【JOIF2024セッションレポート】日鉄興和不動産×東急不動産×STYLY――不動産デベロッパーとXRスタートアップが、業界の未来を予見する
9月13日、日本最大級の"オープンイノベーション見本市"『Japan Open Innovation Fes 2024』(JOIF2024)が東京・赤坂インターシティカンファレンスにて開催された。同イベントには、多数のオープンイノベーション担当者や新規事業担当者が集結。展示ブースでは多くの交流が生まれ、4つのステージでは様々なトークセッションやピッチが実施された。
本記事ではJOIF2024より、「都市の未来を共創する:不動産デベロッパーが挑む、AI・空間コンピューティング時代におけるリアル空間の新たな挑戦」と題されたトークセッションの模様をお届けする。
コロナ禍を経て、デジタル上でのコミュニケーションが当たり前になりつつある今、リアルな場を提供する不動産ビジネスには、さらなるイノベーションが求められている。本セッションでは日鉄興和不動産と東急不動産、XRを主軸とした事業展開を行うスタートアップ・STYLY(スタイリー)が、AI・空間コンピューティング時代に対応した都市空間の在り方とイノベーションについて議論した。――リアルとデジタルの融合がもたらす、不動産業界の新たな可能性とは?
【登壇者】(左→右)
・西村 真里子氏/株式会社HEART CATCH 代表取締役 ※モデレーター
・須藤 亮氏/日鉄興和不動産株式会社 企画本部 イノベーション創出部 統括マネージャー
・山口 征浩氏/株式会社STYLY 代表取締役 CEO
・佐藤 文昭氏/東急不動産ホールディングス株式会社 グループCX・イノベーション推進部
イノベーション戦略グループ グループリーダー
レガシー業界に求められる「わからないもの」に踏み出す力
セッションの冒頭では、モデレーターの西村氏から「本当に不動産業界での共創が可能なのか」というストレートな問いが投げかけられた。”限りある資産”と言える不動産は、一つの会社が保有すれば同業他社が関わる余地はほとんどない。本セッションでは2社の不動産デベロッパーが登壇しているが、本当にオープンイノベーションの意識を持てるのか。――その質問に、先に応えたのは日鉄興和不動産の須藤氏だ。
「たしかに土地は複数の会社で保有できないため、共創よりも『競争』が起きるイメージの方が強いかもしれません。しかし、そのような考えにとらわれていては新しい価値を見出せません。これから不動産の新しい価値を引き出すには、デジタルを活用して共創していくのが大事なテーマになると思います」
▲日鉄興和不動産・須藤氏
この意見に対し、東急不動産の佐藤氏は次のように返答した。
「『土地に建物を建てて貸す/売る』という不動産業界のビジネスモデルは、何千年も前から変わりません。しかし、これだけ変化の激しい時代の中で、同じビジネスを続けていくには限界があります。そして、その解決策は業界の中だけで探しても見つかりません。今こそ他業界の知見を借りて、新しい価値を見出すタイミングです。OMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの統合)という言葉があるように、デジタルを活用することで、不動産の価値を何倍にも上げられるはずです」
両社ともに他業界との共創の必要性を感じていると分かった上で、次に出た質問は「なぜXRなのか」。日鉄興和不動産・東急不動産の2社はSTYLYに出資することで、XR技術を取り入れている。XRの導入について、社内でどのような議論がされてきたのか?東急不動産・佐藤氏が次のように語った。
「XRの取り組みについては、最初は社内で反発がありました。『頭にヘッドセットをつけて、目の前に仮想現実が見えたからと言って本当に儲かるのか?』と。その意見を変えたのは海外投資家たちの動きです。既にXR領域の会社に多くの投資が集まっているのを見て、『世界の投資家たちはこのような判断しているんですよ』と社内向けに説明しました。
今は10年後すら想像ができない時代。一部のイノベーターを除いて、誰もスマートフォンがこんなにも世界中に広まる未来は想像できなかったはずです。未来が明確に見えてからでは手遅れなので、今がXRに投資するタイミングだと社内を説得しました」
