
AI×IoTで太陽光発電の故障対応を60%削減。2年後には世界展開を見据えるNobest――神奈川県主催のプログラム『KSAP』と『BAK』で磨き上げた事業成長の軌跡とは?
神奈川県が主催する起業家支援プログラム『かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(以下、KSAP)』と、オープンイノベーションプログラム『ビジネスアクセラレーターかながわ(以下、BAK)』。この2つのプログラムは、多くの起業家にとって事業を飛躍させる重要な転機となっている。
今回取材した株式会社Nobestも、2つのプログラムを通じて大きな成長を遂げたスタートアップ企業のひとつだ。代表の石井宏一良氏は、幼少期に抱いた環境問題への強い想いを原動力に、地球温暖化の解決を目指して2022年4月22日(地球の日)に起業した。
当初はキャンプ場情報サイト事業からスタートしたが、2023年に採択された『KSAP』での大ピボットと、2024年に採択された『BAK』での太陽光発電施工会社との実証実験を経て、現在のAIを活用した太陽光発電の遠隔監視ソリューション事業に辿り着いた。また、2025年1月にはシードラウンドでライフタイムベンチャーズから資金調達を実施しており、Nobestの成長性や将来性に高い注目が集まっている。
石井氏はいかにして事業の方向性を定め、そして神奈川県が誇る2つのプログラムは、彼の挑戦をいかに加速させたのか。その成長の軌跡を追う。

▲株式会社Nobest 代表取締役 石井宏一良氏
太陽光発電の「稼がない時間」をなくす――Nobestの遠隔監視ソリューション
――まず、御社の事業概要について教えてください。
石井氏 : Nobestは「技術を使って人も自然も救う」というミッションのもと、地球温暖化解決を目指している会社で、太陽光発電設備の異常・故障を遠隔監視するシステムを提供しています。
現在、地球温暖化による集中豪雨や洪水などの災害は世界中で増えています。この問題の最も分かりやすい解決策がクリーンエネルギーで、特に太陽光発電は右肩上がりに急成長しており、2030年には市場規模が現在の2倍に拡大すると言われています。
太陽光発電の導入が加速するとともに、実は事故件数も増加しています。事故が起きると太陽光発電所が停止し、その度に施工・点検会社に連絡がいくのですが、多くの場合、駆け付け対応が無償で行われており、この無償対応で疲弊する会社が増えているのです。また、国による規制も強化され、多くの施工・点検会社がその対応に苦労しています。
――太陽光発電所の稼働後の運用・保守面で、課題があるということですね。
石井氏 : はい。さらに、1,800カ所もの太陽光発電所を管理するO&M(運用・保守)会社に話を伺ったところ、クライアント毎に異なるアカウントにログイン・ログアウトを繰り返して状況を確認していることをヒアリングや実証実験を通じて確認しています。確認は基本的に1日1回。例えば毎朝9時に異常がないことを確認しても、9時10分にトラブルが発生すると、気づくのが翌朝の9時になります。その間のダウンタイムについて、クライアントから指摘されることもあるとのことでした。
――非効率なうえに、故障の早期発見も難しそうですね。そうした運用・保守面の課題に対して、御社ではどのようなソリューションを提案されているのでしょうか。
石井氏 : 弊社が提供しているのが、AIを活用した監視ソリューション『Nobest IoT』です。太陽光発電所の至る所にセンサーを設置し、そこから得たデータを『NI Station』と呼ばれる装置に集約します。何か異常を検知した場合には、クラウドから発電所の所有者やメンテナンス会社に自動で通知される仕組みになっています。
弊社の強みは「これって本当に故障?通常稼働?」をAIと外部情報を統合する独自のアルゴリズムで判別することです。これによる誤検知率も非常に小さく、鳥の糞、枯れ葉、雪などの影響特定、断線なのか、プラグが抜けただけなのか、などを遠隔で高精度に監視できる仕組みがお客様からも高く評価いただいています。
また、他社連携ができる点も高く評価いただいています。複数の太陽光発電所を1つの画面で一元管理できるため、アカウント毎にログインやログアウト操作を繰り返す必要がなく、画面のスクロールだけで状況を確認できます。さらに言えば、AIが監視を行い、異常発生時に自動でアラートが来るため、スクロールすら不要なのです。これを導入することで、故障時の駆け付け対応に要する時間を約60%削減できる見込みです。

