リサイクル会社の4代目社長が手掛ける業界のDX。ITを駆使した循環型社会とは
家業を継いでから新たなビジネスチャンスにチャレンジする「ベンチャー型事業承継」。業態転換や新規事業に挑んだ跡継ぎベンチャーを取材し、その経験とノウハウを発信するのが「事業承継の原体験とイノベーション」です。
第一弾となる今回は、1902年創業のリサイクル会社・東港金属を継いだ4代目社長の福田 隆氏にインタビュー。2002年に会社を継いだ後、既存事業の売上を数倍に伸ばし、新たにITビジネスを手掛けるトライシクル社を創業しました。リサイクルの現場で、ものが廃棄されていく様に違和感を覚え「BtoB版のメルカリ」であるReSACO(リサコ)をリリース。
IT未経験の福田氏がサービスを立ち上げるまでに経験した苦労とは。跡継ぎベンチャーが成功するためのポイントを聞きました。
【取材対象者】トライシクル株式会社 代表取締役 福田隆氏
入社半年で家業を引き継ぐことに。経営改革成功の背景にあった前職での経験
ーーまずは家業を継ぐまでの経歴を聞かせてください。
福田氏 : 私が新卒で入社したのがべアリング業界の大企業です。当時は家業を継ぐことは強く意識してなく、モノづくりであるメーカーに興味がありました。その会社は海外の仕事も多く、自社の飛行機も持っているような会社で、何度も海外出張に行かせてもらいました。
若手に大きな仕事をさせて育てる会社で、営業職の私も1年目から大手のクライアントを任せてもらったのは貴重な経験でした。怒られながらも、スピードを持って成長できたと思います。加えて、メーカーの工場がどのように運営されていたのか見られたのも、結果的に今の仕事に活きています。
しかし、短期間で様々な経験をさせてもらえた一方で、年功序列など日本的な文化が窮屈に感じて、外資系のコンピューターの会社に転職しました。
ーー1社目では日本式の営業を学ばれたんですね。次の会社では何を学んだのでしょうか。
福田氏 : アメリカ式のロジカルな営業スタイルです。一社ごとに緻密に営業計画を建てて上司に承認をもらうのですが、戦略が甘いと何度もやり直しをさせられました。結果が出なければすぐにクビになる厳しい環境で、同期で入ったメンバーは3か月後には3分の2になっていましたね。
結果を出せばそれだけ高い給与をもらえるのですが、お金だけで社員のモチベーションを上げると人間関係が悪くなることも学びました。その教訓は今もマネジメントの反面教師になっています。
ーーその後、会社を継いだそうですが、そのきっかけを聞かせてください。
福田氏 : 父に「戻ってきてほしい」と言われたからです。父はいつか会社を継いでほしいと思っていたようで、私自身も「いつかは継ぐのかな」と漠然と思っていたので、反対することなく実家に戻ることにしました。
最初は現場でリサイクル業のイロハを学んだ後、3ヶ月後には営業を任されることに。当時、大手の取引先がなくなったことで、その穴埋めをするよう言われたのです。私は5万円の安いスクーターを買ってきては、何社も飛び込み営業しながら「不用品があればください」と回りました。
その時は外資系企業での営業経験が活きましたね。根性だけではなく、小さな提案書を作りながらロジカルにメリットを伝えたおかげで、予想以上の成績を出しました。そして、営業を始めて3ヶ月後、父親が急に亡くなったことで私が会社を継ぐことになったのです。
ーーあまりに突然ですね。経営を引き継ぐことに抵抗はありませんでしたか?
福田氏 : 抵抗はありませんでした。なぜなら、数カ月間働いてみて事業を拡大できると確信していたからです。当時のリサイクル業界は「お客様を大事にする」という感覚がまったくありません。一般的なビジネスマナーを守るだけで、差別化になると思ったのです。
事実、会社に入ってすぐに飛び込み営業をした時も、驚くほど成約がとれました。それまでに学んだ営業を取り入れたことで、結果的に経営改革が進み右肩上がりで業績はよくなっていったのです。「いつかは家業を継ぐ」と頭の片隅で考えていたのも、抵抗なく経営を引き継げた理由だと思います。
ーー社長が変わって経営方針が大きく変わると、社員が不満を持つケースも少なくありませんが、当時はいかがでしたか?
