人生100年時代、ウェルビーイングのエコシステム創出へ―住友生命が共創で目指す世界
2019年4月に「新規ビジネス企画部」を設立し、オープンイノベーションに取り組んできた住友生命保険相互会社(以下、住友生命)。昨年の11月には、80億円規模のCVC「SUMISEI INNOVATION FUND」を立ち上げ、事業共創および有望なスタートアップへの出資を強力に推し進めている。
一連の活動をリードするのが、執行役員の藤本宏樹氏だ。藤本氏によると同社は、さまざまな企業や団体を巻き込みながら、ウェルビーイングのエコシステムをつくる構想なのだという。なぜ今、ウェルビーイングなのか。ウェルネス・ヘルスケア領域における昨今のトレンドとは。難しいとされるヘルスケアビジネスを成功させる秘訣はなにか――。
本記事では藤本氏に加えて、日本のデジタルヘルスに造詣が深い加藤浩晃医師、ヘルステックスタートアップ 株式会社PREVENT(プリベント) 代表 萩原悠太氏の2名をお招きし、3者による鼎談でお届けする。
■住友生命保険相互会社 執行役員 兼 新規ビジネス企画部長 藤本宏樹氏
企業ブランド構築、アウターブランディング(広告宣伝、デジタルマーケティング、CSR)、インナーブランディングなどに従事。その後、2019年4月に「新規ビジネス企画部」を立ち上げ、オープンイノベーションを推進。2020年11月、CVCファンド「SUMISEI INNOVATION FUND」を設立、事業共創責任者を兼務する。
■デジタルハリウッド大学大学院客員教授(医師) 加藤浩晃氏
眼科専門医として1500件以上の手術を行う中で、手術器具や眼科遠隔医療サービスを開発。その後、厚労省に出向し臨床研究法の制定や医療ベンチャー政策立案などに従事。2017年11月よりアイリス株式会社 取締役。その後、副社長に就任。厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、J-Startup推薦委員など数々の役職に就く。著書に『医療4.0』『デジタルヘルストレンド2021』など。
■株式会社PREVENT 代表取締役 萩原悠太氏
名古屋大学医学部卒業後、同大学院にてオンライン心臓リハビリテーションの実用化に向けた研究に従事。その後、医療機関で約2年勤務し大学へ復帰。アカデミアの知見を社会に実装するため、2016年7月に株式会社PREVENTを創設。「一病息災の健康支援モデルを社会に」をミッションに掲げ、医療データ解析事業と重症化予防支援事業を展開。「J-Startup CENTRAL」選定企業。
保険業界は「ウェルビーイング産業」へとシフトする
――最初にそれぞれの視点から見た、ウェルネス・ヘルスケア領域のトレンドについてお伺いしたいです。
住友生命・藤本氏: もともと生命保険は、人生をサポートする産業として成長してきました。当然、サポートの在り方は、社会・経済の変化や個人の人生観・家族観の変化に伴って変わります。過去の変遷をたどると、高度成長期には一家の大黒柱を支える遺族保障が伸び、長寿化による「長生きのリスク」に対応して医療保険や年金保険が発展しました。そして今、「平均寿命」から「健康寿命」の世界へと世の中の価値観が移り変わっていく中で、健康な生活を推進する健康増進型保険、当社で言いますと「住友生命Vitality(バイタリティ)」が中心になっています。
さらに人生100年時代には、「体が健康であればいい」という段階から、「長い人生をどれだけ幸せに過ごしていけるか」というより高次の価値観にシフトしていくでしょう。つまり、「幸福寿命」の世界が到来します。
したがって生活者の幸福をサポートすること、すなわちウェルビーイングの領域が私たち保険業界のミッションになり、私たち自身がその主要なプレイヤーになりたいと考えています。これは4月に就任する新社長(現:執行役常務 高田幸徳氏)のビジョンです。高田はVitalityの日本展開をリードしてきたイノベーターですが、彼はいつも「生命保険産業は、ウェルビーイング産業に進化する」と言っています。
――保険業界の下支えする領域が、時代とともに変化していて、今後はそれがウェルビーイング領域になると。御社は昨年11月にCVCを設立されましたし、スタートアップとの共創にも積極的です。今後もビジョンを実現するため、他社連携という手段を選ばれるご予定ですか。
住友生命・藤本氏: はい。先ほどご紹介した「Vitality」は、オープンイノベーションの典型例です。「Vitality」は保険とウエルネスプログラムがセットになった全く新しいタイプの保険ですから、私たち単独で実現できるものではなく、さまざまなパートナーと組んで事業を育ててきました。そこから得た学びを活かして、ウェルビーイング領域でも、スタートアップ企業や大企業、医療関係者、自治体の皆様のお力をお借りしながら、エコシステムを共創したいと考えています。
▲「Vitality」は、従来の生命保険に「Vitality健康プログラム」をプラスした保険。運動や健康診断受診といった健康増進への取組みをポイント化し、獲得した累計ポイントでステータスが決まる。それに応じて「保険料の割引」やさまざまな「特典(リワード)」を利用できる。
ヘルスケア領域に押しよせる「新潮流」
――PREVENT社では、医療データの解析や重症化予防支援事業に取り組んでおられます。萩原さんから見た、この領域のトレンドや変化は?
