オープンイノベーションの変遷を紐解く 東急やKDDIを先駆けに富士通などの最新事例まで紹介
3年前と比べ新聞やテレビなど多くのメディアで「オープンイノベーション」という言葉を聞く機会が増えました。
オープンイノベーションプラットフォームeiiconでも、登録社数の増加速度は徐々に加速し現在は8,000社を超え、企業同士の繋がりも10,000件以上創出しており、オープンイノベーションが急速に浸透していることを実感しています。
オープンイノベーションが日本で盛り上がり始めたのは、アクセラレータープログラムの数もぐっと増えだした2017年頃と言えるでしょう。
当時は「オープンイノベーション」という手法に対する期待値も高い反面、まだまだワードが先行している感が否めず、「本質的ではないバズワード」として取り上げられることも多くありました。
それから2年、2019年現在。まだまだ浸透しきってはいないものの、有力なオープンイノベーション実践プレイヤ―も増え、概念が日本中に広まりつつあります。ひとつに、日本におけるオープンイノベーションの成功事例が増え、大企業、中小企業、スタートアップ、いずれにとっても有効な選択肢のひとつだと認められ始めたことが大きいでしょう。
▲2018年にリリースされた「オープンイノベーション白書 第二版」より抜粋。企業が研究開発を進める上でオープンイノベーションを重視する傾向が高まっており、あわせて外部連携を進めるための組織を社内に設置する事例も増えている。
では、これまで日本のオープンイノベーションの歴史ではどのような変遷があったのでしょうか。その紆余曲折を振り返ってみましょう。
オープンイノベーションの起源はヘンリー・チェスブロウ氏の概念提唱
日本での変遷を振り返る前に、オープンイノベーションがどのような概念として提唱されたのか、その起源をたどります。
オープンイノベーションという概念を提唱したのは、2003年当時ハーバード大学経営大学院の助教授であった研究者のヘンリー・チェスブロウ氏です。
チェスブロウ氏は1980年代、90年代における、企業や大学内で自前のリソースでイノベーションを起こすプロセスを「クローズドイノベーション」と位置づけました。クローズドイノベーションは90年代に急速に衰退していきますが、チェスブロウ氏はその対比語として、「オープンイノベーション」という概念を提唱します。
チェスブロウ氏の定義を簡潔に説明すると、「競争に勝てるレベル」と「自社のレベル」のギャップを埋めるために自社以外の技術を活用して目的を達成することをオープンイノベーションとしています。
参照:第1部 第1章 なぜ今、オープンイノベーションなのか 文部科学省
米国・欧州におけるオープンイノベーション
日本よりも先にオープンイノベーションへ取り組み、オープンイノベーション市場が成熟しつつある米国と欧州の変遷を簡単に振り返ってみましょう。国ごと、地域ごとにオープンイノベーションの向かう先が異なっていることがわかります。
失敗を恐れないベンチャーエコシステムがイノベーションに直結
まず米国を考えたとき、同国は世界を席捲するユニコーン輩出国であり、シリコンバレーなどに代表されるIT企業が集合している地域の存在によりオープンイノベーションが推進しやすい土壌があります。
また、日本と米国で異なるのはベンチャー企業への「投資額」と「失敗を称賛する文化」だと言えるでしょう。
ベンチャー白書2018によると、米国のベンチャー白書への投資額は9兆円を超えている一方、日本は2,000億円弱。課題の発見者でありチャレンジャーであるベンチャー企業が育ちにくい環境にあると言えます。
また、米国は失敗に寛容であるのに対し、日本は失敗を恐れる文化があることも無視できない傾向です。米国における開業率・廃業率はいずれも10%前後で推移していますが、日本は開業率・廃業率が共に4%程度です。日米国における「起業」のステップにおける心理的ハードルの高さが大きく異なることがわかります。
やはり企業の新陳代謝は、「イノベーション」の隆盛に関わるため、米国はイノベーションが起きやすい状態が維持されていると言えるでしょう。
参照:ベンチャー白書2018
