【AWS×グロービス×eiicon】進化と多様化を続けるスタートアップ支援――最前線を走るキーパーソンたちが秘話を明かす
”Connecting innovators to make things happen”を掲げ、世界の変革を促すイノベーション創出を狙うVenture Café Tokyo。そのフラッグシップ・イベントThursday Gatheringでは、毎週木曜日にセッションやネットワーキングが行われる。本記事では、6月3日(木)に開催されたグロービス主催「スタートアップ支援の最前線秘話」の模様をお届けする。
登壇したのは、アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社でスタートアップ支援チームを率いる畑浩史氏、グロービスのアクセラレータープログラム「G-STARTUP」を運営する田村 菜津紀氏、オープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」を運営するeiicon company 代表 中村 亜由子。スタートアップ支援の方法は三者三様だが、社内で新規事業を立ち上げたという共通点がある。モデレーターは、グロービス ベンチャー・サポート・チームリーダーの髙原 康次氏が務めた。
進化と多様化を続けるスタートアップ支援。その最前線で活躍する登壇者たちの眼前には、どのような景色が広がっているのだろうか。スタートアップと支援者との関係性や、自社における新規事業としての位置付けなど、様々な議論が繰り広げられた。
<登壇者>
危機こそが、スタートアップのシーズを生む契機となる
まず、モデレーターの髙原氏は、スタートアップを取り巻く環境の変化や多様化に触れ、「現在起こっている変化と、スタートアップ発展のためにどのような支援をしているか」というテーマを提示した。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社(AWS)にて、スタートアップ事業開発部の本部長を務める畑氏は、まず業界動向として「私がAWSで、スタートアップの成長支援を始めた2013年頃は、ゲームやECなどトレンドとなるテーマや領域がはっきりしていた。しかし現在は特定のテーマに偏ることなく、裾野が広がってきた。その一方で、深い専門性を備えたスタートアップも目立つ」と述べた。
その中で、AWSは「AWS Activateプログラム」など幅広いサービスを提供しているが、「そのベースにあるのは『地球上で最もお客様を大切にする企業』というAmazonのフィロソフィーであり、カスタマーのフィードバックから豊富なサービスラインナップが生まれている」と語った。
eiicon company 代表/founderの中村は、コロナ禍の変化に触れ、「ここ数年の社会課題解決ドリブンの気運が、この1年で一層高まったと感じる。2000年初頭のITバブル、2008年のリーマンショック、そしてコロナ禍と、危機がスタートアップのシーズを生む契機となっている」と考えを示した。
また、オープンイノベーションを円滑に進めるために重要なのは「まず何をやりたいのか、何のために外部共創をするのか、シンプルに整理をすること」と述べ、「eiiconのハンズオン支援では、オープンイノベーションチェックシートを用いて、最初に企業の状況を可視化した上で、方向性を定めて伴走していく」と説明した。
グロービスのシード期アクセラレータープログラム「G-STARTUP」担当の田村氏は、「2015年頃は、大企業のコーポレートアクセラレーターが流行し始めたが、まだVCがアクセラレータープログラムを実施することは少なかった」と振り返った。
そして、スタートアップ支援の体制として「G-STARTUPは2019年4月に立ち上がったプログラムで後発の部類に入るが、ユニコーン企業100社輩出を本気で目指している。グロービスのキャピタリストのみならず、様々な支援者とつながることで、より強力にスタートアップの成長を後押しできる環境づくりを進めている」と話した。
スタートアップの裾野が広がる中、サービス提供者にも変革が求められる
続いて髙原氏は、「スタートアップ支援の最前線だからこそ見えている世界」について話題を移した。
