愛知に芽吹くエコシステム――東海エリア学生起業家が競う「Tongaliビジネスプランコンテスト」に潜入取材
スタートアップ・エコシステムの構築が加速する東海エリア。とりわけ学生起業家たちに火がついているとの情報を得て、TOMORUBA編集部は東海地区の学生起業家らが競う「Tongaliビジネスプランコンテスト2021」に潜入取材。6月12日の昼下がり、続々と集まる若い起業家たちにまじって、コンテストの会場に入った。
会場は名古屋城のお膝元「名古屋能楽堂」。普段は能や狂言の公演に使われるヒノキ舞台だ。この場所で、予選を突破し本選への切符を手にした13の学生起業家チームが、磨き上げたビジネスプランを披露するという。今回はコロナ禍中であることから、オンラインとオフラインのハイブリッド開催だ。
今、東海エリアの若者たちの中からどのような起業家が誕生しつつあるのか。学生起業家らが提案するビジネスプランとは――本記事では、Tongaliビジネスプランコンテストの様子をイベントレポートとしてお届けする。
※Tongali(トンガリ)とは、東海地区5大学(名古屋大学、豊橋技術科学大学、名古屋工業大学、岐阜大学、三重大学)による起業家育成プロジェクト。「Tongaliビジネスプランコンテスト」は、東海地区のすべての大学および大阪大学・熊本大学に所属する学部生・大学院生・ポストドクターを対象に開催されている。
39件の応募の中から、予選を突破した13チームが本選へ
冒頭、名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部 本部長 佐宗章弘氏が登壇。今年度は39件の応募があり、そのうち予選を通過した13チームが今回の本選に進んだことを明らかにした。また、学生らに向けて緊張せず「のびのびとやってほしい」とエールを送り、開会の挨拶とした。
続いて、審査員の紹介に進む。本コンテストで審査員を務めるのは次の6名。審査項目は、「熱意・経営者力」「独自性」「市場優位性」「成長性」「収益性」「実現性」だ。
■名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部 本部長 佐宗章弘氏 ※審査員長
■なごのキャンパス プロデューサー/株式会社LEO 代表取締役 粟生万琴氏
■株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ 取締役/パートナー 坂本教晃氏
■株式会社トライエッティング(名古屋大学発ベンチャー) 代表取締役社長 長江祐樹氏
■Beyond Next Ventures 株式会社 マネージャー 橋爪克弥氏
■株式会社ニューズピックス ブランドデザイン事業部 アカウント・エグゼクティブ 渡辺敬子氏
また、以下のとおり複数の賞と、それぞれに対して豪華な副賞(賞金や事業化支援プログラム参加権、コワーキングスペース利用権、海外研修参加権など)が用意された。
■Tongali賞(1~5位の合計5チーム)
■Tongali海外チャレンジ賞
■愛知県賞(2チーム)
■NEDO賞
■NICT賞
■サポーター賞(SMBC日興証券賞/大和証券賞/東海東京証券賞/UTEC賞/なごのキャンパス賞(3チーム)/トビラ賞/トランコム賞/BNV賞/三井物産賞/三菱商事賞/未来のプロジェクト賞)
■オーディエンス賞
プレゼンテーションの持ち時間は7分。その後、審査員からの質疑応答に答える時間が5分。合計12分間で、登壇者は準備したビジネスプランの魅力を語り尽くす。
予選を勝ち抜いた13チームの中で、審査員の心を射止めたチームはどこか――まず、審査員の合計得点で決まる「Tongali賞」受賞チームのビジネスプランから紹介しよう。
審査員から最も多くの票を得た「トップ5チーム」のアイデアとは
■ Tongali賞 最優秀賞(1位) 「Caffet」
~カフェで同じ目的の新しい仲間と集まって、コーヒー片手に話せるサービス
※同時受賞:なごのキャンパス賞
栄えある最優秀賞に輝いたのは、豊橋技術科学大学 籔内龍介氏らの「Caffet(カフェット)」チームだ。「Caffet」チームは、かつて交流の場として機能していた喫茶店が高齢化によって衰退していること、コロナ禍によるリアルな交流の減少により1人で悩む若者が増えていることに課題感を抱き、喫茶店と若者をマッチングするサービスを考えたという。
具体的には、「Caffet」という「ラフ」と「チケット」の2つの機能を特徴とするサービスを起案。「ラフ」は、同じ目的(勉強、仕事、趣味など)を持った仲間を気軽に集められる機能で、「Caffet」のアプリ上で簡単に作成・公開・仲間募集ができる。「チケット」は、サービスを使いたいユーザーがアプリ上で購入するもの。チケット1枚につき、コーヒー1杯と交換でき、ラフ(カフェでの気軽な交流)に参加できる。チケットの交換はQRコードで行え、すべてを1つのアプリで完結できる点が特長だ。
