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世界シェアNo.1の「電子コンパス」を生み出したイントレプレナーに聞く(前編)

世界シェアNo.1の「電子コンパス」を生み出したイントレプレナーに聞く(前編)

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大企業のイントレプレナーのリアルに迫る新シリーズ企画「イントレプレナーの流儀」ーー第一弾の今回、登場してもらうのは旭化成の山下昌哉氏だ。1982年に同社に入社して「MRI(磁気共鳴画像診断装置)」「LIB(リチウムイオン二次電池)」「電子コンパス」の技術開発と新規事業の立ち上げに、長年繰り返し携わってきた。

特に「電子コンパス」は携帯電話の普及で世界的に市場が拡大する中、世界市場のシェアで60~70%を占める大事業へと成長。地図アプリで方位角や進行方向を示す電子コンパスは、今やほとんどのスマホに欠かせない存在となっている。私達が地図アプリを使って目的地にたどり着けるのも、この電子コンパスのおかげだ。その開発の裏側には「センサは、感度が高いほど良い」という常識を覆す、山下氏ならではの逆転の発想があった。

 旭化成の高度専門職として「グループフェロー」「シニアフェロー」を務め、現在 BtoB の製造業における新規事業創出に必要な「思考プロセス」の研究・開発を進めている山下氏。自身の経験から得たイノベーション思考を抽象化して、再現性の高い思考プロセスに落とし込もうと努力している。

 今回の前編記事では、電子コンパスの事業開発秘話と、イントレプレナーとしてイノベーションを起こす発想法、そしてアントレプレナーとイントレプレナーの違いについて語ってもらった。

   

「センサは感度が高いほど良い」という常識を覆す逆転の発想から生み出した「電子コンパス」

ーーまずは電子コンパスの開発に至った背景を聞かせてください。 

山下氏 : 2000年頃、携帯電話が急速に普及し始めたことにより、緊急通報も主に携帯電話から発信されるようになりました。携帯電話だと現場の位置が不明確で、緊急車両の応答時間が増えたことが日米での社会問題になったのです。

その問題を解決するため、アメリカでは2001年、携帯電話が「緊急通報と共に位置情報を提供する技術 E911」が定義され、日本でも2007年から携帯電話へのGPS搭載が義務付けられたのです。

そのような時代背景(社会的ニーズ)の中で、近い将来携帯電話の位置情報を使った「歩行者ナビゲーションサービス」が始まると予想した旭化成では、このサービス実現に不足している方位角情報を得るために、磁気センサで地磁気を測定する「電子コンパス」の必要性が生まれると考えて、開発提案がなされました。


ーー電子コンパスはどのように開発されていったのですか?

山下氏 : 「微弱な地磁気を磁気センサで測る」という課題だと認識した技術陣の会議では、即座に「小型で高感度な磁気センサを開発しよう」という方針が決まりました。「地磁気は微弱」だと認識する技術者にとって「感度が高い=優れたセンサ」という発想は、疑う余地も無い「常識」だったのです。

しかし私はひとり納得できませんでした。携帯電話は市街地で使うものです。鉄骨でできたビルが建ち並び、鉄の塊である自動車がたくさん移動しています。電車や地下鉄はモーター電流が地磁気より大きな妨害磁場を発生しながら走っているのです。そんな市街地で地磁気を測定しようとしても、結果が正確に北を向くはずはありません。

加えて携帯電話の中は、磁石と鉄で作られた部品で埋め尽くされています。測りたい地磁気より大きな磁場発生源がすぐ近くにあるのですから、地磁気だけ測定して方位角を計算するなんて無理な話だと思ったのです。

ーー計画の穴に、一人だけ気づいていたのですか。

山下氏 : それで開発テーマの無謀さを証明するために、実際に方位磁針を持って「市街地で地磁気を測定しても正しい方位角は分からない」という地図を作り始めました。出勤中や出張先で、地磁気が乱れていそうな場所を探して方位磁針が指す方向を記録することで「市街地では、こんなに地磁気が乱れてるんだよ」という事実をデータで示そうと思ったのです。

しかし、意外にも予想した程「ダメな地図」が作れませんでした。確かに市街地で地磁気は乱れているものの、その誤差は ±10~20度がほとんどだったので、ナビゲーションでは道を間違えない程度の誤差でしかなかったのです。

