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電動マイクロモビリティは日本のインフラになるのかーーLUUPの挑戦

電動マイクロモビリティは日本のインフラになるのかーーLUUPの挑戦

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スタートアップ起業家たちの“リアル”に迫るシリーズ企画「STARTUP STORY」。――今回登場していただくのは、電動マイクロモビリティのシェアリングサービスを展開するLUUPを創業した岡井大輝氏だ。

先進国へ旅行したことのある方なら、電動キックボードをはじめとした電動マイクロモビリティで、颯爽と移動している人々を目にしたことのある方も多いだろう。「あんなのが日本にもあったらいいのに」と思った方も少なくないはずだ。しかし、日本では電動キックボードは原付扱いとなっており、海外ほど手軽に乗ることができず、車道しか走行できない。

岡井氏は、日本でも安全かつ便利に電動マイクロモビリティが使える未来に向けて、業界団体を作り、規制緩和を進めている。これから訪れる超高齢社会における課題に対応するには、日本にもマイクロモビリティが必要不可欠なのだ。

今回は岡井氏に、国との対話を進める「パブリックアフェアーズ」について、これまでLUUPとして行ってきたことを伺った。「これからのスタートアップにとって、ステークホルダーをまとめ上げ、そして動かす力は必須スキルだ」と語る岡井氏の真意をお届けする。


「誰もが気軽に使えるサービス」から逆算された高密度なポート

ーーまずはライドシェア事業を始めた経緯について教えてください。

岡井氏 : 大学時代から、共同創業者とはいつか一緒に起業する約束をしていて、起業前から事業アイディアについて話し合っていました。当時話していたのは「今の日本で全ての人が皆同一に困っていることなんてないよね」ということです。もちろん、多くの人が将来について不安を感じてはいますが、切羽詰まっている課題というほどのものではありません。

そこで私たちが考えたのは、50年後に必要なインフラを作ることです。そこで海外のサービスをいくつか見ていたのですが、モビリティシェア系のサービスが海外で普及していることを知りました。日本の都会を見てみると、電車での移動が中心なため、駅前は便利ですが駅から離れると途端に不便になり様々な課題があります。それらを解決するためには、日本にもモビリティのシェアサービスが必要だと思ったのです。

また、実はモビリティのシェアのサービスを始める前にも、「介護士版Uber」のような事業を考えていたのですが、すぐにクローズしました。その理由が、駅から遠い場所での移動が大変で、マッチングが難しいことがわかったからです。そこから駅から遠い場所での移動を簡単にできる、モビリティのシェアサービスのアイディアにたどり着きました。

ーーモビリティのシェアサービスは外資系も含め日本にも競合がいますが、LUUPの競合優位性はどこにあるのでしょうか。

岡井氏 : ポート(モビリティのレンタル、返却ができる場所)の密度が高いことです。他社でのポートは数㎞おきにあることが多いですが、私たちのポートは徒歩数分の距離感に複数ポートを配置しています。エリアによっては、今はまだ高密度になっていない場所もありますが、将来的にはサービスエリア全体でそれくらいの密度を目指しています。

なぜそれだけたくさんのポートを配置できるかというと、狭いスペースも使ってポートにしているからです。他社のポートは、数十台の自転車がおけるほどの広さがありますが、私たちの場合は自転車1台分のスペースでもあればポートにしています。そのために機体も他社に比べて小さいのが特徴です。

1台しか使えないポートと聞くと、返却しようと思っても返却できないと不安に思うかもしれません。そのような事態を防ぐために、モビリティを借りる際に返却できるポートを先に予約するシステムになっています。

ーーポートの密度にこだわっている理由についても聞かせてください。

岡井氏 : 私たちが目指しているのは、高齢者も含めた全ての人々が気軽に使える電動マイクロモビリティを、短距離移動のインフラにすることです。最寄りの駅やバス停から降りたあと、自宅までの道のりを数百メートル単位で使ってもらうのに、ポートが数㎞単位でしかないのでは話になりません。自分たちが目指す世界から逆算して考えると、高密度にポートを配置することが必要不可欠なのです。

他社のサービスでは、昔ながらのレンタサイクルの延長線上で考えている企業もいるかもしれません。それらを否定するわけではなく、単に目指している世界観が違うがために、戦略も違ってくるのは当然ですね。



会食にも電動キックボード持参!現物を見せるのが何よりものプレゼン

ーー省庁や自治体などの関係者との対話(パブリックアフェアーズ)にとても力を入れているようですが、その重要性に気づいたタイミングについて教えてください。

岡井氏 : サービスを開始したときには必要性を感じていました。モビリティのシェアサービスは、既に海外の大手企業がいたので、競合に勝つには日本企業ならではの差別化が必要だと思ったのです。関係省庁の国民の安全に対する意識が高く、その結果として規制がとても多い日本で、政府との調整が丁寧にできるということは、外資企業に対する大きな差別化になると思いました。