▲ハードウェア(NI Tag/NI Clamp&NI Station/Camera)とソフトウェアを組み合わせた同社の『Nobest IoT』の仕組み。センサーなどで取得したデータをAIが解析し、異常を検知する。一元管理も可能だ。
――現状のビジネスの状況や実績は?
石井氏 : 2024年度の『BAK』を通じて、弊社の監視ソリューションを2カ所に設置し、実証実験を行いました。その後、ベンチャーキャピタルのライフタイムベンチャーズさんから資金調達をして、開発を集中的に行い、今年2025年5月にはサービスをローンチ。リリース後は多くのメディアから取材を受け、新聞や業界誌、テレビなどへの露出も増加し、見込み顧客からの問い合わせも多数いただいている状況です。
――順調に事業が軌道に乗りつつあるという状況ですね。ところで、石井さんは新卒で民間企業に就職されていますが、当初から起業を意識されていたのでしょうか。
石井氏 : 起業を意識し始めたのは28歳の頃。そこから本格的に経営の勉強を始めたのです。民間企業では、技術者としてソフトウェアとハードウェア両方の経験を積み、在職中の2021年に自己資金で特許も取得(※)。そして、2022年の地球の日(4月22日)に、37歳でNobestを立ち上げました。実は、最初はキャンプ場情報サイト事業からのスタートでした。
※「天気×〇〇」の相関性を分析する「CAEOS(ケイオス)」という技術の特許。過去10年分の天気結果と天気予報データを収録しており、太陽光発電による電気予測や、災害発生時の安全圏の分析等が実証できる。

『KSAP』での大ピボットと『BAK』での実証実験――2つのプログラムと歩んだ成長の軌跡
――創業直後の2023年に、神奈川県アクセラレータープログラム『KSAP』に採択されました。このプログラムに参加した理由や期待もお伺いしたいです。
石井氏 : 『KSAP』のことは、ある投資家さんから紹介を受けて知りました。しかし、起業したばかりで、右も左もわからない状態。アクセラレーターというものがどういうものかも理解していなかった。ただ、何かをキャッチアップして、早く温暖化対策につながることに取り組みたいという気持ちは常にありましたね。
――実際に『KSAP』に参加されてみていかがでしたか。参加することで得られた成果や率直な感想があれば教えてください。
石井氏 : 『KSAP』での大きな成果は、立ち上げ当初のキャンプ事業から見事に大ピボット(事業転換)できたことですね(笑)。『KSAP』応募時のテーマは、「災害対策で活用可能な気象予測AIシステムの開発」というもので、在職時に取得した天気予報に関する特許を使ったものでした。
このプログラムに取り組む中で、災害に関する「人の痛み」を深く理解できました。私自身は東日本大震災の被災者ですが、災害という言葉は、体験者と非体験者で受け止め方が違います。『KSAP』での壁打ちを通して、痛みを持つ人がどういう人たちなのかを明確にすることができたことは良かったと感じます。
――最終的に、『KSAP』では、どのような事業の方向性に行き着いたのですか。メンターのフィードバックなどで良かった点もお聞きしたいです。
石井氏 : 最終的には、災害対策ではなく「工場向けの故障検知システム」という形にまとめて発表しました。成果発表会を控えた2023年12月頃、『KSAP』のメンターの方に「この内容で取り組んでいこうと思います」と伝えて、事業計画も確認してもらいました。
すると、そのメンターの方から「これだ!これならいける」と背中を押してもらえ、その言葉が大きな支えになりました。この発表内容は、工場のO&M会社にも強く響き、私自身にとっても大きな手応えを得られた経験となりましたね。
――『KSAP』に参加された翌年の2024年度、神奈川県主催のオープンイノベーションプログラム『BAK(ビジネスアクセラレーターかながわ)』にも参加されました。ここでは、太陽光発電施工会社のサンエー社と共創されましたが、出会いから教えていただけますか。
石井氏 : 『BAK』のコミュニティで出会った知人からの紹介で、サンエーの社長さんとお話をする機会をいただきました。そこで、太陽光パネルの管理の難しさやクレームの多さ、大量廃棄の問題などを伺ったのです。
その話を聞いて、「本当に課題だらけだ」と感じましたし、だからこそ「一緒に取り組みたい」と思ったのです。初回の会社訪問から月1回のペースでディスカッションを重ね、「BAKを目指して一緒にやりませんか」と私から声をかけて準備をすることになりました。
私自身、『KSAP』で工場向けに考えたソリューションと同じものが、太陽光発電のO&Mの現場でも適用できると感じていたため、「実証実験に取り組みたい」「実績を作って事業を成長させたい」という考えが、『BAK』に参加を決めた背景にありましたね。
――『BAK』では、具体的にどのような活動に取り組まれましたか。
石井氏 : 『BAK』では2つの取り組みを実施しました。1つが、太陽光発電パネルに取り付けるRFIDタグです。先ほどお話ししたように、太陽光パネルの大量廃棄問題があります。太陽光パネルの寿命は20年程度と言われており、すでに10年以上経過しているものも増えていて、2030年頃には大量廃棄が発生すると見込まれています。
そこで、いつ製造され、どのように使われてきたかを追跡できるようトレーサビリティ管理が求められているのです。弊社の開発したRFIDタグ『NI Tag』は、太陽光パネルに取り付けることで、そのパネルの情報を簡単に管理・取得することができます。このタグは、実際にサンエーさんにご購入いただき、現在も使用してもらっています。

