5G時代の「未来の社会課題」を共創によって解決する――KDDIの先端技術が活用できるプログラムがスタート!
次世代通信規格「5G」が、2019年から2020年にかけて本格化する。5G時代に向け、オープンイノベーションを導入しながら様々な戦略の遂行や先進的な取り組みを仕掛けているのがKDDIグループだ。
同グループ内で研究開発の中核を成す株式会社KDDI総合研究所では、5Gを皮切りにした通信の新時代に向けて、同社アセットを活用した共同研究のパートナー企業の募集を開始した。――今回の募集テーマは、「①AIシステムへの攻撃対策」、「②5G時代のサービス実装と検証」、「③モビリティサービスの社会実装」の3分野。
それぞれの分野で同社が持つ人材やソフトウェア、ハードウェアなどのアセットを提供し、それらを活用した共同研究を通じて、共創パートナーが直面している課題の解決と、新たな社会価値の創造を目指す取り組みだ。同社では、これまでも多くの共同研究、共創を進めてきた。しかし、テーマを設定した「公募」形式での募集は今回が初めてだという。
取り組みの背景や提供アセットの詳細、そして求める共創パートナー像などについて、同社取締役執行役員副所長 中村元氏、取締役執行役員 フューチャーデザイン2部門長 木村寛明氏、執行役員 セキュリティ部門長 杉山敬三氏の3名に話をうかがった。
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株式会社KDDI総合研究所 取締役執行役員副所長 研究開発企画部門長 イノベーションセンター長 中村元氏
株式会社KDDI総合研究所 取締役執行役員 フューチャーデザイン2部門長 木村寛明氏
株式会社KDDI総合研究所 執行役員 セキュリティ部門長 杉山敬三氏
世界トップレベルの技術を、実社会に応用させていきたい
――最初に、今回のパートナー募集の背景について教えてください。
中村氏 : ご承知のように、KDDI本体では、KDDI∞LaboやKOIF(KDDI Open Innovation Fund)などの形で以前からベンチャー支援やオープンイノベーションに取り組んできました。その背景がある中で、私たち研究所でも、大学や公的機関、企業などとたくさんの共同研究を実施してきています。しかし、5Gの時代の本格的な幕開けを前に、より多くのパートナー企業と共創し、新しい価値やサービスを作り出す必要があると考え、今回、私たちとしては初めての試みですが、公募形式によって共創パートナー企業を募集させていただくことにしました。
――これまで取り組んでこられたような共同研究と、今回のパートナー募集による共創には、どのような違いがあるのでしょうか。
中村氏 : 私が入社したのは1990年ですが、昔は通信関連の事業者だけと共同研究をしていればよい時代がありました。それは、通信技術にまだ大きな成長の余地があったためで、通信事業者だけで共創して技術改善した成果をサービスに反映させるだけでも、ある程度大きな価値創造や事業になりえたからです。
ところが現在、通信技術はかなりの部分で成熟化が進んでいます。もちろん、技術の進歩が止まることはありませんが、狭い意味での「通信」の範囲では、未知の領域、大きな発展が望める領域が、だんだん少なくなってきています。
そこで、狭い意味での「通信」、つまりコンピュータやネットワークというバーチャルな世界の内部にとどまらず、そこから飛び出して実社会のフィールドの中でなにが起こるのかを確認する研究の比重が高まっています。すでにそのような取り組みもおこなっているのですが、さらに推進させるために今回のパートナー募集を開始しました。
杉山氏 : 今回の取り組みは、いままで私たちが主に取り組んできた大学や公的機関などとのシーズ段階の共同研究と異なり、実社会への展開という部分を強く意識しています。
私たちの部門ではセキュリティやプライバシーの研究開発をしており、世界トップレベルの技術があるのですが、それを実社会にどう応用していくかを考えたときに、今までのような共創関係だけだとなかなか新しい発想が生まれてきません。そこで今回は業種や業界の垣根を越えた新たなユースケースを作りたいと考え、手を挙げてこの取り組みに参画させてもらいました。
――KDDIグループ全体として見たときに、KDDI∞Laboさんなどがおこなっているベンチャー支援と、今回の募集との違い、あるいは棲み分けは、どうなっているのでしょうか。
中村氏 : まず今回の取り組みはあくまでオープンイノベーションによる共同研究・共同開発が目的であり、必ずしもその門戸をスタートアップやベンチャーさんに対象を限定しているものではありません。これまでも5G関連では、JR東日本さんやJALさん、大林組さんなどと共創して実証実験を実施していますが、そのような大手企業の方でも歓迎しています。
