“起業のプロ”はOKIのイノベーション活動をどう評価した?――共創事例も数多く紹介された「OKI Innovation World 2021」を詳細レポート!
2021年10月18日、沖電気工業株式会社(以下、OKI)は、同社が取り組むイノベーション活動を紹介するイベント「OKI Innovation World 2021」を開催した。
OKIは、2017年に、組織的なイノベーション創出を可能にするイノベーション・マネジメントシステム(IMS)の国際規格ISO 56002を基に、独自のIMS「Yume Pro」を構築。「全員参加型のイノベーション」を掲げてYume Proを実践し、文字通り、全社的なイノベーション活動を推進してきた。
OKI Innovation World 2021では、そうしたOKIのイノベーション活動が幅広く紹介された。本記事は、同イベントの中からSection2を抽出してレポートする。
Section2では、OKI執行役員の藤原雄彦氏と新規事業家の守屋実氏によるトークセッション、さらに、OKIやパートナー企業である株式会社ロンコ・ジャパン(以下、ロンコ・ジャパン)によるイノベーション事例の紹介が行われた。
Section2は、実際の共創事例やイノベーション事例が数多く紹介されたセクションだ。OKIのイノベーションの成果について知りたい方はぜひご覧いただきたい。
Special Dialog:「起業のプロ」から見たOKIのイノベーション活動の評価は?
【起業のプロからみたOKIのYume Pro】
■沖電気工業株式会社 執行役員 イノベーション責任者 兼 技術責任者 藤原雄彦 氏
■新規事業家 OKIシニアアドバイザー 守屋 実 氏
Section2は、OKI執行役員の藤原氏と、OKIでシニアアドバイザーを務め、新規事業家として数々の大企業やスタートアップの支援を手掛けてきた守屋氏によるトークセッション「起業のプロからみたOKIのYume Pro」からスタートした。
2017年度にスタートした、OKIの全員参加型のイノベーション活動「Yume Pro」。その活動を、2019年からOKIのシニアアドバイザーに参画している守屋氏は、どのように捉えているのだろうか。冒頭、藤原氏は、守屋氏にシニアアドバイザー就任当時のOKIの印象について尋ねた。
守屋氏は、「忖度なしで申し上げますが…」と前置きしたうえで、シニアアドバイザー就任当時にOKIに抱いた、ある違和感について話す。
「OKIのメンバーの方に新規事業案をお伺いしたときに、『その事業案はお客様に話を聞いたうえで作りましたか?』と尋ねたんです。そのとき、その方は『いいえ。どうやってお客様にヒアリングすればいいのか分からないので、特にヒアリングせずに作りました』とおっしゃいました。『それはいけない。絶対に話を聞きに行ってください』とアドバイスすると、多くの方はキチンとお客様のところに出向いてから新規事業案を作るようになり、ここ最近では、それがデフォルトになった。この変化の度合いは非常に素晴らしいと思います」(守屋氏)
守屋氏のコメントに対して、藤原氏は解説する。OKIは長年、通信キャリアや大手金融機関、官公庁を中心にした受注開発型のビジネスモデルで収益を挙げてきた。そのため、社内では自然と「待ち」の姿勢が定着しており、顧客の課題を探索したり、新規の顧客に対応したりすることを得意としていなかった。藤原氏は、Yume Proがスタートした2017年から現在までを「そうした状況から脱却するために、試行錯誤を重ねた時期だったと思います」と振り返った。
続いて、トークセッションはフリートークに。ここで藤原氏は、守屋氏の著書である『起業は意志が10割』のなかに記された「マーケットアウト」の概念を話題に挙げた。解説を求められた守屋氏は、自身が構想したマーケットアウトの概念について、以下のように説明した。
「今の社会はあらゆる商品とサービスに満たされているので、お客様の第一のニーズは、実は『いらない』だと思うんです。そうすると、作ったものをお客様に売り込む努力をするよりも、お客様が欲しいと思っているものを買って、調達したほうが効率的です。一般的なマーケティングの教科書では、プロダクトアウト/マーケットインと、商品やサービスを売り込む矢印は常に生産者から消費者に向かっていますが、それが現在の社会では逆転しているんです。そのため、これからの生産者には、お客様のニーズを、予算を使って掘り返すマーケットアウト/プロダクトインの発想が必要だと思っています」(守屋氏)