ビジネスモデルとしては、1チケットに対して手数料を得る。このチームの特異な点は、すでにクラウドファンディングで資金を集め、今年5月にサービスをローンチしていること。豊橋市内の16店舗に導入済で、使われ始めているという。審査員からは、すでにプロダクトをローンチしお客様の声も聞いている点を評価したことが伝えられた。
■ Tongali賞 優秀賞(2位) 「musubun」
~学生と介護に特化したマッチングサービス
※同時受賞:SMBC日興証券賞、なごのキャンパス賞、三井物産賞
続いては、昨年度に続く2回目のチャレンジで堂々2位に輝いた、椙山女学園大学 鈴村萌芽氏らの「musubun」チームだ。「musubun」チームは、介護業界の人手不足により、将来、3人に1人が介護を受けられなくなることに危機感を抱く。「高齢者がいつまでも楽しく暮らせるようにしたい」との想いから、学生と介護施設のマッチングサービスの開発に着手したという。
起案にあたり、まずは学生と施設にヒアリングを実施。学生からは「介護現場で働いてみたいが情報がない/既存求人サービスは応募条件だけで運営方針などの記載がない」。施設からは「求人情報は自社HPに掲示しているが申し込みが少ない/既存求人サービスは高い/介護業界のイメージを刷新する発信がしたい」などの声が寄せられた。
そこで、学生と介護施設を結ぶマッチングアプリを起案。同一アプリ上に介護の募集案件を一元化することで、学生の情報収集を容易にする。また、募集条件ではなく運営方針や理念をメインで紹介し、学生の希望に応える。さらに「興味津々」ボタンを設置するなどの工夫も凝らす。学生による施設取材隊なども組成したいと意気込む。月額掲載料は1万5000円程度に抑え、介護施設が導入しやすくするという。
審査員からは、想定顧客へのヒアリングを実施していることや、2回目の挑戦であり打席に立ち続けている姿勢を評価したことが伝えられた。
■ Tongali賞 3位 「Sniff out the COFFEE」
~発酵コーヒーと味覚評価システム Elephant
※同時受賞:オーディエンス賞、愛知県賞、なごのキャンパス賞、BNV賞、三菱商事賞
賞の獲得数ではトップ、6つの冠を勝ち取ったのがこのチーム、名古屋大学 田中健二郎氏らによる「Sniff out the COFFEE」だ。同チームは、コーヒー農家の貧困問題に着目。とくに風味の出づらい低地農家の困窮度合いが高いという。そこで、低地農家のコーヒー豆を「発酵コーヒー」に変えることで課題解決につなげたいと話す。これは、最高級とも称されるジャコウネコの糞から収穫するコーヒー豆から着想を得たものだ。
具体的には、フルーツから酵母を採取し、発酵コーヒーを生成する。フルーツの種類とコーヒー豆の種類の掛け合わせによって、膨大な種類の風味を生み出せるという。すでに9種類の発酵コーヒーを開発済で、試飲してみたところ驚くほど変化に富んだ風味を生み出せたそうだ。しかし試飲評価だけでは、人による曖昧な評価になる。そこで、定量評価のできる味覚評価システム「Elephant」も同時に開発。成分分析を行いプロファイリングして、マップ上に表示するというものだ。
ビジネスモデルとしては、ECサイトを通じて焙煎所やカフェ、一般消費者への提供を目指す。「Elephant」の情報も販売戦略に活かす。価格は100キロ700円程度を想定。まずはコーヒーマニア層をターゲットに、ブランディングを行いたいと熱意を見せた。審査員からは、「発酵コーヒーという新しいコンセプトの提案が素晴らしい」などのコメントが伝えられた。
■ Tongali賞 4位 「Mermaid's wine glass」
~カサノリの人工・促成栽培技術を活用したサービス
※同時受賞:東海東京証券賞
4位を獲得したのは、Mermaid's wine glass(マーメイドワイングラス:カサノリ)という聞きなれない海藻を会場に持ち込み、審査員席を沸かせた名古屋大学 今井康平氏らのチームだ。カサノリは、沖縄近海に群生する海藻の一種だが、近年の工事や開発によって数が減り、準絶滅危惧種に指定されている。これまで沖縄のカサノリは人工栽培が難しいとされてきたが、同チームは成功。この人工・促成栽培技術を用いてカサノリを栽培・販売したいと話す。
具体的には、カサノリを瓶の中で栽培し、沖縄のお土産として単価1000円程度で販売する。面倒な手入れが不要で、約2ヶ月にわたり鑑賞できる。水中に咲くため花粉の心配もない。
