在宅医療で社会課題を解決する――フロントランナーの帝人ファーマがスタートアップと起こすイノベーション
世界でも類を見ないスピードで進行している日本の高齢化。総人口に占める65歳以上の割合は世界で最も高く(※)、2025年に団塊の世代が75歳以上となることで、社会保障費の増大や医療・介護人材の不足が起こる――いわゆる「2025年問題」の発生も懸念されている。
※出典:内閣府「令和元年版高齢社会白書」
こうした状況に加え、コロナ禍で「新しい生活様式」が注目されるなか、その重要性が高まっているのが在宅医療だ。現在政府は、従来、入院医療が担っていた機能を、医療と介護の連携強化などを通じて、在宅医療に転換する政策を推進している。在宅医療は、超高齢化社会における中心的な医療になりつつあるのだ。
帝人ファーマ株式会社(以下、帝人ファーマ)は、2020年8月より、昨年に続いて2回目となるアクセラレータープログラム「Teijin Pharma x addlight ACCELERATOR PROGRAM」の応募を開始する。そのテーマは「共創による在宅医療と地域包括ケアシステムの確立」。スタートアップをはじめとした外部企業との共創により、新たな時代を支える在宅医療のかたちを創出しようという狙いだ。
そこで今回、プログラムについて深掘りするインタビューを実施。プログラムの運営を担当する帝人ファーマ大西氏・今川氏に加え、昨年採択企業に選出されたエーテンラボ株式会社(以下、エーテンラボ)の代表・長坂剛氏に参加いただき、プログラムの趣旨や実際の共創の過程について話を聞いた。
【写真左】 帝人ファーマ株式会社 在宅医療企画技術部門 在宅医療事業創造部 部長 大西秀忠氏
1997年、帝人ファーマ株式会社に入社後、医療機器の研究開発に従事。2014年、帝人株式会社に出向となり、ITを活用したヘルスケアサービスの企画開発を経験。2018年からは帝人ファーマ株式会社において、在宅医療機器の開発のほか、アクセラレータープログラムの企画運営も手掛ける。
【写真右】 帝人ファーマ株式会社 在宅医療企画技術部門 在宅医療事業創造部 担当課長 博士(工学) 今川智史氏
2007年、帝人株式会社に入社後、素材系事業の研究職を経て、医療機器の開発やヘルスケアサービスの企画運営に従事。その後、現職に配属となり、在宅医療におけるサービスの企画開発のほか、アクセラレータープログラムの運営にも参画。
【写真中】 エーテンラボ株式会社 代表取締役CEO 長坂剛氏
2006年、ソニー株式会社に入社後、B2Bソリューション営業、デジタルシネマビジネスの立ち上げを経て、戦略部門マネージャー。プレイステーションネットワークのサービス立ち上げにおいて、ゲーミフィケーションによる行動変容を学び、2015年に「みんチャレ」を開発。2017年、ソニーから独立し、エーテンラボ株式会社を設立。
「2025年問題」以降の社会に求められる、在宅医療の創出を狙う
――まず、帝人ファーマがアクセラレータープログラムを開催した背景についてお伺いします。
帝人ファーマ・大西氏 : 帝人ファーマは在宅医療を事業ドメインとして、これまで酸素濃縮器などの在宅医療機器の研究開発・製造・販売を行ってきました。そのため、ハードウェア、あるいは”ものづくり”といった領域を強みにしていますが、今後は医療におけるソフトウェアやサービスの提供にも力を注ぐ方針です。
そして、その際には尖ったアイデアやユニークな発想を持つ外部のパートナーの力が必要になります。そうしたパートナーを探索する手法として、昨年、第1回のアクセラレータープログラムを開催しました。
――8月からエントリーが開始される第2回プログラムでは「在宅医療の新たな価値創造を目指して」というテーマを設定されています。このテーマにフォーカスした経緯を教えてください。
帝人ファーマ・大西氏 : 帝人ファーマは在宅医療事業のなかでも、特に在宅医療機器による、慢性疾患(※)の患者様のQOL(Quality of Life:生活の質)向上に力を入れてきました。しかし、団塊の世代が後期高齢者の年齢に達する、いわゆる「2025年問題」が現実となるであろう2025年以降の社会では、さらに患者さん個々人に寄り添う、新しいかたちの在宅医療が求められます。
また、在宅医療の確立には、医療・介護・生活支援などが一体化した地域包括ケアのネットワーク構築も必要不可欠です。こうした問題に、長年、在宅医療に取り組んできた事業者として、貢献したいと考えたのが、今回のテーマに至る経緯です。
