愛知県を舞台にした「起業・スタートアップ×地域のビジネス共創プログラム」が今年も始動!昨年度採択スタートアップが実感したプログラムの魅力とは?
愛知県は、2024年に日本最大級のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」を名古屋市内に開業するなど、2018年に策定した「Aichi-Startup戦略」に則り、様々な施策によってスタートアップ・エコシステムの形成・充実を推進する自治体として注目されている。
そんな愛知県がスタートアップ支援の一環として2022年度から開催している「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」は、愛知県内の各市町村・支援機関等とスタートアップが手を取り合うことにより、地域に根ざしたビジネスの創出を目指す事業共創プログラムだ。2期目となる今年度は7月25日より企業のエントリー受付がスタートする。
TOMORUBAでは、今年度のプログラム開始に先立ち、昨年度のプログラム採択企業として現在進行形で県内自治体との共創を進めている株式会社TOWINGの木村氏、株式会社picks designの松浦氏へのインタビューを実施。両社が昨年度の「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」にエントリーした理由や経緯、自治体と進めている事業の現状や今後の見通しについてお聞きするとともに、スタートアップが同プログラムに参加する意義やメリット、自治体との共創をスムーズに進めるためのポイントなどにもついても語っていただいた。
プログラムへの参加背景と共創の現在地
――まずはpicks design松浦さんにお聞きします。昨年度の「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」に参加された理由や経緯について教えてください。
picks design松浦氏 : 当社はUI/UXデザインやグラフィックデザイン、ブランディングデザインなどを手掛けている会社です。2020年頃は飲食店様や食品卸会社様といった食に関係する企業様のデザイン案件を数多く手掛けていましたが、コロナの流行によって多くの人々が苦境に立たされている姿を見て、「食に関わる人々や業界を支援できる事業を立ち上げたい」と考えるようになりました。
ただ、そのような事業の方向性は見えていたものの、具体的なビジネスモデルは固まり切っていませんでした。「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」は、地域の自治体の皆さんやメンターさんと一緒に、地域の課題を解決するソリューションを作り上げていく事業共創プログラムであったため、プログラムを通して私の抱いていた想いを実現し、食の領域で地域に貢献できるビジネスを生み出せるかもしれないと考えました。
▲株式会社picks design CEO代表取締役 松浦 克彦氏
学生時代から企業との新規商品開発やクラウドファンディングに取り組む。自動車部品メーカーを経て2020年に個人事業主として独立。その翌年にpicks designを法人化。「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM 2022」への参加を経て、2023年4月に新サービス「そのとちぎふと」をローンチ。
――プログラムの採択企業となった後、自治体と共に取り組んだ事業について教えてください。
picks design松浦氏 : プログラムでの共創・メンタリングを通じて、今年の4月に「そのとちぎふと」というサブスクリプションサービスをスタートしました。
「そのとちぎふと」では、愛知県を中心に各地の食にまつわる特産品や名産品、知られざる逸品となっている美味しい食べ物などを発掘し、月1回、1品2食分の食品と一緒に、その食品にまつわる物語や生産地の観光情報などを知ることができる旅行記をお届けしています。
――「そのとちぎふと」は、どのような経緯で着想されたサービスなのでしょうか?
