2025年1月、2号ファンドが始動。その狙いは?―東急不動産がスタートアップとの共創で描く未来図
東急不動産ホールディングスグループでは、スタートアップ企業への支援と協業体制を充実させ、新たなグループシナジーの創出と、渋谷を中心とした街の活性化を加速させることを目的として、CVCファンドによる出資を実施している。
2017年に立ち上げた1号ファンドでは、2024年までの7年間で、アーリーステージを中心としたスタートアップに37件の投資を実施。数々の共創事例が生まれている。
そして1号ファンドの成果を受けて、2025年1月に2号ファンドがスタートした。2号ファンドは、パートナー共創によるバリューチェーン強化・社会課題の解決を目的としており、ファンド規模は50億円、運用期間は10年となる。また、対象ステージは、アーリー~レイタ―ステージまで幅広く投資するとのことだ。
本記事では、1号ファンドの成果と2号ファンドの狙いや目的などについて、東急不動産ホールディングス株式会社 グループCX・イノベーション推進部 イノベーション戦略グループの佐藤文昭氏、小山聡太氏、月足光氏に話を聞いた。
7年間で37社に投資した1号ファンドの振り返り
――2017年に組成した1号ファンドですが、数多くのスタートアップへの出資を行っています。1号ファンドを運用した7年間を振り返って、いかがでしたか。
佐藤氏 : 1号ファンドは2017年に組成し、50億円の投資規模で7年間、37社に投資を行いました。事業会社のベンチャーキャピタルということで、ファイナンシャルリターンを追うのではなく、純粋に戦略リターンだけを追うことを目標に、まずは既存の課題を解決するスタートアップに投資をスタートしたのです。
ただ、投資の方針は7年間で少しずつ変化をしていきました。当初は既存課題の解決にフォーカスしていましたが、より未来を見据えるべく、将来布石や飛び地の部分にも投資できるスコープを設けました。
また、中長期目線で連携ができそうなスタートアップに、私たちの判断で投資できるようにしたことも大きな変化です。投資先の業界としても、当初は不動産関連が多かったのですが、最後にはNFT、AI、ドローン、xRといった領域に広がりました。
▲佐藤文昭氏(東急不動産ホールディングス株式会社 グループCX・イノベーション推進部 イノベーション戦略グループ グループリーダー)
マンションデベロッパー、不動産投資ファンド運営会社を経て、2008年東急不動産入社。海外事業部、米国現地法人へ出向などを経験し、2021年より現職。CVCによるベンチャー企業への出資検討、社内協業支援、新規事業の立案等を行う。
――4つの投資スコープを設定されていましたね。
佐藤氏 : はい。Scope1は事業領域拡大と競争力強化、Scope2は生産性向上と業務効率化、Scope3は広域渋谷圏を中心とした街の価値向上、Scope4は不動産領域以外も含めた”将来布石枠”です。これも、ファンドの進展とともに拡大をしていきました。
「傘のいらない街 渋谷」、ニセコの初滑りNFTなど、特徴的な事例を創出
――この7年の間に、多くの共創事例が生まれたと思いますが、その中で特徴的な事例について教えてください。
小山氏 : 2024年3月に、傘のシェアリングサービス「アイカサ」を展開するNature Innovation Group(以下、アイカサ)に出資し、同年6月から渋谷区、一般財団法人渋谷区観光協会の後援を受けて、渋谷駅半径600mに100カ所以上にアイカサの傘立てスポット設置を行う「傘のいらない街 渋谷」プロジェクトを始動しました。
私たちは、以前から環境先進企業として脱炭素社会や循環型社会を打ち出していましたが、実際に生活者の視点でそれを実感していただける取り組みはできていませんでした。このプロジェクトで共創したアイカサのサービスが広がれば、使い捨てされる傘が減り、その結果脱炭素や循環型社会に寄与でき、渋谷エリアの持続可能な街づくりに貢献できると考えたのです。
▲1号ファンドでの連携実績:Nature Innovation Group 「傘のいらない街 渋谷」プロジェクトの共同推進(画像出典:プレスリリース)
また、オフィスビルで廃棄されたクリアファイルをリサイクルして傘の取っ手にするなど、オリジナルデザインの傘を作成。これは循環型社会へ貢献するものとして、さまざまなメディアで取り上げていただきました。さらに嬉しかったのは、私たちの取り組みに、渋谷に拠点を構える他の企業の方々も賛同してくださり、拡大していったことです。
街づくりは、1社だけで行うものではありません。この取り組みが広がることで、私たちの目的も達成できますし、渋谷という街全体の価値向上にもつながっていくでしょう。そして渋谷の取り組みを先進事例として、他の街にも広がっていけば、もっと影響範囲が大きくなります。そういったことからも、いい事例だったと考えています。
▲小山聡太氏(東急不動産ホールディングス株式会社 グループCX・イノベーション推進部 イノベーション戦略グループ 課長)
新卒で食品メーカーに入社し主にサプライチェーンマネジメントを経験した後、2018年に東急不動産に入社。現在は、CVC運営を担うほか、新規事業創出制度において新規事業案の法人化サポートも推進している。
――アイカサさんからは、どのようなフィードバックがありましたか?
