【知財のプロ・深澤氏の視点(7)】開放特許とオープンイノベーション
弁理士・技術士、そしてイノベーションパートナーとして、10年以上にわたり300社以上を「知的財産」の観点から支援してきた明立特許事務所 所長弁理士 深澤潔氏。コラムの第7回目は、"開放特許とオープンイノベーション"について寄稿してもらった。
*関連記事:【弁理士・深澤氏に聞く】「知的財産」を活かしながら「共創」を生み出すためのノウハウとは?
1.なぜ、特許を開放するのか?
オープンイノベーションの一つの手法として開放特許の活用があります。例えば、畳メーカーのタバタ株式会社は、株式会社神戸製鋼所の特許技術である高機能抗菌鍍金技術「ケニファイン」を活用し、大阪府立産業技術総合研究所の技術協力のもと「高い抗菌性と衝撃吸収性を持つ人工畳」を商品化しました。また、刃物メーカーのマック株式会社は、富士通株式会社の特許技術である光触媒「チタンアパタイト」を活用して「光で抗菌できる包丁」を商品化しました。
(何れも近畿経済産業局の知財ビジネスマッチング事業参照:http://www.kansai.meti.go.jp/2tokkyo/02shiensaku/maching/160120_press.html)
通常、特許権取得の目的は自社技術に対する参入障壁の構築、すなわち、他社に自社発明を勝手に使用させないようにすることです。しかし、特許権になる技術であっても必ずしも事業化に成功するわけではなく、また、事業化を進めていても会社の方針が変更したり市場環境が変わったりして、せっかくの特許技術が使用されなくなってしまうこともあります。そうして休眠状態になってしまった特許権をそのまま放置したり消滅させたりするのではなく、他社に使用許諾して活用してもらおうとする特許権のことを開放特許といいます。
開放特許の候補となる特許権は他にもあります。例えば、自社で使用しなくても他社が特許権を取得することによって自社事業に悪影響を及ぼす可能性がある技術に対して、他社よりも先に権利化してしまう防衛特許と呼ばれるものがあります。防衛特許はもともと自社での実施の可能性が低いので開放特許の候補になりやすいものです。
さて、特許権を開放するメリットにどのようなものがあるのでしょうか。
開放特許のメリットとして、自社で休眠させたままの特許権を維持管理する場合には維持管理費がコストにしかなりませんが、例えば開放することによって相手方からフィーをいただけるのであれば特許権の取得や維持費の一部を回収できることがあります。また、自社だけでは難しいようなその特許発明に関するマーケットの創造・発展に寄与することができるというメリットもあります。特許権を開放することは自社にとってもその特許発明が必要な第三者にとっても役に立つ特許になります。
2.特許を開放するときの注意点
ところで特許権を開放してこのようなメリットを享受するにあたって次のような注意が必要になります。
●開放したときに自社へ悪影響がないか
●標準化するか否か
●何をどこまでどのように開放するか等事前に決めて交渉できるか
まず、悪影響がないかどうかですが、「誰に」「どんな特許権を」「どこまで」「いつまで」「いくらで」開放したときの自社事業への影響を検討します。例えば、いくら自社で実施していない特許権であっても競合他社に開放してしまえば将来的に自社事業に悪影響を与える可能性があります。一方、トヨタ自動車株式会社が水素燃料電池車に関する特許権を無償開放したように、市場形成のためなら競合他社の利用もよし、とする場合もあります。また、開放期間については、短すぎれば相手方が事業化できないおそれがある一方、長すぎた場合には権利の存続が満了してしまってその後の活用ができなくなってしまいます。
次の標準化ですが、これは特許技術をISOやJISのような規格にして多くの会社に開放するのか、そこまでしないで単に開放するだけにするのか、といったことになります。
規格化することによって他社も利用しやすくなるだけでなく権利自体を放棄しなければ特許発明として市場をある程度コントロールすることができます。ただし、どこで利益をあげるかについて戦略的な活用が求められます。
最後の交渉ですが、例えば、開放特許に基づいて相手方が関連する発明をした場合、その権利化をどうするのかといったことは事前にしっかり決めたうえで契約しておく必要があります。全く自由にした場合、開放特許が関連特許に囲まれてしまい立場が逆転してしまう可能性があるからです。
3.開放特許を利用するときの注意点
一方、開放特許を利用する側にも次のような注意が必要になります。
(1)開放特許についてのノウハウや関連技術の必要性
(2)いつまで使用できるか
(3)関連発明の取り扱い
特許権だけあってもその技術を使いこなせない場合が多々あります。そのようなときは関連するノウハウや技術とのセットで特許発明を利用できるようにしておかないと事業化が難しくなってしまいます。また、そのための設備や人員を用意できるか、といった社内資源の問題もあります。権利者側からどの程度の支援が得られるか注意する必要があります。
次の使用期限すなわち開放期間については、開放特許を利用してせっかく商品・サービスとして開発できても、開放期間が短すぎれば販売するときに期限が切れてしまい、逆に相手の特許権を侵害するようになってしまうことにもなりかねません。
関連発明については、開放する側と反対の立場になるのですが、競合他社との関係を考えると参入障壁として自社が苦労してさらに開発した分は何らかの形で特許権など権利化しておきたいところです。自社単独の権利化が難しくても権利の共有化を図れるように交渉する必要があります。
4.オープンイノベーションにむけて
最後に今までのご支援の中からオープンイノベーションの成功に向けて思った点をあげてみます。
オープンイノベーションは他者の知見を自社に取り込む手段として認識されています。でも、他者に頼り切ってしまうと、相手方が自社と組むことにメリットがない、と判断されてしまったときには自社で事業を継続できなくなる恐れがあります。どれだけ相手方にもメリットを与えることができるかといった視点が必要になります。
また、外部技術の利用にあたって技術の目利き力も必要になります。自社のコア技術の自覚と自信の上に成り立つ基本技術・基本特許(このようなものは通常他者には開放されません)があって初めてオープンイノベーションが成立するからです。
オープンイノベーションの流れは今後ますます大きくなっていくと思います。その中で開放特許のような知的財産も重要な役割を演じます。我々のような専門家も含め外部の力を上手に利用して成功に導いていかれることを祈念いたします。
【コラム執筆】 明立特許事務所 所長弁理士 深澤潔氏 http://www.meiritsu-patent.com/
<深澤氏プロフィール>
京都大学工学部卒業後、石川島播磨重工業(現:IHI)入社し、小型ロケットや宇宙ステーションなど、宇宙環境を利用する機器の研究・技術開発・設計に携わり、技術士を取得。その後、国内最大手国際特許事務所へと転職し、弁理士資格を取得。独立し、明立特許事務所を立ち上げる。