愛知のスタートアップエコシステム構想と共創事例に迫る――「AICHI INNOVATION DAYS」イベントレポート<前編>
3月17日、18日の2日間にかけて、フルオンラインで開催された愛知県主催のイベント「AICHI INNOVATION DAYS(アイチイノベーションデイズ)」。日本最大級のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」の開業に向け、全方位で施策を進めてきた愛知県による、2021年度の集大成ともなる大規模イベントだ。
大村愛知県知事のビデオメッセージを皮切りに、10種類にもおよぶセッションやピッチをオンライン上で開催。最後にはネットワーキングまで準備されるなど、魅力的なコンテンツのつまったイベントとなった。まさに、愛知県のイノベーション創出に向けた取り組みのすべてが分かるスタートアップ・イノベーションの祭典である。
本記事では、2日間のイベントのなかから特に注目したいプログラムにフォーカスし、その様子をダイジェストで紹介する。前編では、大村愛知県知事のビデオメッセージのほか、『スタートアップ支援拠点「STATION Ai」に向けた愛知県の取組』と題したプログラム。さらに、『AICHI MATCHING 2021 SPECIAL SESSION』の様子を紹介する。愛知県の本気度を、ぜひ感じとってもらいたい。
意図的なセレンディピティを創出する場に――愛知県知事・大村氏
イベントの冒頭、大村秀章 愛知県知事がビデオメッセージで登場。大村知事は、今回のイベントの基本コンセプトについて、「意図的なセレンディピティ(予期せぬ幸運の出会い)による、想像をこえた価値創出」にあると説明。また、次のように視聴者に呼びかけ、オープニングの挨拶とした。
「愛知のスタートアップ・エコシステムは、この地域で活躍する皆様でつくり上げていくものだと考えております。本イベントがスタートアップのみならず、事業会社、ベンチャーキャピタル、金融機関、投資家、大学の支援者の皆様にとって、幸運な出会いの場となることを願っております。本イベントで仕掛ける「意図的なセレンディピティ」をきっかけに、愛知のスタートアップのコミュニティを活性化させ、愛知のイノベーションを創出していきましょう」(大村知事)
▲愛知県知事 大村秀章 氏
世界最高峰の支援プログラムが受けられる環境へ――愛知県庁・柴山氏
続いて「Aichi-Startup戦略」策定のキーパーソンである、愛知県経済産業局スタートアップ推進監 柴山政明 氏が登場。愛知県の地域特性やスタートアップ・エコシステム構築に向けた取り組みについて、次のように説明した。
▲愛知県経済産業局スタートアップ推進監 柴山政明 氏
■愛知県の地域特性
愛知県の人口は748万人で全国4位。出生率が全国3位と高く、若い世代が集う県なのだという。1人あたりの県民所得も全国2位と高水準で、工業の発展した産業県としての特色を持つ。
柴山氏は「リニア中央新幹線が整備された後の社会構造の変化を、今後のビジネスの有益なツールとして活用していく必要がある」と話す。2027年には東京と愛知がわずか40分で結ばれる。東京と愛知がひとつの都市圏になることで、産業・社会構造に変化が生じる。「これをビジネスチャンスと捉えることが重要だ」と語った。
43年連続で「製造品出荷額等」全国トップを独走する愛知県だが、自動車と航空宇宙産業等の世界有数の集積地となっている。全国シェア約20%と輸出額も多い。また、ロボットやドローン産業でも強い。
中部国際空港には関税なしで出展できる展示場(Aichi Sky Expo)も用意されている。2022年には、国際芸術祭「あいち2022」やジブリパークの一部オープンなど注目を集めるイベントも目白押しで、加えて、新アリーナの建設も計画されているなど、盛り上がっているのが愛知だという。
■愛知のスタートアップ・エコシステム形成
エコシステムの形成に向けた取り組みについて、柴山氏は「(自動車産業の)100年に1度の大変革期を、ピンチではなくチャンスと捉え、スタートアップを起爆剤にしたイノベーション創出都市をつくるということで始めた施策だ」と説明。2018年に「Aichi-Startup戦略」を産学官金で策定し、地域が一体となって動き始めたことが発端だという。愛知県から有力なスタートアップを創出することと、全世界から有力なスタートアップを誘致し、オープンイノベーションを促すという2軸で展開を図っている。