小山氏 : 「傘のいらない街 渋谷」プロジェクトがさまざまなメディアに取り上げられることでの広告効果は非常に大きかったと伺っています。取り組みに協力してくれる企業も増えたことで、傘立てスポットの目標100カ所もスピーディーに達成でき、アイカサのサービス拡大にもつながったそうです。
――月足さんからもぜひ、印象的な事例を教えてください。
月足氏 : ブロックチェーン事業を展開するHashPortと提携し、スマートリゾートを推進するスキー場「ニセコ東急グラン・ヒラフ」のアーリーエントリー権が付与されたNFTの販売を行いました。
元々このスキー場ではリフトが動く前から行列ができていました。アーリーエントリー権により、リフト開場時間よりも前に入場し、初滑りを堪能することができます。これは国内初の取り組みです。不動産は”動かせないもの”ですが、そこでの体験価値をNFTとして流通をさせ、価値を広げていくという好事例が実証できたと考えています。
▲1号ファンドでの連携実績:HashPort 国内初のスキーNFT「ニセコパウダートークン」の販売(画像出典:プレスリリース)
――この事例により、どのような成果がありましたか。
月足氏 : まず、SNSのフォロワーが増加し、場所としての認知向上に貢献しました。そして自治体にも非常に興味を持っていただき、北海道の事例として取り上げていただきました。さらに、この事例がきっかけになって内閣府のワーキンググループに招かれ話をする機会を得られております。やはり、日本で初めての取り組みとして注目をしていただいた結果なのかと思います。
▲月足光氏(東急不動産ホールディングス株式会社 グループCX・イノベーション推進部 イノベーション戦略グループ)
2022年、東急不動産に新卒入社。初任配属より現職。スタートアップとグループ各社との事業連携の推進、新規事業提案制度での法人化企業の支援を担当している。
1号ファンド37件の投資から得られたノウハウや知見
――1号ファンドで得られた知見やノウハウについて教えてください。
佐藤氏 : ひとつは、社内の事業部でファンをつくることです。スタートアップ連携は苦労の連続。特に事業部門は本業で売上や利益などの目標を追う中で、「なぜスタートアップと組まないといけないのか」と言われることも少なくありません。これが、最初にして最大の関門です。
もちろん、最終的には決裁権を持つ役職者のコミットが必要ですが、そこまで推進していくには、新しいことが好きな人や、そのスタートアップのサービスに興味を持ってくれる人の存在が重要です。先ほど月足がお話ししたHashPortとの共創事例も、当社側の担当者が新しいことが好きだったからこそ実現に至った面があります。
もう一つは、スタートアップ側の協力体制です。共創して新しいことを進めていくには、双方の熱量がしっかりと高まっている状態で連携をすることが大切です。こうして言葉にするだけだと簡単なのですが、実際この7年間すごく苦労していますね。最終的に両者が前を向いてコミットしていくために、出資する時にしっかりと握っておくことが大事だと考えています。
――この7年間、コロナ禍があったり、貴社の場合は中期経営計画のアップデートなどもあったり、様々な変化があったと思います。そこでCVCの運用方針と世の中の変化や会社の方針を合致させていくために、工夫したことはありますか。
佐藤氏 : コロナ禍では、一旦投資を少し抑えるということもありました。そのうちにコロナ禍以前にはなかったニーズや課題が明確になったことから、そこに対応するスタートアップを探して投資をしていきました。また、中期経営計画が刷新され、環境やDXがうたわれるようになったことから、CVCとしてもそこにアラインすべく経営との会話を大切にしながら、比較的スムーズに対応していくことができました。
また、投資先のビジネスが不動産とはかけ離れた領域の場合、私が説明するだけではなかなか経営の理解を得にくいという面もあります。そこで、スタートアップの方々と一緒に社内向けのプレゼンをして、合意形成をしていくということもやっていました。
――小山さん、月足さんは、どのような知見やノウハウを得られましたか。
小山氏 : 出資するからこそ、先方の事業に関してわかることが多々あると思います。一見すると赤字であっても、出資して踏み込んで伴走してみると、それは決してネガティブなものではなく、この先間違いなく伸びるだろうというのがわかってきました。
実際に、赤字だった事業が成長して、それが私たちの不動産物件の開発と噛み合い、それを彼らのビジネスで活用していただきながら、お互いに収益を得られるというモデルができたこともあります。これは、CVCとして出資して入り込んでみなければ分からなかったことだと思います。
月足氏 : 佐藤が話した社内のファンづくりについて具体的にお話しすると、かなり草の根的な活動が効いています。一番は、メーリングリストの活用ですね。社内の登録者に対して、VCから得たトレンド情報やお会いしたスタートアップの情報などを、毎週発信しています。そして反応があれば、スタートアップを紹介するなどしています。
