三重県のイノベーションエコシステムの縮図・『TOKOWAKA-MIE DEMO SUMMIT』レポート<後編>――『オープンイノベーションプログラム』から生まれた3つの共創事業とは?
人口減少や産業構造の変化が進む中、単独企業だけで新規事業を生み出すことは難しくなっている。こうした課題に対する手段として、オープンイノベーションへの期待が高まっている。三重県でも、県内で自律的に成長するスタートアップエコシステムの構築を目指し、企業とスタートアップなどの共創による新規事業創出を後押ししてきた。その成果を発表するイベント『TOKOWAKA-MIE DEMO SUMMIT』が2026年3月2日、四日市商工会議所で開催された。
本記事は、先日公開した<前編>に続く<後編>として、県内企業と全国のスタートアップによる共創を推進する『TOKOWAKA-MIE オープンイノベーションプログラム 2025』のピッチを中心にレポートする。
同プログラムは今年で4期目を迎え、これまで複数の共創プロジェクトを創出してきた。当日は今年度採択された3組のホスト企業とパートナー企業が登壇し、実証の進捗や今後の展望を発表。さらに過去参加企業によるトークセッションも行われ、三重から新たな産業や社会インフラの創出を目指す事業共創の取り組みが紹介された。
【共創プロジェクトピッチ】 三重県ホスト企業とパートナー企業による3組の共創進捗
ここからは2025年度の『TOKOWAKA-MIE オープンイノベーションプログラム』を通じて出会いを果たしたホスト企業とパートナー企業による3組の共創プロジェクトのピッチについて、以下の登壇順にレポートする。
【1】宇野重工株式会社(ホスト企業) × 有限会社ハーティー・メッセージ(パートナー企業)
【2】株式会社近藤建設(ホスト企業) × 株式会社フツパー(パートナー企業)
【3】三坂ライト工業株式会社(ホスト企業) × 株式会社REMARE(パートナー企業)
【1】宇野重工株式会社(ホスト企業) × 有限会社ハーティー・メッセージ(パートナー企業)
『停電時にも自動で作動する無動力止水システムの共創開発 ~三重から発信する次世代水防インフラ~』
車椅子の小さな機構が、都市の浸水被害を防ぐインフラになるかもしれない。宇野重工とハーティー・メッセージは、停電時でも自動で作動する「無動力止水システム」の共同開発に挑んでいる。
1908年創業の宇野重工は、橋梁や水門など社会インフラ設備の製造を手がけている。長年、JIS規格や仕様書に基づく受託製造を主力としてきたが、橋梁事業の縮小や自然災害の激甚化を背景に、課題解決型の製品を自ら提案する企業への転換を模索していた。
そこで出会ったのが、介護福祉機器を開発する高知県のハーティー・メッセージだ。同社は、電気やモーターを使わず、バネと高強度の紐だけで動作する「双安定トグル機構」の特許技術を持つ。開いた状態と閉じた状態の両方で安定するこの仕組みは、もともと車椅子の部品として開発されたものだが、インフラ領域への応用の可能性を秘めていた。
両社が着目したのは、近年多発している地下空間の浸水被害である。地下駐車場や避難施設では、豪雨による内水氾濫で大きな被害が発生している。従来の止水板は、電動式はコストが高く停電時に作動しない恐れがあり、手動式は急な増水時に設置が間に合わないという課題を抱えていた。
これを受け両社は、双安定トグル機構を応用し、水位の上昇に応じて自動で立ち上がる無動力止水システムの開発に取り組む。人や電源に依存せず作動する仕組みにより、迅速止水と管理コストの低減を両立させる狙いだ。数百グラムの車椅子部品の機構を、水圧に耐える鋼構造物へ転用するという点でも大きな技術的挑戦となる。
宇野重工が培ってきたインフラ設計・製造の技術力と自治体ネットワークに、ハーティー・メッセージの特許技術を掛け合わせ、社会実装を目指す。今後は防災関連補助金などを活用した実証を進め、2027年3月までの試作機完成を計画。三重発の次世代水防インフラとして、全国展開も視野に入れている。
【2】株式会社近藤建設(ホスト企業) × 株式会社フツパー(パートナー企業)
『建設業の働き方に合わせて動く「人に寄り添う工程リンク現場配置システム」の共創』
三重県伊勢市に拠点を置く総合建設会社の近藤建設と、AIソリューションで現場DXを推進するスタートアップのフツパーは、建設業界の深刻な人手不足と過酷な労働環境の改善に向けた新たなシステム開発に挑んでいる。
