インシュアテックの急先鋒、イーデザイン損保が官民共創で描く「事故のない社会」
国内のオープンイノベーション先進企業に迫る『大企業オープンイノベーションの実態』。取材を通じて、オープンイノベーションの知見やノウハウを明らかにし、良質な新規事業を開発するヒントをお届けする連載企画だ。
KDDI、富士通に次いで、今回、登場するのはイーデザイン損害保険株式会社(以下、イーデザイン損保)。イーデザイン損保といえば、東京海上グループが長きにわたって培ってきた知見を注ぎこみ、2009年に設立したネット型の自動車保険会社だ。旧来の保険業界に風穴をあけ、数多くのチャレンジを続けている、インシュアテックの急先鋒である。
昨年11月には、共創する自動車保険『&e(アンディー)』という画期的な保険サービスをローンチ。本記事では、共創で生まれた『&e』、および新たにリリースされたばかりの『もしかもマップ』の開発ヒストリーにフォーカスしながら、オープンイノベーションの実践方法、成功に導く秘訣、自治体との連携を円滑に進めるコツなどを紐解く。
▲イーデザイン損害保険株式会社 CX推進部 チーフマーケティングオフィサー(CMO) 友澤大輔氏
1994年、株式会社ベネッセコーポレーションに入社。その後、ニフティ、リクルート、楽天などを経て、2012年にヤフー株式会社に転職し、マーケティングイノベーション室を新設。2018年10月、パーソルホールディングス株式会社へ転じ、グループ全体のデジタル変革推進を担う。2021年4月、副業として参画していた東京海上グループへと転職。現在は東京海上ホールディングス株式会社 デジタル戦略部のシニアデジタルエキスパート 兼 イーデザイン損害保険株式会社 CMOを務める。その傍らで、副業にてパーソルテンプスタッフ株式会社のマーケティングにも携わる。
「内向き」から「外向き」に社内を変革、そして『&e』の開発へ
――まず、友澤さんの現在のミッションについてお聞きしたいです。
友澤氏: 現在、私の正確な所属は、東京海上ホールディングスのデジタル戦略部になります。この部署では、グループ全体のDXを司っています。ただ、ホールディングスの中から、「あれをやって、これをやって」と言ったところで、実例が生まれてきませんし、実態の変革は困難です。そこで、ホールディングスのデジタル戦略部を本籍としながらも、出向という形でイーデザイン損保に所属しています。現在の私のミッションは、イーデザイン損保のCMOとしてマーケティングを変革しながら、グループ全体の変革を牽引していくことです。
――2021年11月、共創する自動車保険『&e(アンディー)』をリリースされました。どのような背景から生まれたサービスなのでしょうか。
友澤氏: もともとの発端は、2018年に現・社長の桑原(桑原茂雄氏)が、東京海上日動からイーデザイン損保へとやって来たことです。桑原は「保険業界を変えていきたい」「お客さまファーストでサービスを変えていきたい」という強い思いを持っていました。桑原の着任後、最初に取り組んだのが、大規模な社内変革でした。
デザインシンキングも含め、様々なディスカッションを通じて、社内の仕組みを変えていったのです。従来、保険というものは、どちらかというと「内向き」や「堅い」というイメージを持たれがちでした。しかし、そうではなく、外に目を向けて色々な可能性を考えたり、アライアンスを検討したり、そういったことのできる社風へと変えていきました。
――外部との共創ができる体制へと、社内を変えていったわけですね。
友澤氏: はい。ただ、他社とのアライアンスを考えた場合、保険会社というのは組みづらい側面があります。というのも、オープンイノベーションに取り組もうとすると、データも含めて連携することが多いのですが、保険のシステムは重厚長大なので、他社とのデータ連携が容易ではありません。システム基盤から変えないといけなかったのです。
また、自動車保険会社がデータをたくさん保有しているかというと、実はそうでもなくて、契約と事故時の2つしか取れていません。契約と事故の間は、顧客と何の接点もないのです。顧客価値をより高めていくためにも、継続的な接点をつくる必要がありました。
こうした発想から生まれたサービスが『&e』です。お客さまにアプリと車載IoTセンサーを提供し、契約と事故のときだけではない、継続的な顧客接点を設けようとしています。また、外部とのデータ連携がしやすいように、システム基盤をクラウドに変更しました。
▲『&e』は、車載IoTセンサーから衝撃を検知。スマートフォンを1タップするだけで保険会社に事故連絡をすることができる。また、IoTセンサーが検知したデータをもとに、運転スコアを可視化。ポイントがたまると商品に交換することもできる。すべての手続きをスマートフォンで完結できる点も特徴だという。(画像出典:プレスリリース)
――『&e』は、他社との共創でスピード開発されたと聞きました。
友澤氏: 自社ですべてを開発するのではなく、国内外の企業との共創で開発を行いました。たとえば、IoTセンサーはイタリアのOCTO Telematicsさんと組んでいます。保険証券自動読み取り機能は、シナモンAIさんと共同開発しました。グローバルで最良のサービスを提供する会社と組み、それこそ”爆速”で開発する。こうした発想で開発したサービスが『&e』なんです。
私がイーデザイン損保にジョインした2021年4月には、インフラが完成して試行も終わっていました。「『&e』の事業拡大に向け、具体的にどこと取り組むか」「何をやり切るか」を決めて注力することが、私の取り組む次のステップ。そこで、当社で取得したデータを渋谷区さんが構築しているシティダッシュボードにデータ連携し、渋谷区内の危険個所を可視化するといったプロジェクトを開始しました。また、『もしかもマップ』という地図づくりにも着手しています。