また、ベンチャーに関して言うと、私たちの所員がKDDI∞Laboに参加していたこともあり、決して別々で無関係に動いているというわけではありません。ただし、KDDI∞Laboは、スタートアップ企業の「事業化」や「事業の成長」に力点を置いています。
一方、今回の取り組みは、それより前の段階の共同研究・共同開発です。私たちが保有しているアセットを利用していただくことで、事業化に結びつくかどうかもわからないような、チャレンジングな研究をしていただきたいと考えています。
通信・無線から光、セキュリティ…、高度な専門性を持つ約300名の研究者
――御社と共同研究することによるパートナー企業にとってのメリット、あるいは御社の強みは、どんなところにあるとお考えなのかを教えてください。
木村氏 : まず、通信事業者として、高品質のネットワークを実際に使ってもらえることがあります。我々は通信事業者なので、それぞれのニーズに適した通信環境を提供できるので、それは強みではないかと。
杉山氏 : 先ほども少し申し上げたように、手前味噌になりますが、弊社には非常に高い技術力があります。たとえば、私の属するセキュリティ部門においては、暗号の世界コンテストでトップの値を出していたり、弊社が開発した技術が電子政府推奨暗号ということで政府からお墨付きをもらっています。
中村氏 : 我々の研究所には約300名の研究者がおり、通信・無線から光、セキュリティ、サービスやアプリケーションの開発、果ては人間の行動や心理学みたいなことを研究している者もいます。
研究所全体としては扱っている研究分野が広く、いま杉山が言ったように各分野の研究員がそれぞれ高度な技術を持っているので、分野をまたがった研究体制も迅速に作れます。その点で、パートナー企業からさまざまな内容の要望を出された際、それにかなり幅広く応えることができるのではないかと考えています。
――”幅の広さ”という点で言うと、弊サイトの最近の記事でも、株式会社ゲイトさんとの「スマート漁業」の実証実験や、NHK放送技術研究所と共同での「雑談対話型AIロボット」開発など、御社のユニークな共創事例をニュース記事として紹介しています。
中村氏 : おっしゃられた事例以外にも、たとえば、アイスペースさんの宇宙開発「HAKUTO」プロジェクトでも弊社が通信周りの技術を提供しています。また、石油会社のShellがスポンサードした深海探査の世界的コンペティション「Shell Ocean Discovery XPRIZE」にも、日本の「Team KUROSHIO」の一員として参加しました。こちらは、深海に敷かれた海底ケーブルのメンテナンス用ロボットの専門家が弊社におりまして、彼らが海底のマッピング技術で協力しました。コンペでは惜しくも準優勝だったのですが、かなりいい線までいったと聞いています。
そういうユニークな研究が専門で世界トップレベルの成果を残している優れた研究者は、上司の言うことをあまり聞かない人間も多いものです(笑)。――そこで、弊社では裁量権を大幅に現場に委譲して、かなりの部分を現場判断に任せています。それは共創の場面では、意志決定の速さにもつながるでしょう。現場の判断だけで動ける範囲が大きいので、そのスピード感は共創パートナーさんにもメリットになると思います。
▲“KDDIアカルイミライ”Webサイト 「HAKUTO」プロジェクト紹介ページより抜粋
未来の社会問題を解決する、共同研究・開発を
――では次に、今回パートナー企業を募る、「①AIシステムへの攻撃対策」・「②5G時代のサービス実装と検証」・「③モビリティサービスの社会実装」のそれぞれについて、テーマ設定の理由や内容の詳細、またパートナー企業に求めるものなどを教えてください。
杉山氏 : 「①AIシステムへの攻撃対策」からご説明します。現在、AIが実社会に実装され始めていて、今後は急速に活用が広がると思われます。そうなると、AIを利用して、あるいはAIを攻撃して、社会に対しての脅威や犯罪となる行為が増えてくることは間違いありません。中でも私たちが注目しているのが、機械生成文書、簡単にいえばフェイク文書による脅威です。
――2016年のアメリカ大統領選挙でも、フェイクニュースは話題になりましたね。
杉山氏 : はい。その通りです。フェイクニュースは実際の政治にも影響を与えるようになっています。それだけではなく、ECサイトや口コミサイトでフェイクレビューを大量に投稿して、特定の商品や作品を貶めようとしたり、逆に特定の商品を優位に立たせようとしたりする動きもあります。また、スパムメールやフェイクメールにより、詐欺的な行為を働こうとする攻撃、盗作による文書作成などの脅威もあります。
しかし、これらの機械生成文書による脅威や攻撃は、それが機械生成文書であることが明らかにできれば、ある程度防ぐことが可能です。そこで、それが機械生成文書であるかどうかをAIによって判定させる研究をおこなってきました。現在、基礎研究レベルではかなり精度が出ており、80%以上の確度で機械生成文書を見分けることができます。
