DNP包装事業部が、共創の先に描く「新しいリサイクルのカタチ」
「2050年、海中を泳ぐ魚の量を、海洋プラスチックごみの量が超える」―にわかには信じられないが、それが一部研究によって予測された、この地球の未来だ(※)。地球環境は、まさに待ったなしの局面を迎えているといって良いだろう。 ※出典:環境省 令和元年版 環境・循環型社会・生物多様性白書
そして、そうした喫緊の課題に取り組むのは、決して政府や行政だけの役割ではない。企業や消費者も含めた、あらゆる人々の意識変革とアクションがあってこそ、文字通り、このグローバルな問題に挑むことができる。しかし一方で、一企業や一個人といった小さな単位では、「何をすれば環境に良いのか」を見出すのは難しい。問題の巨大さゆえに、最初の一歩を踏み出すのを躊躇わせるのも環境問題の特徴といえる。
そうした状況のなか、印刷業界の雄・大日本印刷株式会社(以下、DNP)は、様々な人材の力を集結して、「第一歩」を踏み出そうとしている。同社が主導するオープンイノベーション「DNP INNOVATION PORT CO-CREATION#2020」では、「プラスチックパッケージをデザインの力で、新たな製品へアップサイクル」というテーマのもと、環境問題の解決を図る共創パートナーを募集しており、すでに「回収」や「再生」といった領域でプロジェクトをスタートさせている。
▲「DNP INNOVATION PORT CO-CREATION#2020」の詳細はコチラ
今回、デザインの力で再生材の新たな用途を生み出す共創プロジェクト「Recycling Meets Designプロジェクト」をリードするDNPの福岡直子氏と尾見敦子氏、さらに参加中の4名のメンバーにインタビューを実施。DNPの環境分野における共創の特徴やその背景、その先に描く世界像について伺った。大企業、デザイナー、リサイクル会社、それぞれ立場の異なるメンバーは、なぜ力を合わせるに至ったのか。その真意にも迫った。
【DNP】
■包装事業部 イノベーティブパッケージングセンター企画本部部長 福岡直子氏(写真右から3番目)
■包装事業部 環境ビジネス推進グループ 尾見敦子氏(写真左から3番目)
【Recycling Meets Designプロジェクトメンバー】
■株式会社GTDI 代表 ヘンリー・ホー氏(写真左から2番目)
■株式会社GKグラフィックス 取締役 木村雅彦氏(写真右から2番目)
■リファインバース株式会社 常務取締役 加志村竜彦氏(写真右)
■リファインバース株式会社 事業開発部 安田有希氏(写真左)
パッケージを生み出す事業者の責任―共創を通じて、ごみを「資源」として捉え直す
――DNPが環境分野において、共創に取り組む理由やその背景について教えてください。
DNP・尾見氏 : DNPの包装事業部では、以前から環境配慮型のパッケージの開発と提供を通じて、パッケージの環境負荷低減に取り組んできました。2019年には環境分野でのさらなる価値向上を目指して、現在私が所属している「環境ビジネス推進グループ」という環境問題の解決に特化したチームが立ち上がりました。
しかし、パッケージにおける環境問題が深刻化する背景には、材料の持続可能性やごみを回収する仕組み、リサイクルの工程など、非常に多くの要因が絡み合っています。
そうした問題に立ち向かうためには、これまでのように環境に配慮したパッケージを提供するだけでなく、回収、リサイクルといった所謂「静脈」側にも取り組んでいかなければなりません。とはいえ、DNP単体ですべての領域をカバーして、ソリューションを提供できるわけでもありません。
そこで、様々な業界の優れた知見を持つ方々の力を掛け合わせて、環境問題解決に向けた「第一歩」を踏み出したいというのが、環境分野で共創を実施する理由です。
――今回、共創のテーマを「プラスチックパッケージをデザインの力で、新たな製品へアップサイクル」に設定した理由を教えてください。
DNP・福岡氏 : DNPはこれまで「生活者への価値提供」にこだわってきた企業であり、包装事業部でも世の中の暮らしを豊かにするために様々なパッケージを開発・提供してきました。しかし、その一方で、私たちが生み出した大量のパッケージがごみになってしまっているという事実があります。
そうしたジレンマを解消するためにも、回収されてもうまくリサイクルが進まないパッケージの再生材を「資源」として捉え直し、新たな価値を生み出す素材に転化する仕組みを創出したいと考え、このテーマを設定しました。
――このテーマのもと、複数のプロジェクトが既に進行していると伺っています。具体的にどのような共創を行っているのでしょうか。
