台湾のハードウェア系アクセラ&オープンイノベーションの可能性 日本企業に求める資質とは?
▲左からSally Lin氏(ITRI)、Alex Chiu氏(Wistron)、CEORay Tai氏(Mighty Net)、Robert Huang氏(Fontech)
台湾のハードウェア産業が急成長中だ。台湾の名目GDPは589,391百万ドル(IMF統計)で世界21位(東アジアでは4位)となっており、その内訳を見ると農業が減少する一方、電子工業が急拡大を見せている。事実、アメリカと日本への輸出額は2019年7月に過去最高を達成している。
このようなグローバルマーケットにおいて、日本だけでなく台湾でもアクセラレーターやオープンイノベーションの機運が高まっている。
そのトレンドを表す象徴的な取り組みとして、台湾の経済部(経済産業省に相当する省庁)が主導して運営している「林口イノベーションパーク」がある。
新北市に2017年に開設された林口イノベーションパークは半径2~3kmにわたって広がるスマートシティで、敷地内にはインキュベーション施設はもちろん病院や学校、アウトレットモールまで完備されており、まさに事業創出のために作られた”街”である。
今回、林口イノベーションパークに入居するハードウェア系のアクセラレータープロジェクトを推進するITRI(Industrial Technology Research Institute)と共に、協業先を探している複数企業が来日した。昨今の台湾アクセラレーター・オープンイノベーション事情や日本企業に期待するポイントなどを聞くことができた。
台湾の産業は労働集約型からイノベーション主導型へ
ITRIで林口のアクセラレータープロジェクトの全体統括を務めるプロジェクトディレクターの Sally Lin氏は、台湾におけるハードウェア系の人材の強みは今も昔も「高い水準の教育を受けた技術者が持つ技術力」だという。
ただし、ここ数年で産業創出のトレンドは労働集約型からイノベーション主導型へ変わりつつある。その要因はAIやクラウドといった新しいIT技術の台頭によるもので、これらの新技術は労働力と成果が比例しない。
ITRIの林口アクセラレータープロジェクト全体統括を務めるプロジェクトディレクターのSally Lin氏
台湾のテックシーンを語る上で半導体の話は欠かせない。世界トップの半導体企業として有名なTSMC社もITRIからスピンアウトした企業だ。
しかし、これまでの半導体企業は「大量生産大量消費」が主流であった。半導体の大量生産には、生産量に比例したエンジニアのリソースが必要で、まさに労働集約型のビジネスモデルとなっている。
したがって、台湾のハードウェアスタートアップにとって新たな市場を創出するためには上が詰まっている労働集約型のビジネスモデルでは勝算が少ない。そこでITRIが目指すのは「イノベーション主導型」の産業創出だ。
パートナーとして日本企業に求めるのはR&D能力と深い知見
台湾企業と日本企業には共通点が多くあるという。今回来日したアクセラレーター参加企業でICTのOEM/ODMの製造を行うWistron(ウィストロン)でセールス兼マーケティングディレクターを務めるAlex Chiu氏は、「台湾も日本も技術は強いです。キャラクターとして曖昧な表現を好む点も似ています。一方で、マーケティングやブランディングに関しては弱めです。これはシリコンバレーのスタートアップと比較してみての感想です。」と語った。
Wistronセールス&マーケティングディレクターのAlex Chiu氏
そのうえで、日本に期待しているのはR&Dの強さだという。
「日本企業の特徴はひとつの分野に関して深い知識を持っていることです。我々の持っているハードウェアのリソースと、特定の領域で深い知見を持つ日本企業とが手を組むことで化学反応が起こることを期待しています。」
同じくアクセラレーターメンバーとして来日したUI/UXコンサルやWeb/アプリ制作を行うFontech(フォンテック)の共同創業者Robert Huang氏は、日本企業の特徴である”知見の深さ”を逆手に取ってビジネスチャンスを見出そうとしている。
「日本の製品は良いものですが、UI/UXコンサルは日本人にだけ受け入れられるものになっています。台湾人や中国人から見ると日本の商品のランディングページなどは使いづらい。私達が日本の製品が中国、台湾でも受け入れてもらえるようなUI/UXを創ることで双方に利益をもたらせるはずです。」
Fontech共同創業者Robert Huang氏
台湾ハードウェアスタートアップのトレンドは「少量多品種」へ
半導体に代表されるハードウェア産業はこれまで大量生産が主流だった。しかしここ数年で、トレンドは少量多品種に移行しつつあるようだ。
前述のWistron社はまさに少量多品種のハードウェア開発を得意としている。しかしながら当然、少量多品種のハードウェア製造は大量生産に比べてコストがかかる。つまり尖った技術で付加価値をつけることが重要になるため、高い専門性を持った日本企業とのシナジーが期待できる。
Mighty NetのCEORay Tai氏
Wistronの同業で、2017年に創業したMighty NetのCEOを務めるRay Tai氏も少量多品種のニッチ市場でプロトタイピングセンターを創出することに活路を見出している。現在も50社のベンチャーと取り組みを推進している同社は、少量多品種の分野で成功する企業の共通点について以下のように語ってくれた。
「数多くのベンチャーと取引をしていて感じるのは、成功する企業はハードウェアのエンジニアリングを熟知しているメンバーがいるという部分で共通しています。リーダーがパートナー企業と共通の言語で話すことで、ハードウェアのプログラムからムダを省いて良いプロダクトを創出できる可能性が高まります。」
【編集後記】深センとは違う個性を持つハードウェア大国台湾
東アジアにおけるハードウェアのメッカといえば深センだが、台湾のハードウェア業界は深センとは異なる個性を持っていることがわかった。
ITRIのLin氏が言うには、台湾は深センと比べて「IP(知的財産権)を重視している」とのこと。ここで言う「IP」の意味は2つある。ひとつは、IPを無視した偽物が出回る可能性が深センの方が高いこと。そしてもうひとつは台湾は「システムが搭載された高度なチップの開発」を得意としている点だ。
後者についてもう少し詳しく説明すると、大量生産の時代では安価なチップは画像処理、映像処理、通信処理などの単一の機能だけを搭載していた。しかし少量多品種の時代では、チップ単体で複雑なシステムを搭載する技術が求められる。1枚のチップに高度なシステムが詰め込まれているため、それはまさに知的財産であって「IP」であると表現できる。
TSMC社を生み出したハードウェア大国の台湾は、新時代の技術で日本、そして世界にどのようなインパクトを与えるのだろうか。
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