2026年版「中小企業白書」を読み解く【前編】――賃上げ・人手不足時代に、中小企業が直面する“現状維持”のリスクとは
2026年版「中小企業白書」が公表されました。中小企業白書は、中小企業基本法に基づいて毎年国会に提出される年次報告であり、中小企業・小規模事業者を取り巻く経営環境や、政府の施策を読み解くうえで重要な資料です。
今回の白書で大きなテーマとなっているのが、中小企業の「稼ぐ力」の強化です。物価上昇、人手不足、賃上げ圧力、金利のある世界への移行など、経営環境の前提が大きく変わるなか、中小企業には持続的な賃上げを実現しながら、供給力を維持・向上させることが求められています。
白書では、そのためにリスクを恐れず、成長や変化に挑戦する経営へ転換し、「稼ぐ力」を高めることが重要だと整理されています。特に、価格転嫁や成長投資、事業承継・M&Aなどによる「付加価値額の増加」と、AI活用やデジタル化による「労働投入量の最適化」の両面が重要だとされています。
TOMORUBAでは、2026年版中小企業白書を前後編に分けて読み解きます。前編では、中小企業・小規模事業者の現状と課題を整理します。後編では、価格転嫁、成長投資、事業承継・M&A、AI活用・デジタル化、人材活用など、「稼ぐ力」を高めるための具体的な取り組みを紹介します。
参照ページ:中小企業白書|中小企業庁
コロナ禍から回復した中小企業の業況は、再び“足踏み”局面へ
まず確認したいのは、中小企業の業況です。白書によると、中小企業の業況判断DI(※)は、2020年に新型コロナウイルス感染症の影響で大きく落ち込んだ後、2023年第2四半期には1994年以降で最高の水準を記録しました。しかし、その後は低下し、足踏みの傾向が続いています。
※前年同期と比べて業況が「好転」と答えた企業の割合から、「悪化」と答えた企業の割合を差し引いた指標
売上高や利益には一定の回復も見られます。中小企業の売上高は2021年第1四半期を底に増加傾向にあり、経常利益も2020年第3四半期を底に増加傾向で推移しています。一方で、経常利益は大企業と比較して伸び悩んでおり、その差は拡大傾向にあるとされています。
つまり、中小企業の経営環境は「回復していない」と単純に捉えるべきではありません。しかし、賃上げや投資、人材確保を継続的に進めるだけの余力が十分にあるとも言い切れない状況です。コロナ禍からの回復局面を経て、中小企業は次の段階に差しかかっています。需要の回復に対応するだけでなく、コスト上昇や人手不足を前提に、どのように収益力を高めるかが問われているのです。
賃上げは進む一方、中小企業には原資確保という重い課題が残る
中小企業を取り巻く変化のなかでも、特に大きなテーマが賃上げです。白書では、中小企業において春季労使交渉で約30年ぶりの賃上げ水準が続き、最低賃金の引き上げも進んでいると整理されています。日本経済全体の成長にとって、中小企業の持続的な賃上げは極めて重要です。
一方で、大企業と比較すると、中小企業の賃上げ余力は厳しく、さらなる賃上げ原資の確保が課題となっています。 人材確保のためには賃金水準を引き上げる必要がある。しかし、十分な利益がなければ継続的な賃上げは難しい。このジレンマは、多くの中小企業に共通する経営課題といえるでしょう。
ここで重要になるのは、賃上げを単なる人件費の増加として捉えないことです。賃上げを継続するには、原資となる利益を確保しなければなりません。そのためには、価格転嫁を進める、付加価値の高い商品・サービスに投資する、生産性を高めるといった取り組みが欠かせません。賃上げは、もはや人事・労務だけの問題ではなく、価格戦略や商品開発、投資判断と結びついた経営テーマになっています。
金利・物価・円安が、中小企業の経営余力を圧迫している
賃上げ原資の確保を難しくしている要因は、人件費だけではありません。金利、為替、物価といった外部環境の変化も、中小企業の経営余力を圧迫しています。