PREVENT・萩原氏: 今起きている大きな変化は、これまで「オフライン」で実施されてきたものが、「オンライン」へと転換されていることです。オフライン(対面)での保健指導は、10年前とそれほど変わっていません。しかし、それがオンライン化されてデジタル技術が流入したことで、劇的に変わってきています。なぜなら、事業プロセスを含めた裏側までデータ化されるからです。取得したデータをもとに、医療の質が改善されたり、次のビジネスが生まれたりと、市場全体が急速に変わりつつあります。
現状だと、医療ビッグデータを保有しているところが、価値も有している状態ですが、そのデータを健康という価値やお金に転換できている企業は、まだそれほど多くありません。ですから今後、重要になってくるのは、「データを使ってどれだけ人を健康にできるか」です。データを健康に転換するようなビジネスがこれからの主流であり、主戦場になるだろうと思っています。
▲PREVENTでは、健康保険組合が保有する健康診断およびレセプトデータをもとにリスクを算出。重症化リスクの高い人たちに対して、医療専門チームによる生活習慣改善支援サービスを提供している。
――なるほど。加藤さんはどのようにお考えですか。
加藤医師: 国民皆保険制度が整備された1960年代の医療は、発症してから病院に行って、そこで初めて医療がスタートするものでした。それが今では、「前後」に範囲が広がっています。まず、「前」に予防や健康増進があり、そして病院での医療があります。その「後」に、リハビリや疾病マネジメントがあるというフローです。加えて、病院の中だけではなく、家庭でできるオンライン診療も広がりつつあります。
今後どうなっていくかというと、病院での医療の前後にある予防やフォローなども、家庭の中で行われるようになるでしょう。たとえば予防なら、ウェアラブルデバイスで心臓の脈や心電の乱れを取得したり、フォローなら治療アプリを使って患者さんの疾病を管理したりですね。このように、今まで病院の中で行われてきた医療が、日常へと拡大していることが、大きなトレンドのひとつです。
それともうひとつ、病気というものの考え方が変化しています。「病気の反対は何ですか?」という質問をよくするのですが、答えは「健康」ではありません。これからは、「病気があるけれども健康」という考え方になっていくでしょう。そして、その健康というのが、ウェルビーイングやウェルネスと呼ばれているものです。ですから、病気と共存しながらよりよく生きる方法が、探索されるようになると思いますね。
個人向けヘルスケア事業を、成功させるための秘訣は、「保険」との組み合わせ。
――それぞれの視点で、ウェルネス・ヘルスケア領域のトレンドや方向性をお話しいただきましたが、一方で「なかなか進まない」との印象も持っています。この領域をより迅速に前進させていくためには、どのようなアプローチが有効ですか。
加藤医師: 予防に関してお話しすると、データが蓄積されるまでは恩恵を受けられないので、「デバイスをつけて、データを取得してください」と個人に促しても、なかなか実践してもらえません。ですので、経済産業省は5年ほど前に「健康経営」という切り口をつくり、それを突破口にしようとしています。個人ではなく企業に対して、従業員向け健康増進施策として導入を促しているわけです。
――なるほど。萩原さんはC向けのヘルスケア事業が難しいと言われる中、どのような工夫をされているのでしょうか。
PREVENT・萩原氏: 私もC向けは難しいと思っています。なぜかというと、日本には国民皆保険という恵まれた制度があるので、「病気になったらお金がかかる」という危機感を抱きづらく、予防に自己投資しようという発想にならないのです。そこで当社は、C向けではなく企業の健康保険組合(健保組合)向けに、サービスを販売しています。エンドユーザーは健保組合に加入している従業員の方やそのご家族方ですが、私たちのクライアントは健保組合です。
