令和7年度補正予算を読み解く──中堅・中小・スタートアップ成長投資支援の全体像
2025年11月、政府は経済社会の構造変化や物価高、人手不足といった課題に対応するため、総額約21.3兆円規模の総合経済対策を策定し、12月に可決・成立した。経済産業省関係の補正予算案の概要を見ると、中堅・中小企業およびスタートアップの成長投資支援を大胆に強化する内容となっている。
本稿では、主要な施策である「中堅等大規模成長投資補助金」「中小企業生産性革命推進事業」を中心に、その概要と意義を関連資料をもとに整理し、日本の成長戦略における位置づけを読み解いていく。
補正予算の背景と経産省の位置づけ
令和7年度の補正予算案は、2025年11月28日に閣議決定され、その後の国会審議を経て、12月16日に政府案どおり成立した。
総額は約18兆3034億円と大型の規模となった。内訳を見ると、生産性向上、デジタル化、GX(グリーントランスフォーメーション)の推進、企業成長支援が主要な柱として盛り込まれている。
経済産業省関連の予算総額は、当初予算とあわせて2兆円台に達し、日本の成長戦略の中核を担う位置づけだ。
※出典:経済産業省関係 令和7年度補正予算案の概要|経済産業省
特に、中堅・中小企業とスタートアップ支援に関する予算規模は約1兆円規模にのぼり、単なる経営支援ではなく、地方経済の成長インフラとしての投資支援として機能することが期待される。
令和7年度補正予算の柱:中堅・中小・スタートアップ向け支援
※出典:令和7年度補正予算案(中小企業・小規模事業者等関連予算)|中小企業庁
令和7年度補正予算では、中堅・中小企業からスタートアップまでを幅広く支える成長支援策が、複数のレイヤーで打ち出された。大規模な設備投資や拠点整備を後押しする大型補助金に加え、生産性向上を支える既存施策の強化、グローバル展開を見据えたスタートアップ支援、さらにディープテック領域における資金調達手段の拡充まで、企業の成長段階や課題に応じた支援が整理されている点が特徴だ。
これらの施策は、単に投資額を積み上げることを目的とするものではない。人手不足や物価高といった足元の制約を踏まえつつ、企業が成長投資に踏み出し、経営体制を強化し、国内外で持続的にスケールしていくための「成長の土台」を整えることを狙っている。以下では、4つの事業概要について、その内容と位置づけを整理していく。
①中堅等大規模成長投資補助金(4,121億円)
※出典:経済産業省関係令和7年度補正予算案の事業概要(PR資料)|経済産業省
今回の補正予算案において、最大規模の支援施策として計上されたのが、「中堅等大規模成長投資補助金」だ。これは「中堅・中小・スタートアップ企業の賃上げに向けた省力化等の大規模成長投資補助金」を中心とする支援パッケージで、その規模と政策意図から成長投資策として注目される。
本補助金の背景には、人口減少・人手不足、物価高、最低賃金引上げの環境下で、企業が設備投資などの大規模成長投資に踏み切りにくい構造的な課題がある。これを打破するため、政府はこれまでの小規模投資支援とは一線を画す「成長重視型の大型補助金」を創設。中堅・中小企業およびスタートアップ企業の大胆な投資を促す狙いだ。
4,121億円の枠内には、大規模な設備投資支援だけでなく、「地域企業経営人材確保支援事業給付金」と呼ばれる企業の経営体制強化を支える給付金制度も含まれる。これは、大企業から地域の中堅・中小企業(スタートアップ含む)への経営人材の受け入れに対して給付金を支給する仕組みだ。具体的には、転籍・兼業・副業・出向といった多様な形態で経営人材を確保した企業に対し、最大450万円の給付を行うものとされている。
企業の成長には投資だけでなく高度な経営ノウハウの獲得が不可欠であり、地方企業でも外部人材の活用を通じて経営体制を強化しやすくする意図が示されている。
②中小企業生産性革命推進事業(3,400億円)
※出典:経済産業省関係令和7年度補正予算案の事業概要(PR資料)|経済産業省
中堅等大規模成長投資補助金と並んで主要な施策となるのが、「中小企業生産性革命推進事業」だ。これは、中小企業・小規模事業者の生産性向上を支える複数の補助金をパッケージとしてまとめた事業だ。
この事業には、以下のような支援が含まれている。
中小企業成長加速化補助金(売上高100億円を目指す企業向け)
デジタル化・AI導入補助金(IT導入補助金)
小規模事業者持続化補助金
事業承継・M&A関連補助金
これらは、中堅・中小企業が直面する生産性向上の壁を超えるため、デジタル化や新事業投資、スケールアップを後押しする重要な支援策として位置づけられる。
③グローバル・スタートアップ創出支援事業(46億円)
※出典:経済産業省関係令和7年度補正予算案の事業概要(PR資料)|経済産業省
令和7年度補正予算では、国内での成長支援に加え、スタートアップの海外展開や資金調達環境の強化にも手当てが行われた。「グローバル・スタートアップ創出支援事業」は、海外投資家(VC等)からの資金調達や、海外市場での事業展開を見据え、日本発スタートアップが国内外で成長し、将来的にユニコーン級へとスケールしていくことを後押しする施策だ。