▲東急不動産・佐藤氏(写真右)
このエピソードを聞いて、STYLYの山口氏は「反対されているテーマの方が、イノベーションを起こせると思っている。これこそスタートアップの醍醐味」と付け加えた。そして、STYLYへの出資に理解を得られなかったのは日鉄興和不動産も同じだ。須藤氏は次のように話す。
「経営層にSTYLYへの出資について提案をしたら、『何を言っているかさっぱり分からない』というリアクションがありました。そのため、役員全員と社員50人に実際にヘッドマウントディスプレイを装着してもらい、XRを体感してもらったのです。もちろん、すぐに賛同を得られたわけではないものの『面白いね』『こういうことか』と理解してもらえました。私も佐藤さんと同じように『こんな未来がすぐそこに来ているから、いま取り組むことに意味がある』と、社内を説得したのです」
2社のエピソードを聞いて、モデレーターの西村氏はこれからの時代の経営者に求められる力について語った。
「先日、大企業の社内ピッチに出席したところ、代表の方が『わからないからやってみよう』と言っていたんです。今の時代、わかってから実行していては遅すぎます。わからないものに対して踏み出す力が、今後は強く求められていく気がしますね」
▲HEART CATCH・西村氏(モデレーター)
テクノロジーの進化がもたらす不動産業界の民主化
続いてのテーマは「STYLYはリアルな場所をどのようにアップデートするのか」。その問いに対して、同社代表・山口氏は「リアルの定義を変える」と答えた。これまで、リアルな場所というのは文字通り現実の世界にしか存在しなかった。しかし、XRによってこの定義は変化する。自分のディスプレイに何を映し出すかで、リアルな場所の価値は大きく変わるのだ。人の数だけ定義が生まれるため、リアルな場所の価値は無限大に広がっていくという。
そして、もう一つの大きなキーワードが民主化だ。STYLY・山口氏は次のように語る。
「テクノロジーはこれまで多くの業界を民主化してきました。たとえば、これまでテレビ業界しか作れなかった番組を、今は誰もが自由に制作して発信できます。その法則は、不動産業界も例外ではありません。今は不動産デベロッパーなど、特定の会社しか都市開発ができませんが、テクノロジーの発展によって、一般の方たちが都市開発に参加できるようになるのです。
テクノロジーによってコストが下がり、必要な時間も短くなれば、より多くの人たちが都市開発に参画していくでしょう。多くの個人や法人が都市開発に参画すれば、それだけ共創の可能性も上がります。これまでになかったようなコラボレーションが生まれていくはずです」
▲STYLY・山口氏
テクノロジーが不動産業界を民主化するという話に、大きく頷いて聞いていたのは東急不動産・佐藤氏だ。アメリカに駐在した際に、その流れを肌で感じ取ったと言う。
「私がアメリカに駐在していた時、WeWorkが急速に成長し5年も経たないうちにマンハッタンで一番の貸主になっていました。そのさまを見て、これから不動産業界外の競合がどんどん増えていくのだろうと容易に想像できたのです。一方で、不動産会社しかできなかったことを、業界外のプレーヤーがする時代になったら『僕らの価値はなんなのだろう』と考えて怖くなりました。その危機感が、オープンイノベーションで新しい価値を作り出す原動力になっているのかもしれません」
誰もが都市開発に参画できると言われても、明確に想像できる人は多くないだろう。しかし、それはそう遠くない未来だと、日鉄興和不動産・須藤氏は語る。
「私たちの働き方も、ここ数年で大きく変わりました。会議はWebで行うのが当たり前になり、ペーパーレスで資料は全てクラウドで共有しています。10年前にこんな働き方を想像していた人は少ないのではないでしょうか。いま想像できないことが、数年後には当たり前になっている時代です。不動産業界が民主化される時代もすぐそこに来ているのだと思います」
業界が民主化されるということは、これまで埋もれていた才能が日の目を見るということだ。これまで特定の業界にいた人、特定の資格を持っていなければできなかったことが、誰でもできるようになる。極端に言えば、小学生であろうと都市開発に参画してイノベーションを起こすことも可能であり、それは決して絵空事ではない。定期的に小学生向けのワークショップを開催しているSTYLY・山口氏は、小学生たちの可能性について語る。
