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【京大×バイエル薬品 シンポジウムレポート】 イノベーションが急加速する「デジタルヘルス」、研究シーズの社会実装にともなう課題と打開策とは?

【京大×バイエル薬品 シンポジウムレポート】 イノベーションが急加速する「デジタルヘルス」、研究シーズの社会実装にともなう課題と打開策とは?

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医療やヘルスケアが抱える課題を、デジタルの力で解決しようとする「デジタルヘルス」――。世界中が注目するデジタルヘルスは今、イノベーションが急加速している領域のひとつだ。日本国内においても、さまざまなプレイヤーが取り組みを強化している。なかでも際立った動きをしているのが、京都大学とバイエル薬品株式会社だろう。

両者は去る11月25日、「京都大学 x G4A Tokyo デジタルヘルスシンポジウム ~研究から社会実装への課題と打開の可能性~」と題したオンラインイベントを開催。イベントには、デジタルヘルスの最先端にチャレンジする研究者やその支援者らが登壇し、講演とパネルディスカッションという形式で、現状や課題、事例を共有した。また、ポスタービューイングと題したイベントも同時開催。京都大学における最先端の研究内容ポスターをオンライン学会システム「ONLINE CONF」上に掲示し、参加者は11月22日から11月26日の間で研究ポスターにアクセスし、京都大学でどのような取り組みを進めているかを知り、オンライン上で意見交換を行った。ポスターは5つのカテゴリー(RWD/RWE、オンライン診療、リモートモニタリング、デジタル治療・診断支援ツール、xR技術)に分かれ、計15の取り組みが掲載された。シンポジウム当日にはポスターの発表者と閲覧者が双方向で交流できるライブポスタービューイングもあわせて開催された。

本記事では、講演とパネルディスカッションの内容を中心に、イベントの様子をレポート。デジタルヘルス領域における産学連携は今、どのように進んでいるのか詳しく紹介していきたい。

デジタルヘルスの社会実装に向け、今、何が起こっているのか

講演には次の5名が登壇した。まずは、京都大学で産学連携の環境整備に注力する庄境誠氏。次に、京大病院の医療データが利活用できる仕組みの構築に取り組む黒田知宏氏。そして、産学連携でのプロダクト開発に実績を持つ山口建氏と山本憲氏。加えてバイエル薬品で、産学連携を含むオープンイノベーション活動の推進役を担う遅天華氏だ。――それぞれの発表の模様をレポートする。

■デジタルヘルスの産学連携エコシステム(KUDHA)

<登壇者>京都大学オープンイノベーション機構 統括 クリエイティブ・マネージャー 庄境誠 氏


庄境氏は、大学で生まれた研究シーズを社会へと運ぶために、産学連携共同研究は重要な位置づけにあるが、悩みごとも多いと話す。製薬・生命保険・医療機器・IT業界の企業を対象に、SaMD(Software as a Medical Device)に関する課題をインタビューしたところ、次のような声があがったそうだ。

課題のひとつは薬機法。生命保険やIT企業など、薬機法に慣れていない企業からすると「薬機法対応に苦労が多い」のだという。またビジネスモデルに関しても、「自社だけの参入は困難」と考える企業が大半だと話す。マネタイズでも悩みは尽きないが、現状、自社商品とSaMDを組み合わせて収益化を目指す企業が多いと説明した。

企業が抱く京都大学への期待について庄境氏は、SaMDが患者や医療従事者にとって有用であることのエビデンス構築部分で、京都大学との連携を考えている企業が多いと話す。また、研究シーズを社会へと運んでいくための議論の場を求める声も多いことを紹介。

こうした声をふまえて誕生した構想が、産学連携共創の場「KUDHA(Kyoto University Digital Health Association:クーダー)」だ。「KUDHA」は京都大学がハブとなり、さまざまな業界の企業と一緒にデジタルヘルスにおける研究シーズを社会へと運ぶためのエコシステムだという。薬事・知財・資金調達・パートナー企業の紹介など、多方面から研究者を支援し、研究シーズをより円滑に社会へと運んでいくことを狙っているそうだ。


■ベンチャー企業と取り組む婦人科がん患者のQOL向上を目指したデジタルヘルス研究と社会実装

<登壇者>京都大学 大学院医学研究科 婦人科学・産科学 講師 山口建 氏(臨床医)