カサノリをお土産として購入したいかアンケートを取得したところ、約50%の人が「購入したい」と回答した。お土産のほかにも、実験キットとしての販売や水族館などへの提供も検討する。カサノリは、5億年前から姿を変えていない。こうした点からもブランディングを行い、付加価値を高めたいと語った。
■ Tongali賞 5位 「Future Robotics」
~自動室内配達サービスロボット(Autonomous Indoor Delivery Service Robot)
※同時受賞:トランコム賞
5位を獲得したのは、名古屋大学 Nwadiuto Jude氏らによるチームだ。このチームは、接客業界の人材不足や収益低下に着目。この課題を解決するソリューションとして、自動配膳ロボットを提案する。同チームが開発するロボットの特徴は次の4つで、(1)完全自動、(2)障害物回避(特許出願中)、(3)顔・ジェスチャー検出、(4)エレベーター移動も可能であることだ。競合する配膳ロボットと比較して、完全に自律的に動けることが強みだという。
この配膳ロボットを、まずはホテル向け(ルームサービスや宅配サービスなど)に展開し、その後、ホテル業界以外にも広げていきたい考えだ。月額7万円程度×24ヶ月で提供し、マネタイズを目指す。プレゼンの締めくくりとして、実際にサービスロボットが会場を自動走行・発話するデモンストレーションも披露し、来場者を驚かせた。
アニーリング、インタラクティブプレゼン、食べる抗体…その他受賞チームのプランを紹介
■ Tongali海外チャレンジ賞 「ExoA」
~アニーリング技術を用いた組合せ最適化Saasサービスの提供
名古屋大学 金岡優依氏らによる「ExoA」チームは、到来する Society 5.0において、データが暮らしに溶け込むようになるが、一方で多くの企業はデータから創造される価値を還元できていないと問題を提起。そこで、アニーリング技術を用いて、活用できていないデータから売上を最大化するシステム(RSM)の開発を目指すという。
アニーリングとは、入力データに対し最適な組み合わせを探せる技術だ。この技術を用い、最も顧客の売上を最大化する組み合わせを見つける。例えば、商品売上やトレンド、競合の販売価格、仕入れ商品の市場価格などのデータを入力。そこから、仕入れの商品種類や個数、キャンペーンのタイミングなどを出力する。まずはβ版を無償提供し、プロダクトを磨いた後、サブスクリプションでサービスを提供したいと展望を語った。
■ 愛知県賞 「INHAND」
~ジェスチャーで操作するインタラクティブプレゼンテーションサービスの展開
※同時受賞:未来のプロジェクト賞
豊橋技術科学大学 髙橋遼氏らのチームは、独自開発のインタラクティブプレゼンテーションサービス「INHAND」を用いて、ユニークなプレゼンをオンラインで披露。同チームは、コロナ禍によってオンラインでのプレゼン機会が増えているが、オンラインだと身振り手振りなどが伝わりづらいと課題をあげる。そこでオンラインプレゼンツール「INHAND」を開発したと話す。
「INHAND」の主な機能はこうだ。まず、発表者と同じ空間にスライドを表示でき、ハンドジェスチャーでスライド操作ができる。また、3Dオブジェクトの生成・表示やバーチャル背景の設定も容易だ。顔を出したくない人向けに、3Dアバター機能も追加する。このツールを使うことで、パソコンから離れて操作ができたり、発表者を大きく表示できたり、身振り手振りを見せられたりと、よりリッチなオンラインプレゼンが実現できるという。今夏にはβ版を無償提供し、来年春にはサブスクリプションでサービスを開始する予定だ。
■ NEDO賞 「K-Atlas」
~牛を取り巻く環境問題を解決する食べる抗体
NEDO賞を受賞したのは、熊本大学から参加した郭 悠氏(医師/抗体の研究者)による「K-Atlas」だ。郭氏は、牛のオナラやゲップが地球温暖化を加速させていることに着目。詳しく調べると、世界の年間メタン放出量の約40%が農業からで、そのうち約80%が家畜の消化管の発酵に起因することが分かったという。メカニズムとしては、ルーメンと呼ばれる牛の胃にストレスがかかることで、酸性となり毒素を発生させる。これにより、肉牛や乳牛の品質低下や疫病の発生、さらにはメタンガスの発生につながると話す。
そこで郭氏は、ビールやパンに含まれる酵母を牛の飼料に加えて接種させるアイデアを提案。酵母で牛の体内に抗体をつくり、メタンガスの発生を抑制する。酵母であれば低コストで大量生産が可能だ。また、肉牛・乳牛の品質向上や疫病の発生予防にもつなげられる。この点で訴求をしながら、SDGsに貢献できるという付加価値をつけて、ビジネスを展開していきたい考えだ。
