オープンイノベーションで地域の都市体験はどうアップデートできるのか?――仙台市×藤崎×楽天イーグルス、プレイベントに潜入取材!
「X-TECHイノベーション都市・仙台」を掲げ、ITビジネスエコシステムの構築を目指す仙台市。漁業・農業・介護・小売といった従来からある産業・業種に、ITを掛け合わせることで、新たなイノベーションの創出を目指している。
この取り組みの一環で、昨年はアイデアソンを開催し、3チームが採択された。今年はアイデアソンを進化させる形で、アクセラレータープログラム「SENDAI X-TECH Accelerator」を実施する。このプログラムでは、アイデアを出して終わりではなく、実際の場所で実証実験を行い、社会実装につなげることに力点を置く。
アイデアを実装するにあたり、仙台にホームグラウンドを持つ12球団のひとつ「楽天イーグルス」と、東北を代表する老舗百貨店である「藤崎」が事業共創パートナーとして参画。また、仙台市が「国家戦略特区」という利点を活かし、規制緩和などの側面から全力でバックアップする。
プログラムの開始に先立ち、東京と仙台でプレイベントが開催された。プレイベントでは、各担当者からプログラムの説明が行われたほか、パネルディスカッションも催された。パネルディスカッションには、数多くの新規事業を手がけてきた東急の加藤氏、JR東日本スタートアップの阿久津氏、FACTORIUMの久米村氏が登壇。地方との共創事例を参加者に共有した。本記事では、イベントで語られた中身についてレポートする。
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X-TECH(クロステック)で仙台からイノベーションを創出する
まず最初に、仙台市 経済局産業政策部 産業振興課の荒木田氏が登壇。荒木田氏からは、仙台市の実施する取り組みや、同市が抱える課題、展望について説明が行われた。
▲仙台市・荒木田氏
仙台市は復興需要の収束により、一時的に伸びていた建設需要の減速が見込まれている。また、仙台には東北各県から優秀な学生が集まるものの、就職を機に首都圏や海外へ流出していることも課題のひとつだ。さらに、少子高齢化が先行する東北では、高齢化率・人口減少率・消滅可能性都市の割合が全国平均と比べて高く、深刻度が増しているという。
このような課題が山積みとなる一方で、仙台市には大きなポテンシャルもある。たとえば、東北の中枢都市として都市機能が発達していることや、東北全域から優秀な学生が数多く集まっていること、東北大学を中心とした産学官連携が進んでいることなどが挙げられる。
同市は現在、「X-TECHイノベーション都市・仙台」を掲げ、既存産業にITテクノロジーを掛け合わせて、イノベーションを創出する取り組みを強化している。本アクセラレータープログラムも、そのプロジェクトの一環だ。
このプログラムを支援するため、仙台市としては「国家戦略特区」制度を活用し、さまざまな規制緩和を検討する準備があるという。これまで、規制緩和により「完全自動走行」や「ドローンによる運搬」などの実証実験を行った実績もある。最後に荒木田氏はイノベーション創出に向けて、「仙台市が全力でバックアップする」と熱意を込めて語り、説明を終えた。
続いて、株式会社楽天野球団でマーケティング本部長を務める江副氏が登壇し、楽天イーグルスの取り組みと目指す方向性を紹介した。
▲楽天野球団・江副氏
楽天イーグルスは2005年に誕生した新しいチームで、「日本一愛される球団になる」ことを目指している。年間観客動員数は右肩上がりに伸びており、2019年現在は約182万人に達している。ただ、何もせずに人が集まるわけではなく、工夫を凝らして集客しているのが現状だという。
より多くの観客に来てもらうため、「ボールパーク構想」を掲げている。スタジアムを、「野球を3時間見にいく」空間ではなく、「エンターテインメントとして1日中楽しめる」空間に変えていく取り組みだ。スタジアム敷地内に観覧車やロンドンバスを配置したり、子供向け・女性向けのイベントを催したりと、ハード・ソフトの両面から数多くの施策を実行してきた。今シーズンからは完全キャッシュレスを導入し、取得したデータを活用しながら、さらに便利なスタジアムづくりに力を入れる考えだ。