自治体や保護者らと共創する『もしかもマップ』、その先にある事故のない社会
――『もしかもマップ』とは、どのようなサービスなのですか。
友澤氏: 『もしかもマップ』は、今年の4月にリリースしたばかりの危険な通学路を可視化する地図です。自治体や教育機関、小さなお子さまをお持ちの保護者の皆さんと一緒に、作成を進めています。『魔の7歳』という言葉を、ご存知でしょうか。
――年齢的には、小学1年生ぐらいですか。
友澤氏: そうです。保育園・幼稚園の頃は、お父さん・お母さん、もしくは誰かが付き添って通園するんですよね。でも、小学校に入学すると、団体で通学をしはじめます。ですから、急にわんぱくな子どもたちが付き添いなしで町に出るのが、7歳なのです。それと、7歳の子どもの平均身長って、車の死角になってしまうんです。また、入学シーズンの4月、5月は陽気な気候なので、子どもが飛び出しがち。こうしたことから、春先に7歳児の交通事故が起きやすくなります。それを『魔の7歳』と呼んでいます。
自治体でも課題感を持っていて、春に交通安全週間として、交差点にテントをはって啓蒙活動に取り組んでおられますが、それ以上の活動はあまり聞きません。また、「危険な通学路」で検索すると、色んな自治体が情報を掲示していますが、PDFなのでほとんど閲覧されていないのが現状。更新されていない地図もたくさんあります。こうした点をふまえ、危険な通学路をDXする取り組みとしてスタートしたのが、『もしかもマップ』です。
――具体的に、どういった仕組みなのでしょう。
友澤氏: 親御さんとお子さまで街を歩いていただきながら、実際に事故のあった場所や、「ここは危険かもしれない」という場所にピンを立ててもらいます。「ここが危険だ」と思う場所でボタンを押すと、地図上にピンが立つ仕組みになっています。できあがった地図を、自治体に無償で提供して、街づくりに活かしていただこうという構想です。
▲『もしかもマップ』は、通学路を親子で歩いて確認し、危ないと感じた箇所をスマートフォンなどで簡単に登録できる仕組みだ。(画像出典:プレスリリース)
――「無償提供だとビジネスにならない」など、社内から反対意見などが出てきませんか。
友澤氏: 反対意見は出ませんでしたね。子どもの事故がなくなると、被害者も減りますし、加害者になる可能性のある人たちも減ります。私たちイーデザイン損保のパーパスは、事故のない世界をつくることですから、子どもの事故をなくすことは、私たちのパーパスに合致しています。普通の会社だと「この取り組みで、どれくらい契約が増えるの」と聞かれたりするでしょう。
しかし当社の場合は、パーパスの実現が第一優先。パーパスが実現できるのであれば、「まず一度、やってみよう」という考え方なのです。それによって、色んな方々が一緒に集いますし、イノベーションが起きてきます。結果的に、私たちのサービスがよりよくなるかもしれませんし、好感度も高まるかもしれません。こうした思考で活動をしています。
――パーパスを優先するカルチャーが、御社の中で根づいているということですね。
友澤氏: はい。色んな知恵を出しあって、迅速にビジネスにするという進め方も、オープンイノベーションですが、一方で私たちのように、パーパスの実現に向けて、多様な人たちの知恵や力を借りて、動かしづらいものを動かしていく。そういうオープンイノベーションもあると思っています。
ビジネスになったものが、結果的にパーパスにつながっていくこともありますし、パーパスを実現していくなかでスケールできれば、ビジネスに効いてくることもあります。この2つが別々ではないというのが、私の考えです。「ビジネスとして取り組むものはROIしか見ない」「パーパスで取り組むものは完全にCSR」という風に、別物として扱うとおそらくイノベーションはどこかで止まってしまう。ですから、ビジネス的な活動とパーパス的な活動を、どこかで接続させる必要があると考えています。
――なるほど。『もしかもマップ』に対する、自治体の皆さんの反応はどうですか。
友澤氏: 我々の方から「こういう活動をするので、ご参加いただけますか」とご提案すると、95%程度は「ぜひやりたい」と言っていただけます。「情報を提供するので、参加させてください」「小学校でも使い方を説明してほしいので、来てくれないか」といった声ももらっていて、とても好感触ですね。
取り組んでみて気づいた、自治体との共創で留意すべきポイント
――自治体との共創に取り組んでみて、得られた気づきや留意すべきポイントなどはありますか。
友澤氏: 自治体との共創に取り組んでみて気づいたことは、自治体の皆さんが企業との共創に、とても前向きだということです。これに関しては、日本の素晴らしい点だと感じました。一方で、「自治体と共創したい」と考える企業・団体はとても多く、さまざまな声が自治体に集まっています。色々な話が寄せられるので、皆さん忙しすぎて対応しきれないという点が、留意しておくことだと思います。
また、行政DXと言われていますが、デジタルについての理解が低く、議論が進みづらいと感じることは多いですね。想いはあるものの、デジタルについては分からないので、距離を置くという方が多く、取り組みが進まないことがよくあります。
ただし、渋谷区と東京都に関しては、デジタル領域に社外の方がたくさん加わっているので、進捗は早いと感じています。とくに渋谷区は、渋谷未来デザインという中間でとりまとめる組織があり、精査をしてドライブをかけてくれるので、進めやすいですね。
――自治体との取り組みを前進させるために、工夫されていることは?
