【OIモデル契約書 VOL.2】活用のポイントと解説<前編:秘密保持契約書とPoC契約書>
特許庁は2020年6月、オープンイノベーションに特化した契約書の雛形「モデル契約書Ver1.0」を公開しました。主に大企業とスタートアップが契約を結ぶケースを想定した契約書雛形となっており、特にスタートアップにとっては実用性の高いものとして期待が寄せられています。
TOMORUBAでは、オープンイノベーションのプレイヤーにこのモデル契約書を余すことなく使い尽くしてもらうため、モデル契約書にフィーチャーした特集を組んでいます。第一弾として、特許庁のモデル契約書仕掛け人へのインタビューを先日公開しました。
今回の特集第二弾では、公開されている4種類のモデル契約書の要点や注意点を解説していきます。モデル契約書のプロジェクトメンバーとして参加し、TOMORUBAでも弁護士コラムを連載中の山本飛翔弁護士に監修していただいています。
※記事内で「要点」「注意点」として挙げているポイントは、編集部及び山本弁護士がピックアップしたものであり、モデル契約書プロジェクトの総意とは異なる場合があります。予めご了承ください。
秘密保持契約書(NDA)とPoC契約書について解説
公開されているモデル契約書は、製造業におけるオープンイノベーションを想定した仮装の取引事例を設定し、プロセスごとに全4種類の雛形が用意されています。
1.秘密保持契約書(NDA) ←本記事で解説
2.PoC契約書 ←本記事で解説
3.共同研究開発契約書 ←次回記事で解説
4.ライセンス契約書 ←次回記事で解説
本記事では、4種類のモデル契約書のうち、「秘密保持契約書(NDA)」と「PoC契約書」について解説をしていきます。
モデル契約書ver1.0 秘密保持契約書(新素材)のポイントと解説
秘密保持契約書、いわゆるNDAの契約書雛形は世の中に数多くあるものの、スタートアップとのオープンイノベーションに特化した物は今までありませんでした。スタートアップと大企業がオープンイノベーションを検討する時、多くの場合、大企業は独自の技術やアイディアを持つスタートアップの強みに着目し、他方、スタートアップは、自社のリソース不足等を補うために、大企業のリソースやブランド力を活用したいケースが多いです。
その際、秘密保持契約契約書の内容がスタートアップとのオープンイノベーションの特性を踏まえていないものになりがちであることが問題となっていました。
公表できる情報を事前に確認し「OI検討開始した事」をスタートアップの武器に
スタートアップはゼロから信頼や実績を積み上げていかなければならないため、自分たちのセールスポイントはタイムリーに発信していくのが定石です。「大企業とオープンイノベーションの検討を開始した」という事実がスタートアップにとってブランディングの観点からも価値になりますし、資金調達にも繋がる可能性があります。
しかし、一般的なNDAでは、NDAの内容や、NDA締結した事実自体に守秘義務を課されるケースもあり、この場合、オープンイノベーションの検討を開始した事実を公表することが守秘義務に違反する場合も否定できません。
しかし、双方にとって支障のない情報でさえ公開できない、もしくは、大企業内での社内決裁の問題で公表の許可が出るまで時間がかかるとなると、スタートアップにとっては機会損失になってしまいます。
そこでモデル契約書ver1.0の第2条6項では以下のような条項を用意しています。
スタートアップは可能な限り早くリリースを出したいわけですから、NDA締結の時点で、相手の承諾なく公開できる情報は双方ですり合わせておくことが重要です。
PoCや共同研究開発に進むか否か、判断する期限を決める
前述のとおり、スタートアップにとってはスピードが重要です。オープンイノベーションの検討を始めるのであれば、いつまでに検討を終えるのか期限を切る事をNDAにも盛り込むのが賢いやり方です。
モデル契約書ver1.0の第7条にはこのような文言を記載しています。
検討をズルズルと長引かせても双方にとってメリットはありませんから、期限内に判断材料を揃えて、その上でPoCや共同研究開発の段階に進むかどうかを決定できるようにしておきましょう。
コンタミ防止のため、秘密情報の範囲を無限定とする
NDA締結において「秘密情報」をどう定義するかは、特に重要になります。後々になって、「大企業とスタートアップが持っていた情報が混在し、どちらが何を先に思い付いていたのかが分からなくなる」ことだけは避けたいです。これを防ぐことは、NDAにおける「コンタミ(異物混入)防止」と言われ、オープンイノベーションを推進する上でも肝心な要素となっています。
しかしスタートアップは大企業と比べて知財・法務に割けるリソースが不足しているめ、秘密情報管理が不十分なことが多々あります。ですから、モデル契約書ver1.0でも秘密情報の範囲は限定していません。
「別紙1に定めるものを含むが、これに限られるものではない」という文言を入れている理由は大きく二つあります。
ひとつは特に重要な情報は別紙に規定することでしっかりと秘密保持の対象であることを明記するため。そしてふたつめは、別紙に定めた情報以外の重要情報を守るためにあります。
スタートアップは大企業とのオープンイノベーションを成功させたいので、検討段階からリスクと実利を天秤にかけながら大企業に情報を提供しています。ですから、そういった情報のコンタミ防止として、検討段階のメールのやりとりや議事録などをしっかりと残しておく必要があります。
なお、重要な情報の規定方法に過不足がないように、「別紙」を作成する際には、その技術に明るい弁理士に依頼するのが無難です。
モデル契約書ver1.0 PoC契約書(新素材)のポイントと解説
オープンイノベーションを成功させる鍵を握るのが実証実験(PoC)です。PoC契約についても、これまでの契約書雛形では示されてこなかったオープンイノベーション特有の要注意ポイントがあります。
「PoC貧乏」を避けるための委託料設定
多くのスタートアップは、PoCの結果が良いものであれば共同研究開発へ進めるため、成果を出すために最善を尽くすものです。しかし、「うまく行けば共同研究開発に進める」という目標を追いかけるあまり、ただ同然の条件でひたすら検証作業を続けてしまう、いわゆる「PoC貧乏」にはなってはいけません。
そのため、PoC契約には検証作業にも相応の対価を「委託料」として設定しておくべきでしょう。対価の算定方法はいくつかありますが、スタートアップ側のメインの技術者の採用単価と採用工数を乗じて計算する方法はわかりやすいです。
一定の成果物をゴールにせず、決められた検証作業の実施を目的にする
ありがちな契約上のミスとして、「一定の成果をあげることをPoCのゴールに定める」ことがあります。PoCはあくまでも実証実験ですから、必ずしも成果が上がるとは限りません。にもかかわらず一定の成果をゴールに設定してしまうと、ズルズルと時間だけが経ってしまいます。
モデル契約書ver1.0では法的性質は、「一定の成果物を完成させる(請負型)のではなく、検証のための業務の実施を目的としたもの(準委任)である」としています。要するに、決められた検証業務を行って、その検証結果をもとに次のステップへ進むかどうかを判断するようにしましょう。
【編集後記】スタートアップのリテラシー向上は大企業にとってもメリット
4つのモデル契約書のうち、秘密保持契約とPoC契約について解説しました。NDAについてもPoCについても、ゴール設定を間違えたまま検討・検証がズルズルと長引いてしまう事がリスクになりがちです。ゴールを明確にし、決められた期間で検討・検証を終えるのはスタートアップだけでなく、大企業にとってもメリットでしょう。
モデル契約書ver1.0特集、次回は共同研究開発契約書とライセンス契約書について解説した記事を近日公開予定です。
(監修:山本飛翔、編集:眞田幸剛、取材・文:久野太一)