「パッケージがゴミにならない世界」 | 大日本印刷
2019年夏より「DNP INNOVATION PORT」というオープンイノベーションプロジェクトを推進している大日本印刷株式会社(以下、DNP)。これまでもマーケティング領域などで外部企業との共創を実現してきた同社が、今回フォーカスするのは環境問題。「パッケージがゴミにならない世界」という壮大なテーマの新規事業共創だ。
現在、世界だけではなく日本でも気候変動による豪雨や強風などにより、各地で甚大な災害が発生している。その要因の一つとされるのが地球温暖化だ。その対策として、CO2削減のためにバイオマスプラスチックの普及が位置付けられており、2030年には約200万トンのプラスチックをバイオマスプラスチックに代替する国策が掲げられている。一方で、海洋プラスチックごみ問題も深刻さを増し、世界で累計2億5千万トンのプラスチックが海に流出したと言われている。日本ではリサイクルの習慣も浸透しているが、世界規模ではリサイクルはたった14%しか実施されていないのが現状である。各国で対策の検討が進み、プラスチックストローの販売禁止などがニュースで話題になっているが、課題解決は急務である。
――このような事態を踏まえ、包装分野で国内最大規模の実績を有するDNPは環境課題の解決に向け取り組みを活発化させている。これまでも、サトウキビ由来の原料を使用したDNP植物由来包材「バイオマテック」や、単一の素材で構成されリサイクルがしやすいフィルムパッケージであるDNPモノマテリアル包材をリリースし、環境負荷低減に取り組んできた。さらに、2018年には環境に配慮したパッケージシリーズ「GREEN PACKAGING」をブランド化した。
こうした取り組みを進化させていくためにも、DNP包装事業部ではオープンイノベーションによって循環型社会を実現できるスキーム作りに着手を始めた。そこで今回、 このような取り組みをスタートさせる具体的な背景・目的や、共創テーマ、求めるパートナー像などについて包装事業部の柴田あゆみ氏と尾見敦子氏にお話をうかがった。
<写真左> 大日本印刷株式会社 包装事業部 マーケティング戦略本部 事業開発部 環境ビジネス推進室 柴田あゆみ氏
2003年に同社入社後、パッケージの開発を行う部門に配属。機能性フィルムの研究に携わった後、環境部門で「バイオマテックPET」の開発に従事し、パッケージが環境に与える影響を”見える化”する調査を担当。2019年6月に環境ビジネス推進室に配属となり、主に開発領域の視点から環境問題への取り組みを牽引している。
<写真右> 大日本印刷株式会社 包装事業部 マーケティング戦略本部 事業開発部 環境ビジネス推進室 尾見敦子氏
2009年に同社入社後、企画部門に配属。パッケージデザインや商品企画に携わった後、マーケティング部門で、各種調査業務を経験。2019年6月に環境ビジネス推進室に配属となり、主に企画・マーケティングの視点から環境領域の事業開発に従事している。
環境課題解決に向けた新たな価値観の発信へ
――まずはお二人が所属する包装事業部が、どのような事業を展開している部門なのか教えてください。
柴田氏 : 包装事業部は食品や飲料品、日用品や医療用品など、世の中にある様々な「パッケージ」を開発・製造・提供する部門です。DNPでは1950年代から包装事業に進出し、人々の暮らしに欠かせないパッケージやサービスをグローバルに展開してきました。
パッケージには「中身を守る」「情報を伝達する」ことはもちろん、「思わず手に取りたくなる」、「心地よく使える」など、多様な役割があります。
――日常で目にする様々な商品のパッケージを作っている部署なのですね。そうした私たちの生活に身近な事業を展開する包装事業部が、今回環境問題を解決するためのオープンイノベーションに臨むのには、どういった背景があるのでしょうか。
尾見氏 : DNPでは2019年を第三の創業の年と位置付け、新しい価値の創出に取り組んでいます。 弊社が提供できる価値はやはり社会課題の解決です。特に包装事業部として海洋プラスチックや地球温暖化などの「環境課題の解決」には最優先で取り組むべきと考えています。
