【特集インタビュー/「EdTech」のフロントランナー・佐藤氏】<後編> 教育業界にイノベーションを起こすのは業界“素人”のスタートアップーーその理由とは?
小・中学校に電子黒板が導入されたり、生徒のレベルに合わせて学習内容を提供する「アダプティブラーニング」という新しい学び方が生まれたりと、テクノロジーが参入しにくいと言われている教育業界にも、少しずつ次世代の扉が開いてきている。
その扉を開こうとしているイノベーションムーブメント「EdTech(エドテック)」とは、いったい何なのか?昨日公開した前編記事に引き続き、「EdTech」第一人者であるデジタルハリウッド大学大学院 教授である佐藤氏に話を伺った。
▲デジタルハリウッド大学大学院 教授 佐藤 昌宏氏
1992年、日本電信電話株式会社(NTT)に入社。その後2000年に無料ISPライブドアの立上げに参画。2002年、デジタルハリウッド株式会社 経営企画室執行役員に就任し、学校設立経験、Eラーニングのシステム開発会社の起業経験を持つ。現在は、デジタルテクノロジーを活用した教育イノベーションに関する研究を行っており、スタートアップのメンター、支援プログラムなども手がけている。
教育の”素人”にかける大きな期待
――日本における「EdTech」はどのぐらい進んでいるんでしょうか。
実は日本に限らず、世界的に見てもまだまだ過渡期にあると言えます。「EdTech」だけではなく「FinTech」や「AgriTech」も同様といえるでしょう。なぜかというと、人は既成概念や成功体験から容易に外れられないからです。人は自らの成功体験を伝えようとすることは普通のことです。しかし、情報化社会と言われて久しく、21世紀を生きる人にとっては、これからのテクノロジーの可能を知り、これまでの成功体験を疑うことは必要不可欠になります。
なかかな変わらないというのはアメリカも同じです。教育業界は特に変革のスピードが遅いんです。たとえば事業会社が時速100キロで走っているとすると教育は時速10キロ位の感覚だと思います。僕はこのスピードを上げていきたい。まずはテクノロジーによる変革、未来のワクワクをいかに多くの教育業界の人々に伝えられるかが変革の第一歩。そのためにも、何も抱えていない教育の“素人”の力が不可欠だと考えています。
日本のスタートアップが台頭してこない、その理由とは。
――今後「EdTech」を牽引していく存在になりえるような、国内で注目している企業やサービスはありますか?
エールのつもりであえて言い切ってしまいますが、日本のスタートアップはつまらないと伝えています。なぜかというと、資金調達環境にもよりますが、日銭を稼ぐために既存の市場のニーズに合わせたサービスを作らなければならなくなってしまうんですよね。日本の教育市場のニーズは本当のニーズではありません。既定路線でのビジネスであれば大企業のほうが得意です。
これは海外のEdTechスタートアップをみたうえでの僕の持論ですが、スタートアップって課題解決のアイデアや仮説などを世に問うために起業しているのであって、事業を継続するために立ち上げるわけじゃないはずなんです。新しいアイデアでやってみてダメだったなら、早い段階で一回やめて仕切り直せばいいんですよ。多少の借金なんて半年で返せますから。よくあるのが社員を抱えてしまって、会社を存続することが目的になってしまう。そうなると、仮設検証などする余裕はなくなってくると思います。
国内のスタートアップはそういった意味でも、もっと意識を変えていった方がいいと思います。
——なるほど。
そういった意味で言うと、面白いと思うのはサンフランシスコの「HABIT」というフード業界のベンチャーです。これは食をパーソナライズするサービスで、食べ物の好みや身長・体重などのデータと併せて健康、ダイエット、筋力アップなどの目的を登録すると自宅にDNA検査や血液検査のキットが届き、そのキットを返送した数日後からその人に合った美味しそうな食事がデリバリーされるようになるサービスです。
これってエンターテイメントだと思いませんか?食事を科学していくとサプリメントになってしまいますが、それでは続けることはできないでしょう。サイエンスとテクノロジーを掛け合わせてエンタテインメント要素を入れると人は継続します。学習も同じなんです。学習を科学すると分厚い教材になってしまう。教育業界においても、学習を継続させる(モチベーションを維持させる)ためにどのようにエンタテインメントを入れるかが今後のヒントになってくるでしょう。この「HABIT」のように、他業種から学ぶこともたくさんあると思います。
「EdTech」とオープンイノベーションの相性はいかに。
――日本国内の「EdTech」の領域で、大企業とスタートアップが組んだ例などはありますか?
