経産省Startup Factory構築事業が公開した「ものづくりスタートアップのための契約ガイドライン」、そのねらいと内容とは?
日本各地で開催されるスタートアップ支援のプログラムや、VC・CVCの新ファンド立ち上げ、ベンチャー企業と大企業の業務提携やM&Aなど、ベンチャー企業やそれを取り巻くプレーヤーの活動はこれまで以上に活発化している。中でもここ数年の動きとして特徴的なのは、IoTの進展に代表されるように、ソフトとハードの垣根が低くなり、ベンチャー企業がソフトウェアやサービスだけでなく、ハードウェア等の独自のプロダクトを作り始めたことだ。
――しかしながら、ハードウェアなどのプロダクトを市場に送り出すためには、「量産」という工程を経る必要があり、それには多くの資金と特別なノウハウが必要となるため、一般的にスタートアップにはハードルが高いという現実がある。
そこで、スタートアップによるイノベーションを推進するためには、そのハードルを下げていくことが必要との考えから、経済産業省は、スタートアップの量産のための試作や設計をワンストップで支援する拠点「Startup Factory」構築を支援する事業、「Startup Factory構築事業」を始動させた。
そして同事業では2019年3月、成果物の一つとして『ものづくりスタートアップのための契約ガイドライン』を公開した。
■『契約ガイドライン』のねらいとは?
ものづくり系スタートアップが新しいアイデアを実際のプロダクトにし、市場へローンチしていくためには、ものづくりを担う設計・製造業者等との協業が欠かせない。――しかし現状では、スタートアップと設計・製造業者等の間の取引において、お互いの認識のギャップ等が原因で少なからずトラブルが発生しており、そのすり合わせのプロセスである”契約” のノウハウ普及が不可欠となっている。
こうした背景から、『契約ガイドライン』は、合わせて20以上のスタートアップ、設計・製造業者、支援プラットフォーム企業などからヒアリングした具体例・意見を踏まえ、「事前に知っていれば避けられたトラブル」をできる限り減らし、スタートアップと設計・製造業者等との積極的な協業が促進されることを目指して作成されたという。
また同時に『契約書フォーマット』も公開されており、これは現場の様々な声を踏まえて、ものづくりと法律の専門家による議論を重ね、作成されている。
「スタートアップがものづくりを進めるステップの全体像を大まかに把握したい」、「各ステップでどんな落とし穴があるのか知りたい」、「トラブルを予防するために、今の時点で何をやっておけば良いのか分からない」……といった悩みを持つスタートアップには、『契約書ガイドライン』を参考に。
さらに、「契約面までリソースを割く余裕が無いことが自社のリスクになっていると感じる」、「早い段階で自社の知財をしっかり管理しながら事業を進めたい」……といった悩みを持つスタートアップには、『契約書フォーマット』が活用できるだろう。
<『契約ガイドライン』のターゲットについて>
■ものづくりプロセスを4ステップに整理・解説
『契約ガイドライン』においては、ものづくりプロセスを以下の図のように【①要求・要件定義、②原理試作、③量産設計・量産試作、④(初期)量産】という4つのステップに整理。各ステップにおける問題事例・リスクや、対策・予防策が具体的に明記されている。
また、各ステップの活動をはじめる前に、最低限認識しておきたい項目が確認できる『チェックリスト』も用意されている。それを活用することで自社の「現在地」を知りながら、丁寧に一つずつプロセスを進めて行くことができるはずだ。
<ものづくりプロセスの4ステップ>
スタートアップのものづくりでは、新しい開発要素が含まれることが常であるため、「要求・要件定義~原理試作段階」におけるリーンなプロセスでいかに価値を高めることができるかが重要となる。この段階におけるスタートアップと設計・製造業者の積極的な協業を実現するためには、早期段階で取り決めに基づく協業関係を構築することが有効といえるだろう。
■検討会メンバーからのコメント