■ UTEC賞 「Chain」
~スマホ禁止!居眠り禁止!python画像処理技術を用いた自習支援webサービス
UTEC賞(東京大学エッジキャピタルパートナーズ)を獲得したのは、名古屋大学 小杉蒼太氏らによる自習支援サービス「Chain」だ。同チームは、「どんなに自己管理のできない人でも、自習ができるようになるサービスをつくりたい」との想いを起点に、サービスの開発に着手。子ども(生徒)が勉強している姿を、保護者(塾講師)がモニタリングできるサービスを開発した。
仕組みはシンプルだ。まず、子どもは勉強を開始する際、スマートフォンのインカムを自分に向けて設置し、「Chain」アプリを起動する。「Chain」は、勉強中の様子をランダムに静止画で撮影し、保護者や塾講師に共有する。本サービスの独自性は2点で、1点目は画像処理AIによって「勉強中/離席中/居眠り中」を判別できること。2点目は、勉強中にアプリを起動するため、スマートフォンで遊べないことだ。保護者や塾向けに、1人あたりの月額課金でサービスを提供し、収益化を目指すという。
■ トビラ賞 「Adachi.inc」
~世界にインパクトを与える技術者を生み出す、デザイナーとエンジニアのマッチングアプリ
トビラ賞(トビラシステムズ株式会社)を獲得したのは、名古屋大学 加藤豪輝氏らによる「デザイナーとエンジニアのマッチングアプリ」だ。同チームは、プログラミング言語を理解する学生は多いものの、次のステップが分からないため、学生発のアプリが生まれないという問題意識を持つ。そこで、「わかる」を「できる」にするためのサービス、さらに「とどける」ことのできるサービスを起案。
具体的には、エンジニアとデザイナーを直接マッチングするアプリを開発するという。ビジネスモデルとして、企業がエンジニアやデザイナーを自社のインターンなどにスカウトできるスカウト機能を搭載し、収益化を図る。また、アプリを通じて完成させたプロダクトを、企業に向けて販売できるインキュベーション機能も搭載し、マネタイズしたい考えだ。
■ 大和証券賞 「Snitch」
~「つまみ食い」できる授業のフリマアプリ
大和証券賞を獲得したのは、名古屋大学 石川頌悟氏らによるチームだ。受験と塾講師の経験から、教育業界の現状に課題感を持つ。そこで、教えたい講師と学びたい生徒を直接つなげるプラットフォーム「Snitch」を考えたと話す。「Snitch」の特徴は、生徒が講師を選べること。講師側は授業内容だけではなく趣味や所属サークルなどの情報も公開し、生徒がより自分の好みに合った講師を選べるようにする。また、生徒が教えてほしい分野をリクエストできる機能も付加する。
このほか、講師から教えたい分野をオファーしたり、講師の5段階評価機能を盛り込んだりと工夫を凝らす。進路相談に乗るといったオープンキャンパス企画なども検討中だという。最後に、講師も生徒も誰もが自由に楽しく学べるような仕組みを、日本さらには世界に普及させたいと語り、プレゼンを終えた。
全体講評「シード起業家のすべきことは2つだけ」―UTEC・坂本 教晃氏
最後に、株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC) 坂本教晃氏が、学生起業家たちに向けて、全体講評とアドバイスを伝えた。その内容を簡単に紹介する。
まず、プレゼンの表現についてだが、準備万端のチームと準備不足のチームでは明確に差が出ると指摘。読み上げているチームは迫力が出ないので、準備をしっかりするようアドバイスした。また、プレゼンの内容については、目線の高さが重要だと話す。グローバルの社会課題と紐づけたチームは、とくに印象に残ったと伝えた。そのうえで、プレゼンの表現と内容は掛け算なので、いずれも強く意識するようアドバイスした。
加えて、坂本氏はシード・アーリー段階の起業家がすべきことは2つだけだと断言する。ひとつは「お客様の声を聞きに行くこと」、もうひとつは「プロダクトを磨きこむこと」だ。この観点において、上位を獲得した「Caffet」チーム、「musubun」チームなどは特に優れていたと評価した。最後に坂本氏は「この2点を、ぜひ磨きこんでほしい」と伝え、ビジネスコンテストを締めくくった。
取材後記
学生起業家の盛り上がりという観点では、首都圏を含む他エリアを凌駕するのではないか――そう思わずにはいられないビジネスプランコンテストだった。すでに国内に名を轟かす大学発ベンチャーがいくつか生まれ始めている愛知・名古屋エリアだが、このエリアがスタートアップの一大産地になる日も、そう遠くないのではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)