このマーケットアウトの概念に強く感心したという藤原氏は、OKIの今後の方向性について言及する。受注開発型のビジネスモデルを続けてきたOKIでは、長年、技術の蓄積と発展に力を注いできた。しかし、守屋氏が解説する市場環境においては、従来の技術志向ではなく、顧客や社会の課題をいかに解決するかといった姿勢が求められる。そうしたときに、マーケットアウト/プロダクトインのような概念は非常に大きなヒントを与えてくれると、藤原氏は語った。
さらに、藤原氏は、守屋氏の著書に記された「3つの切り離し、2つの機能、1人の戦士」について言及する。これは、守屋氏が定義する新規事業を成功に導く三つのポイントのことだ。守屋氏は、この三つを以下のように説明する。
●3つの切り離し(「資金」「意思決定」「評価」)
守屋氏は、主軸事業である「本業」と新規事業は、そもそもの性質が大きく異なることから、いくつかの要素を切り離して事業を推進するべきだと訴える。その一例が「資金」だ。特に上場企業の場合、単年度会計のため、その社員は年度単位で成果を出す習慣が定着している。しかし、新規事業は必ずしも年度単位で成果を得られる性質のものではないため、同様の姿勢でのぞめば悪い結果を招くケースがある。そのため、本業と新規事業は別の基準で予算を確保するべきであり、同じ理由から、「意思決定」や「評価」も切り離すべきだと守屋氏は主張する。
●2つの機能(「外戦部隊」「内戦部隊」)
続いて、守屋氏は、顧客向けの活動を「外戦」、社内向けの活動を「内戦」と分類したうえで、この2つの機能を揃える必要があると語る。新規事業は、多くの場合、頻繁に社内向けの説明を求められる。特に、規模の大きな組織になればなるほど、稟議や根回しに費やす時間が増えていくため、外戦と内戦を同じ責任者が担当すれば、いずれ疲弊してしまい、新規事業そのものが停滞してしまう。そのため、守屋氏は、新規事業を担当するチームには、外戦と内戦の二つの機能を設けるべきだとした。
●1人の戦士(「意志ある経営者候補」)
守屋氏は「新規事業を創出するのは、経営をするのと同じこと」だと話す。そのため、新規事業をリードする人物は、PL(損益計算書)、BS(貸借対照表)、CF(キャッシュフロー計算書)などの指標を把握することはもちろん、戦略の策定や人材の確保、配置などにも気を配ることが求められる。そうしたことから、守屋氏は、「新規事業をリードする人物として適任なのは経営者候補です」として、新規事業責任者には次代の経営者候補を充てるべきだと話す。
こうした守屋氏の主張について、藤原氏は「弊社にも当てはまる部分が大いにあります」としたうえで、OKIにおいても「3つの切り離し、2つの機能、1人の戦士」を意識した新規事業体制を構築していると紹介する。
「例えば、『3つの切り離し』に関しては、弊社では予算のなかに共通費を確保して、年間のどの時点でも申請が降りれば予算を確保できる体制を築いています。また、『2つの機能』についても、新規事業を担当する部隊は社長直轄に配置するなど、社内向けの説明の負担をできるだけ少なくする工夫を加えています」(藤原氏)
トークセッションの最後に、藤原氏は守屋氏に、シニアアドバイザーとしてOKIの現状と今後の展開がどのように見えているかと尋ねた。これに対して、守屋氏は「物事を評価するときには、過去と現在の差分の変化率を確かめることが大切ですね」と返答し、以下のようなメッセージでトークセッションを締めくくった。
「現在のOKIが最高到達点にいるかというと、そんなことなくて、まだまだ道半ばだと思います。ただ、例えば、Yume Proを始める前と比べると、着実に上昇しているはずです。この変化率を注目するべきです。このペースを緩めることなく進めば、必ず目指すところに近づけます。そして、こうしたOKIの活動を世の中の多くの人たちに知ってもらって、参考にしてもらい、この国にどんどんと広げていければいいなと思っています」(守屋氏)
OKI’s Innovation:OKIと共創パートナーのイノベーション事例
【Yume Proで加速するイノベーション】
■沖電気工業株式会社 イノベーション推進センター長 前野 蔵人 氏
次に、イノベーション推進センター長の前野氏から、OKIのイノベーション共創事例が紹介された。