その研究を使って、たとえばECサイトに投稿されたレビューが機械生成であるかどうかを自動判定して振り分けるといった応用が考えられます。他にも「文章を書いたのが機械なのか、人間なのか」を見分けたいというニーズは、私たちが気付かないところにたくさんあるだろうと考えており、そのようなニーズ、あるいは応用可能性を持った企業さんとの共創を求めているのが、「AIシステムへの攻撃対策」です。
――具体的にはどのようなアセットをご提供いただけるのでしょうか。
杉山氏 : まず、人材、すなわち自然言語処理、敵対的学習、セキュリティ、プライバシーなど各分野の専門研究者です。次に、機械生成文書の特徴を抽出するモジュール群などのソフトウェア、検証用のクラウド環境などです。
――次に、「②5G時代のサービス実装と検証」についてお聞かせください。
木村氏 : 私たちが独自開発した、5G/4Gエミュレータを使っていただき、そこに接続した機器で5Gのスループットや遅延などの通信状況をシミュレートして確認していただけます。その上で、5Gの特徴である広帯域、低遅延を活かした新たなデバイスやサービスの共同開発を目指します。
――5G/4Gエミュレータとは、どういうものなのでしょうか。
木村氏 : 現在、東京のある都市部地域に、私たちの5G通信環境を整備したエリアがあります。私たちはその地域で、実際に5Gによる通信をしながら移動して、スループットや遅延、パケットロスなどの通信品質の変化を計測、記録しています。その通信環境を再現するのが5G/4Gエミュレータです。エミュレータに端末を接続することで、5Gネットワークと端末との間の状況を1秒単位でエミュレートすることができます。
たとえば、そのエリア内で、ある住所から別の住所まで通信しながら移動したときの、スループットや遅延状況を1秒単位で再現でき、障害物があるとどのくらい影響が出るのか、5G/4G間の切り替わりの際にはどのような挙動をするのかといったこともわかります。
――どういった用途での活用を想定なさっているのでしょうか。
中村氏 : 5Gの特徴は広帯域、低遅延ですが、前者は動画やゲームなど大容量コンテンツの送受信に活用されるでしょう。後者は、リモートロボットや、遠隔でのマニピュレーター操作などのリアルタイム性が求められる用途に必要とされる特性です。それらの特性において、実際にはどれくらいのパフォーマンスが得られるのかを、このエミュレータで確認していただけます。
――それでは3番目の「モビリティサービスの社会実装」については、いかがでしょうか。
木村氏 : 5G時代のアプリケーションの1つとして、いわゆるコネクティッドカー が提唱されています。そこに必要な各種のセンサデバイス、つまり9軸モーションセンサやOBD2、ドライブレコーダー映像と、収集データの蓄積・分析・配信用プラットフォーム、そして通信回線をご提供します。
自動車のエンジンデータなどはもちろん、ドライブレコーダー映像データ、ドライバーや助手席に乗車している人のスマホから得られたデータなどを総合的に収集、分析することで、さまざまな状況に応じて価値を提供できるサービスの開発を目指します。
中村氏 : 車自体はご提供できないのですが、各種デバイスと分析プラットフォームを使っていただくことにより、自動車とドライバーなどの常態をモニタリングしてデータ収集し、サービス開発などに活用していただけます。また、パートナー企業様がすでにお持ちのデータを、当システムのデータと組み合わせることで新しい価値が生めたら面白いと思いますね。
――なるほど。ご説明いただいた3つの募集テーマは、私たちの未来の社会において重要な要素になります。それらのテーマにおいて、高度な技術やリソース・アセットをお持ちの御社と共同研究・共同開発に挑戦できることは、未来を切り拓くことにも通じるように思いました。それでは最後に、共創パートナーとどんな関係性を築きたいのか、ビジョンを教えてください。
中村氏 : 共に力を出し合って研究をすることで、高いハードルを果敢に乗り越えたいと考えています。チャレンジングなマインドを持った企業の方であれば、規模や実績は問いません。ぜひご応募ください。
取材後記
KDDI∞LaboやKOIFに見られるように、KDDIグループのオープンイノベーションへのコミットの深さは、日本企業でも有数のものである。そのグループ内にあって、深海探査や宇宙開発といった極限状況にも活用される高度な通信技術力、雑談ロボットにも漁業にも取り組む対応力を持つKDDI総合研究所との共創は、パートナー企業にも間違いなく大きなメリットをもたらすものになるだろう。
募集されている3テーマは、いずれも社会性が高く、近い将来には欠かせないインフラになると思われるものばかりだ。今回の共創を通じてそれらがどのようなサービスや製品に結実していくのか、楽しみである。
(編集:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき、撮影:古林洋平)