欧州では社会課題解決型のオープンイノベーション2.0に発展
欧州でのオープンイノベーションの立ち上がりは他国と同様に、ものづくりの研究開発における技術導入、といった側面からのものでした。現在では、従来の認識を大きく拡張・拡大して、2013年の欧州委員会で「オープンイノベーション2.0」が提唱されています。
オープンイノベーション2.0は「共創された共有価値、育成されたイノベーションエコシステム、指数関数的に爆発する技術、イノベーションの応用に重点を置いた新たなパラダイムである。」と説明されています。(参照:デジタル時代のオープンイノベーションの展開と日本の課題)
オープンイノベーション2.0とは、中心にはエコシステムがあり組織間でイノベーションを起こすことに軸足が置かれている概念です。
オープンイノベーション2.0の発展によって、これまでは利益をあげるための手段となっていたイノベーションが、社会的責任を果たすための手段という意味も含めるようになったのが、欧州におけるオープンイノベーションの最大の特徴です。
日本におけるオープンイノベーションの先駆けプロジェクト
ここからは日本のオープンイノベーションについて変遷をたどっていきます。まず、欧米と比較して日本のオープンイノベーションにはどのような特徴があるのでしょうか。
数多くの新規事業やオープンイノベーションを手掛けてきたSEEDATA代表の宮井弘之氏がeiiconに寄稿した記事によると「日本はもともとの技術ベースのオープンイノベーションは苦手」だと言います。
一方で、「日本は、入り口として旧イノベーション(技術主体のイノベーション)よりも現代のイノベーション(人材/営業網など主体のイノベーション)の方が得意な傾向にある」と考察しています。
日本は2015年が「オープンイノベーション元年」と呼ばれ、その後2016年、2017年に急速に浸透し、成功事例が出始めました。
それでは、日本におけるオープンイノベーションの元祖的な事例を振り返ってみましょう。
参照:日本におけるオープンイノベーションの課題とは?【前編】(SEEDATA 代表 宮井弘之氏)
最古参かつ最先端の「KDDI ∞ Labo」
KDDIが2011年から取り組んでいる事業共創プラットフォーム「KDDI ∞ Labo」は、大企業が推進するオープンイノベーションプログラムとして、国内では最古参です。
スタートアップの持つ尖った技術と、KDDIの持つインフラ、プラットフォーム機能をかけ合わせた新規事業の創出を目的に、これまで数多くのプログラムを手掛けてきました。
2011年当初から第9期まではシード期のスタートアップを対象にした「インキュベーションプログラム」でしたが、10期からは対象をアーリーステージまで広げた「アクセラレータープログラム」へと、時代に合わせて形態を変えています。
2019年現在では通年プログラムとして次世代高速通信「5G」をテーマにして参加企業を受け付けており、2020年から本格的に運用開始となる5Gやそれに伴うIoT活用の新規事業の創出を目指しています。
参照:KDDI ∞ Labo
東急の潤沢なアセットが魅力の老舗「東急アクセラレートプログラム」
老舗のアクセラレータープログラムとして2015年から新規事業を創出し続けているのが「東急アクセラレートプログラム(通称:TAP)」です。
TAPの最大の魅力は、東急沿線をテストフィールドとして利用でき、多種多様な事業を展開する東急グループのアセットやリアル顧客のデータを活用できる点です。
対象となる企業の条件は原則「サービスをローンチ、もしくはローンチの目処がついていること」となっており、スタートアップに限らず上場企業でも応募できる裾野の広さも特徴のひとつです。
4期目となる2018年度からは、応募領域を3領域から15領域に拡大し、事業実現へのスピード感を高めるために365日24時間応募可能にするなど、ドラスティックに運用されています。
さらに2019年7月からは、オープンイノベーションの社会実装にフォーカスした施設「SOIL(ソイル)」が渋谷にオープンしています。