※慢性疾患:糖尿病や高血圧など、徐々に発症して治療も経過も長期に及ぶ疾患の総称。
――昨年、帝人ファーマとして初めてのアクセラレータープログラムを開催して、どのような感想をお持ちでしょうか。
帝人ファーマ・今川氏 : やはりスタートアップの皆さんとのカルチャーの差異を感じる場面が多くありました。医療機器の開発では機器の使用による副作用や事故が発生しないように、一つひとつリスクを適切に評価し、そのリスクを最小化させる対策を継続的に行ったのちに患者さんにご使用いただきます。スタートアップのように社会やユーザーの課題を抽出して、それに対するソリューションを構築してすぐに試してする事業開発の手法とは、大きな隔たりがあります。
しかし、一方で、その差異から得るものも数多くあったと思います。実際に、プログラムに参加した帝人ファーマのメンバーからも、スタートアップのスピード感や姿勢に影響を受けて、マインドセットが変わったという声を聞きます。外部のアイデアを取り入れ、社内の知見を広げるという意味でも、第1回のプログラムは有意義だったのではないかと思います。
プログラム参加を決意したのは、「チャンスだ」と思ったから
――では次に、長坂さんにお伺いします。まずは長坂さんが代表を務めているエーテンラボについて教えてください。
エーテンラボ・長坂氏 : はい。エーテンラボは「みんチャレ」という、行動変容と習慣化のためのスマートフォンアプリを開発している会社です。みんチャレは、仲間同士が支え合って行動変容を促す「ピアサポート(peer support:仲間同士の支え合い)」という手法を採用したアプリで、同じ目標を持ったユーザーが匿名の5人1組のチームになり、相互に毎日の行動の証拠写真を送り合って励まし合うことで、習慣化を実現します。
ローンチした当時は、勉強や趣味など様々な分野を対象にしていましたが、サービスを運営するなかで、運動や食事制限の習慣化へのニーズが強いことが分かり、ヘルスケアサービスの側面を強化していきました。現在では、ユーザー全体のおよそ6割がヘルスケアを目的に利用するサービスになっています。
▲「みんチャレ」は、5人1組で続ける「習慣化アプリ」。ユーザー数は現時点で50万人を突破している。
――エーテンラボが昨年のプログラムに参加した経緯を教えてください。
エーテンラボ・長坂氏 : 大西さんからプログラムをご紹介いただいたのが、参加のきっかけです。大西さんとは以前から面識があったのですが、「今年からこんなプログラムを始めるのですが、参加しませんか?」とお誘いを受けたのです。
そのとき「これはチャンスだ」と直感しました。みんチャレは数多くのユーザーにご利用いただくなかで、ヘルスケアに効果を発揮するサービスだという見通しはついていたものの、それを医療的な観点から裏付けるデータがありませんでした。正確に効果検証するには、患者さんや医療従事者の方のご協力が必要ですが、エーテンラボには医療が専門のメンバーはいませんし、自社だけでは実施が難しい。
そこで帝人ファーマさんの力を借りれば、みんチャレをヘルスケアサービスとしてより強化できるのではないかと思い、プログラムへの応募を決めました。
帝人ファーマ・大西氏 : 以前から、行動変容を促すサービスには注目していました。帝人ファーマが取り組む在宅医療、なかでも慢性疾患の治療においては、運動や食事制限などの習慣化は重要なポイントです。しかし、それは患者様自身の心がけだけでは限界があります。やはり専門家だったり、友人だったり、家族だったり、誰かの支えが必要なんですね。
プログラムへの参加募集をしているなか、外部のイベントでエーテンラボの社員の方にお会いし、みんチャレが用いているピアサポートという手法も患者さんの健康維持と向上に有効ではないかと思いお声がけしました。
共創にコミットする姿勢。アクセラ後も長期的な開発に伴走
――約2ヶ月半のプログラムの期間中は、どのようにして共創を進めていったのでしょうか。
エーテンラボ・長坂氏 : まずはお互いのビジネスを理解するところからスタートしました。ほぼ毎週ミーティングの場を設けていただいて、情報交換を通して実現可能な事業アイデアを探っていきました。そのなかで、後にデモデイ(成果発表会)で採択される「慢性疾患患者向けのみんチャレ」というアイデアが固まりました。
