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「皮脂RNAモニタリング技術」を用いた分析サービスをリリース――花王×ヘルスケアシステムズ、3年間の共創の歩み

「皮脂RNAモニタリング技術」を用いた分析サービスをリリース――花王×ヘルスケアシステムズ、3年間の共創の歩み

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花王と名古屋大学発ベンチャーのヘルスケアシステムズは、花王が開発した「皮脂RNAモニタリング(R) 技術」を用いて、乳幼児の肌バリア状態を把握する郵送検査サービス『ベビウェルチェック』を2023年3月に提供開始、さらに、皮脂RNAの受託分析を行うサービスを2024年6月からスタートさせた。

「皮脂RNAモニタリング(R) 技術」は、あぶら取りフィルムで皮脂を取るだけで皮膚を傷つけることなくRNA(Ribonucleic Acid:リボ核酸)を精度高く分析できる。このRNA情報を活用することにより、肌や体の状態の推測や、乳幼児アトピー性皮膚炎やパーキンソン病などの疾患の状態を分子レベルで把握できる可能性がある。この共創をきっかけに皮脂RNAモニタリング技術が広く活用されれば、様々な領域での研究の深化が期待できる。

今回、共創の背景やプロセスなどについて、プロジェクトの中核を担う花王の寺田氏・本間氏・土田氏、ヘルスケアシステムズの瀧本氏・細谷氏・小林氏に話を聞いた。

熱意に共鳴し、共創プロジェクトがスタート

――まずは、花王が他社と共に新たな事業創出に取り組む背景について教えてください。

花王・寺田氏 : 花王は元々、自前主義が強い会社です。消費財を構成する油脂や素材といった原料調達や研究開発、製造、そして販売も自グループの販社で行う、バーティカルインテグレーションシステムで成長を続けてきました。

しかし、近年は世の中の変化のスピードが速く、自前主義だけでは対応しきれないという課題が生じています。VUCA時代のスピード感、そして消費者のニーズの多様化に対応するためにも、外部共創の流れは必然のことでした。

▲花王株式会社 ライフケア事業部門 ヘルス&ウェルネス事業部 事業部長 寺田英治 氏

――ヘルスケアシステムズとは、どのようなきっかけで共創に至ったのでしょうか。

花王・本間氏 : (ヘルスケアシステムズ代表の)瀧本さんたちと出会ったのは、2021年。スタートアップとのミートアップイベントです。共創の上では、お互いの強みや弱み、リソースなど大切にすべきことはもちろんありますが、根幹にあるのは”志”だと考えています。

その点で、瀧本さんは熱意がとても高く、圧倒されました。コロナ禍でオンラインでのミートアップでしたが、画面越しからでも熱量が伝わり、まるで瀧本さんが画面から出てくるのではないかと思ったほどです(笑)。一緒に事業を創っていくのは、ヘルスケアシステムズさんだなと感じました。

▲花王株式会社 ライフケア事業部門 ヘルス&ウェルネス事業部 ファンテックLab&Bizグループ 兼 コーポレート戦略部門 Another Kao(AK)プロジェクト室 シニアマネジャー 本間祐一 氏

――ヘルスケアシステムズは、なぜ花王との共創を考えたのでしょうか。

ヘルスケアシステムズ・瀧本氏 : 当社は、名古屋大学発ベンチャーで、未病をテーマとした検査サービス事業を手掛けています。分析においては、装置から大企業との共同研究で開発するなど、創業時から自社だけでは事業が成立しないという環境にありました。また、ベンチャーキャピタルや投資家からの資金調達はせず、自分たちで事業を育てながら成長をしています。

大企業が持っている技術や特許は、実は相当な部分が自社内での開発のためだけに使われているのですが、実際は他にも活用できるはずです。その技術を、私たちのようなスタートアップと連携することで活用できないかと考え、花王さんと共創を進めました。