――「BtoBtoC」のようなビジネスモデルですね。
PREVENT・萩原氏: はい。そのうえで、私たちが健保組合向けに提供している価値は2つあります。ひとつは従業員の健康増進。もうひとつは、医療費適正化です。実は今、健保組合の年間総医療費のうち、約8割を医療費上位の2割の加入者が使っているという状況なんですね。みんな平等に医療費を使っているわけではなく、一部の人たちに偏っています。
相互扶助の仕組みがうまく機能しているともいえますが、裏を返せば医療費を適正化していくべきだともいえます。ですから、当社では医療費が多く発生している部分に、ピンポイントでサービスを打ち、個人の健康増進を図ると同時に、将来の医療費適正化も実現しましょうと言っています。このように、私たちが行っているアクションにどう付加価値をつけていくかは、非常に意識しています。
住友生命・藤本氏: お二人がおっしゃる通り、「ヘルスケア領域は、B向け以外成り立たない」とよく言われるんです。でも私は保険と組み合わせることで、C向けヘルスケア事業を成功させられるのではないかと思っています。
「Vitality」は、行動経済学の理論を活用していて、利用者が健康にいい行動をすればリワード(特典)がもらえたり、その努力を続けていけばその分保険料も下がったりするので、行動のきっかけや継続につながりやすい。こうした行動変容の仕組みは参考になります。さらに、保険はヘルスケアサービスの提供側にとって、マネタイズポイントになるという面もあります。つまり、ヘルスケアサービスと保険をうまく組み合わせることで、消費者向けビジネスが回っていく可能性が高まります。
コロナによるデジタル化で、医療の「時間・距離・処理」が変容する
――こういうご時世なので新型コロナ(COVID-19)がもたらした変化についても聞いてみたいです。新型コロナを契機に、遠隔診療などが普及したりもしていますが、藤本さんはどう見ていらっしゃいますか。
住友生命・藤本氏: デジタルの本質は2つだと思っていて、ひとつは非接触で物理的隔たりがあっても対応できることです。新型コロナによって、この価値が再評価されました。もうひとつはデータを取得できること。これによって、個別化された医療・ヘルスケアサービスが提供できるようになります。これらが大きな変化だと思っています。
加藤医師: 私はデジタルが医療にもたらす変化は、「時間」「距離」「処理」の3つだとよく言っています。まず「時間」と「距離」についてですが、従来の対面診療だと、時間も距離も同期されている必要がありました。しかし、オンライン診療であれば、これらは非同期でもよくなります。また、「処理」に関しては、デジタル化することでデータが取得できます。それを解析することで、個人の普通が可視化でき、さらに世の中の人たちの普通と比べた場合の差異も可視化できます。
――そういう意味では、PREVENT社の事業は、デジタルを活用した「処理」の変化ということになるのでしょうか。
PREVENT・萩原氏: 私たちの事業はこれまで対面だったものをオンラインにしているので、「時間」も「距離」も非同期にできていますね。実際、当社の拠点は名古屋と東京の2カ所ですが、北海道や沖縄にお住まいの方でも、ネットさえつながっていればサービスをお使いいただけます。また、通常の保健指導は就業時間内だけですが、当社なら夜間や土日でも受けられます。
――まさに「時間・距離・処理」をカバーしているのですね。この3つ以外で、萩原さんがお感じになっている、新型コロナの影響はありますか。
PREVENT・萩原氏: 健康リテラシーの変化があげられると思います。というのも、新型コロナに関するさまざまな情報が飛び交う中で、前日メディアで報道されたことが、翌日に取り消されるようなことも発生しています。これに伴い、「個人がしっかり情報を精査しなければいけない」という風潮が、より強まっているように感じています。
