
創業100周年を迎えた雪印メグミルクの新たな挑戦――未来ビジョン2050に込めた思いと、その具現化をリードする「未来づくり部」の活動に迫る
人々の暮らしと健康を支える乳製品や飲料、機能性食品のリーディングカンパニーとして知られる雪印メグミルクは、2025年5月に創業100周年を迎えた。それに伴い、雪印メグミルクグループは、理念体系などを大幅に刷新。「Love Earth. Love Life.」という新たなコーポレートスローガンを掲げて動き出している。また、それらに先駆けて昨年4月に立ち上げられた「未来づくり部」では、雪印メグミルクグループが描く未来ビジョンに向けて様々なイノベーション創出活動を推進しているという。
今回TOMORUBAは、雪印メグミルクの常務執行役員 森隆志氏、未来づくり部の石川和男氏のお二人に話を伺った。1925年に北海道製酪販売組合として誕生した創業時からの歴史を振り返り、同社が生み出してきた新たな価値やイノベーションを紹介いただくとともに、100周年を機に刷新されたビジョン実現に向けての戦略や考え方について語っていただいた。
また、グループの未来に向けた取組みを担う未来づくり部の設立背景や活動内容、さらにはスタートアップとの連携事例、現状で見え始めている成果についても紹介していただいた。

▲雪印メグミルク株式会社 常務執行役員 未来づくり・機能性食品事業 担当 森隆志氏
1988年雪印乳業入社。営業系のキャリアを歩んだ後、経営企画部門として2003年雪印乳業の市乳事業部門、全国農協直販、ジャパンミルクネットの3社統合、2009年の雪印メグミルクの設立、合併に携わる。2012年より弘前大学大学院派遣研究員。2015年より機能性食品通販会社・ベルネージュダイレクトへ出向。2018年総合企画室室長、2022年6月常務執行役員、2024年4月より常務執行役員兼未来づくり部部長に着任。2019年博士(医学)取得(弘前大学)。

▲雪印メグミルク株式会社 未来づくり部 未来づくりグループ 課長 石川和男氏
1998年雪印乳業入社。入社以来生産系のキャリアを歩む。2000年北海道・幌延工場に着任し、以降約6年間にわたってバター製造を担当。本社異動後はバター/マーガリンの商品開発に伴う推進担当、商品開発などに合計17年間従事。その間、グロービス経営大学院にてMBAを取得。2023年総合企画室へ異動し、経営企画業務を担当。2024年4月未来づくり部の所属となり、新規事業開発に係る幅広い活動に従事。
時代によって変わり続ける「食の社会課題」と向き合ってきた雪印の歩み
――雪印メグミルクは、この5月に創業100周年を迎えました。1925年の創業から現在に至るまでの歩みや、その中で会社として生み出してきた新しい価値・イノベーションの歴史などについてお聞かせください。
森氏 : 最初に当社の前身の一つである北海道製酪販売組合の成り立ちについてお話します。当時、北海道の開拓を進めていく中、畑作物の他に米作りにも熱が入っていた時代でしたが、北海道という広大な土地であるが故に農民たちの土地に対する執着が薄く、いずれも肥料を施さないで作物を栽培・収穫する原始的な農業であったため、土地が痩せてしまうことが問題になっていました。
そこで、当社の創業者のひとりである黒澤酉蔵が「牛を飼い、牛から出たし尿で土地を肥えさせ、その土地から生えた草を牛に食べさせ、牛が出す乳を人が飲む」という酪農を推奨し、北海道中に広めていきました。酪農は、今でいうところの”リジェネラティブ”であり、循環農法です。
その後、酪農家は増えていきましたが、1923年に関東大震災が発生したこともあり、多くの国民は貧しい食生活を送らざるを得ない状況でした。国としても「栄養価の高い乳製品を国民に行き渡らせよう」という方向に舵を切り、乳製品の輸入を始めたのです。それ自体は良いことかもしれませんが、海外からの輸入品が入ってきたことにより、国内酪農家への買いたたきも始まってしまいました。
そのような動きに対して「自分たちが牛から絞った牛乳は、自分たちで加工して販売しよう」という目的で集まった酪農家たちにより、雪印乳業の前身である北海道製酪販売組合が誕生したのです。
――原始的な農法を循環型に変えていくなど、会社の成り立ちからしてイノベーティブであったと言えそうですね。その後の会社の歩みについても教えていただけますか。
森氏 : そのような形でスタートした当社ですが、当時はまだまだ和食文化中心の時代であり、チーズやバターといった乳製品を広めていく際には、様々な苦労があったと聞いています。その後、戦争が終わった20世紀の半ばから後半にかけては「食の国際化と多様化」が進み、当社も本格的な乳製品の製造・販売をスタートしていきます。パンに乗せやすいスライスチーズを開発したり、まだ日本人が食べ慣れていないカマンベールチーズの商品を作ったり、サラダに入れやすいストリングチーズ(さけるチーズ)を作るなど、乳製品の用途を広げつつ、新しい食文化を提案していきました。
そして2000年、雪印乳業は食中毒事件を起こしました。この事件が一つのきっかけとなり、世の中では「食の安全・安心」が重視されるようになりました。当社では事件を起こした反省もあり、独自の品質保証システムSQS(現:MSQS)や食品衛生研究所を立ち上げるなど、ISO9001やHACCPといった世界標準の品質マネジメントシステムに準拠した上で会社の仕組みを変えてきました。
さらに2010年代には、人々の寿命が伸びてきたことにより「健康寿命の延伸」が社会課題となりました。当社ではMBPという骨密度を高める機能性たんぱく質を発見して商品化しているほか、乳酸菌やガゼリ菌を配合した商品を発売。健康寿命の延伸にアプローチしてきました。
20世紀の前半は「安定的で豊かな食生活の実現」、後半は「食の国際化と多様化」、2000年代の「食の安全・安心」、2010年代の「健康寿命の延伸」など、私たちを取り巻く食の社会課題は時代によって変遷を続けてきました。そして、これからの社会課題に目を向けたとき、気候変動や人口増加などにより食の当たり前が揺らぐ中、私たちは「食の持続性」こそが重要なテーマになると考えています。