その後は、帝人ファーマさんのネットワークを通じて、慢性疾患の専門医や実際の患者様からフィードバックをいただき、その意見を元にコンセプトやサービスの設計を改善していきました。2ヶ月半という短期間にもかかわらず、多数のフィードバックをいただけたのには驚きました。
帝人ファーマ・今川氏 : 医師や患者様へのヒアリングは、私たちプログラムの担当者だけではなく、営業の方にも協力を仰いで実施したので、医師・患者様あわせて100人ほどからフィードバックをいただくことができました。
エーテンラボ・長坂氏 : プログラムに直接関係のない営業の方が、快くヒアリングに協力してくださるのは帝人ファーマさんならではだと思いました。私自身、大企業での勤務経験があるので分かるのですが、一般的に規模の大きな企業では部門ごとにミッションが異なるので、他部門の仕事を積極的には請負いません。
しかし、帝人ファーマさんの場合、社員のみなさんが「患者さんのためになるなら」という姿勢で、私たちスタートアップの依頼を快く引き受けてくださいました。おかげ様で医療業界の知識や、医療分野のサービスを創る際の注意点を押さえることができましたし、みなさんの親身な対応には本当に感謝しています。
――その逆に、共創を進めるうえで「壁」になった点はあるでしょうか。
エーテンラボ・長坂氏 : 医療分野でサービスを創ることのハードルの高さや、レギュレーションの厳しさは実感しました。私たちは医療の専門家ではないので、帝人ファーマさんからすると非常識な提案もしてしまうこともあります。しっかりと認識を擦り合わせて、実現可能な着地点を探っていくまでには、多少の苦労がありました。
帝人ファーマ・今川氏 : 素材や食品の製造の分野にも顧客に提供する品質を維持するために高いレギュレーションは存在していますが、医療分野ではそれよりも高いレギュレーションが求められると思います。リスク管理に対する意識も、他業界よりも厳密だと思います。
なので、プログラムの期間中は、スピード感とレギュレーションへの対応のバランスを意識して、相互にご理解を得られるようなコミュニケーションを心がけていました。
――そうした試行錯誤の末、エーテンラボは見事プログラムの採択企業に選出されました。長坂さんはこの成果を得られた一番の要因は、何だったと思われますか。
エーテンラボ・長坂氏 : もちろん医療分野における知識やノウハウをサポートしていただいたのもありますが、それ以上に帝人ファーマさんのプログラムに懸ける「本気度」が大きかったのではないかと思います。
事実、昨年のプログラムが終了して以降も、PoCの実施など、サービスリリースに向けた準備が現在も続いています。そうした長期的なコミットを前提にして伴走してくださったからこそ、私たちも腰を据えて共創に取り組むことができたのだと思います。
――最後に、帝人ファーマのお二人から、今年のプログラムへの応募を検討している企業にメッセージをお願いします。
帝人ファーマ・大西氏 : 医療分野に進出したいスタートアップの方々は、お気軽にご応募いただきたいです。たしかに医療分野には法規制などの障壁が存在していますが、その点は帝人ファーマの長年の経験やノウハウでサポートが可能です。ですので、まずは遠慮することなく、ビジョンを持って、プログラムにのぞんでいただきたいですね。
帝人ファーマ・今川氏 : 私も大西と同じ想いですが、それに加えて「患者様視点」で事業を構想できるスタートアップの方々にお会いしたいと思っています。在宅医療を受ける患者様の立場や心情に寄り添ったサービスを、このプログラムを通して創出したいですね。
取材後記
「デモデイの後に開かれた懇親会でこんな一幕がありました。エーテンラボさんとは別の、残念ながら採択されなかったスタートアップを担当していた当社の社員が、審査を行った役員に食い下がっているんですよ。『なんで私たちのチームはダメだったんですか?』と」――昨年のプログラムを振り返って、帝人ファーマ・大西氏は微笑みながら語る。
こうしたエピソードからも帝人ファーマが共創に、どれだけ真剣に取り組んでいるのが伝わってきた。そして、そうした熱量の高さは、プログラムに参加する企業にとっても心強いサポートとなるはずだ。医療機器メーカーに抱きがちな、冷静で慎重なイメージが覆される、情熱的で野心的な一面がのぞく取材となった。
▼プログラムの詳細はこちらをご覧ください。
(編集:眞田幸剛、取材・文:島袋龍太、撮影:齊木恵太)