モビリティの最適化と価値の再考を目指すIDOMが共創パートナーと描く、「自分らしい生き方を選べる未来」とは?
中古車買取・販売の「ガリバー」を展開する株式会社IDOM。全国に約500の直営店舗を有し、約12万5000台という業界No.1の販売台数を誇る同社は、「所有からシェアへ」という流れに象徴されるクルマの所有・利用が多様化する時代に合わせて、中古車の個人間売買プラットフォーム「Gulliverフリマ」や中古車の月額定額乗り換えサービス「NOREL(ノレル)」を展開するなど、クルマに関する様々なサービスを立ち上げてプラットフォーム化する戦略を進めている。
さらに同社はクルマだけではなく多様な移動サービスがつながることでモビリティの価値を再考。その先には人々のライフスタイルそのものを大きく変え、その人自身の生き方を創れる未来を築いていきたいという構想がある。こうした世界観を実現するために積極的にオープンイノベーションを推進している。――IDOMは激変する自動車・移動の世界で、共創の先にいかなる未来を描こうとしているのか。同社の北島氏、天野氏、森部氏の3名に話を伺った。
(IDOMの共創への取り組み詳細情報は、コチラでもご覧いただくことができます)
▲株式会社IDOM 執行役員 経営戦略・人事・広報・カスタマーサクセス担当 北島昇氏
▲株式会社IDOM 経営戦略室 CaaSプラットフォーム推進 責任者 天野博之氏
▲株式会社IDOM 経営戦略室 MaaS推進 責任者 森部亮氏
最終的には”人の生き方”についてアプローチしていく必要がある
――「Gulliverフリマ」や「NOREL(ノレル)」といったサービスの展開により、クルマに関する様々なサービスを立ち上げてプラットフォーム化するCaaS(Car as a Service)戦略を現在は推進しつつも、その先のMaaS(Mobility as a Service)を見据えている貴社ですが、このタイミングで共創パートナーを求められている背景について教えてください。
北島氏 : CaaS領域、MaaS領域共に自社のケイパビリティだけでは対応できないビジョンを実現するために様々なパートナーと共創していく必要があると考えています。特に、MaaSに関してはまだまだ不確定な部分が多いことも事実です。
だからこそMaaSに関しては、「自社だけで実現できないことを共創によって叶えましょう」というオープンイノベーションの一義的な文脈に加え、当社がMaaSに対してどのようにエントリーするのかを考えていく上でも外部の方々と接点を持つことが重要であると捉えています。外部の方々と接点を持つことによってMaaSで活用できるような自社の新たなケイパビリティやアセットに関する新たな気づきを得られるのではないかという期待も持っています。
――MaaSに関してはモビリティの最適化、モビリティの価値の再考などを実現したいと伺っていますが、それらが実現された先で貴社が描きたい未来はどのようなものなのでしょうか?
北島氏 : 人の人生は有限であり、限られた時間をどのように使うかは非常に大事なことだと思っています。また、時間の使い方に関する選択肢のバリエーションは多い方が幸せであることは間違いありません。MaaSの先にあるのは単純に時間の使い方、つまりは生き方の選択肢が増えることでもあるし、これまでに想像もしていなかったような選択肢が生まれることでもあると考えています。
例えば会社や家の前に自動運転のクルマが停まり、door-to-doorでどこへでも連れて行ってくれるという状況があれば、人の行動の選択肢は大きく増えるでしょう。ある人は実家の両親と会う機会が増えるでしょうし、会社帰りに同僚と出かける場所、週末の家族サービスなどに関しても多様な選択肢が生まれますよね。
――その通りですね。
北島氏 : 当社の創業者もよく言うのですが、クルマがあるということは「道が繋がっている全ての場所へ行ける権利を持っている」ということです。今は様々な制約があるので皆さんはどこへでも行けると考えてはいませんが、もうすぐ本当にどこへでも行ける時代が来るはずです。そうした時に、「人は最終的に何に重きを置いて時間を使うだろうか」ということを問いかけることは非常に重要です。
――なるほど。
北島氏 : これは私の考えですが、当社は将来的に人が持っている時間を有効に使う方法を提案してあげられるような会社になる必要があると考えています。昨今、ライフスタイルという言葉が頻繁に使われていますよね。生活やファッションに代表されるような個人の趣味・嗜好を指す言葉として使われることが多いのですが、「ライフ」という言葉をよくよく考えてみれば、人生や生き方という部分にまで広げることもできます。MaaSを考えるためには、最終的にライフスタイル、つまりは人の人生、より良い生き方にアプローチしていていく必要があると考えていますし、様々な共創パートナーの方々と出会うことで考えの幅や提供できるものの可能性も広がると考えています。
「モビリティで人の人生をどう変えられるか」について、多くの企業と話をしている
――最近ではタンザニアでのウーバー社との提携、DeNA社の「Anyca」、akippa社の「akippa」との連携など、他社と様々な連携を進められていますが、現在も多くの企業と接点を持たれているのでしょうか。