プロジェクトの中心は、フランスのSTATION Fをモデルとした日本最大のスタートアップ中核支援拠点 STATION Ai の整備だ。2024年の開業を予定し、ソフトバンクとともに準備を進めている。 STATION Ai が完成するまでの間、WeWorkグローバルゲート名古屋内に PRE‐STATION Ai を設け、すでに総合的な支援を開始。2021年度は約50社が入居。2022年度は、メンバー数も提供される支援も拡充・強化する予定だという。このほか、愛知県内各地域にパートナー拠点を設け、県内全域でのエコシステム形成を目指す。そのパートナー拠点第1号が東三河だ。
■海外各国の支援機関と連携
愛知スタートアップ・エコシステムの大きな特徴について、柴山氏は「グローバルな動きを重視」していることだと話す。フランスのほか、中国・アメリカ・シンガポール、さらにイスラエルも新たに加え、各国のスタートアップ支援機関等と連携を進めているそうだ。
柴山氏は「世界最高レベルのスタートアップ支援プログラムが、愛知にいればすべて受けられるという環境になっているし、これからも強化していく。ここまでの取り組みを行っているのは、世界のなかでも愛知しかない」と強調。「ぜひとも愛知の支援プログラムに、皆さん参加していただきたい」と呼びかけ、オープニングトークを終えた。
世界へ羽ばたくスタートアップをSTATION Aiから――STATION Ai・佐橋氏
次に登壇したのは、STATION Ai の整備・運営を担うSTATION Ai株式会社(ソフトバンク100%子会社)の代表取締役社長兼CEO 佐橋宏隆 氏だ。佐橋氏からは、着々と準備が進むSTATION Aiの概要や構想について説明がなされた。
▲STATION Ai株式会社 代表取締役社長兼CEO 佐橋宏隆 氏
■STATION Ai の概要
佐橋氏によると、STATION Ai は、オフィス、コワーキングスペース、会議室のほか、宿泊施設やフィットネスジム、飲食スペース、イベントスペース、テックラボなど、あらゆる機能が内包された施設になるという。内部設計においては、セレンディピティが生まれる設計を目指しているそうだ。また、建物内に各種センサーを配置し、さまざまなデータを取得。取得データはスタートアップに提供し、実証実験に活用してもらうことも考えている。
入居者として想定しているのは、スタートアップに限らず、企業や大学・研究機関、VC・金融機関、学生・地域住民、自治体など。さまざまなセクターがワンルーフの下に集い、連携していく構想だ。佐橋氏は、ここに「日本最高峰の支援環境を整えていきたい」と意気込む。
■PRE‐STATION Ai での取り組み
STATION Ai に先立ち、名古屋のWeWorkグローバルゲート名古屋内に PRE‐STATION Ai を開設しているが、2022年度からは 、オフィスが利用できる「Standard」プランと、リモートで支援が受けられる「Remote」プランの2種類に分ける。4月開始に向けて参加者を募ったところ、県外を含めて139件もの応募が集まったそうだ。昨年比で3.2倍もの伸びになる。佐橋氏は、この伸びについて「この1年間で、愛知のスタートアップ業界が急速に盛り上がった」ことを示す数字だと話す。
PRE‐STATION Aiの参加者は、ファウンダーズプログラム(定常型支援)という支援を受けることができる。次のようなシナリオで成長を目指すという。
具体的な支援の中身としては、メンタリング、ギルド、勉強会・交流イベント、DEMO DAY、専用ファンドのほか、Perksという会員特典も検討している。統括マネージャー、コミュニティマネージャーも増員予定だ。
また、ソフトバンクの海外拠点を活かした交流機会の創出なども検討する。海外展開を図るスタートアップに対し、海外展開戦略の壁打ち、現地パートナーの紹介、海外の拠点設立支援、海外法制度の確認なども行う。さらに、学生向けの事業開発プログラムの検討や、大企業の中から新規事業を生み出す土台づくりも仕掛ける。最後に佐橋氏は、「世界へ羽ばたくスタートアップを、 STATION Aiから生み出していく」ことをビジョンに、このエリアを盛り上げていきたいとした。
県内企業とスタートアップで育まれる共創の芽―― AICHI MATCHING SPECIAL SESSION
ここからは、「AICHI INNOVATION DAYS」で催された10プログラムのうちのひとつ『AICHI MATCHING 2021 SPECIAL SESSION』について紹介する。『AICHI MATCHING(あいちマッチング)』は、愛知県の企業と全国のスタートアップに対して出会いの場を提供し、共創による新規事業の創出を目指すオープンイノベーション・プログラムだ。