アセットを惜しみなく提供し、幅広い事業創出の間口となっており、まさに東急グループのストロングポイントを生かしたプログラムと言えます。
大手企業として成功事例を輩出する「富士通アクセラレータプログラム」
KDDIや東急といった老舗以外の大手企業からも有力なオープンイノベーションプログラムが誕生しています。そのうちのひとつが富士通による「富士通アクセラレータプログラム」です。
豊富な顧客基盤を持つ富士通の通信事業部と、スタートアップとのマッチングを目指しているプログラムとして、幅広い企業との協業を実現し、成功事例を創出しています。
例えば、ベトナムに研究機関を持つAIスタートアップのアジラはeiiconを通じて富士通アクセラレータープログラムに応募し、高齢者向けの新規事業を推進するに至りました。
アジラは自社の持つAI技術と、富士通が進めてきた帰宅困難者の課題の研究をかけ合わせた新サービスを開発しています。開発するうえで、アジラは富士通からの提供アセットとしてクラウドサービスK5を利用することでAIの品質を向上させています。
サービス内容は、スマホアプリから帰宅困難者と思われる人をカメラで撮影し画像認識することで、帰宅困難者を特定し保護者に連絡するというものです。すでに東京都町田市での実証実験をスタートさせており、まさに両社の長所が組み合わさって生まれたオープンイノベーションの好例となっています。
近年のオープンイノベーションに対する風潮の変化
オープンイノベーションが浸透し始めた2017年頃と比較して、2019年現在は以前にも増してオープンイノベーションに対して積極的な企業が増えています。
▲オープンイノベーション支援事業者に対し、eiiconで実施した調査結果。"流行"ではなく"戦略"に基づいたオープンイノベーションに着手しようという企業が増加している。
eiiconがオープンイノベーションに関わる企業の担当者を対象に調査した独自のアンケートでは、「最近増えてきた傾向は何か?」という質問に対して以下のような回答が寄せられています。
「事業会社以外にもオープンイノベーションの取り組みに前向き。特にコンサルティング業界が今まで以上にオープンイノベーション支援の活動を活発化している」
「これまではオープンイノベーション部門が主導することが多かったが、既存事業部門/新規事業部門も事業開発の1つの手段として検討するようになってきている。」
このように、幅広い業種、幅広い部署にもオープンイノベーションが浸透していることがわかります。
一方で「2019年現在のオープンイノベーション界隈に対する問題意識は何か?」という質問の回答からは今後の課題も見えています。
「「世の中に良いものを」とか「こんなものがあったら絶対に良くなるはず」とか「こんな世の中にしたい」とかそういう想いではなく、「絶対に自社が損しない方法で」「可能な限り自社内だけで」「自社の規模感にあわないものは全て切り捨て」という意識が強すぎる印象がまだまだあります。」
例えばこの回答では、名目上は「オープンイノベーション」と言っておきながら、リスクを取ることへの躊躇や、既存の利益の保守を優先するあまり、本末転倒なオープンイノベーションが生まれてしまっていることを危惧しています。
また、前述した欧州型のイノベーション2.0に近い発想が日本のオープンイノベーションにも必要だとする声もあがっています。
「まだまだ自社事業の課題解決のためのオープンイノベーションという発想が強い。オープンイノベーションもいくつかパターンがあってよいが、社会課題解決を目的とした共創型のオープンイノベーションを加速できるとよい。」
欧州では組織の利益のためだけでなく、SDGsや社会的責任(CSR)の観点からもオープンイノベーションを推進するべきという風潮がありますが、日本のプレイヤーからも同様の意見が出はじめているようです。
いずれにせよ、オープンイノベーションはまだまだ発展の余地がありますし、何が正解かは組織の目的によっても異なります。ただ間違いなく言えることは、組織同士の良質な出会いを見つけることが、新たな市場を生み出すオープンイノベーションへの近道だと言うことでしょう。
(文:久野太一、監修:眞田幸剛・中村亜由子)