picks design松浦氏 : 自治体や地域の方々へのヒアリングから着想を得ました。地域ごとに様々な名産品が存在しているにも関わらず、「発信の方法がわからない」「自分たちだけでは発信できることに限界がある」という課題を持っている自治体が非常に多かったのです。
また、生産者さんは自分たちで作った食品を客観視したり、アピールしたりすることに難しさを感じているようでした。それならば私たちが地域の名産品の発信をサービス化することで、全国のユーザーに届けていこうと考え、メンターさんと一緒にビジネスをブラッシュアップしていきました。
▲「そのとちぎふと」は、日本の「どこか」の地域を旅した旅行記と、その地域特有のおいしい「なにか」が自宅に届くサブスクリプションサービス。(画像出典:そのとちぎふとホームページ)
――続きましてTOWING木村さんにもお聞きします。昨年度の「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」に参加された理由や経緯について教えてください。
TOWING木村氏 : 当社は独自の土壌微生物技術に強みを持っており、この技術を活かした「高機能バイオ炭」を開発しています。この高機能バイオ炭は、地域の農家さんや農協が処理している米を脱穀した際に出る籾殻、畜産農家さんたちが処理している家畜の糞などを炭にしたものに微生物を定着させて作り出しています。
私たちが作った高機能バイオ炭を活用することにより、従来は5年程度掛かっていた有機栽培に必要な土づくりを1カ月程に短縮することができます。当社の高機能バイオ炭を広めていくことができれば、バイオマス(籾殻、畜糞、剪定枝等)の処理に関する課題を解決できるほか、農林水産省が「みどりの食料システム戦略」などの中で提唱している農業分野の脱炭素や減化学肥料、有機農業の推進にも貢献できると考えています。
しかしながら、このような有機農業の拡大、化学肥料の削減、農業の脱炭素に関する具体的な施策は市町村単位の自治体に委ねられているのが実情です。また、バイオマス資源は産業廃棄物に相当するため、これも市町村単位の自治体の管轄となります。つまり、私たちが高機能バイオ炭を作り、広めていくためには、地域ごとの自治体との協業が不可欠となります。
昨年度の「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」には愛知県内の様々な自治体が参加されていたため、プログラムに参加することで多くの自治体にまとめてアプローチできると考えました。また、私たち自身も名古屋市にオフィスを構え、刈谷市に実験農場を持つ愛知県の会社なので、プログラムを通して愛知県全体を盛り上げたいという気持ちもありました。
▲株式会社TOWING 取締役COO 木村 俊介氏
総合電機メーカでの研究開発、車載部品メーカでの新規事業開発を経てTOWINGを共同創業、取締役COO就任。 大手農業法人、農業関連企業などとのアライアンスを中心に、主力商材である高機能バイオ炭事業の事業企画からマーケティング、営業まで一気通貫で担当。
――すでに「高機能バイオ炭」というプロダクトをお持ちだったとのことですが、プログラムの採択企業となった後、自治体とどのようなことに取り組まれたのでしょうか?
TOWING木村氏 : プログラムがスタートしたのは去年の秋口だったので、秋から冬にかけては西尾市さん、豊川市さん、豊橋市さんなど、それぞれの市を管轄する農協と協力して試験計画を立てていました。
今年3 月に行われた2回目のデモデイの頃には導入計画まで立て終わっていたと思います。現在は高機能バイオ炭を活用して実際に様々な作物を生育している段階です。ジャガイモ、人参、ブロッコリー、カブ、玉葱、キャベツなど、スーパーに並んでいるような野菜はほとんど試しています。
また、今回のプログラムを通して様々な自治体や農協とのつながりが生まれ、事業のトラクションができたことにより、4月の末には8.4億円の資金調達を実施することができました。現在では調達資金を活用した自社工場の建設も予定しており、工場の用地選定や法規対応なども含めて豊橋市さんから継続的にサポートいただいています。
▲TOWINGが開発する「高機能バイオ炭」。(画像出典:プレスリリース)
地域の商流や人的ネットワークを知り尽くす自治体ならではの多様なサポート
――自社工場の建設なども含め、TOWINGさんは様々な形で自治体からの支援を受けられているのですね。
TOWING木村氏 : そうですね。そのほかにも国の補助事業に関する情報をいただいたり、生産法人や大きな農家さんをご紹介いただいたりするなど、要所要所で行政主体でなければ得られない情報やネットワークをご提供いただいており、大変助かっています。
――picks designさんは、自治体からどのようなサポートを受けられましたか?