ーー具体的にパブリックアフェアーズとは、どのようなことをするのでしょうか。

岡井氏 : パブリックアフェアーズをやって思ったのは、全ての事象に対応できるようなその道のプロはいないということです。その時その時で状況が違いますし、やるべきことも変わります。机上の空論で「これをやったらうまくいく」なんてものは存在しませんし、自分で現地を走り回って初めてやることが見えてくるものだと思います。

ーーパブリックアフェアーズのなかで一番難しいと思ったことについても教えてください。

岡井氏 : 自分たちがやろうとしていることが、なぜ今の日本に必要なのか理解してもらうことですね。モビリティのシェアがあれば便利だと思っている人は多いですし、20年後にそれが普及していることは多くの人がイメージできます。しかし、明日なければ困るというものでもありません。自治体の人と話すにしても、政治家と話すにしても「なぜ”今”モビリティのシェアが必要なのか」を伝えるのが大変でしたね。

ーー困難があったにも関わらず、パブリックアフェアーズを進めてこれた秘訣はなんですか。

岡井氏 : とにかく多くの人とお会いし、お話させていただくことでしょうか。私はこれまで1000名以上に会って、自分がやろうとしていることを伝えてきました。もしそれくらい人に会って伝えても共感を得られないなら、そもそもその事業内容について再検討が必要ということかも知れません。

伝える際は、相手がイメージしやすいように可視化することは意識していました。口頭でいくら伝えるよりも、現物を見せた方が伝わりやすいに決まっています。そのため、一時期は社員全員に、人と会う際には電動キックボードを持参することを徹底させていました。

会食がある時も、お店の方にご説明させていただき、部屋に持ち込ませてもらうなんてこともざらにあります(笑)。プロダクトができる前も、海外のサービス動画を見せるなど、相手がイメージしやすい説明は心がけていましたね。

「誰もが得する構図」を描くことが業界をまとめ上げる秘訣

ーー業界団体として「マイクロモビリティ推進協議会」も組織していますが、その背景について教えてください。

岡井氏 : 私が目指しているのは、単にLuupを大きくしたいということではなく、一刻も早く電動マイクロモビリティを日本のインフラとして根付かせることです。そうしなければ、他の先進国に差をつけられるばかりです。そして、そのためには業界で足並みを揃えて関係者に働きかけなければなりません。

ーー業界の足並みを揃えるためとはいえ、競合他社をまとめあげるのは大変だったのではないでしょうか。

岡井氏 : おっしゃる通り、競合からの呼びかけに対して、すぐに首を縦に振ってくれるわけがありません。しかし、モビリティインフラの未来を実現するには業界団体がどうしても必要だという思いに有難いことに共感してもらえました。

ーー業界をまとめあげるには、ハードな説得もあったのですね。

岡井氏 : 細かいかもしれませんが、「説得」ではありません。「説得」と言っている時点で、相手を丸めこもうとしている気持ちを含んでいますし、説得された側はそれに気づきます。もし説得しようと思っていたら、業界団体としてまとまることはなかったと思います。あくまで自分たちが目指している世界観を共有し、なぜ業界団体が必要なのかを説明してきただけです。その結果として、Luupより競合の方が得をしたとしても、業界全体のためになるべきするためのアクションです。

ーー競合同士であるにも関わらず、業界団体としてまとまることができた理由はなんだと思いますか。

岡井氏 : みんなが得する構図を描けたからだと思います。もしこれが、最初に団体に入った企業が得をするなど、不公平が生まれてしまうと、業界がまとまりません。どう考えても業界団体に入った方が得だと、みんなが思えるような形をつくることが重要ですね。

ーーそのような構図ですと、逆に自由競争が疎外される心配はないのでしょうか。

岡井氏 : あらかじめ、どこまでが業界団体としての取り組みで、どこからが自由競争なのかを明確に決めておくことが重要だと考えています。そもそも私たちは、規制の適正化がなされなければ誰もスタート地点にすら立てません。まずはみんなでスタート地点に立つところを目指すのです。


”誠実さ”こそがオープンイノベーションを進める一番の武器

ーーLUUPは競合他社だけでなく、大学との連携にも積極的ですね。大学との連携は企業の連携と違うのでしょうか。

岡井氏 : 大学との連携は、単純なビジネス同士の連携ではないため難しいですね。当たり前ですが、大学も得する座組を組まなければいけませんが、求めていることは大学によって違います。

例えば困ってる地元のために貢献したいという大学もあれば、研究のためにデータが欲しい大学もありますし、学内の回遊率を上げたいという大学もあります。相手が何を求めているのか考えて、お互いに得する座組を考えなければいけません。

ーー政府とのやり取りに関しても大事なポイントがあったら教えてください。

岡井氏 : 誰に対しても同じですが、誠実な対応を徹底することが重要です。周りを見ていても、優秀な人ほど誠実な人が多い気がします。

もちろん、誠実な対応が必要なのは政治家に対してだけではありません。どんな相手にも誠実さが重要です。誠実さとは決して親切や優しさとは同義ではありません。必要以上に譲歩する必要はありませんが、懸念点や話しておくべきことを隠さずに話すのが誠実さです。誠実さがなければ誰にも信用してもらえないでしょう。

