【中部電力】 なぜ「先端技術応用研究所」がオープンイノベーションプログラムを主催するのか?研究所所長とテーマオーナーに聞く、共創を通して実現したい「ものづくり中小企業」と「まちづくり」の未来
「一歩先を行く総合エネルギー企業グループ」を経営ビジョンに掲げる中部電力は、以前から積極的にオープンイノベーションに取り組み、多くの共創成果を生み出してきた。最近では、同社が中心となり、合同会社ネコリコ、株式会社JDSC、三重県東員町、東京大学と産官学連携して進めた「電力データ×AIでのフレイル検知」のプロジェクトにより、第6回日本オープンイノベーション大賞(内閣府主催)での選考委員会特別賞を受賞している。
これまで同社でオープンイノベーションを主導してきたのは事業創造本部だったが、新たなチャレンジとして、同社の先端技術応用研究所が主催するプログラム『中部電力オープンイノベーション2024』が、初めて開催されることとなった。同プログラムでは、以下のテーマが設定され、共同で研究開発に取り組むパートナー企業が募集される。
【テーマ01】 デジタルを活用した中堅・中小企業向けものづくり共創プラットフォームの実現
【テーマ02】 エネマネを中心とした強固なレジリエンスを有するまちづくり
今回、TOMORUBAでは、先端技術応用研究所がプログラムを実施するに至った背景や中部電力として目指す未来、さらにテーマ設定の意図や求める共創パートナー像などを、同所所長の田中和士氏と各テーマオーナーにうかがった。
【所長インタビュー】先端技術応用研究所がOIプログラムを開催する狙いとは?
最初に、先端技術応用研究所所長の田中和士氏に、研究所の概要や、プログラムの実施の背景、目指している世界などの全体像をお話いただいた。
――まず、先端技術応用研究所ではどういった研究活動をなさっているのかを教えてください。
田中氏 : 始まりからいいますと、中部電力には1988年に「電気技術研究所」という研究所が設けられ、電気の効率的利用について研究を開始しました。それが、電気だけではなくて、エネルギー全般について研究範囲を広げようということで、2001年に「エネルギー応用研究所」と改組されます。
さらに、2020年には、エネルギーの利用だけではなく、脱炭素やカーボンニュートラル、DXなどの時代の流れに対応して電力会社が進むべき道を研究するために、先端技術応用研究所に改組されました。発端であった、電気やエネルギーの効率的利用というところは軸としてありながら、それを脱炭素やデジタル技術の応用などのテーマと組み合わせた研究をしています。
▲中部電力株式会社 技術開発本部 先端技術応用研究所 所長 田中和士氏
――具体的には、どんな研究事例があるのでしょうか。
田中氏 : デジタルツインにより、お客様の工場の省エネや脱炭素を進める取り組みや、脱炭素のための機器開発、ヒートポンプや電化の研究などの事例があります。
――これまで、御社では事業創造本部が主導して、様々なオープンイノベーションの取り組みを実践されてきました。今回は、先端技術応用研究所がオープンイノベーションプログラムを主催するわけですが、その背景を教えてください。
田中氏 : 事業創造本部は、部内で独自の技術開発をしているわけではありません。社内の既存技術と社外の企業などのパートナーが持つ技術を組み合わせて連携させて、新事業を作るために生まれた部署です。
一方で、私たちは、自分たちで技術を研究開発しています。ただ、あくまで研究が主体ですから、自分たちで開発した技術を事業化したり、ブランドにまで育てたりするということは困難です。そこで、パートナーの力を借りて事業化を進めたいということが、プログラムを開催する理由です。
また、技術開発に関して、日本企業では伝統的に自前主義が主流でした。やはり、今の時代は、それでは成功は難しく、企業の垣根を越えて得意分野を持ち寄りながら育てていくほうが、成功に結びつきやすいと思います。
私は工学部の出身なのですが、工学部で技術者を志したときから、「一人でも研究できるのかもしれないが、技術者は基本的に1人では何もできなくて、他者との協力が前提」だと考えていました。
――今回のプログラムには2つのテーマが設定されています。これらのテーマでの共同研究を通じて、先端技術応用研究所として、あるいは中部電力として、どのような未来を目指していきたいとお考えでしょうか。
田中氏 : 2つのテーマに共通しているのは、中部電力がインフラ企業として、いま日本が直面している社会課題を解決したいという点です。