picks design松浦氏 : 当社の「そのとちぎふと」は地域の名産品を発信するサービスですが、私たちのような小さな会社が地域の老舗食品店さんに対して、いきなりドアノックするのはかなり難しいんです。しかもサービスが始まったばかりで実績もありませんからね。普通なら門前払いされてもおかしくありませんが、事前に自治体の方々から話を通してもらうなどしてワンクッション挟んでもらったことで、その後の話がスムーズに進んでいきました。
また、自治体の方々だからこそ知っている特産品・名産品も少なくありません。たとえば4月にユーザーへ発送した「絹姫サーモン」は愛知県設楽町の山深い土地で養殖されたサーモンなのですが、自治体の方から教えてもらえたからこそ出会えた逸品でした。そのような意味でも「そのとちぎふと」は、地域の自治体や地元の方々の協力なくしては実現し得ないサービスなんですよね。
――両社とも自治体と共に事業を進められていますが、自治体と共創する中で見えてきた「新たな事業の可能性」などはありますか?
TOWING木村氏 : 当社のプロダクトは農業資材なので地味ではありますが、高機能バイオ炭を活用して生産された農作物は、環境貢献性やサステナブルの観点もあり、各方面からのニーズが高まっています。
そこで当社としては、高機能バイオ炭を活用して自治体や地域の抱える環境課題を解決するとともに、高機能バイオ炭によって生産された農作物をふるさと納税に活用する仕組みにつなげていき、自治体の税収課題の解決にも横展開できるような仕組み作りを検討しています。
現在、このような取り組みを実施しているのは全国でも埼玉県の深谷市だけなので、私たちが主体となって愛知県内の自治体の税収に貢献するような取り組みを推進していきたいと考えています。
picks design松浦氏 : 今のところ「そのとちぎふと」は食品関連の名産品に絞ってサービスを展開していますが、様々な自治体との協力関係を構築していくことで、今後は日本酒や工芸品といったジャンルにも幅を広げていけるのではないかと考えています。
また、現在は愛知県・東海エリアの名産品をメインにしていますが、将来的には全国各地の名産品にアプローチするなど、より多くの地域・自治体を巻き込んでいけるようなサービスにしていきたいです。
――両社が考えている今後の事業展開のイメージについて教えてください。
TOWING木村氏 : まずは高機能バイオ炭を活用してもらえる需要・マーケットを作る活動に注力していきます。需要を開拓した後は、製品を生産してもらえるパートナーを開拓していきます。高機能バイオ炭はOEMで展開していく方針ですので、自治体と一緒に高機能バイオ炭を生産してもらえる企業を探していくことになると思います。最終的には先ほど申し上げたように、高機能バイオ炭で作った農作物による税収還元のサイクルを構築していくつもりです。
また、私たちが目指しているのは地域経済の活性化ですので、地域の経済を壊すことにならないよう、自治体の皆さんのご協力を得ることで、地域に根付いた商流を意識し、然るべき手順を踏みながら慎重にプロジェクトを進めていく必要があると考えています。
picks design松浦氏 : 「そのとちぎふと」は今年の4月にスタートしたばかりなので、まずは地域の食や地域の魅力を知っていただけるよう、サービス内容の充実・向上を目指すとともに、ユーザーの拡大に注力していきたいと考えています。最終的には、先ほど申し上げたような愛知発の事例をベースとした全国展開を目指していくつもりです。
自治体をその気にさせるロジックあるメリットとパッションが重要
――これから今年度の「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」がスタートしますが、スタートアップが自治体と共創するにあたって押さえておくべきポイント、整理しておくべきビジネス要件などがあれば教えてください。
TOWING木村氏 : スタートアップとして「自治体にどのようなメリットを提供できるか」が勝負になると思います。そのためにも各自治体が抱えている課題や困り事を把握し、解決できるプランを練っておくべきです。自治体の課題については、各自治体のホームページに載っていることが多いので、事前に調べておくといいでしょう。
また、自治体は公的機関なので、国の政策まで見据えた提案ができると良い反応を得られることが多いです。たとえば「国がこう言ってるので○○市さんもこれをやりましょう」と切り出せば話がスムーズに進みやすい傾向はあると思います。基礎自治体の場合は予算も限られているので、国からの補助金を得られるような提案やアイデアがあれば耳を傾けてもらいやすいと思います。