▲楽天生命パーク宮城
このような動きからも分かるように、楽天イーグルスは「何でもトライする会社」だという。江副氏は、社内ではアイデアに限りがあるとした上で、「オープンイノベーションにより、日本初・球界初の取り組みにチャレンジしていきたい」と、プログラムにかける想いを語り、プレゼンを締めくくった。
最後に、株式会社藤崎の千葉氏が登壇。藤崎百貨店の歴史や課題、目指す方向性について説明した。
藤崎は1819年に創業した200年の歴史を持つ百貨店で、仙台本店のほか東北に18店舗を展開する。時代とともにスタイルを変え、1971年には世界で二番目となるダブルエスカレーターを店内に設置したことでも知られている。
2015年からは、高齢化を背景に買い物困難エリアのお客様に対して、移動販売車を使っての販売も開始。従来の「リアル店舗」「外商」「通販・EC」に加え、「移動販売」という新たな販売チャネルを追加した。
そんな藤崎が直面する課題として、カスタマージャーニーの変化が挙げられる。これまでは、「注目」→「検索」→「調査」→「購入」のすべての体験がリアル店舗の中にあった。しかし、オンラインサービスが台頭する今、店頭を通さない買い物が主流になっている。
▲藤崎・千葉氏
そこで、今回は「リアル店舗×テクノロジーを活用した新しい買い物体験」を作っていきたいと千葉氏は話す。そのために、藤崎百貨店のあらゆる場所に加え、連携の度合いに応じてはデータも提供するという。
最後に、「地方百貨店の抱える課題はどこも同じ。ここで成果が出れば、全国の地方百貨店へと広がる可能性がある」(千葉氏)と述べ、説明を終えた。
パネルディスカッション―地域の都市体験をアップデートするには?
プログラムの概要説明と質疑応答が終わった後、以下の4人が登壇し、「オープンイノベーションで、地域の都市体験はどうアップデートできるのか?」をテーマにパネルディスカッションを繰り広げた。ここでは、各社が取り組む地方との共創事例を中心に紹介する。
<登壇者>
■東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 課長補佐 加藤由将氏
■株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長/JR 東日本スタートアップ株式会社 営業推進部 マネージャー 阿久津智紀氏
■株式会社FACTORIUM 代表取締役 久米村隼人氏
※モデレーターは、eiicon company 代表/founder 中村亜由子が務めた。
●ベンチャーとの共創で「新たな価値」を発見
eiicon・中村氏: まず、各社が地方とともに取り組まれたイノベーション創造の事例について、具体的にお伺いできればと思います。では、東急の加藤さんからお願いします。
東急・加藤氏: 本日は「アスラボ」さんとの事業共創の事例についてご紹介します。アスラボさんは地方都市で「横丁」を展開しているベンチャーさんです。地方のシャッター街などにある価値の下がった不動産を、フロアごと借り受け、リノベーションを施して横丁として再生させる事業を行っていらっしゃいます。
彼らの特徴は、それぞれの地域にある産品を拾い集めていることです。マスの流通には流れてこないような「地域独自の産品」を使った料理を、再開発した横丁で提供しています。そんなアスラボさんと東急が組んで何をやったかというと、渋谷ヒカリエで地域の希少食材を使ったお弁当を販売するフェア(催事)を行いました。
▲東急・加藤氏
東急・加藤氏: ここでのポイントは2つありました。ひとつは「地方の希少食材をお弁当にして売ったら、都心のマーケットは反応するのか」。もうひとつは、「渋谷ヒカリエではランチの価格相場がアッパー980円と考えられてきたが、実際はどうか」です。