友澤氏: 自治体の方は、それこそ「事故をなくす」だとか、「よりよい交通インフラをつくる」だとか、「豊かな暮らしを実現する」といったテーマについて、真正面から本気で取り組んでいらっしゃいます。ですから、産業界にいる私たちのメリットを話して、相手のメリットを話すという話法にはしません。
――どのような話法を実践されているのですか。
友澤氏: まず大前提として当社のパーパスである「事故のない社会をつくりたい」というお話をします。その後、保険会社が取り組む理由を説明し、自治体の皆さんと取り組む意義をお伝えする。この流れで会話を進めていますね。
――御社にとって自治体と連携する意義とは?大きなパーパスの実現に向けて、面で攻めるというイメージでしょうか。
友澤氏: そうです。私たちは保険サービスを提供する会社ですから、社会インフラを変えることはできません。自動車事故というのは、加害者と被害者によって起こります。そして、両者をとりまく環境として、道路があります。安全運転をしていたとしても、道路がよくなければ、不幸にも事故が起こってしまうこともあるのです。
この道路に対して手を打つには、自治体に働きかけていく必要があります。もちろん、自治体の予算は限られているので、すべてのインフラを見直すことは困難ですが、私たちのほうから事実をお伝えすることで、何らかの検討材料になればと考えています。
イーデザイン損保・友澤氏が考える、オープンイノベーションの有用性
――これまでの経験を踏まえ、友澤さんはオープンイノベーションが、新規事業開発において有用な手段だとお考えですか。
友澤氏: 有用な手段だと思います。というのも、自分たちの独自性を出しづらくなるほどに、テクノロジーが発達してきています。皆さん、同じような取り組みを実践されている状況です。そうしたなか、何かしら差別化をしていかねばならない。差別化をするためには、自分たちで独自技術を開発するか、他が持っている何かを取り込まなければなりません。取り込んでいく方法は、提携・買収か共創のいずれかしかないんです。
しかし、最初から提携・買収に走ると、失敗するケースが多いですよね。考えや理念、想いでつながらないと、長続きはしません。ですから、まずオープンイノベーションというアプローチを用いて理念をあわせ、お互いの腹の中を見せあう。そして、スピーディにプロトタイプをつくって、世の中に問う。失敗すれば止めればいいし、成功すればどんどん前進すればいい。その前進をするときに、提携や買収、あるいは別会社の設立を検討すればいいのです。
――提携・買収の前段階で共創に取り組み、理念やパーパス、ビジョンの一致を確認しておくと。
友澤氏: そうです。それが、オープンイノベーションを成功させる秘訣ではないでしょうか。それともう1点、マーケティングやブランディング、コミュニケーションといった観点で、ライトに何かをアジャイルで進めたいときには、むしろオープンイノベーションという手法を使って、色々な取り組みを進めると、前に進めやすいのではないかと思います。そういう意味でも、オープンイノベーションは有用だと考えています。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
友澤氏: 今年の4月には、当社の自動車保険商品を『&e』に一本化していく動きを始めました。ですから、イーデザイン損保の従来商品のお客さまには徐々に『&e』へと移行していただきます。そういった意味でも、私たちにとって、今年は勝負の年。テクノロジーを使って、どのように事故のない社会を実現するか。保険サービスとして、どこまでやれるか。ご契約者の皆さんや自治体、民間企業とも共創して、本当に事故のない社会をつくる実態例を出していきたいと思っています。
繰り返しになりますが、事故のない社会をつくろうとするときに、保険会社だけでできることは限られています。私たちは事故の当事者の方をサポートすることはできても、道路などの交通インフラに対してできることは基本的にはありません。ですから、自治体や他社と一緒に共創することで、足りない部分を補いあって、パーパスである「事故のない社会」を実現していきたいですね。
取材後記
事故のない社会を実現するという、1社単独では到底成しえない壮大なパーパスを打ち立て、その実現に向けて同じ想いを持つ多様なステークホルダーと共創する。そのステークホルダーには、自治体や民間企業、さらには一般のユーザーも含まれる。短期的な利益追求というよりは、長期的なブランド力向上を見据え、オープンイノベーションを用いていく同社の活用方法は、様々なシーンに応用できるのではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:齊木恵太)