【アストラゼネカ×大阪イノベーションハブ対談】 「官民連携」はヘルスケア市場を変革する鍵となるか?
「患者中心」のビジネスモデル実現を目指し、ヘルスケア領域のオープンイノベーション活動を積極的に推進している「i2.JP(アイツードットジェイピー;Innovation Infusion Japan)」。製薬企業であるアストラゼネカが、2020年11月に立ち上げた本組織は今、1周年を迎え145社・団体を超える巨大なコミュニティへと成長している(2021年12月現在)。
「i2.JP」の参画パートナーは、スタートアップを中心に、製薬企業、医療機器メーカー、IT企業、ベンチャーキャピタル、自治体など多彩だ。それぞれが、各自の強みやリソースを提供しながら、医療革命に向けた数々のプロジェクトを推進している。
TOMORUBAでは、「i2.JP」の取り組みを追うべく「医療革命への挑戦」と題した連載企画を進めてきたが、第5回となる今回は、自治体と「i2.JP」の連携にフォーカス。大阪市が開設したイノベーション創出拠点「大阪イノベーションハブ(OIH)」の担当者2名(中村奈依氏・石飛恵美氏)を迎え、「i2.JP」の劉氏との対談を通して、医療革命を推し進めるうえでの官民連携の可能性に迫った。
「スタートアップが挑戦しやすくなる」―両者が連携に至ったきっかけ
――まず、大阪イノベーションハブの活動内容について教えてください。
OIH・石飛氏: 大阪イノベーションハブ(以下、OIH)は、2013年4月に大阪市が開設した拠点です。起業家の皆さんが集まれる場所を、大阪の都心に作ろうという考えのもとオープンしました。運営は私たち公益財団法人 大阪産業局が担っています。スタートアップを、大企業やベンチャーキャピタル、金融機関、大学、行政機関といった適切な場所に、適切なタイミングでおつなぎする役割を担っています。
OIHは、プレイヤーとパートナーの2種類で構成される会員制度をとっています。プレイヤーは、いわゆるスタートアップや起業家の皆さまで、現在、約1000人の規模にまで成長。一方、パートナーは、スタートアップを支援する企業・団体で、大企業・メディア・大学など400社・団体程度にご参画いただいています。
――OIHさんが目指すゴールは、どのようなものなのですか。
OIH・石飛氏: OIHはスタートアップの支援を軸にしていますが、その中で目指すゴールは大きく分けて3つです。1つ目が、資金調達の実施。2つ目が、大企業とのビジネスタイアップ。3つ目が、新しいプロダクトのローンチです。これらをスタートアップが実現するための支援活動を、イベントやセミナー、情報発信などを通じて行っています。
▲大阪イノベーションハブ(OIH)グローバルネットワーク推進担当 石飛恵美 氏
公益財団法人 大阪産業局に在籍し、大阪イノベーションハブの施設運営・事業推進に取り組む。大阪産業局の強みを活かし、行政との情報連携などに注力。金融機関での勤務経験を持つ。
――OIHさんは、i2.JPが立ち上がった当初から、パートナーとして参画されています。両者はどのようなきっかけで、出会われたのですか。
OIH・中村氏: 昨年2020年の9月頃に、アストラゼネカさんの方から「i2.JPが立ち上がる」というご紹介をいただきました。詳しくお話を聞く中で、私たちOIHと相性がよいプラットフォームだと感じ、参画を決めました。
アストラゼネカ・劉氏: おっしゃる通りで、両者の取り組みの方向性が、非常に親和性の高いものだったので、出会ってすぐに意気投合。その後も、ドライブをかけやすかったですね。
――OIHさんはi2.JPに、どのような期待を持って参画されたのでしょうか。
OIH・中村氏: 私たちはヘルスケアスタートアップの皆さんから、さまざまな声を聞いていました。例えば、「ヘルスケア領域は参入障壁が高いため、スタートアップだけでビジネスを進めていくことが難しい」「どう大企業と組んでいけばよいのか分からない」といった声です。
i2.JPはアストラゼネカさんだけではなく、ヘルスケアや健康産業分野において他の企業ともネットワークを広げていらっしゃるので、OIHがi2.JPに参画することで、スタートアップがより挑戦しやすくなるだろうという期待を持ちました。
▲大阪イノベーションハブ(OIH)イノベーション推進部 部長 中村奈依 氏
公益財団法人 大阪産業局に在籍し、大阪イノベーションハブの施設運営・事業推進に取り組む。前職で海外事業を経験したことから、海外との連携にも注力。
スタートアップの支援において、「官民連携」はどう機能するのか
――関西のエコシステムに詳しいOIHさんにお聞きしたいのが、関西のヘルスケア領域における課題や、官民連携のトレンド、市場の変化などです。何か感じておられることがあれば教えてください。