冒頭、前野氏は、OKIは2018年度のYume Pro開始以来、イノベーションを推進、2020年度からは全員参加型として全員が取り組む活動へと進化してきたと話す。さらに同年、イノベーション推進センター発足によって新規事業開発部門と研究開発部門が融合し、技術者・研究者が顧客の声や社会課題を活動テーマに盛り込む体制が強化されたと語り、ますますOKIのイノベーション活動は加速しているとした。
現在、イノベーション推進センターで推進しているテーマは約50。こうしたテーマをもとに、OKIでは様々なイノベーションが生み出され始めている。その成果の一つが共創パートナーと共同実験を行った「道路工事用規制材の遠隔管理」だ。
常に危険を伴う道路工事のなかでも、高速道路の工事はとりわけ危険度が高い。そこでOKIは、現場のロボットと連携し、道路工事用の規制材を遠隔から管理するシステムを開発、遠隔から道路工事現場の安全確保を行う実証実験を実施している。
そのほか、OKIは、ローカル5Gを用いた新たな警備モデルの構築や、映像・音響センサー信号解析技術を用いた航空機整備の効率化、多点型レーザー振動計やゼロエナジーGWを用いた老朽化問題への対応など、様々な社会課題の解決に向けた複数のイノベーションを手がけ、現在もその活動を推進している。
発表の最後に、前野氏は聴衆に「ぜひ皆様の課題解決にOKIをお呼びください」と呼びかけ、さらなる共創への意欲を見せた。
【IMSのプロセスで生まれた営業発の新商品 フライングビュー】
■沖電気工業株式会社 ソリューションシステム事業本部 DX事業推進センター
統括部長 小川 哲也 氏
次に紹介されたのは、2021年10月に販売開始されたフライングビューの事例だ。フライングビューとは、車などの対象物の周囲の映像を360°自由な俯瞰視点で確認できる映像技術。AIによる映像解析も行うことができ、OKIが現在、構築している高度遠隔運用ソリューションのコア技術と目されている。
このフライングビューの特徴の一つが、営業部門が主導となって製品を企画し、仮説検証などの試行錯誤を繰り返して、製品化に漕ぎ着けた点だ。プロジェクトのリーダーを務めていた小川氏は、「フライングビューの開発は、IMSによる全員参加型のイノベーションを目指すOKIにとって、一つのモデルとなる事例です」と、その意義を強調する。
2016年、「マーケティングとイノベーションで営業発の新商品を!」をスローガンに、新製品創出に着手。その際には、関連会社を含めた数多くの組織・部門にヒアリングを実施し、OKIならではの「強み」となる技術を探索したという。そして、たどり着いたのが、サラウンドビューモニター機能を搭載した運転支援用FPGAの技術だった。
プロジェクトチームは、この技術を起点に、フライングビューのコンセプトを構築。自動車、船舶、建機、ロボットなど、様々な分野の企業との共創を通じて、コンセプトを検証し、製品化を実現した。こうした開発の過程について、小川氏は「結果的に、フライングビューの開発は、IMSのプロセスそのものでした」と語る。
IMSによるイノベーション創出のプロセスは、「機会の特定」「コンセプトの創造」「コンセプトの検証」「ソリューションの開発」「ソリューションの導入」という5つのアクションで構成される。IMSでは、このアクションを試行錯誤しながら繰り返していくことで、イノベーションが生み出される。
小川氏は、こうしたIMSによるイノベーション創出のプロセスと、フライングビューの開発プロセスは大きく重なると解説し、「イノベーションとマネジメントは一見、真逆の概念のように見えますが、適切なマネジメントこそが、イノベーションを生み出す唯一の方法であると確信します」と力強く語った。
【プリンターコア技術から新たな価値へ転換、異種材料融合ソリューション】
■沖電気工業株式会社 コンポーネント&プラットフォーム事業本部開発本部
チームマネージャー 谷川 兼一 氏
続いては、OKIの独自技術をビジネス視点で分析し、新たな価値への転換に成功した事例の紹介だ。発表を担当する谷川氏は、まず、OKIがプリンターコア技術として保有する「異種材料融合」について説明する。
異種材料融合とは、LEDとプリンターの駆動を行うICチップを接合する技術だ。このとき接着剤などは用いられず、分子同士に働く引力である「分子間力」を利用して接合が行われる。OKIはこの技術を用いて接合された異種材料融合チップを、2006年に世界で初めて製品化している。現在、OKIは、こうした独自技術をプリンター以外の製品に提供し、新たな価値への転換を図っていると谷川氏は解説する。