福田氏 : おっしゃる通り、もともといた社員の中には反発する方もいました。そのため、社長になってから2年で、既存社員の3分の1が辞めてしまいましたね。しかし、辞めていくのと同じだけ採用もできていたので組織が小さくなることはありません。
むしろ、お客様を大事にできる真面目な社員を採用して、業績も会社の雰囲気もどんどんよくなっていたので、人が辞めていっても負担に感じることはありませんでした。ただし、当時の私は28歳と若く、強引に経営方針を変えてしまったので、今思えばもっとうまく変えられたかな、と思う時もあります。
メルカリに刺激され、ITによる循環型社会の実現に乗り出す
ーー経営を引き継いでから3年で、売上を4倍にまで成長させたようですね。順調に成長していたにもかかわらず、新規事業に乗り出そうと思ったきっかけを教えてください。
福田氏 : きっかけとなったのはメルカリの台頭です。リサイクル事業をしながら「まだ使えるものを捨てるのはもったいないな」と思うようになり、サーキュラー・エコノミーへの関心を強くもつようになっていました。中古屋やフリーマーケットを見ながら「誰かにとって要らなくなったものが、誰かに使われる」そんな循環が面白いと思ったのです。
▲福田氏が新設したリサイクルセンター
そう考えているときにメルカリが普及し始め「これは本来私たちリサイクル業者がやらなきゃいけないことだよな」と思いました。IT企業がリサイクルに貢献しているなら、リサイクル業者の自分たちもITサービスを立ち上げようと思ったのです。
ーーリサイクルショップなど他にも選択肢があったと思いますが、ITにこだわった理由もあるのでしょうか。
福田氏 : 時代の流れもありますが、リサイクル業界における東京という立地も理由の一つです。東京は地価が高く、地方のリサイクル工場のように大きな工場は建てられません。加えて東京には魅力的な企業がたくさんあるため、リサイクル会社が優秀な人材を採用するのも至難の業です。
一方で地方は大きな工場も建てられますし、地方の大学を卒業した優秀な人材も採用できます。そんな地方の競合と競っていくには、東京の強みを活かすしかありません。魅力的なIT企業が集中し、優秀なIT人材が多くいる状況を逆手に取って、自分たちもIT事業に乗り出そうと思ったのです。
ーー全くの異業界に進出するにあたり、不安はなかったのでしょうか?
福田氏 : 全くの異業界だったからこそ、怖くありませんでした。もしもIT業界について詳しかったら、自分の挑戦が無謀に思えて動けなかったかもしれません。
やるからには成功するまでやり続けようと覚悟した一方で、ありがたいことに本業は順調だったので、できる範囲からスモールスタートしようと思いました。
ーーどのようにITの知識を身につけていったのか教えてください。
福田氏 : 実は2017年にAIブームが起きたときに、勉強のために3日間の研修に参加していました。当時は具体的に起業は考えていませんでしたが、これからどんな時代が来るのか知りたいと思ったのです。
たったの3日でしたが、その研修のおかげでAIについて一通り学べて、講師に手取り足取り教えてもらいながら、予測モデルを作ることが出来ました。この経験が、実際に事業を立ち上げる時も大いに役立ちましたね。
初めてだらけのIT起業。苦難の連続を乗り越えて事業の立ち上げまで
ーー異業界へのチャレンジ、まずは何から始めたのか教えてください。
福田氏 : まずは人の採用からはじめました。私を含め社内にビジネスの立ち上げに詳しい人材はいません。そこで、大企業で事業立ち上げの経験のある知り合いに声をかけてみたところ、ビジョンに共感してジョインしてくれました。
それからは2人で事業計画を作り始めると同時にエンジニア採用にも乗り出します。リサイクル会社のレガシーなオフィスではエンジニアは採用できないだろうと、見栄えするオフィスを新たに用意しました。
▲IT事業のために用意したオフィス
ーーオフィスを用意して、順調にエンジニアを採用できたのでしょうか。
福田氏 : いえ、それが全然(笑)。箱を作っただけでは人を採用できないと反省しました。正社員を採用できなかったため、外部に委託しながらの開発スタートとなります。
それからは開発を続けながらも、エンジニアの採用に注力してきました。エンジニアが集まるイベントや採用媒体で情報を発信し、徐々にエンジニアの方たちに認知してもらうようにしたのです。最初のころは私もブログを書いて発信していました。
そんなことを続けていくうちに、徐々にエンジニアを採用できるようになり、今では立派な開発組織が出来上がっています。
ーー開発したサービスについても聞かせてください。
福田氏 : BtoB版メルカリのReSACO(リサコ)を開発したのですが、事業としてはうまく立ち上がりませんでした。アプリを作るまでは「サービスさえローンチすればうまくいく」と甘く考えていましたが、その希望的観測は見事に打ち砕かれましたね。アプリをリリースしても、まったくユーザーが増えなかったのです。
困り果てた私はリサイクルのお客様に話を聞きに行きました。すると「法人がわざわざ備品を一つひとつ写真に撮って売るわけないよね」と衝撃の一言を言われたのです。納得し、すぐにサービスをピボットしました。
ーーどのようにピボットしたのでしょうか。
福田氏 : まずは「売るもの」を増やすため回収に特化し、オフィス家具や店舗什器などの無料回収「プレミアム無料回収サービス」・「LINE無料回収サービス」や「不用品まるっとおまかせサービス」をはじめました。
▲LINEで簡単に相談できる
