新規事業担当者がオープンイノベーションを「体感」!先駆者たちから共創を学ぶ――【横浜オープンイノベーション・プロジェクト】第二弾イベントをレポート!
2022年5月、イノベーション都市・横浜を掲げ、領域越境(クロスオーバー)をさらに加速する試みとして、横浜2大学(横浜国立大学・横浜市立大学)の最先端研究ラボを中核とした「横浜オープンイノベーション・プロジェクト」が始動した。同月10日にはキックオフイベントが開催され、TOMORUBAではその模様を紹介。――そして、6月7日には早くも同プロジェクトによる第二弾のイベントが開催された。
この日は、「オープンイノベーションアリーナ」と銘打った活動を展開する京セラが提供する「みなとみらいリサーチセンター」に横浜に事業所を置く大企業の新規事業担当者たち約50名が集結した。
▲イベント会場は京セラの「みなとみらいリサーチセンター」。エネルギー、情報、通信、車載など京セラの研究開発部門が集結している。
冒頭、共同プロジェクトリーダーである真鍋誠司氏(横浜国⽴⼤学 経営学部⻑・教授)と芦澤美智⼦氏(横浜市⽴⼤学 国際商学部 准教授)が挨拶。真鍋氏は「オープンイノベーションをどのように行えばいいか、悩んでいる方にとって示唆に富む話が多くあります。ぜひ一つでも二つでも吸収してください」と呼び掛けた。
▲真鍋誠司氏(横浜国⽴⼤学 経営学部⻑・教授)
▲芦澤美智⼦氏(横浜市⽴⼤学 国際商学部 准教授)
イベントで参加者はオープンイノベーションと新規事業創出のプロフェッショナルから知見を学ぶと共に、ワークショップを通じ共創による事業創出を「体感」した。
――本記事の前半では、ナインシグマ・ホールディングス 諏訪氏によるセッション「オープンイノベーション活用の最新潮流」を紹介し、記事後半ではeiicon company 中村が講師を務めた共創型新規事業創出プログラム「BUSINESS BUILD」(体験版)の様子を詳しくお伝えしていく。
セッション①:オープンイノベーション活用の最新潮流
▲登壇者/ナインシグマ・ホールディングス株式会社 代表取締役 諏訪暁彦氏
マサチューセッツ工科大学大学院 材料工学部修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー、日本総合研究所を経て、2006年に株式会社ナインシグマ・ジャパンを設立。2017年に国NineSigma Inc.をMBOし、ナインシグマ・ホールディングス株式会社の代表に就任。
■オープンイノベーションは未来を予測・検証するために活用できる
セッション①に登壇したナインシグマ・ホールディングスの代表である諏訪氏は約20年にわたりオープンイノベーションの支援に携わり、幅広い業種・技術分野でマッチングを実現してきた。講演のテーマとしてまず諏訪氏は「未来社会のニーズを捉える難しさ」に言及。従来の発想で事業を進めていては重要な要素を見落とすことが多いと話し、外部視点を取り入れ未来テーマの検討の精度を高めることが必要不可欠だと強調した。
未来を見えている人はおらず、自社の事業ドメインについて未来の情報を集めようとしても思うように進まないのが現状だ。その時、「アイデアを充実させる手段としてオープンイノベーションを活用することが有効です」と伝えた。また、未来社会をイメージするとどうしても「自分たちの強みにつなげる傾向があります」と指摘。自社にとって都合の良い未来像を描きがちで、オープンイノベーションはそうした未来像を「検証」する上でも有効だという。
具体的なオープンイノベーションの活用事例として「2050年の社会像」を考えることが紹介された。例えば、現実社会、環境、デジタル空間、企業、人(労働者)、株主などのカテゴリーを設け、その中で人(労働者)にフォーカスすると健康、家、仕事、コミュニティとの関係などの切り口が考えられる。
それぞれについて議論をする際、社内のスタッフだけでは情報が不足する上に、どうしてもバイアスがかかる。そうした状況を打破するのがオープンイノベーションで他者の視点を獲得することだ。オープンイノベーションというと協業を想像しがちだが、「アイデアを集める」という側面でも活用できる。諏訪氏は「世界中からアイデアを募る手法もあり、自分たちの見落としていたテーマを発見できることも少なくありません」と述べた。
また、オープンイノベーションには境界条件の設定が必要だと解説。ここまではやる、ここから先はやらないの判断をしないと、身動きが取れなくなるという。「境界条件を築くために、ビジネスモデルのマップを築くこと。あわせてビジネスモデルのフィジビリティを検討すること」が大事だと強調した。
■情報のギャップを解消し、仮説から検証のスピードアップを図る