谷川氏は、価値転換の例として、二つの製品を挙げる。一つ目が、μLED(マイクロLED)ディスプレイだ。μLEDディスプレイは、次世代型のディスプレイとして注目を集めている製品。しかし、LEDと駆動回路を貼り付ける製造技術に課題があり、μLEDディスプレイの生産性は極めて低いのが現状だ。そうした課題に対してOKIの異種材料融合の技術を活用すれば、生産性を大幅に高められるとともに、LEDと駆動回路の位置精度の向上実現も可能となる。
二つ目の製品は半導体デバイス。異種材料融合の分子間力による接合技術は、半導体デバイスの機能集積や光伝搬といった性能の向上を可能にする。そこで、OKIは、半導体デバイス向けの異種材料融合を分野横断的に提供し、顧客ごとにカスタムフィットするソリューションを構想しているという。
最後に、谷川氏は、これらの異種材料融合ソリューションを通じて、OKIは顧客のデバイス性能を向上させ、今後、到来が予測される超スマート社会の構築に貢献していくと展望を述べた。
【物流DXの推進による課題解決と今後の取組】
■株式会社ロンコ・ジャパン 代表取締役社長 福西 靖之 氏
■株式会社ロンコ・ジャパン 営業本部 DX推進課 課長 安光 大二郎 氏
Section2の最後は、現在、OKIと自社の課題解決に向けた共創に取り組んでいるロンコ・ジャパンの福西氏と安光氏が登壇した。ロンコ・ジャパンは、大阪を拠点にロジスティクス事業、運輸事業などの複数の事業を展開している総合物流企業だ。
ロンコ・ジャパンの代表である福西氏は、発表のなかで、輸送業界の課題について述べた。課題として挙げられたのは、「トラックドライバーなどの人手不足」、「荷物の手待ち時間が多いなどの輸送業界特有の商習慣」、「業界全体におけるデジタル化の遅れ」の3点だ。福西氏は、ロンコ・ジャパンがOKIとの共創に取り組む背景には、これらの課題解決を狙う意図があると話す。
そうしたなかで、OKIとロンコ・ジャパンが共同開発したのが、小売業向けの配車システムだ。このシステムは、ロンコ・ジャパンが手掛ける小売業向けの配送業務をもとに、開発が進められた。
その理由について、ロンコ・ジャパンの安光氏は「開発当時、輸送業界では『配送プラットフォーム』というフレーズが一人歩きしており、あたかもすべての物流企業に万能であるかのように語られていた。そうした流れへの疑問があったため、OKI様との議論のなかで、業務を部分的に検討しながら、共創を進めていこうという方針になりました」と述べた。
こうして開発された配車システムは3日間の実証実験を通じて、車両の合計走行距離を1日につき550 km削減する効果を生む。これは月間に換算すれば、10,000 km以上の削減効果であり、大きな手応えが感じられる結果だった。現在、この配車システムは実際の輸送現場への実装が進められており、本稼動後の効果に期待が高まっているという。
最後に、安光氏は、OKIへの期待として、輸送業界における「2024年問題」について言及する。2024年問題とは、2019年から順次施行されていた、働き方改革関連法案の猶予期間が2024年3月末で終了することによる、輸送業界の変化を指す。これにより、輸送業界は、現状よりもさらに無駄を省いた運行が求められるなど、様々な課題に直面すると言われている。
安光氏は、こうした2024年問題の対応には、OKIが提供しているSaaS型の高度道路交通システム「LocoMobi®2.0」が有効だと考えているとして、今後、自社の運行データの分析を進めながら、LocoMobi®2.0の活用方法を模索していきたいと展望を述べた。
取材後記
本記事で注目すべきなのは、イノベーション事例を紹介した登壇者が、それぞれ異なる部門で、異なる製品や領域を担当している点だろう。しばしば、大企業のイノベーション活動は、本社機能とは切り離された専門部隊によって推進される。そのため、成果が一部の部門に偏りがちだ。一方で、OKIはそのケースとは大きく異なる。同社が掲げる「全員参加型のイノベーション」が、名実ともに実践され、全社的なイノベーション活動が実現している証拠と言えるだろう。
なお、「OKI Innovation World 2021」の模様はアーカイブ配信もされている。詳細はこちらからご覧いただきたい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:島袋龍太、撮影:加藤武俊)