この取り組みはお客様からの反応がよく、一度利用してくれたお客様の多くがリピートしてくれました。回収した不用品は使えるものは売りますし、どうしても売れないものは私たちの産業廃棄物処理事業に回します。
これは産業廃棄物処理業を生業にしている私たちだからできること。家業とうまく組み合わせたことで、唯一無二のビジネスモデルを生み出せました。
ーー現在の事業フェーズについても教えてください。
福田氏 : 回収したものを一般の方にも販売しており、販売会を開けば多くのお客様が買いにきてくれます。しかし、事業として成り立たせるにはもっと回収量を増やして、より多くの人に買ってもらわなければなりません。
新型コロナウイルスの影響で、新しくオフィスを借りる人が激減したこともあり、計画どおりに事業は進んでいませんが手応えは感じています。コロナ禍が収束したときに備えて、より多くの人に利用してもらえるよう取り組んでいきたいと思います。
ベンチャー型事業承継を経験したから感じた、ビジネス立ち上げに欠かせないスキル
ーーベンチャー型事業承継をしてみての学びがあれば教えてください。
福田氏 : 新規事業全般に言えることですが、オリジナリティにこだわらないことです。私もビジネスアイディアを考えるときに、つい「新規性」にこだわってしまったのですが、全くうまくいきませんでした。
新しいということは、まだ誰もやっていないということ。誰もやっていないということは、ニーズがないということです。例えば私は「サーキュラー・エコノミーを実現する世界初のプラットフォーム」と銘打ってサービスをリリースしましたが、誰にも響きませんでした。当時は「誰もやっていないこと」に価値があると思っていたのです。
実際にビジネスがうまくいき始めたのは「LINEで無料査定」と誰もがわかりやすいコンセプトにしてから。お客さんもわかりやすいので、安心して申し込んでくれました。オリジナリティにこだわるのは事業が軌道に乗ってからでも遅くありません。それが私にとっての大きな学びでしたね。
ーー確かに新規事業全般に言えることですね。では、ベンチャー型事業をするに当たって、必要なスキルはありますか?
福田氏 : ITサービスを立ち上げるなら、最低限プログラミングの知識はあった方がいいと思います。開発の知識が全くできなければエンジニアと会話ができませんし、ITで何ができて何ができないのかイメージができません。ゼロから自分で開発できる必要はありませんが、プログラミングの知識はあってもいいですね。
もう一つ必要なのが営業力。新しい顧客を開拓するのはもちろんですが、営業力は社内でも発揮されます。例えばベンチャー型事業承継では、新しいことを始めるのに否定的な考え方をする人も社内にいるはずです。そんなときに、なぜ新しい事業をしなければならないのかしっかり説明し、会社をまとめなければなりません。
営業経験のない跡継ぎの方もいると思いますが、経営をしていく以上、営業スキルがあって損をすることはありません。場数を踏みながら磨いていってほしいと思います。
ーーベンチャー型事業承継を考えている方にメッセージをお願いします。
福田氏 : やりたいことがあるなら、まずは一歩を踏み出してみてください。家業を継ぐというのは、とても恵まれていること。できあがった事業を継げる機会というのは、世の中にそうそうありません。だからこそ、せっかくのチャンスを活かしながら、自分のやりたいことにもチャレンジしてほしいと思います。
この「まずは一歩踏み出す」のがとても重要で、人は一歩踏み出すことでやる気のスイッチが入ることが科学的にも証明されているようです。失敗が怖くてなかなか動けないという方も、まずは一歩踏み出すことで次の一歩に繋がると思います。
ーー最後に福田さんのビジョンを聞かせてください。
福田氏 : 2つあって、一つはITを活用した「再循環ネットワーク」を作ること。これまではIT化されていなかったので「売る人」と「買う人」が直接繋がることができていませんでした。間に目利きの職人が入っていたため時間も手数料もかかっていたのです。ITを使って直接繋いで、より効率的な循環の仕組みを作っていきたいと思います。
また、リサイクル業界のDXにも取り組んでいきたいですね。この業界はIT化が遅れているので、今でも前時代的な仕事の進め方をしている会社も少なくありません。リサイクル業界に特化したITツールを提供することで、業界全体をアップデートしていきたいと思います。
例えば2019年10月には電子契約サービス『エコドラフト with クラウドサイン』をリリースしました。産廃・建廃委託契約を電子化するサービスで、弁護士ドットコムさんの「クラウドサイン」とも連携しています。今後も、他の業界で当たり前になっているDXツールの「リサイクル業界版」を開発し、業界を変えていくのがビジョンです。
編集後記
取材をしていて感じた福田さんのすごいところは「軽やかに1歩目を踏み出せること」。経営を引き継ぐ時も、異業界に参入する時も迷わず一歩目を踏み出して来たと言います。もちろん本人にとって自信があってのことでしょうが、全てがうまくいっているわけではありません。
エンジニアの採用も事業の立ち上げも、思い通りにいかないこともたくさんあったはずですが、そこからうまくいく方法を見つけていく。その繰り返しで見事ベンチャー型事業承継を実現してきました。
まずは始めてみる、だめならうまくいく方法を探す。ビジネスの基本を愚直に体現している跡継ぎ社長でした。世の跡継ぎの方々にとって、福田さんの姿勢が参考になれば嬉しいです。
(取材・文:鈴木光平)