白書では、借入金利水準判断DI(※)について、大企業、中小企業ともに足下では低下しているものの、高い水準にあるとしています。また、中小企業の現預金残高は足下で横ばいが続き、借入金等は増加に転じていると整理されています。
※借入金利水準について、「上昇」と答えた企業の割合から「低下」と答え た企業の割合を引いたもの。
さらに、2025年度も歴史的な円安水準が継続し、円ベースで見た輸入物価指数は高い水準にあります。国内企業物価指数と消費者物価指数も、引き続き上昇傾向にあります。
こうした環境では、原材料費や仕入価格、物流費、エネルギー費、人件費など、さまざまなコストが同時に上昇します。中小企業が利益を確保するには、コスト上昇分を販売価格に反映する必要がありますが、白書では、原材料・商品仕入単価DI(※)が売上単価DIを大きく上回り、コスト上昇分を十分に価格転嫁できない状況が続いていると指摘されています。
※前年同期と⽐べて、原材料・商品仕入単価が「上昇」と答えた企業 の割合(%)から、「低下」と答えた企業の割合(%)を引いたもの。
売上が増えても利益が残りにくければ、賃上げや設備投資、デジタル化、人材育成といった将来への取り組みに資金を回しにくくなります。価格転嫁は、単なる値上げではなく、中小企業が次の成長に向かうための前提条件になっているのです。
人手不足は一時的な採用難ではなく、労働供給制約社会の問題になっている
もう一つの大きな課題が、人手不足です。白書では、2010年代以降、多くの業種で人手不足感が強まっており、労働供給制約社会の到来に伴って、人手不足はさらに深刻になるおそれがあるとしています。
本文でも、中小企業・小規模事業者の人手不足は依然として深刻で、企業規模別では中規模企業の不足感が特に強いとされています。 また、業種別では建設業、運輸業・郵便業、情報通信業などで不足感が強く、職種別では専門的・技術的職業従事者、サービス職業従事者などの不足割合が高くなっています。
これは、一時的な採用難とは性質が異なります。受注が増えれば人を増やし、現場の稼働時間を増やして対応する。そうした成長モデルは、今後ますます通用しにくくなります。人を増やしたくても採用できない。採用できても人件費が上がる。既存社員の負担を増やせば、離職や品質低下につながる。こうした状況では、「人を増やして対応する」以外の選択肢を持つことが不可欠です。
新規事業やオープンイノベーションの観点から見ても、この変化は重要です。中小企業が抱える課題は、単なる人材不足ではなく、省人化、業務プロセス改革、外部人材の活用、デジタルツール導入、共同開発など、外部との連携によって解決できるテーマへと広がっています。
編集後記
2026年版中小企業白書を読み解くと、中小企業を取り巻く課題は、業況の足踏み、賃上げ、人手不足、物価上昇、価格転嫁、生産性向上といった個別のテーマに分かれているようで、実は一つの問いに集約されます。それは、限られた人員と経営資源のなかで、いかに付加価値を生み出す企業へ変わっていくかという問いです。
賃上げを続けるには、原資となる利益が必要です。人手不足を乗り越えるには、採用だけでなく、業務の見直しや省人化が必要です。物価上昇に対応するには、価格転嫁を進め、自社の商品・サービスの価値を取引先や顧客に説明する必要があります。これらはすべて、「稼ぐ力」をどう高めるかという経営課題につながっています。
中小企業の経営者にとっては、自社の価格設定、投資、人材活用、事業承継を見直す契機になるでしょう。新規事業・オープンイノベーション担当者にとっては、中小企業との共創テーマが、省人化、高付加価値化、事業再編、人材活用といった領域に広がっていることを示しています。
後日公開する<2026年版「中小企業白書」を読み解く【後編】>では、白書が示す具体的な取り組みをもとに、中小企業が「稼ぐ力」を高めるための打ち手を読み解いていきます。価格転嫁、成長投資、事業承継・M&A、AI活用・デジタル化、人材確保・活用は、中小企業が次の成長に向かうための重要なキーワードになりそうです。
(TOMORUBA編集部)