OIH・中村氏: 京阪神エリアの特徴として、国公立・私立の大学が多いこと、神戸や大阪に製薬企業が多いことがあげられます。こうした地域特性から、ライフサイエンスを大きなテーマに掲げて、医療機器開発や健康維持の仕組みづくりなどに取り組む起業家が、たくさんおられます。
また、大学の研究シーズを事業化し、社会実装につなげていく取り組みも増えています。研究者自らが起業する場合もありますし、研究者以外の方が、研究シーズを使って事業化を目指す動きもあります。こうした点が、関西エリアにおけるヘルスケア領域のトレンドです。
加えて、京阪神エリアは、昨年7月に内閣府のグローバル拠点都市に認定されました。ここでも、ライフサイエンスを注力ポイントとして、スタートアップの創出・育成を図ることが打ち出されました。OIHもこの事業に参画しているため、大学と連携しライフサイエンス領域で挑戦する学生起業家向けプログラムを企画したり、産業界とおつなぎする取り組みを推進したりしていますね。
――ライフサイエンス領域の大学発スタートアップというのは、具体的にどのような大学から生まれているのですか。
OIH・中村氏: J-Startupの関西版であるJーStartup KANSAIのスタートアップ企業が選定されました。前回や今回の選定スタートアップ企業を拝見していると、バイオ、ライフサイエンス領域は、国立大学発のスタートアップが多い印象です。京阪神エリアは、バイオやライフサイエンス関連に強みをもつ大学や研究機関が多いこと等から、今後も京阪神の大学からも、同様のスタートアップが生まれてくるのではないかと予測しています。
――ヘルスケア領域に挑戦するスタートアップは、どのような課題を抱えていそうですか。その課題を解決するための糸口は?
OIH・石飛氏: ヘルスケア領域は特に国内の規制が厳しいですし、スタートアップの皆さんは、前例のない新技術の開発に挑戦されているので、どうスピード感をもって進めていくべきか悩んでいらっしゃいます。そういった際に、製薬企業をはじめとした大企業や国・自治体と連携しながら支援することが、鍵になると考えています。
例えば、アストラゼネカさんであれば、海外にもオープン・イノベーションハブをお持ちなので、海外市場へのアクセスをお手伝いいただいたり、あるいは国や自治体であれば海外の様々な都市と協定を結んでいるので、日本のスタートアップを受け入れている場所があれば、ご紹介いただいたり。スタートアップが前進できるよう、連携しながら支援していくことが重要だと思います。
――OIHさんは行政と近い立ち位置ですが、規制緩和を促していくような動きもあるのでしょうか。
OIH・中村氏: 規制緩和に関しては、例えば国や自治体等が実施するプロジェクト等で、大学や企業等が提案を行い、その提案に関して一定エリアだけを規制緩和できるといった可能性はあるかと思います。私たちOIHとしては、政府や行政の関係者が定期的に視察に来られるので、その際に現場感をお伝えしたり、意見交換をしたりといった働きかけをしています。
アストラゼネカ・劉氏: 現在、大阪府・市も応募しているスーパーシティ(※)が、その取っ掛かりになっていくのではないでしょうか。大阪が採択されれば、その枠組みの中で部分的に規制緩和を行って、プロジェクトベースでチャレンジしていく。そういった動きは、今後、生まれてくると思います。
※スーパーシティ…「まるごと未来都市」の実現を、地域と事業者と国が一体となって目指す取組み。
――劉さんからも、スタートアップ支援における「官民連携」のポイントについてお聞きしたいです。
アストラゼネカ・劉氏: 私からは、スタートアップの成長曲線から見たときのお互いの役割についてお話します。ご存じの通り、ヘルスケア領域のインキュベーションには時間がかかります。創薬系だと10年、ソリューション系でもプロダクトが完成するまで2~3年ほどかかりますよね。そうした中、特に初期段階で力を発揮するのが、OIHさんのようなセミパブリックだと思います。
一方で、シーズが育ってきたときに、セミパブリックがいくらでも伴走可能かというと、それも現実的ではありません。スタートアップは成長すると、より多くの資金が必要になってくるからです。その「ヒト・モノ・カネの谷」に対して、供給できる・供給しなければならないのが、VCや大手の民間企業ではないでしょうか。アストラゼネカが十分に対応できているわけではありませんが、スタートアップが成熟してきた際の伴走型事業連携、海外のハブへの紹介、フィールドの公開は、今後、私たちが取り組むべき役割だと捉えています。
▲アストラゼネカ株式会社 コマーシャルエクセレンス本部 Innovation Partnerships & i2.JP Director 劉 雷 氏