――長い歴史の中で様々な商品を世の中に提供されてきましたが、とくにイノベーティブな商品を一つあげるとしたら、どのような商品になりますか?
森氏 : いろいろな商品がありますが、私が技術的にすごいと思うのは「さけるチーズ」です。様々な企業様が似たような商品を作られていますが、当社のさけるチーズのように細かく裂くことはできません。発売以来、門外不出の製法が守られていますし、発売から45年経っても他社が真似できていない状況が続いているというのは、素直にすごいことだと思います。
ちなみに商品だけでなくマーケティングにも注力しており、昨年度にはさけるチーズのマーケティング活動が評価され、日経クロストレンドが主催する「マーケター・オブ・ザ・イヤー2024」の優秀賞を受賞しました。また顧客起点でのマーケティング手法により、2023年度以降、過去最高の売上を記録し続けています。雪印メグミルクは、商品開発だけでなくマーケティングに関しても、このような画期的な取り組みができるイノベーティブなDNAを持っている会社だと思います。

「未来ビジョン2050」を作り、バックキャスト型の経営計画を策定
――雪印メグミルクが、創業100周年を機に理念体系やコーポレートスローガンを刷新された理由について教えてください。
森氏 : 私たちは100周年を機に経営計画を見直すにあたり、現在のような激変を続ける社会情勢下においては、これまでのように現在地から未来への成長予測を提示するフォアキャスト型の経営計画では成り立たないだろうと考えました。そのため、まずは目標や理想を掲げて、そこに向かって進んでいくバックキャスト型の経営計画を策定することを決めたのです。
その後、社長と7名の若手社員に議論をしてもらい、さらに延べ3000名の社員にアンケートを行うなどして、私たちが目指すべき2050年の雪印メグミルクのイメージを表現した「未来ビジョン2050」を作りました。そして、この未来ビジョン2050に向けた「Next Design 2030」という経営計画を策定しました。
このようなバックキャスト型の経営計画の策定と合わせて、コーポレートスローガンや企業ロゴを変更することになったのですが、新たなコーポレートスローガンである「Love Earth. Love Life.」には、当社の企業理念にあたる存在意義・志である「健土健民」に込められた思いも掛け合わされています。
私たちはたびたび「人と自然」という言い方をするなど、どうしても人を優先する意識で動きがちですが、本来は「人があっての自然」ではなく「自然があっての人」であるはずです。私たち人間は自然から様々な恵みを与えていただくことで生きていますし、これからの社会では以前にも増してこのような考え方を大切にしなければならないはずです。そのような考え方に基づいているのが「健土健民」であり「Love Earth. Love Life.」なのです。