中村は、オープンイノベーション支援をする中で感じる変化として「手の組み方が変わってきた」と実感を述べた。「以前は、『一度対面しなければ何も進まない』という考えがあった。しかし、コロナ禍で対面できない状況になったことで、それは思い込みだということに多くの人が気付いた。現在は、オンライン上のマッチングだけで共創が進み、製品リリースまで至るケースが出てきた」と、現状を語った。
畑氏は、「スタートアップの裾野が広がる中で、AWSユーザーにも変化が見られる。以前はコアなエンジニアがほとんどだったが、現在は詳しくない方も増えている。そうなると、以前と同じ技術支援では成り立たないため、サービス提供の仕方も変えていかねばならない」と、サービス提供者自身も変化が必要であることを語った。
その文脈から畑氏は、2015年に立ち上げたCTOコミュニティについて言及。「社内に技術的なバックグラウンドのある経営陣が他にいないことも多く、CTOは孤独に陥りやすい。しかし当時はビジネス系カンファレンスが主体で、CTO同士が情報交換する場があまりなく、ニーズが高まっていた」と、立ち上げの背景を話した。
さらにその狙いとして、「AWSとしてもCTOとつながっていた方がビジネス面でのメリットは大きい。ただ、ビジネス色を出しすぎるとコミュニティはうまくいかないため、まずはニーズのあるところに必要なものを提供することが大切だ」と説明した。
田村氏は、「シードVCや大学のインキュベーション施設が増加し、起業に対するハードルは下がっている。一方で、シリーズA以降のステップアップに課題がある」と、最前線での課題を提示し、「そこで起業家の方々が足踏みしないよう、次のステージに上げていくための場づくりに、G-STARTUPは特化している。シードVCや様々なインキュベーション施設の運営者とのつながりの場としても、アクセラレータープログラムを運営していきたい」と、熱を込めて語った。
支援サービスをとことん使い倒す。それが、成功する起業家の特徴
次に盛り上がりを見せたのは、「起業家との関係の作り方」の話題だ。畑氏は、あるスタートアップ経営者が、人間的な魅力と支援者との信頼関係をベースにAWS・Amazonのリソースを存分に活用し、ステップアップしたエピソードを紹介。「いい意味で大企業や支援サービスを使い倒す。そのアグレッシブさは素晴らしいと思うし、成功する起業家・経営者の特徴の一つだろう」と称えた。
畑氏のエピソードに強く共感した田村氏。「G-STARTUPでは、本採択のメイントラックの他に、有望なスタートアップをインキュベートトラックとして採択している。基本的にインキュベートトラックの企業にはメンターはつかないが、中にはそこをこじ開けて、事務局メンバーに毎週壁打ちをして欲しいという人もいる。プログラムの”うまみ”を引き出してくれる起業家に、私たちもベストな支援の在り方を学ばせていただいている」と語った。
中村も、二人の意見に理解を示した。「少し前までは、『スタートアップを搾取する大企業』と揶揄されることが多かった。しかし今は、スタートアップが成長戦略の中で大企業のリソースやインフラを使いたいという明確な意思がある場合、うまくいくケースが多い。自分から言わなければ使えないが、言ってみると使えるというシーンを多く見てきた」と、オープンイノベーションにおいて、大企業や自治体のリソースをうまく活用するスタートアップが増えていることに触れた。
中村の発言を受けて畑氏は、「やはり、大企業で働いた経験や取引経験がある起業家は、組織の力学や意思決定のプロセスを理解して、先回りして動いている」と述べ、田村氏も「優秀な起業家の方は、相手の立場を理解して、その状況をうまく利用している」と賛同した。
企業カルチャー、成功体験、収益化が伴ってこそ、スタートアップ支援を事業として続けられる
「ワクワクするような起業家との出会いがある一方、社内事業としてスタートアップ支援を行う苦労もある」と、少し議論のベクトルを変えたモデレーターの髙原氏。それぞれの企業の中で、登壇者たちが自身の事業をどのように位置づけているのか尋ねた。
畑氏は、「まず必要なサービスを提供していることが大前提」だとした上で、3つのポイントを挙げた。
「1つ目は、カルチャー。ジェフ・ベゾスが『Still Day1』と言うように、AmazonやAWSにはスタートアップとしての文化がある。2つ目は、成功体験。AWSはスタート時小さいサービスだったが、スタートアップと共に成長してきた。その成功体験があるからこそ、社内でも『スタートアップはAWSを初期のころから牽引してくれている』という認識ができる。そして3つ目は、収益化。もちろん時間軸をどこに設定するのかというのはあるが、最終的にスタートアップ支援が収益に貢献しなければ、企業の中で続けるのは難しいだろう」と、持論を展開した。