▲株式会社ヘルスケアシステムズ 代表取締役 瀧本陽介 氏

花王の皮脂中RNAを分析する新たな技術×ヘルスケアシステムズの郵送検査ノウハウ

――『皮脂RNAモニタリング技術を用いたサービス』の概要について教えてください。

ヘルスケアシステムズ・小林氏 : 2023年3月に、乳幼児の肌バリア状態を把握する郵送検査サービス『ベビウェルチェック』の提供をスタートしました。花王さんが開発した「皮脂RNAモニタリング技術」を活用して、肌バリア機能の状態を判定し、肌状態に合わせたアドバイスを提供するサービスです。そして2024年6月から、受託分析サービスを開始しました。

▲株式会社ヘルスケアシステムズ 営業企画部 課長 小林縁 氏

――2019年に発表された「皮脂RNAモニタリング技術」とは、どのような技術なのでしょうか。

花王・寺田氏 : 花王は製品開発において、エビデンスを非常に重視する会社です。たとえばスキンケア製品を開発する時も、その前提として肌がどのような状態になっているのかを、徹底的に調べます。その際、従来の技術で調べられない場合は、新しい技術を自社開発するところから始めます。「皮脂RNAモニタリング技術」は、そこから生まれました。

DNAは生まれた時から変わることはありません。一方でRNAは外的要因によって変化します。たとえば強い日光を浴びた時、体は防御しなければなりません。そこでDNAを設計図としながらも、RNAを介して「メラニンを作りなさい」という指令を出します。人の体は常に変化しており、RNAは変化させていくための司令塔のようなものです。そのため、RNAを測定できれば、体がどうなろうとしているのか、近い将来どうなるのかが分かるようになります。

ただ、RNAを測定する上での課題は、RNAはすぐに分解されてしまうことです。DNAは二重らせん構造で安定していますが、RNAは一本鎖であるため不安定です。そのため、測定するには血液や肌の一部を採取するなど、負担のかかる検査方法しかありませんでした。

そうした中、花王の研究員は、皮脂の中でRNAが分解されず残っていることを発見しました。皮脂中でRNAが安定的に存在するということは、皮脂を採取するだけで体の状態を把握できるということです。これが、「皮脂RNAモニタリング技術」です。

▲皮膚科学、健康科学、医療をはじめとするさまざまな領域の研究・製品開発に活用できる可能性がある「皮脂RNAモニタリング技術」(画像出典:ニュースリリース

――だからこそ、乳幼児でも簡単に採取でき、検査ができるということですね。

花王・土田氏 : この非侵襲性(=生体を傷つけない)は、大きなポイントです。皮脂だけでRNAを分析できるのであれば、従来は試験設計的に実現が難しかったことも可能になるかもしれません。多くの研究者の方に、この技術を知って活用いただけたらと思っています。

▲花王株式会社 ライフケア事業部門 ヘルス&ウェルネス事業部 ファンテックLab&Bizグループ 開発マネジャー 土田真由子 氏

――このサービスにおいて、花王の社名を前面に出していませんが、その理由を教えてください。

花王・寺田氏 : 最初にお話ししたように、花王はバーティカルインテグレーションの会社で、自社で新しい技術を作り、商品を開発し、自分たちの手で顧客に届けるスタイルで成長してきました。

一方で、私自身も課題を感じていたのは、「イノベーションは誰が決めるのだろう」ということです。花王は、自分たちが新しい技術を生み出すことをイノベーションだと定義して、囲い込んでしまいがちです。確かに皮脂RNAモニタリング技術は素晴らしい技術ですが、イノベーションというのは自分たちが言うだけではなく、使い手が決めるべきことだと思います。

自分たちがそれを素晴らしい技術であると信じるのであればなおさら、世の中の多くの方に使っていただけるようオープンにすることで、初めて本当のイノベーションになると考えています。これが前提です。そして今回の事業は、ヘルスケアシステムズさんの検査事業のノウハウを活用しています。それならば、花王はむしろ裏方に入ることで、事業を推進しやすいのではないかと考えました。

▲ヘルスケアシステムズのサービスサイトなどで発売されている『ベビウェルチェック』。専⽤の⽪脂採取シートで⽪脂をふきとりポストに投函すると、約2〜3週間で結果をウェブで受け取れるというサービスだ。(画像出典:ニュースリリース