▲2025年4月1日に刷新されたコーポレートスローガン「Love Earth. Love Life.」。100周年特設サイトでは、新たなブランドムービーも公開されている。ブランドムービーは、存在意義・志やコーポレートスローガンに込めた想いを表現している。(画像出典:雪印メグミルクHP)
――未来ビジョン2050では「酪農・農業エリア」「フードテックエリア」「健康エリア」「宇宙エリア」という4つの注力領域が示されていますが、これらの領域に注力する理由について教えてください。
森氏 : 冒頭にもお話しした通り、酪農は本来地球に優しい循環的な農法です。また、当社は酪農・農業に拠って立つ会社です。当然、酪農・農業を絶対に無くしてはいけないと考えています。昨今では様々な理由で離農する方が増えていますが、そのような離農の原因となっている酪農・農業の幅広い課題と向き合いながら、改めて基盤の整備を進めていかなければならないと考えています。
健康は、世の中の人々にとって無視できないテーマの一つです。これからの企業にとっては、健康に資する活動を行うこと自体が社会に存在する意義になるはずです。そして、その実現手段の一つとして、フードテックを活用したビジネス展開が不可欠になることも間違いありません。
最後に宇宙ですが、単純に「宇宙産業に向けたビジネスをしよう」ということだけではなく、北極や南極と同じような限界領域の代表例として宇宙を置いているイメージです。また、当社は古い会社でもあるので「社員も含めてワクワクできるようなチャレンジをしよう」という意味も込めて、宇宙という領域を入れています。

▲未来ビジョン2050の作成に伴い、その世界観を表現したビジョンムービーも公開されている。
――未来ビジョン2050に向けた取り組みは、すでに動き出しているのでしょうか?
森氏 : 当社の未来づくり部は、「未来ビジョン2050を実現する組織」という位置付けで立ち上げられており、未来ビジョン2050の作成に関わったメンバーも含まれております。このような人事は「絵に描いた餅にせず、本気で実行するんだ」という会社からの強いメッセージとなって社員たちに届いているはずです。
未来づくり部は、この後で話をする石川や、マーケター・オブ・ザ・イヤー受賞メンバーも在籍しているなど、社内でも屈指のタレントが揃っている部門です。今後もこの組織から社内外で活躍するタレントを輩出していくことで、イノベーションの芽が次々に生まれるような企業風土の醸成に貢献してもらいたいと考えています。
未来ビジョンを具現化する組織として誕生した「未来づくり部」の活動内容
――続いては石川さんにお聞きします。2024年4月に立ち上がった未来づくり部の設立背景やミッションについてお聞かせください。
石川氏 : 森の話にもあったように、未来づくり部は創業100周年を機に策定された未来ビジョン2050の具現化をリードする組織として設立されました。それと同時に、雪印メグミルクグループの中期経営計画2025に示されていた事業戦略の3つの柱のうちの一つである「新たな成長のタネづくり」を実現するための新規事業開発に取り組んでいます。
未来づくり部は2つのチームで構成されています。1つは新規事業開発を中心とする幅広い取り組みを推進する「未来づくりチーム」であり、もう1つは「アグロスノーチーム」です。アグロスノーチームは、えんどう豆たんぱく質などの製造工場立ち上げや、プラントベースフードの新たなバリューチェーン構築をミッションとしています。

▲様々なバックボーンのメンバーが集結し、2024年に立ち上がった未来づくり部。未来づくりチームとアグロスノーチームの2チームで構成されている。(両チーム兼務者あり)
――未来づくり部の設立から1年が経ちました。この1年での主な取り組み内容について教えてください。
石川氏 : 未来づくり部としては、この1年間で主に5つの取組みを推進してきました。1つ目は、先ほどもお話しした新規事業の開発です。新たなビジネスの検討や新しい技術・サービスの探索を進めており、ここ1年で国内外100社以上のスタートアップと面談しました。2つ目は未来ビジョン2050の具現化に関わる取り組みです。未来ビジョンで示された2050年のあるべき姿からバックキャストを行い、まずは2030年の時点で求められる姿や、そのために必要な行動・取組みなどを整理しています。
3つ目は雪印メグミルクグループにおけるチャレンジ精神の更なる醸成です。具体的には社内外に向けた情報発信であり、昨年は社外での講演や勉強会も実施しました。また、グループ社員向けにSharingTimeという未来づくり部が得た新たな技術・スタートアップに関する情報を紹介したり、アグロスノーチームの状況を報告したり、参加社員たちと意見交換を行ったりするイベントも計4回ほど実施しました。
4つ目は既存事業のサポートです。既存事業の課題をヒアリングした上で、新たに探索していた技術やスタートアップの中で、既存事業の課題解決に活用できそうなものをマッチングしていく取り組みです。最後の5つ目はアグロスノーチームによるえんどう豆たんぱく質の製造工場立ち上げです。
――すでに成果が出始めている取り組みなどはありますか?
石川氏 : 新規事業に関する探索では、アジア初の統合型バイオファウンドリ企業であるバッカス・バイオイノベーション社(神戸大学発スタートアップ)との提携が決まり、出資を行いました。今年度以降、当社の研究所が主体となって同社との共創を進めていく予定であり、乳酸菌のさらなる価値の創造なども含め、様々な研究開発テーマを検討中です。
また、当社では創業100周年記念のノベルティとしてウェットティッシュを作りました。このウェットティッシュに使用されているアルコールは、当社が不良品として廃棄する予定だったスキムミルクをアップサイクルしたものです。独自の発酵技術を有するファーメンステーション社と当社のサステナビリティ推進部との共創によって進められた取り組みで、私たちが従前より進めていた探索活動や外部活動が両者を結び付けるきっかけになりました。
理念さえ一致していれば、多少のハードルは一緒に乗り越えていける
――ここ1年で国内外100社以上のスタートアップとお会いされたとのことですが、スタートアップとコミュニケーションをされる中で得られた気づきや学びなどがあれば教えてください。
石川氏 : 面談の度に感じることですが、正直なところスタートアップの皆さんのチャレンジ精神とスピード感には勝てないと思っています(笑)。また、これまでは当社も含むほとんどのメーカーが、自社内で技術を生み出し、その技術をもとに商品を作ってきましたが、技術の進化が速く、市場環境の移り変わりが激しい現代においては「一社で頑張っても到底追いつけない」という事実を肌で感じることができました。このような気づきもスタートアップの皆さんとお会いすることで得られたものだと思います。
今後に関しても、最先端の領域で生まれている技術・サービスを有する様々なスタートアップの皆さんとお会いすることが重要だと考えています。それらが今すぐに使える技術ではないとしても、私たちは3~10年後を想定して探索を行っており、未来ビジョン2050の具現化のために少しでも活用できるものがあれば、積極的にお話をさせていただくつもりです。