テーマ1の「ものづくり共創プラットフォームの実現」でいうと、これまでそれぞれの企業などが抱え込んでいたデータを共有することで、様々な技術開発が進むなどのメリットが生まれます。しかし各企業が蓄積したデータは、その企業の利害によって利用方法が限定されたり使えなかったりする状況があります。
一方、私たちは電気を提供しても、ユーザーの電気の使い方には口を挟みません。それと同じように、データを提供して、使い方は各企業の自由に任せるような中立的なプラットフォームを作れば、データの共有や利活用が進むのではないかと思います。
テーマ2の「エネマネを中心とした強固なレジリエンスを有するまちづくり」についてですが、資源が少ない国の電力会社として、省資源で安定的な電力供給を実現するために、より高度なエネマネを研究して普及させていくというのは、取り組まなければならない課題だと考えています。
――今回のプログラムを通して、パートナー企業に提供できるリソースやアセットには、どのようなものがありますか。
田中氏 : 一つは、私たち自身が研究機関なので、一緒に研究できるという点です。もう一つ、より大きなアセットは、インフラ企業ならではの膨大な顧客数と顧客の幅広さです。電気を使うすべてのユーザーが顧客であり、あらゆる業種、業界で大企業から中小企業までの顧客がいます。もちろん、約650万のご家庭も顧客です。そういった顧客ネットワークを研究開発に活用していただけます。
――プログラムへの応募を検討しているパートナー企業に向けて、主催者としてのメッセージをお願いします。
田中氏 : 私たちは多くの顧客を持っていますが、1社でできることには限りがあります。この中部地域、ひいては日本全体をより良くしていくために、「社会の役に立ったね」と思える研究開発を進めていきたいので、ぜひお力をお貸しください。
【テーマ01】 デジタルを活用した中堅・中小企業向けものづくり共創プラットフォームの実現
次に、テーマ1について、先端技術応用研究所の古川 美喜男氏と竹内 章浩氏の2名に話をうかがった。なお、テーマ1で想定されている共創例として、以下が挙げられている。
●生産プロセスの最適化・効率化への貢献
●カーボンニュートラル(スコープ3)とサプライチェーンの最適化への貢献
●データ連携への貢献
――テーマ1は、「デジタルを活用した中堅・中小企業向けものづくり共創プラットフォームの実現」ということですが、このプラットフォームとはどのようなものなのでしょうか。
古川氏 : ものづくり共創プラットフォームとは、製造業が直面している様々な問題や課題、例えば、市場や製品サイクルの短命化、脱炭素の実現、労働人口減少による働き手不足対策、などの社会課題をみんなで共創して解決を目指すプラットフォームです。
このプラットフォームでは、私たちが長年培ってきた省エネ・脱炭素・エネマネなどのGX領域の技術と、DX領域での技術、さらにはサプライチェーンの最適化という、3つの要素を有機的に組み合わせながら、共同研究開発やソリューション提供を行いたいと思っています。
――なぜその3つの領域が設定されたのでしょうか。
古川氏 : まず、省エネ・脱炭素・エネマネといった、GX領域は、もともと私たちが研究開発を重ねており、強みを持っている領域です。一方で、DX領域はそうではありません。私は2年前、中部電力の販売子会社である中部電力ミライズで、省エネや脱炭素のコンサルティングや開発一体型ソリューションの提供をしていました。
当時、中小・中堅企業でIT人材が不足していて、「DXを進めたいのに進められない」、「メーカーにいわれるままにDXに関する設備投資をしたが、あまり効果が出ていない」といった状況をよく見ていましたが、それらの状況に対し我々で何か手助けすることが出来ないかを常に考えていました。しかし、私たちには、製造業全体の生産ラインを見て生産性向上を図るノウハウやDX化をお手伝いするノウハウが圧倒的に不足しております。
そこで、そのようなノウハウを持っている企業さんと一緒になって、中堅・中小企業のDXを推進する仕組みを作り、我々の強みであるGXとDXを融合させて、お客さまの課題を解決していきたいと考えたのが、プラットフォーム構想の背景にありました。
また、その中小企業の加熱機器製造メーカなどと一緒になって進める開発一体型ソリューション提供の活動が優れていると評価されて、2023年に経済産業省の「第9回ものづくり日本大賞優秀賞」を受賞させていただきました。その時に審査員の方から、「この開発一体型ソリューションをデジタルツイン化していくのもよいのではないか」という話をいただいたのです。そこからデジタルツインの発想が出てきており、これもDX領域を設定した1つのきっかけになっています。