自治体の協力も得てPoCを実施し、サービス開発を推進

――2021年の共創開始から2023年のサービスリリースまでのプロセスについて教えてください。

ヘルスケアシステムズ・瀧本氏 : リリースまでの約2年間、かなりの部分を実証実験に費やしました。当社はスタートアップで機動力がある反面、商品開発までのステップには欠けている視点があったと思います。

今回はまずBtoCの郵送検査で実施するということで、誰もが検体を採取できるかどうかも確認しなければなりませんし、皮脂を取って送るという初めての試みがちゃんと伝わるのか、検証をする必要がありました。そして、実際に使っていただいてみたところ、なかなかうまく皮脂が採取できないなど、多くの声が寄せられました。その声を改善に反映させてきたのです。

そして研究ベースやユーザー視点だけではなく、法務や品質管理など、様々な専門家から指摘を受けました。花王さんが何十年と培ってこられた商品開発のノウハウについて学ぶ機会は、スタートアップの私たちからすると非常に貴重な機会だと実感しています。

――愛知県蒲郡市での実証実験もありましたが、そういった機会もサービスをブラッシュアップするうえで有効でしたか。

ヘルスケアシステムズ・瀧本氏 : そうですね。2023年4月から、蒲郡市にて「乳幼児の肌バリア検査実証実験」を実施しました。この実証実験は、2023年3月~11月に蒲郡市民病院で生まれた生後1カ月の乳児に対して、皮脂RNAモニタリング技術による肌バリア機能の状態の判定や、肌状態に合わせたアドバイスの提供を行ったものです。

蒲郡市民病院の全面的な協力により、蒲郡市で生まれた赤ちゃん100名以上に参加していただきました。現在、解析をしているところですが、製品づくりやお客様へのフィードバックの仕方など、大きな実証の機会でした。

――このほかに、サービスリリースするまでの印象的なエピソードを教えてください。

ヘルスケアシステムズ・細谷氏 : お客様に対するレビューチェックや、測定結果の見せ方など、数字の見せ方や表現一つひとつ、花王さんは徹底していらっしゃいます。当社としても意識はしていたものの、やはりそのレベルの高さから学ぶことが多かったですね。そして、リリースして終わりではなく、その後も常に壁を越えていこうとブラッシュアップしていく姿勢からも、感銘を受けました。

▲株式会社ヘルスケアシステムズ 取締役/営業企画部 部長 細谷吉勝 氏

同じ志を持ち、本音で話す関係性を築いたことが成功の要因

――今回の共創、成功のポイントについてはどう考えていますか?

花王・寺田氏 : 新しい事業に取り組む時、立ち返るべき原点は、「誰かのため、世の中のためになる」という志だと思います。ヘルスケアシステムズの皆さんは、非常に強い情熱と志があります。そこで共鳴し、別々の会社であるにもかかわらず、同じ会社のように密に取り組みをさせていただいたことが成功の要因だと思います。

打ち合わせでは結構赤裸々に、「こういう値付けをするとこういう収支になる」というところまで、瀧本さんにお見せしながら話をしていました。同じ志を持ち、嘘偽りなくタッグを組めたことが、本当に大きかったですね。

花王・本間氏 : 両社の合同プロジェクトチームを機能別に4つほど組成し、各チームが毎週のように議論を進めていったことも良かったと思います。やはりスタートアップ特有の業務の進め方や考え方は、私たちとって非常に新鮮で、学びが多かったです。

大企業の社員にとっては、アジャイル開発の経験や、コストや時間をシビアに見ていく視点が足りない部分があります。今回ヘルスケアシステムズさんとの共創により、花王の社員にその感覚が芽生えたと感じています。私たちにとってかけがえのない経験でした。

ヘルスケアシステムズ・瀧本氏 : 一番は、花王さんたちが心を開いてくださったことです。オープンイノベーションは、別々の会社だからこそ、最初は相手の出方を伺う時期があります。ただ、あまりに情報を少しずつしか出さない状態だと、なかなかうまくいきません。

その点、花王さんの対応は誠実でした。商品開発、事業開発、研究など、社内の異なる立場の方々の関係性を見ていても、日常的に誠実に議論ができる関係性を築いていることを感じられました。今日ここにいるメンバーで初期に1泊2日でキックオフ合宿をして、本音で色んなことを話す土台を作れたことで、ひとつのチームとして動くことができたと思います。

多くの人を救う技術を、この共創により広く知ってもらいたい

――サービスリリース後、社内外からどのような反響がありますか?