picks design松浦氏 : 木村さんがおっしゃるようにメリットの提示はとても大事ですよね。さらにもう一つ付け加えるのであれば「自分がなぜこの事業をやっているのか」について熱量を持って伝えることも大切だと思います。
とくに当社の場合はTOWINGさんと違ってビジネスやプロダクトが固まっていたわけではないので、自分たちの想いや実現したいことを丁寧に説明する必要がありました。実際、私のパッションのようなものに共感して手を差し伸べてくれた方々もたくさんいらっしゃいました。
TOWING木村氏 : 同感です。最後に動くのは人ですからね。ロジックとパッション、その双方が重要になることは間違いないと思います。
――地域の自治体との共創以外に、スタートアップとして「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」に参加して得られたメリット、受けることができたサポートなどについて、特徴的なものがあれば教えてください。
picks design松浦氏 : メンターさんのフォローアップには本当に助けられました。プログラムのスタート時点ではサービスの形が定まっていませんでしたが、メンターさんのサポートやアドバイスのお陰もあり、半年でサービスが完成しましたからね。今でも二週間に一度は相談に乗ってもらっています。
TOWING木村氏 : 私も資金調達で大変だった時期にメンターさんに助けていただきました。当社担当のメンターさんは地域に様々なネットワークを持っている方なので、今でも要所要所でサポートいただいています。
picks design松浦氏 : スタートアップのフェーズやビジネス、プロダクトの特徴に合わせて最適なメンターさんをアサインしてもらえることも、このプログラムの素晴らしいところですよね。
――最後になりますが、今年度のプログラムへの参加を検討しているスタートアップやベンチャーの方々へのメッセージをお願いします。
picks design松浦氏 : メンターさんとサービスをブラッシュアップし、自治体と一緒にビジネスを推進してきたこの半年間は、当社にとって非常に貴重な経験となりました。もし、このプログラムに参加していなければ、当社のビジネスは未だに形になっていなかったと思います。エントリーして損をすることは何もないので、迷っているなら応募するべきだと思います。
TOWING木村氏 : 当社のプロダクトである高機能バイオ炭は、直前に参加していた別のアクセラレータープログラムを経て完成したものであり、このプログラムに参加した時点ではPMFもままならない状況でした。
picks designさんもそうですが、完全に出来上がったサービスやプロダクトがない状態であっても、このプログラムを通して検証や地域実装を進めていけるチャンスがあるので諦めないでほしいです。もちろん自治体からのサポートを受けられる可能性もあるので、まずはエントリーすることをお勧めします。
picks design松浦氏 : 採択された後はプログラムを使い倒してください。メンター、自治体、事務局の方々に対して、こちらの想いや要望をガンガン伝えていったほうがいいと思います。
TOWING木村氏 : 私たちの要望にしっかり応えてくれる頼もしい方々ばかりですからね。「もう来るな」って思われるくらい積極的にアタックしてみてください(笑)。
取材後記
今回で2期目を迎える「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」の最大の特徴は、スタートアップが地域の自治体等と組んで事業を生み出し、推進できる点にある。その地域特有の商流や慣習、人的ネットワークを知り尽くし、法規や条例などにも通じた自治体と組むことにより、一企業の独力では解決困難だった様々なハードルをクリアしつつ、地域に根差したイノベーションを生み出すチャンスが得られるはずだ。
一般企業とのオープンイノベーションとは異なるプロセスで新しいサービスやビジネスを作り出したい企業はもちろん、愛知県の活性化や地域創生に貢献したいと考えている企業にとっても圧倒的に参加価値の高いプログラムであることは間違いない。今後も同プログラムから誕生するバラエティに富んだ共創やイノベーションに注目していきたい。
※「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM 2023」の詳細は以下URLよりご確認ください。
https://eiicon.net/about/aichi-co-create2023/
(編集後記:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:加藤武俊)