『契約ガイドライン』は、大学、法律事務所、事業会社などの有識者から構成される検討会メンバーを中心に作成された。最後に、検討会メンバー7名からの『契約ガイドライン』の見どころなど、コメントを紹介していきたい。
●小林 茂 氏(情報科学芸術大学院大学 産業文化研究センター 教授)
「契約は面倒なイメージがありますが、お互いのよりよい関係を築くために一番最初に詰めておかなければならないプロセスです。今回の契約ガイドラインや契約書フォーマットには検討会に参画頂いた先生方だけでなく、実際の実務に当たる事業者やものづくりスタートアップの成功企業など、多くの方のノウハウが凝縮されているので、是非じっくり読んでいただきたいです。」
●伊藤 毅 氏(東京フレックス法律事務所)
「契約ガイドラインや契約書フォーマットには、①トラブルを防止する機能、②トラブルが起きた際の対応方針を示す機能、③発注者と受注者の関係をより良いものとするという3つの機能を有しています。自分としては、特に③の、より一層の協業を促進するという観点を重視して作成してきました。スタートアップ企業とものづくり企業の英知が結集し、日本のものづくりが更なる発展を遂げることを願っています。今回出来上がったガイドラインや契約書フォーマットは常に改変されていくことを前提としたものであるため、何よりも現場の皆様に活用いただき、フィードバックを受け、バージョンアップしていくことが重要と考えています。」
●内田誠氏(iCraft法律事務所)
「弁護士としてものづくりに係る仕事を長年やってきましたが、日本の競争力の源泉はものづくりだと信じています。日本が成長していくためには、ものづくりを中心としたイノベーションが大事であるという認識のもと、今回世に出すガイドラインが、ものづくりのイノベーションを起こすきっかけになれば、関わった人間としては大変嬉しいことと思います。」
●岡田 淳 氏(森・濱田松本法律事務所)
「スタートアップにおける試作品製造のような契約の交渉の現場では、十分な費用や時間をかけることができないことが一般的です。しかし、今回作成した契約書フォーマットは、業界の商慣習等を踏まえた上で、多くの法律実務家が知恵を絞って一項目ずつ丁寧に検討しました。日常のルーティンになってしまいがちなこの種の契約について、これだけの時間をかけ、契約書に対して想いを込めることは稀有な出来事であり、その成果物を世の中に公表できることは大変幸せなことと感じます。これまで、各種契約ガイドラインの作成に関わるまでは、「契約ガイドライン」というものがどこまで世の中で広く受け入れられるのか懐疑的な面もありましたが、最近のこの種の取組みに対するポジティブな反響をみていると、まさに実務界のニーズに沿った有意義で画期的な取組みであることを再認識しました。」
●柿沼 太一 氏(STORIA法律事務所)
「これから日本の製造業者がどのように自らを変え、生き残っていくのかを考えたときに、スタートアップと連携し生き残っていくという発想が必要です。そういった発想が世の中に普及するように契約ガイドラインを作ってきました。製造業には、従来からの商慣習があり、変化は少しずつかもしれませんが、自らを変えていくという意思のもとに、スタートアップとの連携が進んでいくのであれば、検討した甲斐があったといえますね。」
●齊藤 友紀 氏(株式会社メルカリ)
「今回作成した契約ガイドラインは、現実の実務を追認するようなものではなく、これから起こるべき実務の姿を見据えて契約そのものがどうあるべきかという議論の積上げで出来上がったガイドラインです。経済がめまぐるしく変化する中で、日本の法律家は、今を語る力が優れている一方、あるべき姿を語ることが少ないため、今回の取り組みは非常に有意義だったと感じます。従来の契約に係るガイドラインと比べて、革新的なものが出来たと確信しています。」
●福岡 真之介 氏(西村あさひ法律事務所)
「海外での低コストでの生産が進む中で、日本の製造業は、高度な技術・ノウハウを武器にして、付加価値をつけていくしか生き残りの道はないと思います。本契約ガイドラインは、スタートアップとの連携を念頭に作成したものですが、日本の製造業が、いかに付加価値をつけていくのか、そのモデルになればと考えています。」