▲設備に取り付けるRFIDタグ『NI Tag』
もう1つは、太陽光発電装置の自動監視です。太陽光と言えば電流センサーを使った監視装置の市場があるのですが、その装置(『NI Station & NI Clamp』)を私が作って、サンエーさんの太陽光発電設備で実証実験を行うことにしました。これがまさに、BAKのプログラム期間中の2024年12月に完成させた『NI Station』の初号機です(下画像)。
これを、サンエーさんの管理する発電所と、Fujisawa SST(パナソニック社が開発する神奈川県藤沢市にあるサスティナブル・スマートタウン)の2カ所に設置。実証実験を通して、実際の使用感などを確かめました。

▲『NI Station』の初号機。これに加え、設備に取り付けて電流を計測する『NI Clamp』がセットとなり、設備の電流を“見える化”する。
――『BAK』のプログラム成果をもとに、2件目の特許も取得されたそうですね。特許取得にはどのような戦略があるのでしょうか。
石井氏 : 2025年6月に、故障の早期検知によるコスト最適化を実現する特許を取得しました。日本では特許といえば「守りの武器」というイメージが強いですが、海外ではM&Aや企業価値評価の重要な指標として重視されます。実際、海外だと「どんな特許を持っているのか」と必ず聞かれるんです。
私たちは地球温暖化の解決を目指す企業であり、その取り組みは日本国内だけで完結するものではありません。グローバル展開を視野に入れているからこそ、特許の取得は事業成長の要であり重視すべきポイントだと考え、積極的に取得するようにしています。
――『BAK』に参加して良かったと思う点はありましたか。
石井氏 : 他のアクセラレータープログラムや補助金制度と明らかに違うのは、神奈川県の担当者さんや『BAK』の運営を担うeiiconの担当者さんの熱量が非常に高い点です。実際に、神奈川県の担当者である武山さんには、Fujisawa SSTや日本GLP(物流企業)をご紹介いただきました。それが商談にもつながって、見積もりの段階にまで進むことができています。
武山さんにはFujisawa SSTでの装置の設置にも付き添っていただくなど、その手厚さに驚いていますね。本当に、『KSAP』と『BAK』があったからこそ、今のNobestがあると思っています。

▲2025年1月~3月にFujisawa SSTで実施された、Nobest×サンエー「太陽光発電の設備管理システム開発」実証事業。(画像出典:プレスリリース)
衛星・ドローン・ロボットを駆使して運用・保守を自動化する
――今後の展望について教えてください。どのように事業を成長させていく計画ですか。
石井氏 : 2025年9月からシリーズAラウンドの資金調達を進めていく予定です。現在、顧客は4社でタグも遠隔監視システムもご購入いただいています。さらに、『Nobest IoT』のサービスローンチに関するプレスリリースを出して以降、たくさんのお問合せをいただき、リードは20〜30社ほど得られています。
ただ、自分ひとりの営業体制では限界があります。太陽光発電の運用に悩むお客様の課題にどんどん応えていくためにも、営業体制の構築が急務だと考えています。資金調達により営業人員を増やして、営業・マーケティングを強化していく予定です。
その先の展望としては日本全国への展開、さらにはハウスメーカーとの連携による家庭向け太陽光発電への進出、そして2年後を目途に世界市場へも進出していきたい考えです。
プロダクトの改善という観点では、設置する機器の小型化に現在取り組んでいます。さらに2026年以降には衛星による点検の導入、最終的にはドローンや自動制御ロボットを使って修理や清掃の自動化にも挑戦し、人の手を介さず点検して自動で復旧するような仕組みの構築を実現したいですね。
――最後に『KSAP』や『BAK』への参加を検討している起業家の方々へ、メッセージをお願いします。
石井氏 : もし、何か解決したい課題があって、どうすればいいか悩んでいるなら、まずは迷わず応募してみることをお勧めします。起業したばかりの頃は、右も左もわからず、不安でいっぱいだと思います。でも、『KSAP』『BAK』にはその想いを真剣に聞いて、一緒に考え、そして行動してくれる人が集まっています。「仕事だから」という義務感ではなく、本当に社会を良くしたいと願う人々のコミュニティが、神奈川にはあるんです。
仲間と想像を膨らませながら、一緒に作り上げていく過程は楽しいものです。温かくて人間味のある人々とともに、事業の『心臓』を作ることができ、それをもっと動かすためのパーツも紹介してもらえます。なので、悩んでいるぐらいなら、「迷わず応募しろ」ですね(笑)

取材後記
Nobestの石井氏は、幼少期から抱き続けた環境問題への強い想いを原動力に起業。『KSAP』で事業を大きくピボットして戦略を磨き、『BAK』での共創と実証実験を経て、太陽光発電の運用・保守課題に果敢に挑んでいる。この2つのプログラムで得た学びや気づきが挑戦を加速させ、事業成長の力となっていることが伝わってくるインタビューだった。神奈川県の担当者やメンターなどの人間味のある手厚いサポートも背後にあり、『KSAP』『BAK』が挑戦者の成長を力強く支えるプログラムであることを、改めて感じとることができた。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)