新卒でGEヘルスケア・ジャパン株式会社に入社。医療機器の研究開発や大学との共同研究に従事。その後、株式会社日本総合研究所に転職し、自動運転やフレイルをテーマとしたコンソーシアムの組成・推進を担当。スタートアップや生命保険会社などを経て、2020年1月 アストラゼネカ株式会社に入社。「i2.JP」の設立、運営をリード。
OIHとi2.JPが連携したからこそ生まれた、「2つの成功事例」
――両者が連携することで、スタートアップ支援をより拡充できた事例などはありますか。
OIH・石飛氏: 2つの事例をご紹介します。1つ目は、2020年に在日米国商工会議所が主催し、「i2.JP」がContributing Sponsorとしてサポートした「HEALTHCARExDIGITAL」のグローバルピッチイベントに、OIHが支援するスタートアップをご紹介し、そのスタートアップの事業前進につながったことです。
というのも、そのイベントを大手製薬会社がたくさんサポートされていたので、OIHの会員であるスタートアップの皆さんにも、「よいイベントですよ」と応募を促す情報提供を行いました。その結果、何社かご応募いただくことができ、そのうち1社(Bisu, Inc.)がピッチコンテストで”Best Innovation賞”および”Audience Moonshot賞”を獲得。現在、アストラゼネカさんとも議論を開始されています。
スタートアップの皆さんは、実績を作り色んな企業と連携を深めていかれますが、最初の1つが難しいと聞きます。そのきっかけを生むことができ、私たちとしてもうれしい限りです。
アストラゼネカ・劉氏: 私たちとしてはピッチイベントをサポートして、スタートアップの露出機会を増やしていくことが重要だと思っています。非常に優れた技術を持ったスタートアップでも、出会いの場や露出の場が少ないために、成長できないのは惜しいことだからです。こうした想いからピッチイベントを開催しています。
――コンテストで優勝を獲得したBisu社とアストラゼネカさんとで、何らかの共創プロジェクトが始まっているのですか。
アストラゼネカ・劉氏: Bisuさんは自宅でできる簡便な尿検査キットを展開されているスタートアップですから、弊社だと循環器系疾患と親和性が高いだろうという判断で、国内外のメディカルチーム・事業部、それにR&Dチームと面談を設定しました。
すぐに事業づくりに着手できたわけではありませんが、Bisuさんの成長曲線に合わせて、少し先のマイルストーンで、再度、ディスカッションをすることになっています。うれしいことに、その後、Bisuさんは資金調達を実施され、マイルストーンも着々と達成中です。Bisuさんと私たちが連携できる時期は、そう遠くないと思っていますね。
――2つ目の事例についてもお聞かせください。
OIH・石飛氏: OIHで定期開催している「GET IN THE RING OSAKA」というグローバルピッチイベントがあります。コンテストにも重きを置きつつ、パートナー企業にご協力をいただきながら、スタートアップが海外市場に進出できるよう、アピールもかねて開催しているものです。同時にスタートアップとパートナーとの連携も狙っています。
アストラゼネカさんも本イベントのパートナーですから、去年のイベント開催時、AIの企業(I´mbesideyou社)をご紹介しました。そうしたところ、アストラゼネカさんの社内で、I´mbesideyouのソリューションを使った実証実験を実施し、本格導入も進めていただくことができました。これが2つ目の事例です。
アストラゼネカ・劉氏: i2.JPは、患者中心主義の実現を最重要課題としていますが、社内の課題解決に寄与する手段も探索しています。I´mbesideyouさんに関しては後者で、当社もコロナ禍で一時的にフルリモートになり、スタッフ同士のコミュニケーションが希薄化したことが課題としてありました。
I´mbesideyouさんは、テレビ会議システムを通じてコミュニケーションをとる際、画像や音声で感情分析が行えるソリューションをお持ちです。社内の課題を解決できるのではないかと考え、私の方から関連部署に紹介し、幸い正式採用が進んでいるという状況ですね。
――OIHさんにお聞きしたいのですが、アストラゼネカさんと一緒に取り組んでみて、どのような点がよかったですか。
OIH・中村氏: やはり、スピード感ですね。ご紹介したらすぐに動いてくださることが、非常にありがたいです。成功事例が生まれてきている企業は、窓口の方がスピード感を持って取り組んでくださるところが多いです。
OIH・石飛氏: 私も同意見です。窓口の方が、スピードと熱量を持って社内で活動的に動いてくださると、親和性がないように見えたものでも、大きなプロジェクトへと発展することがあります。