建設現場は天候の影響を受けやすい屋外作業が中心で、同じ建物を同じ場所で二度とつくらない一品生産が基本だ。発注者との工期を守ることが最優先となるが、雨天や資材の遅れ、急な欠員などで工程は頻繁にずれる。一つの現場の遅れが他の現場へと連鎖し、工程の組み直しはベテラン管理者の経験に依存してきた。その結果、遅れを取り戻すための早出や残業、休日出勤が常態化し、工程優先、人は後回しという構造が現場の負担を大きくしていた。
この課題を解決するため、両社はフツパーが製造業向けに展開しているAI人員配置システム「スキルパズル」を建設業向けに応用するプロジェクトを開始した。目指すのは工程と人員配置をリアルタイムで連動させる「人に寄り添う工程リンク現場配置システム」の構築だ。
開発では、ベテラン管理者の頭の中にあった配置ノウハウをAIが学習し、属人化の解消を図る。天候による工程変更や現場間の移動時間、施工管理技士や作業主任者、技能資格などの資格条件といった建設特有の要素を組み込み、工程変更が発生した際には全現場の人員配置を自動で再計算。特定の作業員に負荷が集中する状況を防ぎ、柔軟な再配置を可能にする。
今後は近藤建設の実際の工事案件を活用した運用検証を進め、工程変更時の再計画時間の大幅な短縮などを目指す。将来的には複数の現場を抱える地域の中小建設事業者向けSaaSとしての展開を視野に入れる。工程中心の管理から、人を中心とした現場運営へ。両社は建設業の働き方改革とDXを地域から加速させようとしている。
【3】三坂ライト工業株式会社(ホスト企業) × 株式会社REMARE(パートナー企業)
『FRPトレイ廃材の再資源化による産業廃棄物削減と資源循環への挑戦』
捨てるしかなかった業務用FRPトレイを、循環資源へ変える挑戦が始まった。三重県四日市市の三坂ライト工業と、鳥羽市で廃棄プラスチックの再資源化に取り組むスタートアップ・REMAREは、これまでリサイクルが難しいとされてきたFRP(繊維強化プラスチック)トレイの再資源化プロジェクトを進めている。
三坂ライト工業は、学校や病院などで使われる業務用FRPトレイを製造し、国内トップクラスの生産量を持つ。FRPトレイは軽くて丈夫で扱いやすい一方、熱硬化性樹脂を用いるため再利用が難しく、使用後の製品や製造工程で発生する不良品は産業廃棄物として処理されてきた。市場廃棄と工程内不良を合わせると、その量は年間約31万枚に上る。環境対応への要請が高まる中、この構造は同社が掲げる「顧客に愛される商品づくり」という理念とも乖離していた。
そこで協業相手となったのがREMAREだ。同社は、融点の異なるプラスチックが混ざった状態でも選別せずに配合し、建材などの板材へ成形する独自の技術を持つ。今回のプロジェクトではこの技術を応用し、廃棄FRPトレイを粉砕して新たな循環資源へ転換する仕組みづくりに取り組む。
開発は既に成果を見せ始めている。FRPトレイは不純物が少なく粉砕しやすかったことから素材開発は順調に進み、試作品第1号となるテーブルが完成。すでに飲食店への納品も実現した。粉砕したFRPを骨材として利用することで、成形時の収縮率が安定し、品質向上にも寄与することが分かってきた。
今後は、三坂ライト工業が使用済みトレイの回収・粉砕・成形を担い、REMAREが建材などの製品として加工・販売する循環型スキームの構築を進める。量産化体制の整備に加え、持続可能な回収モデルの設計や販路開拓も進め、2026年11月の展示会での発信を見据える。オープンイノベーションを通じ、両社は廃棄物削減にとどまらず、業務用FRPトレイ業界の構造そのものを変えようとしている。
【トークセッションレポート】 共創を動かす三重のつくり方~実証の設計と場づくり~
過去にホスト企業として同プログラムに参加した2社によるトークセッションが行われた。オープンイノベーションから事業化へと発展した経験や、実証の「その先」を生み出す場づくりについて語られた模様をダイジェストでレポートする。
<トークセッション登壇者>
・IXデジタル株式会社 代表取締役社長 神山大輔氏
・有限会社二軒茶屋餅角屋本店 常務取締役クラフトビール事業部COO 岡田博明氏
●THEME01:「オープンイノベーションに参加したきっかけと事業化の軌跡は?」
IXホールディングス(旧マスヤグループ本社)のスピンオフ企業であるIXデジタルの神山氏は、グループのDX化を進める中で直面したコロナ禍が大きな転機になったと話す。「このままではいけないと危機感を抱いていたタイミングでプログラムを知った。最初は自社の課題解決を手伝ってもらう程度の気持ちだったが、スタートアップと共創を進めるうちに事業化の可能性を感じ、資本業務提携や若手社員の出向を経て新会社の設立に至った」と振り返った。