続いて、実際に企業と連携をしながら、デジタルヘルスの社会実装にチャレンジしている臨床医の山口氏が登壇。山口氏からは、具体的な取り組みの事例が共有された。山口氏の研究テーマは「がんの診療や治療が、がん患者の生活習慣・ストレス・メンタルにどのような影響を与えているのか、それらのストレスはがんに影響があるのか」を明らかにすること。これにより、がん患者のQOL・満足度向上を目指している。こうした取り組みを「がんヘルスケア」と呼んでいるそうで、PRO(Patient Reported Outcome)として昨今、注目されている領域でもあるという。



PROには課題が数多くあるが、中でも患者のQOLに関わる精神状態・食事・運動といった日常生活の情報を、どう把握するかが大きな課題だと話す。そこで、自宅での自己管理や医療者の把握が容易で、客観的なデータが取得できるデジタルツール(ライフログアプリ)の開発を検討。プロジェクトを立ち上げ、開発に着手した。

山口氏は、プロジェクトを進めるうえで直面した課題は大きく次の3つだったと振り返る。1つ目は、デジタルツールを共同で開発できる企業をどう探すか。2つ目は、研究費の獲得。3つ目は、企業との契約だ。

まず、企業の探索に関してだが、既存アプリの中からライフログを取得できそうなものを探した。ベンチャー企業を中心に開発元に電話・メールでアプローチし、そのうち3社と交渉のうえ共同研究へと進めた。また2つ目の研究費獲得にあたっては、学内研究助成を活用したほか、企業主催のピッチコンテスト(未来2021)にも参加し賞金を獲得。こうした経験から山口氏は「ピッチコンテストへの参加も、企業との出会い・研究資金の獲得において有用だ」とアドバイスした。また3つ目の契約に際しては、京都大学の産学連携部門に相談し、支援を得たという。



これらのプロセスをへて、ライフログ取得アプリを共同開発し、臨床現場へと実装。その結果、ある傾向が見えてきた。これらの研究結果をもとに現在は、アプリ開発企業(DUMSCO社)やピッチコンテストで出会った企業らとともに、QOLをモニタリングする医療機器やがんヘルスケアアプリの開発を検討しているという。

山口氏は、DUMSCO社との産学連携が順調に進んだ理由について、得意分野は違うものの同じ目標を共有していたことをあげる。また、本取り組みが進んだ理由として、能動的に動いたこと、大学の支援体制が充実していたことなどにも言及し、講演を終えた。


■「触れる」VR教材開発プロジェクト~医学部学生の臨床現場での学びを守るために

<登壇者>京都大学 大学院医学研究科 医学教育・国際化推進センター 講師 山本憲 氏


続いて登壇した山本氏は、VR技術を用いた手技教育の取り組みについて紹介。COVID‑19感染症によって、病院内での臨床実習が困難になったことからスタートした取り組みだ。VR教材開発に際しては、イマクリエイト社と共創。同社に開発を委託した理由に関して山本氏は、溶接のVR教育ですでに実績があったことなどをあげた。

COVID‑19が落ち着いたタイミングで、試作品を学生向けにテスト。代表1名がヘッドマウントディスプレイ装置を装着。その映像を大型テレビモニターに映し、他の学生は画面を視聴する形で行った。まずは、胸部聴診、腹部触診、膝蓋腱反射、バビンスキー反射の4教材を作成。教材のポイントとして山本氏は、触れる感覚を生成するためのキャリブレーション機能、コントローラーを使わずに学習者の手を認識させるためのハンドトラッキング機能、臓器を透過して表示するモードの付加などをあげた。


▲バーチャル空間上では、手本となる手の動きにあわせて、学習者が手を動かすことができる。2つある手のうち、一方の手が手本となる手。

テストの参加者からアンケートを取得したところ、「学習者ニーズに合致したか」の質問に対しては5段階評価の「4」が最多。「使えそうか」という質問に対しては5段階評価の「3~5」の比率が高かった。また、VR学習を導入するタイミングに関して「臨床実習に参加する前段階の学習に効果があるのではないか」との意見が多かったそうだ。このほか、触覚情報がないこと、VR酔いが一定数発生することなどが、明らかになった問題点だという。



今後の展開として、クラウドファンディングなどで資金を募りながら、ハプティクス技術(触覚技術)を活用した教材開発にも取り組んでいく考えだ。また、VR教材とLMS(Learning Management System)を連携させ学生の自宅学習管理を行うことや、医師として求められる態度教育にVR教材を活用するといった検討を進めていきたいと話す。

■医療DXを育む京大病院の戦略「京大をデジタルヘルスの中心へ」

<登壇者>京都大学 医学部附属病院 医療情報企画部 教授 黒田知宏 氏


続いて登壇した黒田氏は、データヘルスサイエンス・産業の支柱として「質量ともに十分な医療データ」「データ活用を統制する倫理」「データを活用できる技術」の3つをあげ、これら3つに対する京大病院の立ち向かい方について共有した。