答えのない領域だからこそ、揺るぎない自信を持った人材が必要

ーー新しい市場を作るスタートアップの場合、採用が難しいと思うのですがいかがでしょうか。

岡井氏 : 採用には今苦労しています。それは採用が難しいと言うより、これまで採用活動をちゃんとしてこなかったからです。伸びる会社は勝手に人が集まると思っていたので、これまでは採用そっちのけで事業の成長にばかりフォーカスしてきました。しかし、どんないい商品でも適切にプロモーションをしなければ売れないのと同じで、どんなにいい会社も、しっかりアピールしなければ求職者に気づいてもらえないものです。

直近の事業拡大により、人手不足を深刻に感じるようになったため、今は積極的に採用活動をしています。まだまだ人は足りませんが反響は大きく、毎日のように自分や経営陣が直接応募者に会っている状況です。

ーー応募してくる人は、LUUPのどのような点に惹かれているのですか?

岡井氏 : エンジニアの方たちは、自分たちの作り上げたプロダクトが実世界のモビリティサービスに反映され、街中を走っていることにやりがいや面白さを感じてくれているようです。リアルとネットの境界である僕らのサービス特有の面白みもあります。また、私たちは交通のインフラを目指しているので、将来的にJRと並ぶような大きなサービスを作ることに共感して頂いています。

エンジニアに限らず、うちの社員は責任感の強い人間が多いので、「自分たちがちゃんとしたサービスを作らないと、日本でマイクロモビリティが普及しない」と思って働いている方が多いです。自分たちがやらないと、誰もやってくれないという意識で日々働いていますね。

ーーたくさんある応募の中から、どのようなポイントを見て採用しているか教えてください。

岡井氏 : 一番重要視しているのは、責任感ですね。これは雰囲気から感じるものなので、言葉にするのは難しいのですが、話をしてみて自信からくる責任感があるかどうかを見ています。なんでもできる必要はありませんが、他の人に負けない何かを持っていることが重要だと思っています。

私たちがやろうとしていることは、世界を見ても誰も答えを持っていない領域でのチャレンジです。そんな領域で挑戦をするのですから、何かに対して揺るがない自信と、そこからくる自分が作るんだという責任感をもった優秀な人材が必要不可欠なのです。

ーー近い将来、マイルストーンにしているものはありますか。

岡井氏 : 2023年には、若者も高齢者も同じように乗れるモビリティを提供したいと思っています。今提供しているモビリティに高齢者が乗るのは難しいので、早く若者も高齢者も同じモビリティに乗れるようにしたいですね。

ただし、そこに至るまでは実証実験が必要です。実証実験の結果いかんで、戦略も変えなければいけなくなるかもしれません。今年の秋には政府との実証実験があるので、良い結果がでることを願っています。

ーー最後に、同じように規制が厳しい業界で事業を興そうとしている方へのアドバイスをお願いします。

岡井氏 : 規制がからむ事業は大変です。一方で、この時代にこれから大きな事業を行うとしたら、規制がかからないビジネスはほとんどないのではないでしょうか。ですので、もし大きなビジネスをしたいと思うなら、国を動かす覚悟を持ってやってほしいと思っています。

また、私のやっていることは今はまだ「ロビイング」と言われてしまいますが、今の上場企業のプロ経営者の人たちは標準装備しているスキルだと思います。どんなビジネスだって、利害関係者みんなが得する構図を描いて着地させる能力は必要不可欠です。どんなビジネスをするにしても、あらゆる関係者を巻き込んで、同じ未来を見る能力は必要なので、ロビイングという言葉に変にビビらずに動いて欲しいですね。そして、いつの日かロビイングという言葉が使われなくなってもらいたいです。


編集後記

日本の法律は、必ずしも今の時代に即しているとは限らない。加速的に成長するテクノロジーと、数十年も前に作られた法律の間に歪が生じるのは仕方のないことだ。法律を守ることは大切だが、その一方で今の時代に即していない法律をアップデートすることも重要であり、その役目はスタートアップにこそあるのではないだろうか。

与えられた法律の範囲内で行えるビジネスは、これまでの数十年でほとんどネタ切れ状態にある。これからイノベーションを起こすには、法律ごとアップデートしていくことは避けられないだろう。「法律を変える」となると、つい腰が引けてしまうものだが、法律もまた人が作ったもの。関係者を巻き込んで、一緒に未来を作っていくことはこれまでのビジネスと変わらないはずだ。

ロビイングと、慣れない横文字を使うと、つい特別なもののように感じてしまうが、岡井氏のいう通り、その実態は決して特別なものではないのかもしれない。これまで幾人もの経営者が行ってきた「新しい未来をイメージさせ、自分たちの必要性を訴えること」を国に対して行うだけだ。規制の壁に悩んでいる方がいたら、地に足をつけてそう考えてみてはどうだろうか。

(編集・取材・文:鈴木光平、撮影:古林洋平)

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