4期目となる日本郵便オープンイノベーションプログラム始動――政府も注目する日本郵便×ZMPの共創の現在と未来
自動配送ロボットが公道を走るーーー。走行実験の様子は近未来を想像させる。仕掛け人は日本郵便とZMPだ。
日本郵便はZMP以外とも、スタートアップとの共創に力を入れており、郵便・物流業界の課題を解決すべく開始したオープンイノベーションプログラム「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」は今年で4期目となる。現在、世界的なEC市場の拡大による急速な物量の増加や少子高齢化による労働人口の減少などにより、郵便・物流業界には多くの課題が山積している。そうした環境に対応するため、約150年にわたって郵便・物流サービスを提供してきた日本郵便株式会社は、スタートアップを中心とする様々なパートナー企業との共創を通じたイノベーションの創出に取り組んでいるのだ。
今回、TOMORUBA編集部は、日本郵便とロボットベンチャーであるZMPが、2017年より共同で取り組んでいる自動配送ロボットの実用化に向けた公道走行実験の様子を取材した。実験当日、東京千代田区の東京逓信病院から麹町郵便局までの約700mの公道を無人宅配ロボット「デリロ」が随伴者と共に走行。可愛らしいロボットが公道を走る様子は通りを行き交う多くの人々の注目を集めていた。
そこで、ZMPとの共創をリードする日本郵便 オペレーション改革部の伊藤氏に、実証実験の目的やZMPとの共創プロジェクトに取り組むこととなった背景、今後の目標などについて語っていただいた。
併せて、「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」を主管するデジタルビジネス戦略部の中村氏、橋本氏の両名から、本プログラムのこれまでの成果や共創事例に加え、プログラムの変化や新たな取り組みなど、今後のビジョンについても詳しく伺った。
【写真中央】 日本郵便株式会社 オペレーション改革部 係長 伊藤康浩氏
2010年新卒入社。現在はオペレーション改革部にてUAV、UGV及び自動運転技術を活用した配送業務の「高度化」を目指した様々なプロジェクトで活躍中。
【写真右】 日本郵便株式会社 デジタルビジネス戦略部 係長 中村翔大郎氏
2010年新卒入社。「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」の企画・運営を中心に、同社におけるオープンイノベーション活動の推進全般をリードしている。
【写真左】 日本郵便株式会社 デジタルビジネス戦略部 主任 橋本真希氏
2012年新卒入社。中村氏と共に同社におけるオープンイノベーション活動の推進に従事。プログラムの実施やスタートアップの発掘、共創案件創出のサポートを担当。
福島県での3年間の実証実験を経て、東京都心の公道走行を実現
――先ほど公道における無人宅配ロボット「デリロ」の走行テストを見学させていただきましたが、まずは日本郵便とZMPとの共創のきっかけについて教えてください。
オペレーション改革部 係長 伊藤氏 : 当社では「配送業務の高度化」と称し、ロボットやドローンをはじめとした事業に資する技術の適用を検討するプロジェクトを進めています。ドローンに関しては2016年から先行してスタートしていましたが、自動運転が注目され始めた時期でもあったので、2017年に「陸上のモビリティでも新しい取り組みをしよう」ということになりました。そして、自動運転技術に明るい会社を探す過程で、国内でもかなり早い段階で自動運転技術の実証実験を行われていたZMPさまが候補に上がり、一緒に取り組みを始めることになりました。
――日本郵便の共創相手として、ZMPにはどのような魅力があったのでしょうか?