DNP・福岡氏 : 共創事例の一つが、「Recycling Meets Designプロジェクト」です。このプロジェクトは、プラスチックのパッケージをリサイクルした再生材に、デザイン的な発想で価値を付加して、新たな用途を生み出すことを目的にした活動です。
現在、プラスチックパッケージから生まれる再生材は材料としての品質が低いとされており、屋外用のベンチや輸送に用いられるパレットなど、限定した形での利用に留まっています。しかし、そうした材料に、GTDIのヘンリーさんやGKグラフィックスの木村さんをはじめ今回参加してくださっている優れたデザイナーの皆さんの発想や、リファインバースさんが有するリサイクルの専門的な知見を投入し、新たな価値と用途を見出すことで、循環の輪をさらに円滑に回すことを狙いとしています。
▲再生ペレット材(下)とシート状に加工したもの(上)
DNP・尾見氏 : プロジェクトは2020年7月にスタートし、5回のミーティングを経て12月に活動報告会の実施を予定しています。第1回はプロジェクト参加者全員がオンライン上に集結し、環境ビジネス推進グループのメンバーやゲストの環境省の方の講演を通して、環境問題の現状を知る機会を設けました。
さらに、第2回ではプロジェクトの運営メンバーが撮影したリサイクル工場の取材動画をオンラインで配信し、リサイクルの過程やその特性などについて知見を深めました。
今後はそうした活動を通じてインプットした情報をもとに、デザイナーやリサイクラーなどの立場の垣根を越えて、様々な意見を出し合い、12月の活動報告会までに再生材の新たな用途について模索していく予定です。
あらゆる専門家が集い、立場を超えて等価に意見を交わす、本質的な「共創」
――プロジェクトに参加するメンバーの皆さんにお伺いしますが、今回の取り組みに参加した理由や、プロジェクトでの役割について教えてください。
GTDI・ヘンリー氏 : 私は4年前からアジアの優れたパッケージを表彰する「TOPAWARDS ASIA」をスタートさせ、数多くのデザイナーと交流を深めるなかで、「デザインの力で世の中を変えることができるのではないか」という期待を抱くようになりました。
そこで、以前から仕事を通じて関係していたDNPさんに、デザイナーやクリエイターの力を結集して、世の中の問題を本気で解決する活動を始めないかと提案したんです。その提案がきっかけとなって、このプロジェクトが組成されました。そのため、私の役割はいわば「火付け役」ですね(笑)
GKグラフィックス・木村氏 : ヘンリーが火付け役だとしたら、私はその火が消えないように、そして、確実に花火が上がるようにサポートする役割かもしれません。
私が所属するGKデザイングループは、以前から、社会課題に取り組んでおり、私自身もかつてグループ内のデザイナーや建築家、都市計画の専門家たちと環境問題の解決に向けた活動を行なっていました。しかし、そうした活動は、特定のグループ内の中だけでなく様々な専門家とつながり協力し合うことで現実社会に大きな影響を与えることができると考えていました。
今回、DNPさんの共創プロジェクトに魅力を感じたのは、デザイナーだけでなく、リサイクルや製造など様々な専門家も参加して、同じビジョンを共有しながら等価の立場でアイデアを出し合い、本質的な課題解決に取り組むことができるからです。そうした本来的な意味での「共創」であれば、ぜひ参加したいと思いました。
リファインバース・加志村氏 : 私も「本質的な取り組み」であるかどうかは、参加にあたって非常に重視しました。当社はプラスチックの廃材をリサイクルする事業を展開している企業ですが、これまでもデザインの発想を取り入れるといったアイデアは何度か持ち上がっています。しかし、その都度、どこか表面的な部分で終始してしまう印象があり、活動が本格化することはありませんでした。
それに対して、今回、福岡さんや尾見さんといったDNPの方々や、プロジェクトに参加するデザイナーさんたちからは、「必ず成果を出す」という意気込みを感じました。それならば、私たちとしても、リサイクルや石油化学原料に関する知見をご提供して、ぜひプロジェクトの成功に貢献したいと思いました。
リファインバース・安田氏 : 具体的には、リファインバースはデザイナーさんのアイデアを具現化するための、加工方法や製造プロセスをご提案する役割を担います。私は、デザイナーさんと仕事のなかで関わるのは初めてなのですが、その発想の豊富さには非常に刺激を受けています。
例えば、ペレットの深緑色に着目して、あるデザイナーさんは「これは大地の色に似ているので、アース・カラーですね」とおっしゃっていて、デザイン的な思考が、ごみを「資源」として捉え直すうえで、強力な武器になることを実感しています。そうした視点を私たちも取り入れながら、プロジェクトの成功に向けて力を尽くしていくつもりです。