しかし、環境問題は様々な論点を抱える解決の難しい問題です。そうした問題に向き合うのに、自社の知見やノウハウだけにこだわっているのは合理的ではありません。そこで、私たちとは異なる視点や技術を持つパートナーの力を借りたいと思い、今回のオープンイノベーションの取り組みを始めるに至りました。
柴田氏 : パッケージを取り扱う業界では、以前から環境問題への取り組みが行われてきました。というのも、パッケージは使用されるとすぐゴミになる製品なので、おのずと環境負荷への配慮が求められます。そうした流れの中で、これまでも3R(Reduce/Reuse/Recycle)のような取り組みが推進されてきました。
ですが、これからは、弊社から新たな環境配慮の価値観を発信したいと考えています。2018年に弊社がブランド化した、環境配慮パッケージシリーズ「GREEN PACKAGING」はその一貫でもあります。
▲持続可能な社会の実現に向けて、環境負荷を低減するパッケージ「GREEN PACKAGING」
――「GREEN PACKAGING」は、「持続可能な原料調達」「リサイクルの推進」「CO2の削減」という3つの価値を基軸に循環型社会をめざすパッケージブランドですね。そうした環境問題への取り組みに対して、ステークホルダーはどのように反応しているでしょうか。
柴田氏 : 今年、「GREEN PACKAGING」を含めたDNPのソリューションをご紹介する「グリーン展」というイベントを開催しました。そこでは近年の環境動向から弊社の提案までを一貫してプレゼンするのですが、ご来場いただいたクライアントなどには高い関心を寄せていただきました。
従来、企業の環境への配慮はCSRの領域に留まることがほとんどでしたが、最近ではCSV(「企業の利益活動」と「社会課題の解決」を両立させる経営戦略)の思想が浸透し始めていることもあり、クライアントも環境課題の解決を重要視されているのだと思います。
事実、「グリーン展」の参加以後に弊社のソリューションを検討し始めるクライアントもいらっしゃるなど、環境に関する取り組みには一定以上の手応えを感じています。
”捨てる”から”環す”へ。「循環の輪」が回るためのエコシステムの創出を目指す
――それでは今回のオープンイノベーションでどのような事業を創出したいかを教えてください。
尾見氏 : 私たちが共創したいと考えている事業のテーマは「パッケージがゴミにならない世界を実現する新たな技術・スキームの構築」です。今回の取り組みを通して、あらゆる使い終わったパッケージが「ゴミ」ではなく「資源」になる、そして「捨てる」から「環す」へ――こうした世界を実現するためのエコシステムを構築したいと考えています。
――エコシステムとは、具体的にどのようなものでしょうか?
尾見氏 : たとえば、弊社では「モノマテリアル」という単一の素材で構成されたリサイクルしやすいプラスチック包材を、以前から研究していて、すでに製品として提供できる段階にあります。
しかし、その製品をリサイクルするためには、消費者が捨てるところから最終的に再生されるまでをデザインし、その流れが実際に稼働する循環型のシステムを確立しなくてはいけません。製品の機能だけを高めてもリサイクルは実現できないんですね。
つまり、今回の取り組みで見据えているエコシステムとは、再生可能なパッケージを作るだけではなく、回収の仕組みやリサイクルの進化、消費者の意識変革なども含む、「循環の輪」が回るための仕組みのことです。
▲DNPが描く循環型社会と提供価値
柴田氏 : 具体的にいえば、リサイクルは分別、回収、選別、洗浄、再生という5つの工程を経るのですがそれぞれにアイデアが求められています。
たとえば、消費者が分別を意識付けするためのコミュニケーションのアイデアや、再生前の製品よりも価値の高いものを生み出すアップサイクルの技術などです。そのため、どの領域でも良いので自社のアイデアが生かせると感じたらぜひコンタクトを取ってほしいですし、連携する相手は民間企業だけに限らず、行政機関やNGO、NPOなども想定しています。
――非常に壮大な目標ですね。そうしたエコシステムの構築に向けて、DNPは現在どのようなフェーズにあるのでしょうか。