伊藤氏 : 今回、初めて公道での実証実験を行いましたが、その過程で昨年度から官民協議会が立ち上がっています。官の方からは経済産業省や関係省庁が参加しており、自動配送ロボットの社会実装にあたり、関係省庁と一緒に「配送ロボット」の車両カテゴリーや安全に走行するために必要なルールを作っていく必要があります。加えて、「国の産業競争力を高める」という観点からも、当社やZMPさまのような国内企業がタイアップしていくことの意義は大きいと考えました。
海外のスタートアップでも無人ロボットを開発している企業はありますが、ZMPさまは自動運転分野に関する技術力の高さがあり、また、今回のコロナ禍で注目されたサプライチェーン的な意味でも、国内企業であるZMPさまと組んだことは正解だったと思っています。
――今回の公道実験の肝は何でしょうか。
伊藤氏 : 今回の公道実験で肝になっているのは、例えば、「信号待ち」の部分です。2017年度から自動配送の実証実験を実施している福島県のロボットテストフィールドで実際の住宅街を模した環境を作り、横断歩道や信号の検知方法、さらには歩行者や車が急に飛び出してきた場合、どのような動作をすべきかを検討しました。その経験を元に、今年度の実証実験では、機体の仕様を改良することで、人通りの多い都心部の大通りの横断歩道を自動で渡ることができました。
▲横断歩道や信号も難なく渡る「デリロ」と万一に備えるZMPのスタッフ
――福島県での実証実験も自治体や関係省庁を巻き込みながら取り組まれていたと思いますが、様々な関係者と一緒に実証実験を進めていく中で、難しい局面もたくさんあったのではないでしょうか。
伊藤氏 : 自動配送ロボットは確立された技術ではないので、「どうしたら安全を確保した上で走れるのか」を定量的に証明することの難しさはあると思います。そもそも「デリロ」という機体が、車両としてどのカテゴリーに入るのか、公道を走行する際にどのような動作ができれば警察から許可が得られるのか、などの条件がゼロベースの状態で昨年度から今年度にかけて議論してきました。
未来投資会議の中で当時の安倍首相が「今年中に遠隔監視・操作を前提として公道で走らせたい」という発言をされたこともあり、今年の5月から9月にかけて様々な関係省庁の方々と、机上ベースで10回、20回と議論を積み重ねてきました。実証実験ではあるものの、互いが納得のいくプランを練り上げるまでには相当に高いハードルがありました。
もちろん、関係省庁の方々がかなり本腰を入れて取り組んでおられるので、「まずはトライアンドエラーで」と考えていただけたことで、今回のような実証実験を行うことができました。
実証実験で確かめたいのは「ちゃんと走れるか」と「街行く人々に受け入れられるか」
――今回の実証実験のユースケースについて詳しく教えてください。
伊藤氏 : 今回は2つのユースケースを想定して実験を行っています。一つは、病院や調剤薬局から郵便局への処方薬の自動集荷です。病院から薬を模した荷物を乗せて最寄りの郵便局へ集め、それ以降は既存の配送網を活用して個人宅へ配送するというイメージを想定したユースケースです。
もう一つは、この病院の一階に入っているローソンさまの店舗でコンビニ受け取りをする荷物を麹町郵便局から運ぶというユースケースです。ラストワンマイルの配送というよりも、まずは拠点間の輸送からチャレンジしてみようということで、このようなユースケースを設定しました。
▲荷物を取り出す際には、受取人がQRコードをロボットにかざすと扉が開錠する仕組み。
――今回の実証実験は街中でロボットを走らせるということで、メディアはもちろん、通行人の方々からも様々なリアクションがあると思います。反響や手応えはいかがですか?
伊藤氏 : 歩行者の方々からの好感度はかなり高いと感じています。実証場所近辺には学校も多いことから、私の印象では9割方の学生が「何あれ! カワイイ!」というリアクションをしてくれます(笑)。
今回の実証実験では技術的に「ちゃんと走れるのか」ということも重要なのですが、もう一方で、「どうしたら無人のロボットが街の環境に溶け込めるか」「街行く人々に受け入れてもらえるか」という社会受容性についても確認しています。その観点で考えると「カワイイ」と言ってもらえることは物凄く大切なんです。ZMPさまは谷口社長をはじめとしてロボットのデザインに対する強いこだわりがあり、そこが活きていると感じています。
関係省庁とのルール作りを進めながら、今年度中のセカンドステップ実現を目指す
――今回の都心での実証実験を踏まえ、次の実験のステップや社会実装の時期など、今後の見通しについて聞かせてください。
伊藤氏 : まずは関係省庁と一緒にルール作りを進めていかなければならない段階なので、社会実装の時期や規模感などについては申し上げにくいのですが、公道での無人ロボット走行の実証実験は日本初ということもあり、世間から大きな注目をいただいているという実感はあります。
また、実証実験の段階については、今回のファーストステップを踏まえて、今年中には「遠隔監視・操作」というセカンドステップに到達しようという目標を立てています。
――ZMPのようなスタートアップと共創することで学んだこと、気づいたことなどはありますか?