「DNPにはメーカー当事者としてマーケットを変化させる力がある」―巨大な組織力が共創を後押しする
――プロジェクトに参加されている皆さんから見て、共創パートナーとしてのDNPの魅力は何でしょうか。
GKグラフィックス・木村氏 : 製造や開発に留まらず、数多くの領域を専門とする人材が所属しており、さらに、様々な業界や団体にネットワークを有している点が魅力です。環境問題という巨大な課題に挑むためには、できるだけ多くの人材の知見を掛け合わせる必要がありますが、DNPさんには、それを実現できるだけの組織力があります。新たな発想を出し、さらにどんどん発想を広げていったり、エコシステムとして多くのメンバーを巻き込んでいくことができるのがDNPさんの魅力ではないでしょうか。
GTDI・ヘンリー氏 : 私も組織の規模とネットワークの広さには非常に期待しています。DNPさんにはマーケットを変化させる力があると思います。通常の場合、企業はマーケットの力に逆らうことができません。そして、「もっと安く」「もっと便利に」といったニーズに対応するうちに、環境問題を深刻化させてしまいます。そうした状況を変化させられるだけのシェアや開発力を、メーカー当事者でもあるDNPさんは有していると思います。
リファインバース・加志村氏 : DNPの組織全体というよりも、このプロジェクトに限ったことですが、福岡さんも尾見さんも、非常にフラットでオープンな姿勢で私たちに向き合ってくれますし、デザインという手法に限った発想をするだけでなく、そもそものコンセプトやプロダクトデザイン等含め本質的な課題解決に向き合っていると感じており、今後の発展の広がりも楽しみだなと感じています。
活動のなかでは、私自身、通常の取引関係では言えないようなこともすんなり発言できていますし、ざっくばらんに議論できる場を設けていただいたことに、とても感謝しています。
求めるのは、「再生プラスチック製品を活用したいメーカー」や「リアルな空間・場所を持つ企業」
――では、その逆に、DNPが求める共創パートナー像について教えてください。
DNP・尾見氏 : 現在、プロジェクト内でもペレットの新たな用途について、多様なアイデアが生まれています。しかし、それを実際に具現化して製品にするためには、様々な技術を持ったメーカーの力が必要です。ですから、このプロジェクトを通じて新たな価値が付加された再生材を材料に、製品や消費者とのコミュニケーションを生み出したいという企業とぜひお会いしたいです。
DNP・福岡氏 : そのなかでも特に、リサイクル材料を大きな単位で活用したいという企業には、ぜひご応募いただきたいです。やはり、リサイクルの問題に取り組む以上、材料を大量に再利用しなければ、循環の輪は回らず、社会的なインパクトや効果は残せません。今まさにそのためのアイデアを深めているところです。例えば、建材や空間を演出する什器や大型のプロダクトに活用したいというパートナーを求めています。
――最後に、共創を検討している企業にメッセージをお願いします。
DNP・福岡氏 : 今回のプロジェクトは、社会に対して、新たな価値を提案する取り組みです。例えば、クラフト紙は古紙を再生して作られた紙ですが、クラフト紙自体の価値はすでに社会全体に浸透し、生活者に広く認知されています。
それと同様に、プラスチックパッケージからの再生材も新たな価値ある製品や素材に転換できると、プロジェクトのメンバーと議論を重ねるなかで、日々確信を深めています。
そして、ゆくゆくは、その先にある環境問題への「解」にもたどり着くつもりです。12月に予定している活動報告会は、その「解」をより多くの人にイメージさせ、ゴールを共有できるようにしたいと考えています。
取材後記
取材時に、再生材のペレットを手に取る機会があった。その色は深緑で、決して色彩鮮やかとは言えない素材だ。リファインバースの加志村氏によれば、「たくさんの絵具を混ぜると、最終的に深緑色になりますよね。ペレットがこの色になるのもほぼ同じ原理です」とのことだ。
混沌すら想起させる再生材の色調。しかし、一方で、プロジェクトの「様々な専門性を持った人材が混ざり合う」というコンセプトにも相通じるものを感じさせる。
今回の共創が目指すのは、再生材に価値を見出し、新たな用途を生み出すこと。そして、その先に存在する、海洋プラスチックごみ問題をはじめとした環境問題の解決だ。そうした巨大な課題に挑むためには、正に再生材のように、様々な人材が立場や職域を超えて混ざり合わなければならない。共創の本質的な意味に気付かされる取材となった。
※「DNP INNOVATION PORT CO-CREATION#2020」の詳細はコチラから
(編集:眞田幸剛、取材・文:島袋龍太、撮影:古林洋平)