愛知県主催のもと、年2回のペースでビジネスマッチングイベントを開催。さまざまな共創事例が育まれている。以下では、今年度のプログラムから生まれた共創のスペシャルセッションの様子をダイジェストでお届けする。
■株式会社FUJI(製造) × bestat株式会社(画像AIベンチャー)
株式会社FUJIからは河口 浩二氏が登壇。FUJIはロボットソリューション事業のほか、マシンツール事業を展開する企業だ。電子基板上に電子部品を実装するロボットに強みを持つ。あいちマッチングへの参加理由は、同社で足りない部分をオープンイノベーションで掛け算をし、社会課題の解決に貢献していくためだと話す。すでに、北米スタートアップとの共創で、分別ロボットを開発し、実証実験に至った例もある。
今回は、物流業界における課題解決に向け、足りないピースを探索するために参加したという。結果として「bestatという素晴らしいスタートアップと出会うことができた」と話す。
一方、bestat株式会社からは松田 尚子氏が登壇。同社は画像AIのソリューションを開発する東大発のベンチャーだ。 コアテクノロジーは、画像認識・生成技術やIoT(エッジデバイス)。細かくて速いヒューマンセンシング、3D物体のリアルタイム認識などが強みだ。これらの技術を活用した主なプロダクトとして、「作業見守りSaaS」と「店舗用SaaS」を展開している。
あいちマッチングで初めて議論をした際のお互いの印象について、FUJI・河口氏は、bestatの技術がまさに求めている技術であったことから驚いたと話す。技術パートナーを求める場合、情報開示をしにくいという問題がある。だからといって、抽象度を上げすぎるとマッチングが難しい。そうしたなか、今回は「こんなに上手くいくことがあるのか」と思うほど成功したと振り返った。
一方、bestat・松田氏は「はっきりと技術課題を持っておられ、共通言語がある」と感じたと話す。また「世界一のプロダクトを作っておられる企業にも関わらず、ベンチャースピリットもある」と感じたそうだ。
こうして意気投合した両社だが、最初のディスカッションで、「将来を見据え、どこの課題を捉えるかについて熱く語れたこと」がよかったと、FUJI・河口氏は振り返る。bestat・松田氏も同調する形で、「最初に、ゴールを共有できたことが大きかった」と話す。さらに、松田氏は、その後の開発のプロセスや費用感を決めるステップにおいても、FUJI側にリードしてもらえたことで、スムーズに進んだと加えた。
今後の展開としてbestat・松田氏は、ファーストステップの開発は終了しているため、今後は製品化に向けての課題を解決していきたいと話す。また、バックヤードの課題は他にも数多くあるため、他の領域にも取り組んでいきたいと語った。FUJI・河口氏は、今後、実証実験で市場に投入していく中で、さらなる課題も生じてくるはずなので、その課題解決に向けて継続して議論していきたいと話す。また、別の領域でも可能性があれば、「ぜひ一緒に取り組ませてもらいたい」と伝えた。
■ユーアイ精機株式会社(製造) × 株式会社エスケア(フードテック)
ユーアイ精機株式会社からは水野 一路 氏が登壇。ユーアイ精機は、自動車関連の試作や金型製作などを手がける企業だ。あいちマッチングに参加した動機として水野氏は、「技能伝承に課題」を感じていたからだという。この課題解決に向けて、2018年頃よりさまざまな取り組みを開始。技能伝承に、AIスピーカーやVR、写真・動画を取り入れるなどの挑戦を続けてきた。しかし、使い勝手の観点などから最適なソリューションを見出せずにいたそうだ。そんな時に、あいちマッチングを通じて出会ったのが、株式会社エスケアだったという。
続いて、株式会社エスケアの根本 雅祥 氏が登場。同社はフードテック領域をメインに複数のサービスを展開しているが、そのなかのひとつが「ツギナビ」だ。「ツギナビ」とは手順書をナビ化できるアプリ。発端は料理のレシピだったという。文字ではなく動画・音声でナビゲーションをするため、作業中でも使いやすく理解しやすいという特徴を持つ。根本氏は「工場の現場でも試せないか」と考え、パートナーを探していたという。あいちマッチングで、ユーアイ精機の募集テーマを見て、「まさに、これだ」と感じ、応募を決めたそうだ。
ユーアイ精機・水野氏は、あいちマッチングで根本氏のプレゼンを聞き、「料理と製造は似ている。相性がとてもいい、困っている点が一緒だ」との感触を持ち、ぜひ一緒に取り組みたいと考えたそうだ。