まず価格帯については、1500円のお弁当でも売れることが分かりました。むしろ、フェアの中で一番売れたのが1500円のお弁当でした。つまり、これまでは1000円以内という相場観で価格を抑えていましたが、ベンチャーとのトライアルにより「1500円でも売れる」ということに気づくことができたのです。結果として、渋谷ヒカリエのランチ相場を見直し、売上向上につなげることもできました。
また、希少食材についても、マーケットが反応することが分かりました。というのも、フェアの開催中、同じフロアにある複数の店舗に地方の希少食材を提供し、「この食材を使ってお弁当を作って売ってください」とお願いしたんです。すると、それらの店舗でも希少食材を使ったお弁当だけが完売するという事象が起こりました。つまり、お客様が食べ飽きている中で、定期的に希少食材を使ったお弁当を売ると、喜ばれることが見えてきました。
▲渋谷ヒカリエ ShinQsで開催されたアスラボとの共創によるフェア
eiicon・中村氏: 適正価格を壊してみたら、売上まで上がったという好事例ですね。続いて阿久津さんにも事例をお伺いできればと思います。
JR東日本・阿久津氏: 地方で行ったベンチャーさんとの協業事例をいくつかご紹介します。1つ目は「地方の特殊性」を活かした事例です。JR東日本はローカル線も抱えているので、年間240件程度、電車にシカが衝突するという事故が起きていました。
そこで、蜂の音で鳥獣被害を減らす「はなはな」さんというベンチャーさんと一緒に、はなはなさんの装置を線路に設置し、効果が出るのかを検証してみたんです。すると、シカが全く現れなくなりました。これはローカル線を活かした面白い実証実験だったと思います。
この装置、「転用するとネズミも来なくなるのでは?」と考え、東京駅と品川駅で実験したところ、ネズミも大幅に激減しました。はなはなさんとは、現在どう事業化するかを一緒に検討しています。
▲JR東日本スタートアップ・阿久津氏
●地方の一次産業に変革をもたらす
JR東日本・阿久津氏: 今話題の決済関連についての事例も紹介します。昨年、青森市や青森商店街を巻き込んで、QR決裁サービスの「Origami Pay」を広げていく取り組みを実施しました。地元利用というよりは、首都圏から青森へ送客することが主な目的です。
行政を含めて全体で推進することで、地元の決裁者や小売業者が動いてくれ、800店舗もの加盟店に参画していただくことができました。大きな効果も出ていて、JRグループの駅ビルでは売上を伸ばせましたし、観光客の間で利用が広がったことで、「どこから来た観光客なのか」を可視化することもできました。
また、東北には中国・台湾から豪華観光客船が来航するのですが、その方たちにフレキシブルに使えるペイを提供できたことも、成果のひとつでした。このケースは、行政と連携して街を巻き込んだことで、大きな効果を得られた事例です。
もう1点、昨年の秋口に、フーディソンという鮮魚の卸しを行なっているベンチャーさんと行った実証実験をご紹介します。三陸で獲れたばかりの鮮魚を、新幹線を使って、その日のうちに首都圏に運んで販売する実験を行いました。品川駅の店舗とネットで販売したところ、即完売が出るほどの反響を得ることができました。この事例のように、少し流通をひねるだけで勝機が出てくることもあります。
▲2019年4月、JR東日本スタートアップとフーディソンは、JR東日本の持つ資産とITを活用した新しい水産流通の実現に向け、資本業務提携した。
JR東日本・阿久津氏: 最後に、「地方にポテンシャルはないのでは?」と思われがちですが、そんなことはありません。JRグループでは、仙台も含めて約100店舗の駅ビルを保有していますが、実は仙台の売上が一番高いです。仙台はローカルのマーケットに一極集中しているので、小売などはポテンシャルが大きいと思います。なので、藤崎百貨店さんも参加されているこのプログラムを活用していくと、成果につながるのではないかと思いますね。
eiicon・中村氏: 盛りだくさんの事例、ありがとうございます。一次流通については、これからも可能性がありそうですね。では、久米村さんからもお願いします。