実施主体はJETRO(日本貿易振興機構)で、国からの交付を受け、民間企業等と連携しながら支援が行われる。具体的には、大学生や若手起業家から、国内で成長段階にあるスタートアップのCXO層までを対象に、メンタリング、投資家・企業とのマッチング、海外派遣プログラムなどを通じて、グローバルでの成長基盤づくりを支援する。
成果目標としては、日本から海外に進出するスタートアップの成功事例を積み上げることが掲げられており、令和5〜8年度で累計180件程度を目指す。単発支援にとどまらず、継続的に海外市場へ挑戦するスタートアップの創出を意識した施策といえる。
④中小企業基盤整備機構による債務保証制度の拡充事業(19億円)
※出典:経済産業省関係令和7年度補正予算案の事業概要(PR資料)|経済産業省
「中小企業基盤整備機構による債務保証制度の拡充事業」はディープテックスタートアップの資金調達手段を広げることを目的とした施策だ。
ディープテック領域のスタートアップは、研究開発や設備投資に多額の資金を要する一方、安定した収益を上げるまでに時間がかかるケースが多い。そのため、エクイティ(出資)に偏りがちな資金調達構造や、金融機関からの融資を受けにくいという課題があった。
本事業では、中小企業基盤整備機構が実施する革新的技術円滑化債務保証制度の対象を拡充し、これまで非上場のディープテックスタートアップに限定されていた枠組みを、一定の上場ディープテックスタートアップにも広げる。
これにより、民間金融機関からの融資を促し、出資に偏りがちなスタートアップ金融を補完する役割が期待されている。成長段階に応じた多様な資金調達を可能にすることで、ディープテック領域の持続的な成長を支える狙いだ。
補正予算の意義と成長戦略へのインパクト
今回の補正予算が持つ意義と、日本の成長戦略にもたらすインパクトを整理する。
1. 「成長投資支援」への明確な転換
令和7年度補正予算で特徴的なのは、従来の「ものづくり補助金」や「省力化支援」といった個別・小規模施策の延長ではなく、企業の成長段階に応じて“投資そのもの”を支える設計へと軸足が移っている点だ。
中堅等大規模成長投資補助金では、数十億円規模の設備投資や拠点整備といった、これまで中堅・中小企業やスタートアップが踏み込みにくかった領域に対して、国が正面から支援を行う姿勢が示された。あわせて、経営人材の受け入れを支援する給付金も組み込まれており、「投資」と「経営体制」の両面から成長を後押しする構成となっている。
人手不足や物価高、最低賃金引き上げといった環境変化の中で、企業が成長投資に踏み出せない構造的な課題に対し、今回の補正予算は明確な打ち手を提示したといえる。
2. 成長フェーズに応じた多層的な支援設計
今回の補正予算のもう一つの特徴は、企業の成長フェーズに応じて支援のレイヤーが整理されている点だ。中小企業生産性革命推進事業では、IT導入やデジタル化、小規模事業者の持続的な事業運営、事業承継・M&Aまでを含めた支援がパッケージ化されている。
一方で、売上高100億円規模を目指す企業を想定した成長加速化補助金や大規模投資支援が用意されることで、「次の成長段階へ進む企業」を明確に押し上げる導線も描かれている。補正予算全体を通じて、点ではなく線として成長を支えようとする意図が読み取れる。
3. 国内成長にとどまらない「グローバル前提」の支援
グローバル・スタートアップ創出支援事業では、海外投資家からの資金調達や海外市場での事業展開を見据え、日本発スタートアップのグローバルな成長を後押しする枠組みが整えられた。
JETROを中心に、メンタリングや投資家・企業とのマッチング、海外派遣などを通じて、単発の海外進出ではなく、継続的に世界市場へ挑戦できるスタートアップの育成を目指している点が特徴だ。
4. エクイティ依存の資金調達からの脱却
ディープテックスタートアップを対象とした債務保証制度の拡充は、スタートアップ金融のあり方そのものに踏み込む施策といえる。今回の制度拡充により、出資と融資を組み合わせた、より現実的な成長資金の確保が可能となる。
5. 成長投資と賃上げを同時に実現
成長投資と賃上げを切り離さずに捉えている点である。大規模成長投資補助金をはじめ、多くの制度で賃上げに関する要件が明示されており、企業の成長が従業員や地域に還元されることを前提とした設計になっている。単に企業数を増やす、投資額を積み上げるといった短期的な成果だけでなく、持続的に成長し、雇用と所得を生み出す企業をどう育てるかという問いに対する一つの答えを示していると言えるだろう。
編集後記
今回の補正予算に盛り込まれた成長投資支援策は、日本の産業が中長期的にどのように成長していくかを見据えた内容になっている。中堅・中小企業やスタートアップに対して、これまでよりも踏み込んだ投資支援が示された点は、成長を支える土台づくりを意識したメッセージとも受け取れる。
経営者にとっては、制度そのものよりも「自社の成長にどう組み込むか」が問われる局面だ。次の成長ステージをどう描くか。その視点が、これからますます重要になっていくだろう。
(構成・文:入福愛子)