はい、ベネッセグループなどの大手とベンチャーが組んだ実例はすでにいくつかあります。大企業と連携するというやり方は一つの手ですね。ただ、大企業は事業計画主義で、プロトタイプを作ってティンカリングすることが難しいケースも少なくありません。しかし、最近はイノベーションに積極的な大企業も増えてきているので、そういう企業と組むのはいいと思います。
――「EdTech」領域以外のオープンイノベーションでも、なかなかうまくいかないという話を良く耳にします。
そうなんですよね。大企業の担当者が変わった途端にはしごを外されるといったケースも多くあります。だから私は何も株式会社である必要はないと思っているんです。そのためスタートアップという言い方はあまりせず「イノベーター」と呼んでいます。
なお、教育業界におけるイノベーターは5つに分けられます。まず「起業家(アントレプレナー)」、次に「社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)」、「社内起業家(イントラプレナー)」、「先生起業家(ティーチャープレナー)」、「研究起業家(アカデミックプレナー)」です。
一つイノベーションの実例をあげますと、東京都のある公立小学校の校長先生が、生徒一人一台のタブレットを用意するために企業から寄付を募ったそうです。そうして実績を作り、自治体の予算を上げることに成功したそうです。このようにそれぞれの立場から課題を設定し、リスクを覚悟の上で挑戦するイノベーターがたくさんいます。
――最後に、イノベーターの方に向けてメッセージをいただけますでしょうか。
私はイノベーターを無条件でリスペクトしています。ぜひそのチャレンジを継続してほしいと願っており、そのために私にできることは全力で協力します。企業のメンタリングや講義も行いますし、販路開拓、国との連携などもバックアップします。
現在、未来の教育イノベーターを生み出す挑戦と学びの場「EduvationHub」というプログラムを実施しています。現在2期生を募集中なので、もしご興味がある方はぜひご応募ください。それともう一つ、僕がメンタリングしている教育特化型の事業立ち上げプログラム「EdTech Prototyping Lab」というものがあります。アイデアはあるけどプロトタイプをつくる技術がないという方には、その場で外注して3カ月程度でプロトタイプを作ることができますので、こちらもよかったら一度アクセスしてみてください。
イノベーターのみなさんの挑戦は、成功しても、失敗しても、大きな教育の変革につながります。ぜひ一緒に、「EdTech」イノベーションで日本の教育を変えていきましょう。
取材後記
教育の歴史は、幕末期の「寺子屋」からほとんど変化していない。他業界がどんどんテクノロジーを取り入れていくなかで、なぜ教育においては依然として旧来のやり方を踏襲しているのだろうか。その答えは、佐藤氏が言及した「既成概念や成功体験の固執」に他ならない。生まれた時からデジタル技術が身近にあった今の学生たちに、いつまでも寺子屋方式の教育を行っているようでは日本の産業競争力は衰退していく一方だろう。
そのなかで教育の仕組みそのものを再定義する「EdTech」は、大きなイノベーションの可能性を秘めている。2015 年度の国内における教育マーケットは2兆5006億円(※)であり、この巨大な市場規模がほぼ手付かずだということも見逃せない。今後、“素人”のイノベーターやオープンイノベーションに乗り出す大企業が増えていくことに期待したい。
※矢野経済研究所/教育産業市場に関する調査より
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐々木智晴、撮影:加藤武俊)