人生100年時代、ウェルビーイングのエコシステムを共創で実現していきたい
――最後に一言ずつメッセージをお願いします。萩原さんからは今後のビジョンや、共創検討中であれば共創パートナーに向けてメッセージをいただければと思います。
PREVENT・萩原氏: 私たちPREVENTは、今、自社サービスをより多くの方に届けることで、そのバリューを高めることに注力しています。ですから、社会に対する価値向上の部分で提携できるパートナーがいらっしゃれば、ぜひ組ませていただきたいです。もしくは、サービスを一緒に社会へと届けていけるようなパートナーも求めています。
――加藤さんはいかがでしょうか。
加藤医師: この先10年で、第四次産業革命が起こると言われています。過去を振り返るとニューヨークでは、1900年時点において馬車が主流でしたが、10年後には車に置き換わりました。それぐらい大きな変化です。医療業界では予防にシフトしていくでしょうし、デジタル化も加速するでしょう。つまり、さまざまな企業に参入できるチャンスがあります。
業界内だけではなく業界外の人たちも、サービスを創出できますし、サービスを届けるという役割で関わることもできます。ヘルスケアは唯一日本に残された成長産業です。関与する人が増えることで、医療の質が向上し、社会全体が健康になっていくことを期待しています。
――藤本さんからは、御社の共創ビジョンや共創パートナーに向けたメッセージをいただきたいです。
住友生命・藤本氏: 私たちはウェルビーイングのエコシステムを構築したいと思っています。とくに注目している領域が、ディジーズ・マネジメント(疾病管理)です。健康増進を支えるだけでなく、健康を損なわれた方のサポートも、生活者に寄り添う保険会社としての使命だからです。患者さんのジャーニーは長期にわたります。たとえば、自分の健康状態を知ったり、病気の兆候があれば相談に乗ってもらったり、発病したらその改善をサポートしたり。
特に、生活習慣病については継続的なマネジメントが必要になってきますし、がんに罹患すればそのリハビリやQOLの向上など、とても長いジャーニーの中に数多くの解決すべき課題が存在します。様々な課題に対して強みを持つパートナーと一緒に、このジャーニー全体を支えるサービスを考えていきたいです。
加えて、ディジーズ・マネジメント以外にも、いつまでも若々しく生き生きと過ごすためサービス(スマートエイジング)や、妊活や子育てなど人生をサポートするサービスなど、取り組むべきテーマは山ほどあります。Vitalityを中心に、より広いウェルネスのサポートを提供していきたいですね。あとは自社サービスに保険機能を活用したいという企業とも共創したいと考えています。ぜひお声がけください。ともにウェルビーイングのエコシステムを構築していきましょう。
取材後記
長寿化とともに到来しつつある「人生100年時代」。私たちが病気と共存する期間は、より長くなっている。だからこそ、病気のある人も、ない人と同様に“幸せに”生きられる社会へと変革することが、喫緊の課題だともいえる。こうした中、住友生命は「ウェルビーイングのエコシステム」を構築しようとしている。このビジョンに共感する企業は、コンタクトをとってみてはどうだろう。莫大な数の個人と接点を有する同社と組むからこそ、広がる世界があるかもしれない。
なお、2月26日に開催されるオンラインイベント「JAPAN OPEN INNOVATION FES 2020→21」では、住友生命がブースを出展。バーチャル空間で直接ネットワーキングすることも可能だ。住友生命にコンタクトしてみたい企業は、ぜひこのオンラインイベントを活用していただきたい。
▼「JAPAN OPEN INNOVATION FES 2020→21」の詳細はこちら
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:古林洋平)