柴田氏 : とはいえ、私たちも現状では「何をすべきか」というアクションプランを定めている段階です。近年は世界中で様々な団体やコンソーシアムが設立されていて、日本ではクリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス(CLOMA)というコンソーシアムがあります。
そうしたコンソーシアムに参画して、議論を重ね、情報収集をしている最中です。このため、一緒に社会を動かすような大きな絵を描いて、創り上げるパートナーを求めています。
世界規模のネットワークを背景にした、スケールの大きな共創が可能
――共創するパートナーのメリットになるアセットにはどのようなものがあるでしょうか。
尾見氏 : まずは弊社の規模を生かした、スケールの大きな共創ができるという点です。弊社はこれまでも数多くのクライアントとの取引実績がありますし、また包装以外の事業も幅広く展開していることから、共創を他分野に拡大していくこともできます。
さらにグローバルな規模での連携も可能になります。包装事業部ではインドネシアとベトナムに製造拠点を有していますが、現在グローバル企業の開発の中心地は東南アジアに集中しつつあるため、先端技術や最新情報をいち早く取り入れることができる環境です。
また、世界規模のコンソーシアムへも参画をしているので、広く情報を発信していくこともできます。
柴田氏 : 技術的な面からいえば、弊社がパッケージを作る上での「総合力」は大きな力になると思います。バイオマテックPETをはじめとした素材開発の技術や、フィルムに耐熱機能などを持たせる加工の技術、さらにそうしたフィルムを貼り合わせて新たな価値を生み出すコンバーティングの技術など、弊社では高機能なパッケージを製造できる様々な技術を有しています。このような得意分野も共創では大いに生かせるのではないでしょうか。
▲植物由来原料を50%使用したラミネートチューブ
――では、そうしたアセットを生かして共創するパートナーには、どのようなマインドを求めますか。
尾見氏 : 今回のオープンイノベーションの目標は壮大で、そう簡単に解決できるものではないと認識しています。だからこそ、一社、二社といった規模で取り組みを進めようとは思っていません。
それぞれの小さな強みを繋ぎ合わせながら事業を創っていきたいと考えているので、パートナーには、まず躊躇することなく自社の「得意なこと」を教えていただきたいと思っています。
柴田氏 : 「パッケージがゴミにならない世界」という、未来のビジョンを共有していただきたいと思っています。それぞれの強みや領域は違っても、同じビジョンに向かっていることが必要不可欠だと思います。
――最後にこの記事を読んでいる方にメッセージをお願いいたします。
尾見氏 : 環境問題は知れば知るほど、その複雑さが明らかになる問題です。本当にすべきことは何なのか、議論を重ねる毎日です。
しかし、そうした難しい問題であっても、動き出さないと何も変わりません。このテーマに取り組み始めてから自分の意識と行動も変わったことを実感しています。共創するパートナーには、ぜひ私たちと課題解決に向けた一歩を踏み出していただきたいと思っています。
柴田氏 : 私たちのミッションは「美しい地球を未来につなぐ」ことだと思います。地球環境が日に日に深刻さを増していっているのは、周知の事実だと思います。
こうした現状を変えるには、100年、1000年先といった長いスパンを見据えながらも、”いま”行動しなければいけません。そうした「世界を変える」取り組みを色んな方々と一緒にやっていきたいですね。
取材後記
DNPは資本金約1144億円、売上高1兆4000億円(連結)、従業員数は約3万8000人(連結)を誇る世界トップクラスの印刷企業だ。しかし、今回のオープンイノベーションを主導する包装事業部の「環境ビジネス推進室」はまだ発足して間もなく、循環型社会の実現に向けて取り組みを開始したばかりだ。
しかし、だからこそ共創パートナーにとっては、様々なアイデアが提案できる状況でもある。そのアイデアを形にするところから共創できれば、DNPの企業規模やネットワークなどアセットを活用して、急速な事業展開も可能となる。「パッケージがゴミにならない世界を実現する」というビジョンは一見壮大なものにも思えるが、その一方で、自社の技術の真価を問う大きなチャンスともいえるだろう。
(編集:眞田幸剛、取材・文:島袋龍太、撮影:古林洋平)