パーソルの新規事業提案制度を活用してeiiconを起業した中村は、「パーソルグループ発足以前に所属していたインテリジェンス(現:パーソルキャリア)は、もともとベンチャー企業で、アントレプレナーシップにあふれる社風。ルールはないが、やりたいことはやればいいというカルチャーがある。現在、パーソルグループは4万人規模になっているが、eiiconはカンパニーとして独立権を持って運営している」と、企業風土が社内起業の追い風になったことを語った。
田村氏は、グロービス経営大学院とG-STARTUPとのシナジーについて述べた。「大学院でも起業家の育成を推進しているが、そこから立ち上がったスタートアップが、シード期から次のステージに行く段階での支援が満足にできていなかった。そこでG-STARTUPが始まったという側面がある」という。
また、「G-STARTUPでのリアルなスタートアップ支援ナレッジを、大学院に提供することで、未来の起業家も支えている」と、グロービス全体で日本の社会に創造と変革をもたらす仕組みが機能していることを話した。
「見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」
最後のテーマは、「この仕事の意味」。” Entrepreneur behind Entrepreneur” という稀有な存在として、登壇者がそれぞれの想いを口にした。
「純粋に、新しいことが好き」だというのは、畑氏だ。「スタートアップ自身が新しいことを始めており、事業そのものが楽しい。新しいことをしている人と接することも好き。自分自身も新しいことをするのが好きで、CTOコミュニティを立ち上げたり、CTO of the yearというCTO を表彰するアワードも作った」と、新しいことがモチベーションの源泉であることを熱弁した。
中村は、「危機感」に突き動かされているという。「グローバルのランキングから日本企業が姿を消した。しかし、日本の技術やサービスクオリティが低いのかというと、決してそうではない。むしろ世界最高水準だと思う。では、なぜ負けているのかというと、プロダクトアウトの考え方が未だ根強く、グローバルでの潮流について行けていないから」だと、現状の課題を突き付けた。
続けて中村は、「オープンイノベーションは日本に合っている。圧倒的なクオリティ同士で、最高のクオリティのものを生み出すコラボレーションは、日本という国が一番うまくできると信じている。そこを応援したいという一心」だと語った。
田村氏には、新規事業担当だった新卒時代の強烈な原体験がある。「1人で事業を起こすことの難しさを感じたし、結果が出ないことで周囲の人が自信を失っていく姿も目の当たりにした」のだという。そんな状況を変えるために始めたのが、オープンイノベーションやスタートアップとの事業開発だったのだ。
「ガンジーの言葉に『見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい』という言葉がある。まさにそれを体現しているのがスタートアップであり、私も身をもって感じた。だからこそ、スタートアップを応援したいし、その価値観を当たり前にしていきたい」と、スタートアップ支援に対する熱い想いを述べた。
取材後記
ビジネス環境の変化や生活者の価値観の多様化、深刻化する社会情勢やコロナ禍など、先行き不透明な世の中で、様々な課題に挑み続けるスタートアップ。その成長支援を行うからこそ見える景色が垣間見える1時間だった。
各事業ともに、人材を鋭意募集中だという。「この仕事に向いているのはどんな人か」――髙原氏が投げかけると、田村氏は「エコシステムを一緒に創ろうという意欲のある人」、畑氏は「スタートアップの成長を、自分自身の成長も含めて楽しめる人」、中村は「未来を想像してワクワクできる人、常に新しい情報を取りに行くのが好きな人」と回答した。支援者としての役割に興味がある方は、今回の登壇者たちにコンタクトを取ってみるといいかもしれない。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)