「先日、子どもたちとSDGsを考えるワークショップを開き、『どうしたら海をきれいにできるか』というアイデアを考えてもらいました。『ゴミを食べて海をきれいにするロボット』など、大人には想像できないアイデアがたくさん出てくるんです。これまではスキルや経験の差で大人は子どもに勝っていましたが、AIのサポートがあれば、これまで埋もれていた才能やアイデアが次々に開花されていきます。彼らが自由に才能を発揮できる環境を整えることこそが、これから大人たちに求められる役割なのかもしれません」
"リアルな場の価値"はこれからどう変わっていくのか
セッションの最後のテーマは「不動産業界はこれからどうなっていくのか」。テクノロジーを取り入れることにより、今後、不動産業界がどのように変化していくのか。登壇者それぞれの考えを聞いていく。――「リアルな場所の価値はこれから上がっていく」と語ったのはSTYLY・山口氏だ。
「私はテクノロジーを活かした事業を手がけていますが、リアルな場所もとても好きです。むしろ、XRなどのテクノロジーを活用することでインターフェースが変わり、リアルな場の価値はどんどん高まっていくと思います。そのためには、より多くの才能を持つ人に参画してもらわなければなりません。私がプラットフォーム事業(空間レイヤープラットフォーム「STYLY」)を手がけているのは、そのような才能を持つ人を生み出していくためです。より多くの人たちがテクノロジーによって才能が開花され、リアルな場の価値を高めていけるような取り組みをしていきたいと思います」
同じく、リアルな場の価値が高まると語ったのは東急不動産・佐藤氏だ。
「テクノロジーとリアルが融合していくことで、リアルな場の価値は一層高まるはずです。たとえば今でも何十回とWeb会議をして、その相手と初めて直接会った時に不思議な感じがするでしょう。Web上で何度も話しているからこそ、直接会えた時の時間が貴重に感じるはずです。このように、テクノロジーが進化していけば様々な側面でリアルな場の価値は上がっていくでしょう。そのために不動産業界に求められるのは、環境を整備すること。多くの人が不動産に関わるようになった際に、業界が無法地帯では大変危険です。安心して不動産に関われるような整備づくりを進めていきたいと思います」
セッションの最後には、登壇者から今後の展望について語られた。STYLY・山口氏は自身の著書と絡めて、メッセージを投げかけた。
「先日、『スマホがなくなる日』という書籍を出版しました。その中で、空間コンピューティングがスマートフォンの代わりになる未来について書きました。そういう未来が訪れる可能性があることを知ってもらえば、不動産業界に関わろうとする人も増えていくと思います。ぜひ、書籍を手にとってもらい、不動産業界や空間コンピューティングに興味を持ってもらえたら嬉しいです」
最後に締めくくりとして、日本を価値創造大国にしたいと日鉄興和不動産・須藤氏が語った。
「このままいけば、日本は間もなく先進国から外されてしまいます。テクノロジー分野ではアメリカに大きく差を広げられた日本ですが、かつては世界に誇る価値創造大国でした。その礎には、たくさんの熱い想いを持った人のイノベーティブな取り組みがあったはずです。今こそ、日本が生まれ変わるタイミングだと思うので、私たちもできるかぎり多くの取り組みを加速させ、実現させていきたいと思います」
取材後記
テクノロジーによってあらゆる業界が民主化されているのは揺るぎない事実だ。不動産業界も、その例外ではなくなるだろう。小学生がまちづくりの主役となる時代もそう遠くはないのかもしれない。業界でも先んじてオープンイノベーションにより、次世代の不動産企業の形を模索している日鉄興和不動産と東急不動産。両社はどのような答えを導き出し、それは社会をどう変えていくのだろうか。登壇した3社の動きを、今後も注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:鈴木光平、撮影:齊木恵太)