伊藤氏 : ZMPさまは、買い物弱者や将来の労働力不足の問題を何とかしたいという気持ちでロボットを開発されており、そうした社会課題の解決に対する熱い思いは共創させていただいている私たちにもひしひしと伝わってきます。
また、仕事のスピード感はやっぱり素晴らしいですよね。昨日は通れなかった道も今日は通れるようになっていたりしますから、そこはさすがスタートアップだなと。加えて国内企業であるにも関わらず、エンジニアの半数以上が外国人であることにも驚かされました。当たり前のように英語でコミュニケーションが取れるなど、国籍に関係なく優秀な方が集まってものづくりをされている姿が印象的であり、当社としても学ばせていただくことが多いと感じています。
今回の実証を通じて、ZMPさまと当社が、それぞれの専門分野や得意領域を明確にした上で、「信じてお任せする」覚悟を持つことが、イノベーション成功の秘訣であると学びました。
▲ロボットベンチャー・ZMPのメンバーと共に、実証実験が行われた。
――今回の実証実験をふまえ、パートナー企業であるZMPからは以下のようなコメントが寄せられた。
<ZMPからのコメント>
ZMPは、物流のラストマイルの課題に対応すべく、自動配送ロボットを開発しました。
約24,000か所の郵便局という拠点を持つ日本郵便さまと協業し自動配送サービスを実現することにより、全国各地において、配達員の人手不足の課題解決や、買い物の困難な方々の手助けが可能となると考えています。
加えて、ロボットはコロナ禍で急速に高まっている非接触配達のニーズにも応えられるため、実証を重ねて、早期の実用化を目指してまいります。
日本郵便がオープンイノベーションで進める「郵便・物流ネットワークの最適化」
――今回で4期目となる「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」ですが、過去のプログラムを通して共創がスタートしている注目事例などがあれば教えてください。
デジタルビジネス戦略部 係長 中村氏 : これまで3年間で11社の企業を採択させていただきましたが、プログラム初年度に採択させていただいたオプティマインドさま、さらには途中から加わっていただいたCBcloudさま、そして当社の3社で取り組んできたAIを活用した配達ルート最適化に関しては、私たちの取り組みの中でもパイロット的な位置づけになるものと考えています。(※関連記事:日本郵便がDXでラストワンマイルの課題に挑む――「AIを活用した配達業務支援システム」の共創に迫る。)
また、ecboさまと共同で行っている郵便局の空きスペースを活用した荷物預かりサービス、Yperさまと不在配達問題を解消するために行った置き配バックの実証実験なども素晴らしい共創事例であると考えています。
――2017年からプログラムを継続されていますが、郵便・物流の現在のマーケットや将来トレンドの予測、そこから導き出される課題などについてお聞かせいただけますか?
中村氏 : コロナ禍でさらに顕著になりましたが、EC市場の拡大は今後も続くことが予想され、それに伴う物量の増加は当社にとって大きな収益機会になると考えています。
その一方で、少子高齢化を背景にした労働力減少により、トラックドライバーなど物流現場の担い手不足が深刻になりつつあります。さらにはEC事業者が自前で配送網を構築する事例も増えています。つまり、私たちとしては収益機会が増える一方で、労働環境の変化や新規プレイヤーの動向も見据えながらコストを抑えていく必要があるのです。
その双方を睨みながら、まずは自社の配送ネットワークを「いかにして低コスト・高効率の筋肉質なものにするか」を一丁目一番地の課題として取り組み、同時にお客様のニーズに合った新しいサービスも提供していかなければならないと考えています。
――やはり「郵便・物流ネットワークの最適化」が主軸ということですね。
中村氏 : そうですね。伊藤が所属しているオペレーション改革部もそのために立ち上げられた部署です。会社の規模が大きいので、少しの効率化であってもコスト構造を大きく変えることができるはずですし、まずはそこに注力することが重要だと考えています。
ただ、効率化やコスト削減だけでは次の収益機会を損失してしまうので、お客様のニーズに合わせた新しいサービスや配送方法、さらにはギグワーカーの活用など、世の中の変化にフィットするフレキシブルさを持ったネットワークを作っていく必要があります。そして、その先では新しく構築したプラットフォームを活かしたサービスを展開していくことが、私たちの目指すべきところであると思っています。