最後のサプライチェーンの最適化については、プラットフォームでDXやGXを推進して、多くのデータが集まるようになれば、それを組み合わせて、サプライチェーンの最適化を図れるのではないかということで設定しています。
▲中部電力株式会社 技術開発本部 先端技術応用研究所 副所長 古川 美喜男氏
――ものづくり共創プラットフォームは、すでにPoCが進められ成果も生まれているそうですが、それについて教えてください。
古川氏 : ある企業さんが工場を新設する際に、既存工場をデジタルツイン化して、生産ラインの業務分析を行い、そこから、生産性向上に向けた課題を抽出して、新工場に反映させるという取り組みを進めています。
――今回、「生産プロセスの最適化・効率化への貢献」「カーボンニュートラルとサプライチェーンの最適化への貢献」「データ連係への貢献」という3つの共創例が提示されています。これらのそれぞれについて、もう少しくわしい内容を教えてください。
竹内氏 : 一つ目の「生産プロセスの最適化・効率化への貢献」は、工場や製造ラインの配置をシミュレーションして最適化計算により、もっとも効率的な設備配置を自動的に設計できるようなものができればいいと思います。人とモノの動きが最適化できれば、それは当然、CO2排出削減、脱炭素にもつながります。シミュレーションを3DCADでおこなうだけではなくて、カメラで撮影した点群データと3DCADデータを連係させられるような技術もあると嬉しいですね。
二つ目の「カーボンニュートラルとサプライチェーンの最適化への貢献」は、CO2排出量が少ない企業や製品をデータベース化して、マッチングしたりすることで、サプライチェーン全体でのCO2排出量削減を目指す取り組みを考えています。それだけではなく、より付加価値向上を目指せる企業マッチングもできるようにしたいですね。
三つ目の「データ連係への貢献」は、工場のIoTのデータ、MES(製造実行システム)や生産管理システムのデータを、相互にコンバートしたり、横串を刺して利用することで、全体最適化したり、自社だけではなく、他社でも利用できるようなデータベース構築を目指します。その場合、不正利用防止などのセキュリティ面も重要になるので、NFTを活用した不正コピー防止技術などを持つ企業も歓迎します。
▲中部電力株式会社 技術開発本部 先端技術応用研究所 プロジェクト推進グループ長 竹内 章浩氏
――本テーマにおいて、パートナー企業に提供可能なリソース・アセットは、どのようなものがありますか。
古川氏 : 我々のプラットフォームは箱としての形が出来あがってきておりますので、デジタルツインのプラットフォームを利用していただける協力企業や顧客などから得られるデータ連携などを進めております。このプラットフォームに、例えばAPI連携していただく形で、必要に応じてデータを活用していただけます。
――それでは最後に、古川さん・竹内さんからパートナー企業に向けて、メッセージを一言ずついただけますか。
古川氏 : 2050年には、生産年齢人口が現在より2,000万人も減ると推計されています。そこから生じる社会課題を解決するのは、その時代にまで活躍している若い企業の力が必要です。スタートアップなど、新しい技術・サービスを持ったパートナー企業からのご応募をお待ちしています。
竹内氏 : 私たちはプラットフォームを作り上げ、皆さんに使っていただける場としてご提供します。様々なアイデアと技術で、自由度高くプラットフォームを活用してください。
【テーマ02】 エネマネを中心とした強固なレジリエンスを有するまちづくり
テーマ2については、先端技術応用研究所EaaSグループ長の藤田美和子氏、同じくEaaSグループの久保田潮氏にお話を聞いた。テーマ2では、想定共創例として下記が挙げられている。
●安全・安心の実現
●物流の効率化
●エネルギーの貯蔵
●グリーンエネルギーの創造と活用
●移動手段の拡充
――テーマ2には、「まちづくり」という言葉があります。本テーマにおいて目指す「まちづくり」のイメージはどのようなものでしょうか。
藤田氏 : 中部電力の根幹にある使命は、中部地域の人々の暮らしを守り、安心・安全をお届けすることです。これは創業以来変わっていません。これには、二つの側面があると思っています。
一つは災害時にも強いインフラで、安心・安全をお届けするという意味があります。つまり、災害に強いまちづくりです。一方で、そればかり強調すると、災害時以外の平時のまちは考えていないのかと思われてしまいかねません。もちろんそんなことはなく、このまちに住んで良かったと思える「暮らしやすく、移動しやすいまちづくり」を目指しています。