天野氏 : 私と森部が中心となり毎月数十社というペースで大小様々な企業とお会いしています。先ほどの北島の話ではないですが、「ライフ」というテーマで考えると何でもアリになりますし、クルマは本当に掛算がしやすいプロダクトですね。プロダクトと捉えるか、ハードと捉えるか、サービスと捉えるかによっても価値観が変わってきます。そうした意味でも多くの企業の方とのディスカッションを通して、自分たちが考え付かないような新たな発想、多くの気づきをいただいています。
森部氏 : 自動車メーカー、部品メーカー、半導体メーカー、大手IT企業、通信系企業など、皆さんが知っているような有名企業の方と話をしていますし、電動バイクや電動自動車などのベンチャー企業の方ともお会いして、「モビリティを通じてどのように人の人生を変えられるか」という話をさせていただいています。
――本当に幅広い業界・業種の企業とお会いされているんですね。
森部氏 : 新しいことをしようと思ったら技術も必要ですし、法律やインフラ、ユーザーの心理も変えなければなりません。また、競合他社とも連携を取る必要があります。法律に関しては官公庁の方々とのセッションもしますし、通信系のプラットフォームを持っている会社とインフラの話をすることもあります。さらにはAIの研究をしている研究機関ともお会いしています。決済や保険、都市開発や渋滞緩和などの話もありますし、自社だけでCaaSプラットフォームを実現することはできません。
――多くの企業と話を進めていく中で、難しいと感じられていることはありますか?
天野氏 : 先ほどの話ではありませんが、自動車やモビリティに関する掛算はすごく簡単なので、単純にCaaSやMaaSをやりたいという話であれば、結構すぐにできてしまうんです。ただ、最近では自動車とプラットフォームの概念が重なり合ってきていることもあり、「自動運転で動いているクルマの中を広告にする」というような、新しくて古い話になってしまうという傾向もあります。クルマをハードのプラットフォームと見た瞬間にそういうことが起きるのですが、それでは結局のところ広告ビジネスと変わりないですし、大した話にはなりません。
――確かにそうですね。
天野氏 : 先ほどのライフスタイルの話のように、それをやることによって「人々はどうして幸せになるのか」「社会の課題はどう解決できるのか」といった部分まで事業の先を見据えつつ、企業としてやるべきことを考え続けなければならないと思っています。CaaSやMaaSをトリガーにして、そうした論点で語り合えるような企業と共創することができたらいいですね。
森部氏 : 自分たちがサービスで儲けを出すということではなく、人と企業と社会がどのように継続的に成長できるかというテーマで話をすることが多いですね。例えばクルマの稼働率を上げた瞬間に交通渋滞が起きますが、その時の問題解消方法まで含めて考えていますし、そこまで考えてようやくビジネスが成立するという思いを持って取り組んでいます。
技術や手段ではなく、自分事として語れるイシューが何よりも重要
――これまでのお話を聞いていると、かなり幅広い企業が共創パートナーになり得る可能性があると感じましたが、直近で注力したい分野、特に話をしたい業界の企業などがあったら教えてください。
天野氏 : 特に決めてはいません。企業としてビジネスを進めていく上で、戦略上の優先順位などはありますが、それは私たちの都合でしかなく、お客様には関係ありません。ライフスタイルという話で考えると、実現が10年以上先になってしまうものもあると思いますが、それでも今から取り組まなければならないテーマはMaaSの領域においてはいくらでもあると思います。
北島氏 : 需給マッチングみたいなものもありますし、当社のテクノロジーの高度化やデータの所有の仕方といった部分では天野や森部が様々な企業と話を進めています。ただ、天野の言う通り、それは私たちの戦略上の議論でしかありません。私たちが本当に欲しているのは技術などの手段というよりも、精度の高いイシュー(課題・問題)だったりします。テクノロジーを使って何ができるかというのは大方予想がつきます。例えばAIにしても具体的なスピードや質はともかく、何が実現できるかについては何となく見えてきていますよね。
――そういう部分はありますね。
北島氏 : 地方創生などもそうですね。地方創生の取り組みも大切ですが。地域や住民といった広範なマスプロモーション、マスプロダクトの議論ではなく、もっと細分化された具体的なイシューを正確に理解することが非常に重要であると考えています。モビリティに関してはまさにそうした要素が強く、地方やエリア毎に交通公共機関の発達度合いも住民の動態も違います。場所によってはそもそもドライバーがいないという地域もあります。
共創においてはこうしたイシューに関する理解を互いにどう捉えているのか深めていくということが非常に大切ではないかと考えているんです。これまでの経験から考えてもAIやビッグデータといった技術ありきで何かを始めると上手くいかないことが多いのですが、イシューから始まった共創はスムーズに進みやすい気がしています。
森部氏 : 確かに手段や技術ベースで共創を持ちかけられる場合は話が進まないケースが多いかもしれません。問題が分かっていないというか、何に取り組めばいいかが分からないので。だからこそイシューが明確で自分なり、企業なりの原体験がある場合の方が共創できる可能性は高いと考えています。後はイシューを解決していくだけで話が進みますから。
――最近はSDGsなどに着目して新規事業などのテーマを設定している企業が増えていますが、より自分たちなりのイシューを持っている企業に期待したいということでしょうか?