開発テーマ自体を思い留まらせる理由にはならなかったものの、「地磁気の方向にバラツキ誤差がある」という意外性がとても面白いと感じた私は「技術者の常識に反する方法で自ら電子コンパスを開発しよう」と決心しました。

ーー「高感度センサ」を開発する方針ではなかったのですね。

山下氏 : 高感度センサの開発は仮にうまくいっても、携帯電話に搭載すると、近くにスピーカーなどの磁石が配置されるので、磁気センサの入力が飽和して動作しなくなります。

そこで目をつけたのが「ホール素子」という低感度の磁気センサです。私が入社して最初に携わった「MRI」では、ホール素子を使っている汎用測定器で地磁気より微弱な環境磁場の変化を測っていたので、電子コンパスに利用できると思ったんですね。

 幸い旭化成グループには、民生用ホール素子で世界一という事業があって、ホール素子を長年研究している磁気センサ専門家も大勢いましたが「ホール素子では感度が低過ぎるから地磁気を測れない」と言いきっていました。そこで量産中のホール素子をもらって、実際に地磁気を測る「デモ機」を作り、会議で披露したところ、その場で正式な開発テーマとして認められたのです。このデモ機に一番驚いていたのは「ホール素子で地磁気は測れない」と断言していた「そのホール素子開発チーム」に所属する磁気センサの専門家たちでした。

医療機器である「MRI」の開発経験をした私が、全く別分野の「電子コンパス」を開発するという異例の経歴があったからこそ生まれた「常識」を覆す発想だったと思います。


▲旭化成・山下昌哉氏

「偶然の産物」を、再現性がある「思考プロセス」に昇華するための研究・開発を続ける

ーー現在は「思考プロセス」を研究しているそうですが、その理由を聞かせてください。

山下氏 : 60歳を超えた時に会社から「山下研究室を作っていいよ」と言われたのがきっかけです。何か具体的な技術を開発するよりも、「どういう発想をしたら、良い事業が作れるのか」という「思考プロセス」そのものを研究・開発する方が、それに基づいて将来多くの新規事業が生まれるチャンスを増やせると考えたからです。

私の電子コンパス事業が成功した背景には「MRI 開発時代の経験」という一種の偶然がありましたが、その開発プロセスを整理して、会社に貢献するにはどうすればいいか研究・開発しようと思いました。そこで当時流行り始めていた「デザイン思考」を学び始めたのです。

しかし、デザイン思考だけでは BtoB の製造業でイノベーションを起こすには、少し物足りないと感じて、取り入れたのが「SDM(System Design and Management)」というもの。

ーーSDM?

山下氏 : SDM とは、多様性を重視するシステムズエンジニアリングを基盤としながらも「システム思考」と「デザイン思考」を掛け合わせた思考法です。より創造的に考えることで革新を生み出す「イノベーション思考」として、1996年に MIT で生まれました。

日本では 2008年から慶應義塾大学大学院で同プログラムが提供されています。私たちも、このシステムデザイン・マネジメント研究科を修了された方からSDM を学んだのです。

今は、山下研究室ごと「マーケティング&イノベーション本部 イノベーション戦略室」という組織になり、「企業内起業に必要な思考プロセス」「イノベーション マネージメント システム」などの研究・開発と導入を続けています。

編集後記

電子コンパスの開発を成功させた背景には、山下氏が「MRIの開発経験」という特殊なキャリアを持っていたことが大きいと思われる。「イノベーションは異質なものの組み合わせで生まれる」とはよく言うが、その典型とも言えるだろう。しかし、イノベーションを偶然頼りにしているしているだけでは、いつまでもそのノウハウは磨かれない。

山下氏の最大の功績は電子コンパスの発明よりも、そのノウハウを研究し「思考プロセス」として落とし込んだことではないだろうか。どんなに素晴らしい技術も、開発した瞬間から陳腐化していくが、ノウハウはイノベーションの源泉として残っていく。

記事の後編では、その思考プロセスについて詳しく語ってもらった。必然的にイノベーションを生み出すノウハウを学びたい方は後編にご期待ください。

(取材・文:鈴木光平)

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  • 眞田 幸剛

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