オープンイノベーションの担当者自身がイノベーターで、「社内で新しいことを起こそう」「小さくても革新的なサービスを世の中に出そう」という野心をお持ちだとスムーズに進みます。i2.JPの窓口である劉さん・大林さん自身がイノベータータイプなのでから、とても助かっています。
――逆に劉さんからご覧になって、OIHさんの魅力はどのような点にありますか。
アストラゼネカ・劉氏: OIHさんは、大企業とスタートアップ、それにパブリックの言語もお話いただける、よい翻訳者だと感じています。その中で、程よい調和感を出せる点が素晴らしいですね。皆さん熱量をお持ちで、色んな言語を話せて、同じゴールを目指しているという点で、私たちにとって非常によいパートナーですし、より関係性を深めていきたいと思っています。
さらなる躍進に向けて、キーワードは「2025年の万博」と「社会実装」
――今後に向けた展望については、どのようにお考えですか。
OIH・中村氏: 今後、関西は万博が大きなテーマとなります。私たち大阪産業局も、万博に向けた取り組みに関わっています。また、「実証実験都市・大阪」も大きく打ち出されており、投入できるようなスタートアップのプロジェクトを、アストラゼネカさんをはじめとするi2.JPメンバーとも一緒に創出していけたらと思います。また、万博だけではなく、その手前やアフター万博を見据えて、ビジネスを創出していくことにも一緒に取り組んでいきたいですね。
――劉さんは、どのような展望をお持ちですか。
アストラゼネカ・劉氏: 私たちとしてもキーワードは、「万博」と「社会実装」の2点だと思っています。「万博」に関しては、まだ明確にお話できるものはありませんが、i2.JP活動のマイルストーンの一つとして考えております。
また、i2.JPは2年目に突入しました。私たちが今、強く意識しているのが「社会実装」です。すでに数多くのPoCプロジェクトは走っていますし、ビジネスマッチングの数も増えています。一方で、PoC倒れになっているプロジェクトも多いのが現状です。新しい事業に取り組んでいるので、生存率が低くなるのは当然ですから、打数を増やさなければなりません。
ですから来年は、打数を増やすことに注力します。そのためには、より多くの出会いが必要。OIHさんとは、出会いの場を創出し、PoCを生みだし、社会実装に向けて走っていくことに、一緒に取り組んでいきたいですね。共創にあたっては、大企業とスタートアップの1対1だけではなく、大企業群とスタートアップ群で進めるプロジェクトもありえると思います。そういった企画も含めて、一緒に生み出し大阪をフィールドに実装していきたいです。
――大阪がさらに盛り上がっていきそうですね。最後の質問ですが、i2.JPにどのようなパートナーが加わると、ヘルスケア業界はより活性化しそうですか。
OIH・石飛氏: 関西には製薬企業がたくさんあるので、関西ベースの製薬企業も加わっていただき、先進的な事例を参考にしながら、一緒にヘルスケア領域を盛り上げていけたらと思います。また、病院や薬局などもi2.JPの同じループの中に加わると、スタートアップがよりビジネスパートナーを見つけやすい土壌になるのではないでしょうか。
――劉さんはいかがですか。
アストラゼネカ・劉氏: 今、参加企業・団体のポートフォリオは、順調に成長しています。スタートアップは6割ですし、それを支援する大企業も、製薬会社だけでも6社。医療機器メーカーやIT企業、ファイナンス関連企業も増えています。ただ、テコ入れしたいのが、病院やアカデミアです。
アストラゼネカの海外の成功事例を見ると、ローカルで戦略的なパートナーシップを結んでいる病院があります。そこが、スタートアップのプロダクトローンチ先として機能しています。病院もベネフィットを得ていて、特許を取得されたり、スタートアップに投資されたりと、非常にアグレッシブ。ですから日本でも、そういったエコシステムを構築したいですね。
取材後記
興味深いと感じたのは、スタートアップの成長曲線に合わせた官民の役割分担。シード期を自治体が支援し、成熟したタイミングで民間へとバトンタッチする。このプロセスは、ヘルスケア業界に限らず、どの分野でも活用できるのではないだろうか。また、大阪という地域に関して言えば、やはり2025年の万博。万博という巨大イベントを、官民連携、あるいは大学も巻き込みながら、どう実りのある場へと仕上げていくのか――大阪をフィールドとしたヘルスケア・イノベーションの動きに、引き続き注目していきたい。
また、患者中心の実現に向けて、一緒に取り組んでいきたい企業はアストラゼネカ株式会社 専用ページからコンタクトしていただきたい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)