北島氏 : SDGsであれば誰でも言えることになってしまいますからね。「地球のイシュー」という捉え方もできますが、さすがにそれを一社で捉えられる企業はそれほどないと思うので、もう少し各論ベースで、目の前で起こっている課題・問題について話をしないと何も積み上がっていかないということは過去の経験から実感しています。そういう意味では共創相手は企業でなく、個人でもいいと考えています。
――実際に個人の方と組むということはあるのですか?
天野氏 : 近いものはあります。個人というよりもアウトプットされるイシューが個人の自己発信的な要素が強いというだけで、その方々も企業や地方公共団体などに属されてはいます。ただ、そうした方々が自分事、個人事として認識されている課題をビジネスの場で発信されたとき、何かが生まれそうな雰囲気を感じるものが多いんです。一人称、自分事としてイシューを語れる人の方が強いかもしれません。
――最近、経営戦略室内にPoCを回す体制を設けられたと伺いましたが、共創を進める環境についてアピールいただけることはありますか?
森部氏 : 企業の資産が100あったら70は現状業務の投資、20は成長業務の投資、10は革新的な事業への投資に使いましょうというのは、グローバルで成長している会社の常識です。PoCなどに関しても10%ぐらいのリソースを使って当たり前に進めていかないと会社が潰れてしまう…という危機感を持って進めています。新規事業やCaaS、MaaSだけではなく、既存の下取りや販売といったビジネスに関しても国内・海外を問わず取り組むべきことがまだまだあるので、既存事業の生産性の向上と新しい付加価値の創造や横展開という軸で考えています。
北島氏 : PoCを回している組織は他の会社にもありますし、新しいものでもありませんが、共創のための機能として考えると、話が進めやすい、スピード感が出るということはあるでしょうね。
――意思決定のスピードいかがでしょうか?
森部氏 : 私は当社に入社して半年になりますが、意思決定のスピードは他社に比べると圧倒的に早いと思います。北島が新規事業や人事、経営戦略の執行役員を兼任しているので、ある程度のことは経営戦略室の中で即決できます。私は以前、大企業複数社での勤労経験や、フリーランスのコンサルタントとして複数のクライアントを担当させていただきましたが、当社ではそうした企業では当たり前だった「決済印が何人も必要となる」という状況はありません。
北島氏 : 昔から意思決定に関してはかなり早い会社ですが、以前スタートさせたクルマとの双方向コミュニケーションサービス「DRIVE+」(ドライブプラス)に関しては、企画からローンチまで4カ月だったと記憶しています。
森部氏 : つい最近も新規事業の決裁をもらいにいく機会があったのですが、承認が通るスピードの早さに驚きました。きちんとしたエビデンスがあって、ビジネスの必要性や成長性を論理的に、かつ当事者意識を持って説明できれば億単位の決済を取ることができます。
取材後記
「イシュー(課題・問題)こそが新しいイノベーションを生み出す要素として欠かせないものである」と語ったIDOMの皆さんの言葉には強い説得力があった。自社で様々なアクセラレータープログラムを運営し、多くの企業との共創を模索し続けてきたIDOMの皆さんだからこそ、技術やリソースだけを前提とした共創では新しいものが生まれにくいことを実体験として理解しているのだろう。
逆に言えば、技術やリソースがなくても自分事で語れるイシューや原体験さえあれば、同社と新たなイノベーションを生み出せる可能性は高い。個人や地域に根ざしたリアルな課題感が、社会の課題を解決するビジネスとなり、人々のライフスタイルそのものを変えていく。IDOMには、そんな素晴らしい共創が生まれる環境が整っていると強く感じることができた取材だった。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:佐々木智雅)