1つ目の「質量ともに十分な医療データ」に関してだが、機械と人間が一緒に仕事をするサイバーフィジカルシステム上では、「事実(客観的データ)」と「理解(主観的認識)」の両データがともに重要で、分けて記録される必要があると説明。京大病院では、すでに電子カルテへの入力やIoTデバイスからのデータ連携によって、相当多くのデータ蓄積があるという。

問題はデータの使い方だ。研究者がデータを用いる場合、不定期・非定型でのデータ活用となるため、定型・定期実行が前提となるDWHやBIツールは向いていない。したがって、データは取りあえず蓄積しておき、データのカタログだけを作成。研究にデータが必要になった際に、必要なリソースを都度用意する「Pay for Service Model」という方針を採用。この実現に向けて、Google Cloud社とDXパートナー契約を結ぶと同時に、新会社を設立。データの利活用に向け、動き出しているという。



2つ目の「データ活用を統制する倫理」に関してだが、ソフトウェアの場合、やはり薬事のハードルが高いと話す。京大病院内では、医師の指示のもと院内利用目的で開発されたソフトはあるが(医師法で可能)、他院に請われても提供はできない(薬機法に抵触)。こうした課題を克服するため、医療ソフトウェアの市販化を支援するKAHSI(Kyoto Advanced Health Software Initiatives:カーシ)という事業を立ち上げた。

具体的には、研究者から相談が寄せられた事案に対し、薬機法承認の必要性を確認したうえ、不要な場合は証書提供、必要な場合は企業とのマッチングなどを行う。これにより、研究者らがSaMD開発を安心して行える環境構築を狙う。



3つ目の「データを活用できる技術」に関してだが、医学研究科と情報学研究科が連携して、データサイエンスを支える人材育成に取り組んでいるという。コースツリーは次の通りで、作成した教育プログラムを関西一円の大学や企業・自治体にも展開・共有しようとしている。――こうした3つの取り組みを通じて、京都大学をデジタルヘルスの中心としていく構想だ。


■製薬企業としてのデジタルヘルスの取り組みとコラボレーション事例

<登壇者>バイエル薬品株式会社 オープンイノベーションセンター デジタルイノベーションマネージャー 遅天華 氏


最後にバイエル薬品の遅氏が登壇し、同社のデジタルヘルスにおけるオープンイノベーションの取り組みを紹介した。バイエル・グローバルでは、ボストン・ベルリン・北京・シンガポールのほか、日本(東京・大阪・神戸)にもイノベーション創出拠点を設置。2012年に「G4A」というデジタルヘルス領域におけるオープンイノベーションプログラムをドイツ本社で開始して以降、世界中へとプログラムを拡大してきた。現在は、世界で12のローカルプログラムを、各地のニーズに合わせた形で開催している。

グローバル・プログラムのひとつである「G4A Partnerships」では、バイエルの注力する循環器領域・腎領域・オンコロジー領域などを中心に、同社の抱えるニーズを提示。スタートアップよりソリューションを募集し、応募されたソリューションに対して支援を行っている。ソリューションや企業の成熟度に応じて、「Growth Track」と「Advance Track」の支援の枠組みに分かれ、前者には24社以上、後者には53社以上が参加。数多くの社会実装につなげてきたという。

一方、日本のローカルプログラム「G4A Tokyo」は2016年よりスタート。1~4回目までは助成金プログラムを実施。5~7回目はDealmakerプログラムという、バイエル薬品が実際に抱える具体的な業務上の課題を開示し、外部のアイデアを募るプログラムを開催した。過去のプログラムからは、次のような成果も生まれていると話す。



最後に遅氏は、バイエルとして資金提供や成長支援、事業支援などのサポートができる可能性があると説明し、「デジタルヘルスの取り組みを通して、患者さんに新しい価値提供をしていきたい。製薬企業と双方間でノウハウを出し合って、新しい活動に取り組んでいくことに興味がある方は、ぜひ連絡してほしい」と呼びかけ、発表を終えた。