メーリングリスト登録者を増やすための、風土醸成イベントも実施しています。たとえば生成AIについて出資先のスタートアップなどに登壇していただいてトレンドについて語っていただくイベントを企画し、100名ほど登録者が増えました。現在は800人ほどがメーリングリストに登録しています。ほかにも、CVCの投資先スタートアップと、当社の社員とのマッチングイベントを開催するなど、タッチポイントをつくって社内のファンをどんどん増やしています。
社内への丁寧な説明を尽くして、いよいよ始動する2号ファンド
――これから2号ファンドが始動するということですが、どのような特徴があるのでしょうか。
佐藤氏 : 2号ファンドは2025年1月にスタートしました。投資規模は1号ファンドと同じく50億円です。渋谷の街を拠点として活動する東急不動産ホールティングスグループとして、スタートアップ支援は不可欠です。ただ、スタートアップチームとの連携だけでいいのかというと、必ずしもそうとは限りません。
スタートアップの皆様が最も必要とするものが資金だということを前提にすると、それなくしてスタートアップ支援は成り立ちません。ですので、必ず資金が出せる状態をつくることが大切だと考えています。その上で、当社の2030年までの長期ビジョン、これから始まる次期中期経営計画もありますから、そこに合致した形で2号ファンドを運営していきます。
投資スコープについては、長期ビジョンとして掲げている「We are Green」に合致した環境・DXがひとつ。そして私たち東急グループは渋谷駅半径2.5㎞圏内を広域渋谷圏と位置付けていますが、その国際的な都市間競争力の強化もスコープに掲げています。
また、事業地が北海道から沖縄まで幅広くあるため、それぞれの地域資源をもとにした付加価値創出も大きな柱です。それ以外には、これまでのような生産性向上、飛び地への投資、さらに1号ファンドで投資した企業へのフォロー投資もスコープとしています。
――2号ファンドを立ち上げるまでに、どのような壁を乗り越えてきましたか。
月足氏 : 一番丁寧に行ってきたのは、社内説明です。そもそもなぜCVC投資をするのか、その目的から、具体的にどう進めるのか、事業部では何が必要なのか、経営層だけではなく事業部のユニット長や過去立ち上げ経験のある役職者など、さまざまな人たちの意見を吸い上げていきました。
やはり2号ファンドということもあり、1号ファンドの成果も問われるところです。ファイナンシャルリターンは追わず、戦略リターンだけを見るとはいえ、出口はどうなっているのかを聞かれることもあります。さらに、1号ファンドの課題を踏まえて2号ファンドではどうしていくのか、非常に長い時間を割いて丁寧に関係各所に説明を尽くしていきました。
――最後に、スタートアップへの出資や共創により、どのような未来を描いているのでしょうか。
佐藤氏 : やはり、投資スコープに掲げているように、環境・DX、そして渋谷の地域にどうインパクトを与えていくかを重視しています。ただ、スタートアップへの出資や連携だけで、すべて課題が解決するわけではなく、あくまできっかけでしかありません。
ただ、ゴールとして描くものがあるからこそ、逆算して必要な機能や役割を考えていくことが非常に大切だと考えています。ともすると、「何件投資をする」と数字を掲げがちですが、ちゃんと意味のあるところに出資をしていくことを意識する必要があります。
東急不動産ホールティングスグループは都市開発における分譲・売却・賃貸だけではなく、管理運営による街づくり、その後の不動産流通を通じて、永くお客様とその資産に関与できます。CVC投資でも単一事業に留まらないグループ全体の強みを活かした連携創出を継続し、投資先との中長期の関係構築と両者の価値創造を目指していきます。
未来においては、2050年ともなると到底想定できない未来の姿になるでしょう。だからといって「その時になってから考えよう」というわけにはいきませんから、常にそれを探索するR&Dの機能として、新しいものをつくることが極めて重要です。
これまでほぼ同じビジネスモデルでやってきた不動産業が大きく変化すると考えたとき、必要なものは何か、意識していくことが必要ですね。また、10年後20年後の東急不動産ホールディングスグループとして、不動産以外の事業の種を探すことも、私たちの大切な役割だと考えています。
取材後記
渋谷の街づくり事例をモデルケースに日本中への波及を感じさせる「アイカサ」との共創、そして日本初の取り組みとして注目度の高いHashPortとの共創など、象徴的な事例が生まれた1号ファンド。その背景には、「戦略リターンを追求する」という明確な方針、そしてイベント開催やメーリングリストの運営といった社内での地道な“ファンづくり”の活動があった。さらに未来を見据えた2号ファンドではどのような共創事例が生まれるのだろうか。これからも注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)