一連の取り組みは経済産業省のDXセレクション優良事例選定や、関西DXアワードでの金賞受賞など社外からも高く評価され、これが新会社設立の大きな後押しとなったと明かした。
1575年に創業し、近年はクラフトビール事業も展開する二軒茶屋餅角屋本店の岡田氏は、社内に挑戦を後押しする風土があったと語る。「社長が新しいことや面白いことが好きで、まずはやってみようという社風が醸成されていた。大枠の行動方針と、世界大会で受賞する品質という基準さえ守れば何をやってもいいという環境が、新しい事業を生み出す原動力になっている」と説明した。
●THEME02:「実証の次を生む場づくりとは?」
岡田氏は、伊勢市から廃校を借り受けて3月24日にオープンする複合施設、神社Cheers(かみやしろチアーズ)を解説した。「自社がビール事業を立ち上げた際、同じ視座で相談できる相手がおらず、苦労した。その経験から、起業家を支援するインキュベーション施設を作った。単なるオフィスではなく、廃菌床を使ったカブトムシの飼育やプールでのウニの陸上養殖など、自社でも研究開発を行う大人の実験場として機能させていく」と構想を示した。
さらに同施設最大の強みとして、社長の鈴木氏が週に1回常駐して起業家の相談に乗る体制をアピール。1階には本やビール、コーヒーを楽しみながら地域の人々が和やかに交流できるスペースを設けるなど、多様な人が交わりイノベーションを起こす仕掛けを用意しているという。
これに対し神山氏は、「伊勢エリアにはこれまで同様の規模のインキュベーション拠点がなかったので非常にありがたい。外から多様な人たちが集まることで、新たなイノベーションが生まれることを望む」と地域への波及効果に期待を寄せた。
●THEME03:「これから新規事業や共創に挑む方へのメッセージ」
神山氏は以前のプログラムを振り返り、「悔しさをバネにやりたいと言い続けていたら形になった。諦めずにやり続けることが大切だ」と自身の経験を踏まえてエールを送った。
岡田氏は「自分たちが世の中のためになっているか、何の役に立っているかというビジョンをきちんと言葉にすることが重要。そこをブレずに日々活動していくことが成功につながる」と本質的な事業価値の重要性を強調した。また、神社Cheersでの伴走支援を通じて、売上高8億円規模の企業やIPOを目指すような企業を創出していきたいと今後の目標を掲げた。
【クロージング】 三重から日本の未来をつくる、イノベーションエコシステムの縮図
イベントの最後には、両プログラムの運営主体を代表してeiicon中村氏とLEO粟生氏が総括のコメントを述べた。
eiiconの中村氏は、インキュベーションからオープンイノベーションまで様々な挑戦者が一堂に会する1日となり、各社の気概と未来を感じたと振り返った。三重県は日本で後継ぎが非常に多く、Uターンして戻ってくる人も多い地域であることに触れ、「この地から日本の未来を作っていけると本気で思っている」と語り、三重発で日本を代表する事業を共に生み出していくことへの期待を込めた。
▲株式会社eiicon 代表取締役社長 中村亜由子氏
LEOの粟生氏は、「みんなが力を合わせて応援してくれる温かさや県民性がこのコミュニティの特徴」と会場の熱気を讃えた。インキュベーションからアクセラレーションへと成長する起業家や、共創に挑む企業が交わる本イベントを、三重県のイノベーションエコシステムの縮図だと表現。「参加者自身が応援者であり挑戦者となって、継続してより良い三重を目指していこう」と呼びかけ、熱気にあふれた1日を締めくくった。
▲株式会社LEO 代表取締役 粟生万琴氏
取材後記
今年度で4期目を迎えた『TOKOWAKA-MIE オープンイノベーションプログラム』。これまでの取り組みを通じて、県内企業とスタートアップが連携する土壌は着実に広がりつつある。今回のピッチでも多様な産業の課題に対し、具体的な解決策が提示され、社会実装へ向けた動きが確実に前進していることがうかがえた。また、廃校を活用した新たなインキュベーション施設、神社Cheersの誕生など、事業創出を後押しする環境整備も進み始めている。事業会社の課題意識とスタートアップの技術が交わることで生まれる変革は、既に県内の各地で具体的な成果として結実しつつある。こうした小さな協業の積み重ねが、地域から新しい事業を生み出す流れを静かに築き始めている。
(編集:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:齊木恵太)