ヘルスケアシステムズ・小林氏 : 皮脂RNAの受託分析サービスはまだ今年の6月リリースのためこれからですが、色々な研究者の方々からお声がけをいただき、打ち合わせが進んでいます。皮脂RNAモニタリング技術がどのように反映されるのか、興味を持っていただいていると感じます。

『ベビウェルチェック』については、小児アレルギー学会などに出席し、技術を広めていっているところです。現在、アレルギーは何らかの症状が出てからではないと対策ができませんが、そこに問題意識を抱いている先生方からは「こういう商品があってよかった」という声をいただいています。

ヘルスケアシステムズ・細谷氏 : 受託分析サービスは、食品企業、製薬企業、美容系企業、大学、医療機関など、幅広くお問い合わせをいただいています。お話を聞いて思うのは、皮膚の状態はターンオーバーや季節によって異なるため、従来の検査方法だと計測できる効果が表れるまで非常に時間がかかるんです。

その点、皮脂はすぐに採取することでき、皮脂RNAモニタリング技術による網羅分析、一斉分析が可能です。そういった技術はこれまでなかったので、魅力を感じていただけていると思います。

花王・土田氏 : 花王では福利厚生で、『ベビウェルチェック』を子供が生まれた社員に無償で使ってもらえるようにしています。将来のアレルギー予防に、赤ちゃんの時期のお肌のケアが関係していることを知らない人は多いです。それをまず知っていただくためにも、なるべく早いタイミングで使ってもらうことが大事だと思います。ただ、一般の方が購入するには少し高価なものです。そこで、企業や自治体など、社会でサポートできないかと考えています。

――最後に、このサービスを今後どのように発展させていこうとしているのか、ぜひお聞かせください。

花王・寺田氏 : みんなに使っていただける技術にしていきたいです。私たちは創薬はできませんが、皮脂RNAモニタリング技術を提供することにより、その分野に貢献できる可能性もあります。

花王単体では手を差し伸べられるお客様は限られていますが、ヘルスケアシステムズさんと一緒に技術をオープン化していくことで、もっと多くの方を救う一助になるかもしれません。将来的には、日本にとどまらず世界へ広げていくという可能性も当然考えています。

ヘルスケアシステムズ・瀧本氏 : この検査技術は、肌バリアだけではなく、皮膚や毛髪など様々な細胞がどうなろうとしているのか、近未来予測ができる可能性のある検査です。色んな視点の研究でこれを活用していただけると、製品ラインナップも豊富になっていくでしょう。この事業を大きくして、アレルギーだけではなく、幅広い悩み事の解決につながればいいと考えています。

また冒頭に申し上げたように、大企業が持つ素晴らしい技術の多くが、現状は自社のためだけに使われています。今回の共創事例が、そうした技術を世の中に広く活用してもらえる先進事例になればいいと思っています。

取材後記

花王とヘルスケアシステムズの共創事例についてお届けした。花王の「皮脂RNAモニタリング技術」のように、自社での分析や商品づくりのために開発された優れた技術が、大企業にはたくさん存在している。それはもしかしたら、世の中の困っている人を救う技術なのかもしれない。しかし自社内に閉じてしまっていて、なかなかその可能性を発揮できていないものがあるのではないだろうか。スタートアップなど他社とのオープンイノベーションにより、そうした優れた技術を広く世の中に役立てられれば、日本企業はもっと元気になるかもしれない。そんな可能性を感じられる共創事例だった。

(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)

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