

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  • 眞田幸剛

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