デジタルビジネス戦略部 主任 橋本氏 : 今回の自動配送ロボットの実証実験もそうですが、コロナ禍で規制緩和が進んだことにより、当社としても今までできなかったことができるようになりつつあります。とは言え、当社単体では動きが遅くなりがちな部分もあるので、スタートアップの皆さんにスピードを引き上げていただきつつ、現状の課題解決に取り組んでいきたいですね。
通年募集に切り替えることでスタートアップとのタイムリーな接触を目指す
――今回のプログラムについて、過去のプログラムからの変更点などがあれば教えてください。
橋本氏 : 最大の変更点は通年募集への切り替えです。1年限りのDemo Dayを前提としたプログラムの場合、募集期間や共創期間が限定されてしまい、当社の喫緊の課題やスタートアップさまの事業の変化に対応できないデメリットがあると考えました。結果的にミスマッチが生じてしまう事態を避けるためにも、今年度から通年で募集窓口を設け、スピード感を持って対応できる体制に切り替えました。
中村氏 : スタートアップの皆さんから見れば、自分たちの技術・アイデアにとって一番良いタイミングでご応募いただけるというメリットがありますし、当社としても優れたスタートアップさまとタイムリーに接触できるというメリットが得られます。通年化することで、共創の機会を増やすことができると思っており、当社にとってはチャレンジングな取組ですが、これまで以上に使命感を持って取り組みたいと考えています。
――最後にこれからプログラムに応募する方々に向けて、お二人からメッセージをいただければと思います。
橋本氏 : コロナ禍の影響もあり、かつてないほど物流の需要が高まっている中、世の中の物流に関する課題を解決しようと考えるスタートアップさまが増えていると実感しています。
物流クライシスは当社単体の問題ではなく、業界全体の課題であり、世の中全体の課題にもなりつつあるので、「当社の課題を一緒に解決してもらえませんか?」という一方通行な形では終わらせたくありません。
「世の中のために物流課題を解決する」という使命感を共有できる企業と一緒に新しい価値を創りたいと考えていますので、物流を通して世の中を変えたいと考えている企業さま、スタートアップさまには、ぜひご応募いただきたいです。
中村氏 : 繰り返しになりますが、私たちとしては郵便・物流を可能な限り筋肉質なものに変えていき、そのネットワークを使ってお客様のニーズに合致した新しいサービスを届けていきたいと考えているので、それらを実現するための技術・アイデアに期待しています。
また、目の前の課題に留まらず、未来の新しい物流像を一緒に作っていけるようなアイデアにも期待しています。たとえば現在の物流スキームがある程度オープン化された際に、その中心を担えるような技術やアイデアがあれば面白いと思います。
あるいはCO2の排出量が規制されるようになった時、単純にトラックを電気自動車に変えるという発想だけではなく、今まではお客様の自宅までお届けしていた荷物を「何らかのインセンティブを付けてお客様に取りに来ていただく」ことでCO2を削減するといった発想も必要になるかもしれません。そんなアイデアや発想力を持っている企業さま、スタートアップさまに、ぜひお話を聞かせていただきたいと思っています。
取材後記
都心をゆっくりと走っていく「デリロ」の姿を見ていると、郵便・物流のイノベーションが人々の生活に違和感なく溶け込む未来は「そう遠くないうちに訪れるだろう」と感じられた。
しかし、インタビューに際して橋本氏は「送った郵便物が届くことは当たり前とされているが、日本郵便の社員である私たち自身がそのことを当たり前だと思ってはいけない。私たちは当たり前のサービスが維持できなくなる未来を何とかして避けなければならない」と危機感を持って語っていた。物量が増え続ける一方で、運び手が減少し続ける状況は、日本郵便や物流業界のみならず、世の中全体の課題になりつつあることは間違いない。
未来の郵便・物流ネットワークをイノベーティブな技術・アイデアで変えていきたいと考えている方は、ぜひ今回の「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」を通じて日本郵便との共創にチャレンジしていただきたい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:古林洋平)