講演では、新規事業の創出にも触れられた。新規事業を始めようとしてもブルーオーシャンは簡単には見つけられない。このため、今あるビジネスに革新的なソリューションを提供し、市場を奪うことが必要になってくる。
一方、自社にとっては新しいことでも、顧客や協業の受け入れ側にとって「当たり前」のことが少なくない。例えば、MaaSも何らかのサービスの代替というケースがほとんどだ。このため、情報格差をある程度解消しないことには、顧客や協業の受け入れ側に相手にされないことも起こり得る。オープンイノベーションは情報のギャップを解消するためにも活用できると、諏訪氏は解説する。
仮説から検証のスピードを速めることも、オープンイノベーションでは可能だ。当初の提案やアイデアの通り新規事業を立ち上げることはほとんどない。フィードバックを受けながら仮説・検証を繰り返す必要があるが、そこで時間をかけすぎていてはチャンスを逃すことも多々ある。オープンイノベーションを活用することで、さまざまな視点を一度に獲得し、仮説の精度とスピードを高めることができる。
■自社の強みやアセットを有効活用する方法とは
諏訪氏が取り上げた次のテーマは「自らの技術シーズを活用する難しさとオープンイノベーション」だ。新規事業を行う時は自社の強みやアセットを活かしたいと考えるが、有効活用は簡単ではない。
では、なぜ難しいのか。――3つの理由が紹介された。
1つめは「お客様の視点でアピールできない」こと。特定の課題を解決するために生み出された技術は、他の分野への応用が可能であってもアピールが難しい。そこでオープンイノベーションの活用を図れば、技術を機能に翻訳できると諏訪氏は伝える。これによって用途が広がり、ニーズが生まれることが多いとのことだ。
2つめに「知らないニーズは思いつかない」と提示。多様な業界の知見がなければ、ブレストをしてもニーズは出てこない。一方、あらゆる業種の知見を集めるのは現実的ではない。ターゲットとなる業種を定め、出来る限り多くの視点からニーズを集めることが重要だと強調した。
3つめに「ニーズは向こうから来ない」。シーズや技術を自ら発信しないことには、それを必要とする業界や企業には気づいてもらえない。ターゲティングをしてアピールすることの重要性が伝えられた。
最後に諏訪氏は「オープンイノベーションの活用の仕方は複数あります。ぜひ自社にとって最適な活用を行ってください」と新規事業の創出を目指す参加者たちにエールを送り締めくくった。
セッション②:オープンイノベーションを体験する
■新規事業の創出の初期の段階では「直観」が大事
セッション②では、オープンイノベーションを用いて新規事業を生み出すワークショップに取り組んだ。講師を務めたのは、オープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」を運営するeiicon companyの代表/founderである中村亜由子。およそ50名の参加者は7つのチームに分かれ、「台風」または「ウェルビーイング」をテーマに最終的なアウトプットを目指してディスカッションを繰り広げた。
▲eiicon company 代表/founder 中村亜由子
中村は「新規事業の最初のステップはロジカルより直感が大事」と強調し、参加者に直感を大事にしながら新たなビジネスを考えることを促した。
なお、今回用いたのはeiicon独自の共創型新規事業創出プログラム「BUSINESS BUILD」の体験版。お互いのリソースを持ち寄りながらビジネスの骨格作りを行うもので、通常の「BUSINESS BUILD」は2~3日の日程で進められる。
本セッションでは以下の流れで進められた。
【STEP1】 ビジネスアイデアの記入(個人)
ペインの可視化とターゲットの可視化を目的に、『「誰」が「なぜ」困っている』のセンテンスで付箋に書き出す。
【STEP2】 インプットTime
STEP1で書き出したことをチーム内でシェアし、ペインとターゲットをすり合わせた。さまざまな案が出された中で、チームで一つのペインとターゲットを選択。
【STEP3】 ビジネスアイデア記入(個人)
ペインとターゲットが特定されたら、個人でソリューションの検討。『「提供価値」による、「誰」からのマネタイズモデル』のセンテンスで付箋に書き出し、ソリューションの可視化を試みる。
【STEP4】 ディスカッションTime
「ペイン」と「ターゲット」を救う「ソリューション」をそれぞれのアイデアをもとにディスカッション。アイデアを組み合わせたり、取捨選択したりしながら、ソリューションの強みの可視化を目指す。
【STEP5】 発表内容整理
誰の・どんな課題に対し・どのようなソリューションでどうマネタイズするか。発表できるように整理。
■プレゼンテーション――台風とウェルビーイングをテーマにアイデアを創出
STEP1〜5をふまえ、各チームの発表が行われた。どのような課題を着眼し、ソリューションを生み出したのか、紹介する。
