【知財のプロ・深澤氏の視点(2)】 アイデアを生みだした人が知財の権利者になるとは限らない?
弁理士・技術士、そしてイノベーションパートナーとして、10年以上にわたり300社以上を「知的財産」の観点から支援してきた明立特許事務所 所長弁理士 深澤潔氏。コラムの第2回目は、話題となったニュースを切り口に”知財の権利者”について寄稿してもらった。
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今年初め頃のニュースになりますが、ピコ太郎さんの楽曲、「ペンパイナッポーアッポーペン」略して「PPAP」が、ピコ太郎さんや契約会社のエイベックス社とは全く無関係な会社によって商標登録出願された、というニュースがありました。商標については、先に第三者によって出願された、というニュースがよく聞かれます。
1.特許を受ける権利は譲渡できる?
日本ではその商標を使用していない第三者であっても商標登録出願することができるので、場合によってはそのような人が商標権者になってしまうことがあります。せっかく自分が考えたネーミングであっても自分が使えなくなってしまうことがあるのが、商標制度の怖いところです。
一方、特許権の場合、まずは発明をした人が特許を受ける権利を持つのが原則です。これは複数人が共同で発明した場合も同様です。発明者が複数の場合、特許を受ける権利をみんなで共有することになります。
発明者ではない人が特許を受ける権利がないにもかかわらず特許権を取得してしまった場合、その特許権は本来無効となるはずのものです(無効であると請求しない限り有効のままになってしまいます)。ただ、特許を受ける権利は譲渡することもできます。なので、発明した人と特許権者とが異なる場合が多々あります。
このような点を踏まえてオープンイノベーションの現場での発明者と権利者との関係を見てみたいと思います。
2.特許権からみた発明者とは?
法律上では発明者の定義はありません。「自然法則を利用した技術的思想の創作」というのが発明の定義になっています。そこで、このような創作をして発明を完成させた人が発明者となります。ただ、発明者が一人であれば問題ないのですが、複数の人が関係した場合には、真の発明者が誰なのか問題になることがあります。
このような場合、発明の着想の提供(課題の提供又は課題解決の方向づけ)を行ったかどうか、着想の具体化に関与したかどうか、の各段階について実質上の関与の有無で発明者かどうか判断されます。
例えば、提供した着想が新しい場合は、着想(提供)者は発明者になり得ます。ただし、着想した者がその着想を具体化することなく、その後、その着想を知った別人がこれを具体化して発明を完成させた場合には、着想者は共同発明者となることはできません。両者間には、一体的・連続的な協力関係が必要とされるからで、その着想を具体化して発明を完成させた者が発明者となります。
例えば、
・直接創作に関与した人に対してその創作に関する具体的着想ではなく単にテーマを与えただけ、発明の過程において単に一般的な助言・指導を与えただけ、といった一般的管理をしただけの人
・単にデータをまとめた又は実験を行っただけの人
・創作した人に資金を提供したり、設備利用などの便宜を与えたりしただけの人
は、学説上、創作に直接関与したことにはならないので発明者にはならないとされています。
もう少し具体的にみてみようと思います。
オープンイノベーションの一例としてハッカソンがあります。ハッカソンには参加者がアイデア出しや創作を目的に集まります。この場合、その場で生まれた発明に直接関与した参加者は発明者になり得ます。でも、着想を提供しただけで終わってしまったら発明を完成させたことにはならないので、真の発明者にはなれません。同様に、主催しただけの人は、創作自体に関与したことにはなりませんので発明者にはなりません。
それでは、共同開発の場合はどうでしょうか。この場合はアイデア出しで終わることはなく、着想とその具体化とが連続する場合がほとんどです。開発に直接関わった人が発明者になります。ただし、上司や経営者は新しい着想の提供を行わなかったのであれば、共同発明者にはなりません。
このような考え方は、デザインを保護する意匠権についても同じように適用されます。
3.職務から生まれた発明は特殊な扱いをうける
発明や創作を実際にするのは個人であって会社等の法人ではないので、特許を受ける権利は原則的には個人に帰属します。
でも、会社の従業員や役員、公務員の方が職務として発明した場合、契約、勤務規則その他の規定にてあらかじめ会社や団体の使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときには、発明者個人ではなく最初からその会社等が特許を受ける権利を持てるようになれます。このように、会社の従業員や役員、公務員の方がその方の職務として生み出した発明を職務発明といいます。
権利活用は主に会社等によって行われるので、会社等から見ればこのような規定があることによって安心して権利活用できます。
発明者にとっては不利のように見えるかもしれません。でも、このような規定を遂行するためには会社等がその見返りとして発明者の利益となるものを提供する必要がありますので、悪い話ではないように思います。
一方、会社等の業務範囲に属していても、例えば、自動車メーカーの営業マンがエンジンの発明をしたような場合には職務発明にはなりません。営業マンの職務は開発設計ではないからです。また、会社の業務範囲に属しない発明はそもそも職務発明ではありません。このような発明には、職務発明の規定は適用できません。
なので、ハッカソンや共同開発など、複数の者が共同で発明をしようとするときには、その参加者がどのような立場や背景で発明に関与するのかを明確にしておく必要があります。参加者の立場や背景によっては、生まれた発明が職務発明になったりそうでなかったりするからです。
4.PPAP商標のその後
調べてみると実はエイベックス社は第三者よりも早く商標登録出願をしていて、すでに商標登録されているものもあります。でも、商標は商標そのものだけでは登録することはできません。その商標をどのような商品やサービス名として使用するのかを予め定めた上で出願しなければならず、登録範囲も限定されます。
第三者の出願は、指定から外れた商品・サービスについても行われていましたので、もし登録されてしまったらエイベックス社はその商品・サービスには勝手に使用できなくなります。
ただ、使用しないものに対して登録しても無駄なので、仮に第三者のものが登録されたとしても意外と影響は少ないのかもしれません。
商標も特許も早いもの勝ちの世界です。一方、将来どれだけ貢献する発明・商標かわからない段階での出願にはリスクもあります。生まれた知的財産の取り扱いは戦略的に進める必要があります。
【コラム執筆】 明立特許事務所 所長弁理士 深澤潔氏 http://www.meiritsu-patent.com/
<深澤氏プロフィール>
京都大学工学部卒業後、石川島播磨重工業(現:IHI)入社し、小型ロケットや宇宙ステーションなど、宇宙環境を利用する機器の研究・技術開発・設計に携わり、技術士を取得。その後、国内最大手国際特許事務所へと転職し、弁理士資格を取得。独立し、明立特許事務所を立ち上げる。