一方、エスケア・根本氏は、同社はフードテック領域で深堀りをしてきた企業であることから、製造業にニーズはあると感じつつも、製造業に舵を切るべきか悩みもあったと、出会った当時(2021年10月)を振り返る。しかし、2022年に入って改めて議論をした際、水野氏から「いけると思うんだよね」という前向きな話を聞き、覚悟が決まったそうだ。その後、「サンプルをひとつ作ってみましょう」と具体的な話へと進み、デモが完成した。
▲瞬時に理解ができる情報量に分けて、作業工程を分割。手順を動画と音声で指示をしてくれる。画面に触れることなく、「次」や「リピート」といった声で操作が可能。ハンズフリーで使える。
今後の展開として、エスケア・根本氏は「(ツギナビの事業展開に)全力で取り組んでいきたい」と話す。料理や製造現場のほか、家電サポートなどにも展開をしていきたい考えだ。ユーアイ精機・水野氏も「これはいける」と確信を持っているという。製造業に関わる人たちが、コンテンツ制作時にうまく伝えていくことができれば、色んな場面で使えるようになるはずだとし、「(今後の展開を)とても楽しみにしている」と期待を込めた。
■新日本法規出版株式会社(法律関連書籍の出版)
続いて、新日本法規出版株式会社の松島 卓也 氏が登壇。同社と複数社との共創を、代表して発表した。新日本法規出版は、法律関連の書籍を出版する出版社。法律コンテンツとスタートアップのテクノロジーを掛け合わせることで、リーガルテック分野での新規事業の創出を目指している。たとえば、FRAIM株式会社とは、『スマート規程管理』という規程管理業務(作成・管理・編集業務)を一元化するクラウド型規程管理サービスを共同開発している。
同社は2011年に新規事業開発を専門に行う部署を発足、社内ベンチャー制度なども構築して、新規事業の創出に挑戦してきたが、「同じ会社の同じ文化内で働く社員の発想なので、どうしても事業アイデアが同質化してしまったり、新しい発想が出づらかったりと限界を感じたため、あいちマッチングへの参加を決めた」という。スタートアップとのオープンイノベーションを通じて、新たな発想や新規事業開発を加速していきたいとの期待があったそうだ。
今年度は、『法律業界における業務、企業法務の効率化の実現』をテーマに掲げて募集。2回のマッチングイベントで合計11社と出会い、4社とディスカッションを継続中だという。
具体的には、音声認識技術を持つスタートアップとの共創で、士業に従事する人たちとクライアントとのやり取りや面談記録を自動化・省力化できるサービスを検討。また、質問応答AIモデルを搭載したSaaSプロダクトを持つスタートアップとは、自社サービスの検索精度向上に向けた協業可能性を模索している。秘密計算を中心としたデータセキュリティ技術とAI設計技術を持つスタートアップとも、定期的に議論の場を持ち、協業可能性を探っているところだという。
「事業共創を進めるうえで気をつけている点は?」と尋ねられた松島氏は、3つの留意点を挙げる。1つ目が、スタートアップのスピード感に合わせるため、しかるべき関係者に対して、日頃から情報共有をしておくこと。2つ目が、スタートアップからの提案を待つだけではなく、自社からもアイデアを出すよう心がけていること。3つ目が、新規事業創出だけにこだわらず、社内業務の改善などにも活用することだという。
今後の展開としては、今後10年以内にデジタル事業の売上比率を現在の20%から50%に引き上げるという同社の目標があることから、その実現に向けて、引き続き新規事業の立ち上げに取り組んでいきたいと話す。体制もより拡充するそうだ。事業創出までのスピードも高め、注力領域を定めながら、新たな事業を立ち上げていきたい考えだ。
取材後記
「製造業」を最大の武器に世界と交易を行い、すでに世界トップクラスの企業を、数多く輩出してきた愛知。エコシステムの構築においても、世界最高峰の支援機関と連携するなど、世界へと羽ばたくスタートアップを、本気で生み出そうとする様子がうかがえる。立ち上げ当初から世界を目指すスタートアップが増える昨今。「最速で世界を目指すなら愛知」そんな共通理解が広がれば、さらなる飛躍は間違いなさそうだ。
――続く後編では、PRE‐STATION Ai 入居者によるピッチの内容、そして、パートナー拠点である東三河エリアでの活動報告について紹介する。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)