パネルディスカッション「研究シーズの社会実装に向けた現状と課題」

講演終了後は、講演登壇者を含めた次の5名で、パネルディスカッションが行われた。その内容の一部を抜粋して紹介する。

<登壇者>

■京都大学 オープンイノベーション機構 統括クリエイティブ・マネージャー 庄境誠 氏

■京都大学 医学部附属病院 医療情報企画部 准教授 山本豪志朗 氏

■京都大学 大学院医学研究科 婦人科学・産科学 講師 山口建 氏

■京都大学 大学院医学研究科 医学教育・国際化推進センター 講師 山本憲 氏

■バイエル薬品株式会社 オープンイノベーションセンター センター長 高橋俊一 氏

※モデレーター:バイエル薬品株式会社 オープンイノベーションセンター デジタルイノベーションマネージャー 遅天華 氏

パネルディスカッションは「デジタルヘルスにおける産学連携の現状と課題」というテーマから開始。これに対し庄境氏(京大・OI機構)は、資金の問題やSaMDを開発できる企業との連携、マネタイズモデルの構築、臨床的なエビデンスの構築などに難しさがあると説明。そのうえで「これらの問題を一緒に解いていく企業グループの形成が必要だ」との考えを述べた。また、役割分担が明確な共同研究へと早期に移っていくことが重要だとも語った。

続いて、「アカデミアから見た企業への期待」について尋ねられた山口氏(京大)は資金面に加えて、アカデミアが考えたソリューションの出口戦略(どう使ってもらうか)の策定において、企業に協力してもらえるとありがたいとの考えを示した。

企業に対する資金面での期待に対し、高橋氏(バイエル薬品)は、デジタルヘルス関連の協業の場合、出口の見えた創薬プロジェクトと異なり、「どういう位置づけで資金を出すのか。正当性の判断が難しい」と返す。一方で、海外ではコンソーシアムを組成して新しい技術を磨いている事例もあることに触れ、そうした産官学が参加してブラッシュアップしていくような枠組みが、一つの解決策になるのではないかとの見解を伝えた。

話題は「薬機法や法規制」へと移る。山本憲氏(京大)は、VR教材を開発する際、患者が映りこんだ映像の素材を教育に使う点で、3省2ガイドライン(※)の準拠やSLA(Service Level Agreement)の作成が求められたと話す。そのため、法律面でも問題のないシステムデザインにしておかねばならなかったという。アカデミアもそういった対応・手続きが存在することに留意しておく必要があると語った。

※「3省2ガイドライン」:医療情報を取り扱う事業者が準拠すべき、医療情報に関するガイドライン。厚生労働省・経済産業省・総務省の3省が発行する2つのガイドラインを指す。



続いて「医療データを取り扱う際の留意点」について聞かれた山本豪志朗氏(京大)は、社会が医療情報の取り扱いに敏感になっているため「研究者は倫理的思考を欠かさず、ある一定レベルは常に意識しておく必要がある」と述べる。

一方で、規制・要件の変化を研究者個人が把握し続けることは困難なうえ、本来取り組むべきことではないとし、大学などの組織レベルで支援する体制の整備が重要だと話した。京大の支援は潤沢なので、研究者個人としては相談先を意識しておくことが留意すべきポイントだと語った。

最後に高橋氏(バイエル薬品)は、「ここ数年でデジタルヘルスの環境は変わってきた。我々はデジタルの専門家ではないので、大学やベンチャー企業は信頼できるパートナーとなりえる。さまざまなタッチポイントができ、さまざまなアイデアをブレインストーミングしながら、新しいイノベーションを一緒に作っていきたい」と伝え、パネルディスカッションを締めくくった。

――パネルディスカッション終了後は、「ライブポスタービューイング」の時間が設けられた。ライブポスタービューイングとは、オンライン上に掲示された研究内容ポスターに対し、閲覧者がコメントを投稿できたり、発表者在席時にオンライン意見交流会に参加できたりするもの。ここでは、双方向での活発な意見交換がなされた。また、参加者の投票によって決まる「ポスター賞」も用意された。

なお、栄えある「ポスター賞」を獲得したのは、京都大学医学研究科 助教 沼尚吾氏らによる「疾患理解を深めるPersonal Health Record~眼科専門医が緑内障に取り組む」という表題の発表。日本を含む先進国において、失明原因の第1位である「緑内障」分野で、PHRを用いて治療継続につなげようとする取り組みが高い評価を得た。


▲「ポスター賞」を獲得した沼氏らによるポスター発表

(CF No. PP-GEN-JP-0248-07-12)

取材後記

研究シーズの社会実装に向けた産学連携の取り組みが、多方面から紹介された本シンポジウム。デジタルヘルス領域の研究シーズが、どう育まれて社会へと実装されているのか。その一端に触れることができた。とくに興味深かった点は、アカデミアの研究シーズの出口戦略を、企業が担うという役割分担の在り方だ。ビジネスモデルの構築やマーケットリサーチ、営業力などに長けた企業が、出口戦略の策定において協力すれば、研究シーズが社会実装されるスピードは、格段に速まるのではないだろうか。

(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)

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