FACTORIUM・久米村氏: 阿久津さんの鮮魚の話、すごく共感できます。僕からも地方との協業事例ということで、「漁師×AIプロジェクト」についてご紹介したいと思います。eiicon経由で知り合った、宮崎県で近海かつお一本釣り漁船「第五清龍丸」を操業する浅野水産さんとの協業です。
▲FACTORIUM・久米村氏
FACTORIUM・久米村氏: 協業を始めるにあたって、僕は漁師の仕事をまったく理解していなかったので、まずは話を聞きました。そこから漁師の悩みや課題が伝わってきて「僕がAIをつくります」と名乗り出たのがスタートです。具体的にどのようなことに取り組んでいるかというと、これまで人力で行ってきたことのAI化です。
僕は週1でJAXAでも仕事をしているのですが、衛星データを活用して漁場を見つける動きはすでにありました。海流や海水温、波の高さなどのデータを見て、「ここだ」という場所に船を向かわせるんです。ただ、行った先で何をやっているかというと、実はそこからは人力です。1日8時間くらい、デッキに何人かが並んで立って、双眼鏡で鳥の動きを観察します。鳥が3羽くらい飛んできたら「いけるな」と判断し、釣り始めるという流れでした。
「これはAI化しよう」と思い、今、そのシステムを作っています。具体的には、船にカメラをたくさん積んで、必要なデータを検知できるようにします。ソナーも活用して、アルゴリズムを組み、どういう条件だったら魚を釣れるかをデータで示せるようにします。データを集めている中で、海山の周辺でかつおがグルグル回っていることなども分かってきて、漁師が無駄な場所に行かなくてもいい状況になりつつありますね。
▲浅野水産の「第五清龍丸」。
●”エリア”や”人”を決め打ちすることが、成功のポイント
eiicon・中村氏: 次に地方と取り組みを進める中でのアドバイスやポイントがあれば、教えてください。
FACTORIUM・久米村氏: 都会のベンチャーが地方と組もうとする場合、交通費の問題が目に浮かぶと思いますが、僕はSkypeなどのテレビ会議システムを活用しています。なので、地方との距離は問題ないです。それと、地方に営業に行く人は多くないので、行くと喜ばれます。受注できる確率も高いので、地方はお勧めだと思いますね。
JR東日本・阿久津氏: 地方の特徴として“村意識”があります。さまざまな関係者が狭い範囲に集まっているので、関係者全員を巻き込もうとするんです。行政側も誰かに肩入れできないので、全員を公平に進めようとします。そうすると、だいたい失敗しますね。なので、このエリア・この人と決め打ちした方がうまくいきます。決め打ちをしても、エリアのコミュニティは近いので、横に広げていくことができるんです。
東急・加藤氏: 各自治体からよく相談をいただきますが、「リソースとして何を使えるか」を明確にすることが大事で、そこさえ明確になっていれば、テックは刺しやすいです。なので、地方都市の何が使えるのかを公開するとうまくいくと思いますね。
eiicon・中村氏: 今回の「SENDAI X-TECH Accelerator」では、活用可能なリソースもしっかり出していただいてますし、テーマも定まっています。ぜひ皆さん、ご応募いただけたらと思います。ありがとうございました。
取材後記
仙台市が主催し、楽天イーグルスと藤崎百貨店が事業共創パートナーとして参加する「SENDAI X-TECH Accelerator」。テーマは2つ。「スマートスタジアムで快適なおもてなしを感じるWao! 体験」と「リアル店舗×テクノロジーを活用した、新しいお買い物のWao! 体験」だ。現在、応募企業を募っている段階で、締切は11/18(月)だという。社会実装に向けて、試してみたいプロダクト・サービス、あるいはアイデアがある方には、応募をお勧めしたい。
▼アクセラレータープログラムの詳細はこちら
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)