▲中部電力株式会社 技術開発本部 先端技術応用研究所 EaaSグループ長 藤田 美和子氏
――暮らしやすいまちづくりと、エネマネというのは、どのように関係してくるのでしょうか。
藤田氏 : いろいろな可能性はあると思いますが、すぐに思いつくのは、モビリティとの掛け合わせがあります。例えば、緑が多くて治安もよくて環境はいいのだけど、駅から離れていてラストワンマイルの移動手段が少ないので、あまり居住人気が出ないという地域はよくあります。
そういったところで、自動運転も含め、モビリティインフラを整備することで、まちに新しい価値を生み出す、そのためにエネマネが活用できるといった可能性があると思います。他にもまちとエネマネを組み合わせたアイデアが、今回、共創パートナーさんから広く集まれば嬉しいですね。
――エネマネのソリューション自体は、いろいろな会社から提供されていますが、中部電力さんの特徴はどこにあるのですか。
藤田氏 : 当然ですが、私たちは電力会社なので、電力提供の上流から、消費、電気料金の計算・徴収まで、一気通貫で連携して扱えます。また、ベンダーに依存せずに、最適な組み合わせでシステムを構築することができます。さらに、セキュリティ面が非常に強固である点も特徴かと思います。
――テーマ2では、具体的な共創例を5つ挙げられています。これは、どのような観点から挙げられているのでしょうか。
久保田氏 : テーマに「強固なレジリエンス」とあるように、日々の暮らしでの快適性や利便性を向上させることと、災害時にも役立つということの、両方に共通する研究課題を挙げています。
AIを使った自動化技術やデータ処理技術でよりエネマネを効率化することや、新しい高効率の太陽光発電活用、さらに環境負荷の少ないエネルギー創出や、災害時にも利用できる自動搬送など、具体的な中身はいろいろ考えられます。
▲中部電力株式会社 技術開発本部 先端技術応用研究所 EaaSグループ 久保田 潮氏
――これまでに、エネマネとまちを掛け合わせてPoCを実施されたこともあるのでしょうか。
藤田氏 : 中部電力と、中部電力ミライズ、それからデンソーさんとのオープンイノベーションで、長野県の軽井沢で、EVを活用したカーシェアとエネマネのコラボレーションのPoCを実施しました(※)。簡単にいうと、EVを再生可能エネルギーの蓄電池とカーシェアの両方に使うという実験で、そのためにエネマネを使うというものです。カーシェアの利用タイミングをうまく調整しながら運用することで、住民にとっては、カーシェアを利用しながら再生可能エネの蓄電で電気代も安くなるというメリットが得られます。
※参考:BEVを活用したエネルギーマネジメントシステムの試験導入開始~カーシェアと再生可能エネルギーの地産地消率向上の両立を目指して~(プレスリリース)
――中部電力として、今回の共創パートナー企業に提供できるアセットには、どのようなものがありますか。
藤田氏 : モビリティの研究なら、EVや蓄電池といったハードはアレンジできます。また、パワーグリッド系では、送電線の巡視にドローンを使って画像処理をするといった研究もしていますので、そういった研究データ等の提供なども可能かと思います。
――それでは最後に、藤田さん・久保田さんからパートナー企業に向けて、メッセージを一言ずつお願いします。
藤田氏 : カーボンニュートラル実現というのは、困難な課題だといつも感じています。だからこそ、一緒に楽しくそれを目指していける共創パートナーとの出会いが楽しみです。
久保田氏 : エネルギーというのは、どんな事業をするにしても必ず関係する課題だと思います。今回5つの共創例を挙げさせてもらいましたが、それにとらわれず、自信のある技術をご提案いただければと思います。
取材後記
日本のあらゆる産業も、私たちの日々の暮らしも、電気がなければ1日も成り立たない。その最重要インフラを支える電力会社とのオープンイノベーションに参画することは、産業や生活の根底を支え、未来の社会を構築する一助となる意義の高い取り組みとなるはずだ。テーマごとに共創例は挙げられているものの、それ以外の提案でもアイデアや技術が優れていれば積極的に採用検討されるので、ぜひ多くの企業にチャレンジしてもらいたい。
●『中部電力オープンイノベーション2024』の詳細は以下URLをご覧ください。
https://eiicon.net/about/chuden-oi2024/
(編集:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:加藤武俊)