――社内の各部門とスタートアップをつなぐ際に、工夫していることや注意していることはありますか?
石川氏 : 最初の頃は、未来づくり部と社内部門との連携にも時間が掛かっていました。社内とはいえ一緒に新しいことに取り組む以上は、しっかりと話し合った上で、互いの目的や目標を握っておく必要があったからです。ただ、合意形成ができて以降は非常にスムーズに進んでいると感じています。
とくに当社の研究所のメンバーや研究開発の戦略に携わっているメンバーは、私たち以上に課題感を持っているので「スタートアップとの協業は必要だ」と言ってくれていますし、スタートアップとの面談や課題設定などに関しても、時間を割いて積極的に協力してくれている状況です。
――最後にお二人にお聞きします。今後、どのようなスタートアップとパートナーシップを組んでみたいですか?
石川氏 : 私としては「スタートアップだから」「大企業だから」ということではなく、その企業様が目指しているところと当社の目指しているところが互いに結びつくか否かが、もっとも重要な決め手になると考えています。大きな意味での事業開発のスピードに関しては、様々な手段を使うことで縮めていくことができると思っています。
ただし、完成した結果を互いに育てて発展させていくためには、ビジョンや志の部分で一致していないと、長く一緒に取り組んでいくことが難しくなると思っています。これまでのスタートアップの皆さんとの面談においても、そのような部分については丁寧に確認させていただいており、これからも大切にしていくつもりです。
森氏 : 石川が説明した通りですが、「何をしたいのか」という理念の部分さえ一致していれば、多少のハードルがあったとしても一緒に乗り越えていけると考えています。今後、私たちは「食の持続性」という社会課題の解決をテーマに様々な取組みを進めていくつもりです。まずは私たちの取組みに共感・賛同いただき、本気になって一緒に取り組んでいただける企業様とお会いしたいです。
土に心と書いて「志」という漢字になりますが、これからの時代は地球・土というものを無視してビジネスを行うことはできません。地球や土のことを思い、人々の健康や幸せに資するものをいかに生み出せるかが、これからの企業に求められる姿勢だと思っています。私たちは、そのような志をお持ちの皆様と手を取り合いながら発展していきたいと考えています。
取材後記
雪印メグミルクグループは、創業の精神である「健土健民」を受け継ぎつつ、新たなコーポレートスローガン「Love Earth. Love Life.」を掲げ、次の時代に向けて歩み出そうとしている。乳製品や機能性食品の分野で強固なブランドを確立し、安定的なシェアを獲得している同社だが、今もなお現状に満足することなく社会課題解決を目指したイノベーションを起こそうとしている。そんな同社の企業風土からは、創業時から脈々と継承されているパイオニア精神の浸透を感じることができた。今後も、同社の未来ビジョン2050の具現化をリードする未来づくり部の活躍や、そこから生まれるであろう多種多様なイノベーションに注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤直己、撮影:古林洋平)