◆チーム①(テーマ:台風)
着目したのは、台風などで交通機関がマヒし、子どもやお年寄りが病院に行くのが困難になることだ。ソリューションとして、天気予報で台風情報はもちろん、道路のどこが混み危険なのかの予報を出す。また、宿泊施設や交通手段の情報などを収集し、AIなどでどのような行動を起こすのか、あるいは行動を起こさないべきなのかを示すプラットフォームの開発も視野に入れた。これにより、病院に行けない不安を解消するのが狙いだ。
◆チーム②(テーマ:台風)
着目したのは、農業・漁業の従事者や、帰宅困難者だ。中でもフォーカスしたのは農家である。今、工場で水耕栽培が行われている例もあり、天候に左右されない室内の農業を確立したいと話した。一方、晴れている時は室内で農業を行う必要はない。そこで開閉型のドームを用い、自給自足のコミュニティを作る案が出された。マネタイズとしてはドームの利用料や出荷の際の収入などが挙げられた。
◆チーム③(テーマ:台風)
着目したのは、台風時の庭や窓などの保護、食品の確保など事前の対策である。その煩わしさや心配の種などのペインを取り払うサービスを考案した。具体的には毎月一定の額を払うことで、大きな台風が来ると予想される時に、防災の専門家による対策サービスを受けられる仕組みだ。サービスの提供方法として、防災スペシャリストと個々に契約するほか、不動産会社が建物を賃貸・売買する時に付加価値として提供するなどの案が出された。
◆チーム④(テーマ:ウェルビーイング)
着目したのは30~40代のビジネスパーソンの心身の健康である。健康に対するペインを取り除くことを考えた。具体的には顔を映すだけで健康状態を判定し、あまり良くないと判定された場合は、サプリメントやジム、旅行などの健康を回復する手段を提案する仕組みだ。マネタイズとして、社員の健康状態を把握したい企業への導入、福利厚生のサービスを提供したい企業との提携が示された。
◆チーム⑤(テーマ:ウェルビーイング)
着目したのは、忙しいビジネスパーソンで、時間がなく健康に気を遣えないというペインを取り除く仕組みを考案した。ソリューションとして挙げられたのがAIアドバイザーだ。「少ない時間を活用し健康を維持する」を理念に、スケジュール調整や情報提供、運動の促進などを行う。マネタイズとして、社員の健康を維持したい企業や保険会社、健康保険組合と協業することが提案された。
◆チーム⑥(テーマ:ウェルビーイング)
着目したのは、「優しさとは何か」ということだ。優しい人こそ、誰かに時間を奪われメンタルヘルスで悩んでいるのではないかと仮説を立て、優しさや感謝を可視化することがソリューションになると想定した。さらに優しさを可視化すると共に優しい人であることも認定する。優しいと認定された人にはポイントが付与され、そのポイントで心身の健康を維持できる商品・サービスを手にできる。
◆チーム⑦(テーマ:ウェルビーイング)
着目したのは、一人暮らしの人たちだ。特に生存確認を行うことの重要性を指摘した。解決策として、一人暮らしの人が料金プランに応じてサポートを受けられる仕組みを提案。さらに生存確認のみにとどまらず、コミュニティに参加できるプランも用意した。また、既存のマンションを複数買い取り、入居すれば掃除や会話のサービスを受けられる、「バーチャル老人ホーム」を設立する案も出された。
■課題やニーズからビジネスを考えることが大切
7チームによる発表の後、eiicon・中村は「自分たちの能力ばかりに目を向けると、現在求められるイノベーションと逆行します。課題やニーズから考えるのが大切です」と強調した。参加者は新規事業の創出にオープンイノベーションの有効性を実感した様子が見られた。
実際、「気づきが多かった」「さまざまなバックグラウンドを持つ人が集まることで、新たなビジネスを生みだせる手応えを感じた」などの声が寄せられ、セッション②は盛況の中、幕を閉じた。
――なお、「横浜オープンイノベーション・プロジェクト」のイベントは全4回の開催となる。残る、第3回・第4回の模様もレポート形式でお伝えしていく予定だ。
取材後記
新規事業の創出を体感できる一日となった。ワークショップは時間の限られた中で行われたが、各チームから出された案はいずれも現実味があり、社会が求めているテーマだと感じられた。今回参加者が取り組んだのは「BUSINESS BUILD」の体験版だったが、2~3日の通常版で行えば、価値のあるビジネスが生み出せると思われた。横浜オープンイノベーション・プロジェクトのこれからの活動に注目と期待が高まるばかりだ。
(編集:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)
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