【グロービス×eiicon】新規事業・オープンイノベーションの有識者たちが語る『大企業における新規事業のリアル』――スケール化のためのカギとは?
1月24日、株式会社グロービスと株式会社eiiconの共同主催により、「大企業における新規事業のリアル ~スケール化のためのカギとは?~」と題されたイベントが、東京・千代田区のグロービス東京校、グロービスホールにて開催された。
昨今、大企業においては中期経営計画などでも、新規事業の創出に向けたオープンイノベーションに取り組む企業が増えている。本イベントでは、株式会社グロービスの池田章人氏、および株式会社eiiconの香川脩氏が登壇し、大企業ならではのオープンイノベーションや新規事業開発の成功要因を探った。
まず、イベントの冒頭では、登壇者それぞれが、所属企業と自身の紹介が行われた。
▲株式会社eiicon Enterprise事業本部 IncubationSales事業部 部長 香川脩氏
香川氏は、株式会社eiicon Incubation Sales事業部部長。同部は、大企業のオープンイノベーションや社内新規事業プログラムの支援を行う部門であり、香川氏はその責任者だ。自身も様々な業種、規模の企業のオープンイノベーションプロジェクトにプロジェクトマネージャーとして参画し伴走支援を行っている。また、香川氏は、Spiral Innovation Partners株式会社とeiiconの合弁会社として2024年1月に設立された「株式会社Xsprout」の代表取締役でもあり、同社では、大企業のCVCに関するコンサルティングを手がけている。
▲株式会社グロービス グロービス・コーポレート・エデュケーション コーポレート・ソリューション(事業開発) マネージャー 池田章人氏
池田氏が属するグロービス・コーポレート・ソリューションでは、企業の人材や組織に関する課題解決のためのソリューション提供のほか、全社戦略の策定支援や新規事業開発の支援(体制整備・事業提案へのアドバイスなど)にも取り組んでいる。池田氏自身は、様々な業種の新規事業開発支援に取り組むと同時に、グロービス内の事業開発を行っている。また、総合コンサルティングファームやESGコンサルティング会社などとアライアンス推進も行っている。
新規事業の構想における3つのポイント
最初に登壇したeiiconの香川氏からは、「新規事業の構想」というテーマで、(1)新規事業が求められる背景、(2)新規事業推進における課題、(3)新規事業構想のポイント、の各論点が論じられた。
(1)新規事業が求められる背景
まず、新規事業が求められる背景については、現在が、産業の歴史サイクル上どのような段階にあるのかから確認された。第3次または第4次産業革命期とされる現在が過去と異なるのは、製品寿命がどんどん短期化している点である。また、革新的な新製品・サービスの登場により、既存の市場そのものが壊滅させられることも増えている。そのため企業は常に新規事業を模索していかなければならない。
実際、企業業績の推移を見ても、新規事業展開をしている企業としていない企業とを比べると、前者の方が好業績を上げている。そのような背景の中で、ほとんどの企業は新規事業への取り組みに関心は持っているが、取り組みへの課題を感じている企業も多い。
(2)新規事業推進における課題
新規事業推進における課題として浮上してくるのは、主に新規事業推進に対する経営陣の理解不足や、現場の新規事業担当者との認識の齟齬である。実際に香川氏が多くの大企業で新規事業創出に関わってきた経験から、それは以下の3点に要約されるという。
①新規事業開発に関する方針・戦略がない。
②チャレンジと失敗を折り込んだ組織体制になっていない。
③成功確度を高めるプロセスを実行できない。
①新規事業開発に関する方針・戦略がない
香川氏は、新規事業担当者から、「新規事業開発やスタートアップとの連携によるイノベーションを進めてほしいなどと経営陣から求められるのだけれど、どういう事業を進めればいいのかという具体的な方針がないので困る」、「せっかく進めていた事業のはしごを外されたり、ちゃぶ台返しをされたりした」といった声をよく聞くという。
これは、そもそも新規事業開発やオープンイノベーションに取り組む際に、全社的な合意や方針がないことが原因だ。まず、経営陣が具体的にどのような事業を求めているのか、その内容や目標を明確にしておくことがポイントである。また必要な人材体制や資金的な裏付けがなく、高い数値目標だけが設定されているというケースも見られるという。高い目標を設定するのであれば、それに応じた資金や組織体制が必要である。
②チャレンジと失敗を折り込んだ組織体制になっていない
次に、チャレンジと失敗を折り込んだ組織体制になっていないという点について述べられた。当然だが、新規事業は失敗する可能性も高い。また成功するまでに時間がかかり、それまでは赤字が続く場合も多い。そういった事態に対して新規事業担当者がマイナス評価されては、担当者はやる気を失う。
また、失敗した際に、その失敗を社内にフィードバックし、ナレッジとして蓄積して、同じ失敗の繰り返しを防ぐ組織的な仕組みが設けられていないこともよくあるという。新規事業にマッチした組織、制度を構築することが課題となる。
③成功確度を高めるプロセスを実行できない
新規事業創出の実態調査によると、創出された事業コンセプトのうち、実際の事業として立ち上げられるものは45%、事業化され単年黒字化になるものは17%、そして、会社の中核事業にまで育つものは、4%だというデータを示した。新規事業の成功確率は低いため、少しでも成功確度を上げるためのプロセスを選択しなければならない。
ここでは、新規事業創出プロセスには、すべて社内で取り組む方法から、オープンイノベーション、JVなど、複数の選択肢があることを理解しなければならない。事業内容によって、社内で取り組むほうがよい場合もあるし、スタートアップとのオープンイノベーションのほうがよい場合もある。あらゆる可能性の中から成功確度が高いプロセスを選び、低い新規事業の成功確率を高めることが必要である。
(3)新規事業構想のポイント
続いて、新規事業を実際に構想していくにあたってのポイントが解説された。まず、戦略論の基礎であるMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を、社内のステークホルダーで改めて確認することが第一歩だという。それは、先に述べた「新規事業開発に関する方針・戦略がない」という話とも関連している。なぜ自社が新規事業に取り組むのか、自社で行うべき新規事業はどのようなものであるべきかということを、社内で共有しておくことが、後のミスマッチを防止するという。
次に、具体的な新規事業テーマを検討する際は、自社で利用可能なアセットを把握した上で、技術面での要素とビジネス面での要素を掛け合わせて、複数の事業を構想していくことがよいとされた。慎重に検討しても、新規事業の成功確率は低いため、このような掛け合わせによって、複数の検討テーマを掲げることが重要である。
3点目に、新規事業の進め方として、既存の組織構造から一定離れた、いわゆる「出島」で取り組むことがポイントだという。
「大企業には、既存事業を効率的に回すための業務フローや決済フローができていますが、その中で新規事業に取り組むとスピード感が出ません。既存の決済フローとは別の出島を作り、そこで取り組んだほうが、スピーディーに進められ、成功の確率も上がります」(香川氏)。
ただし、出島とはいえ、当然社内ではあるため、最終的な意思決定は経営会議などにかけられることになる。その際の判断基準として、いつまでに、なにがなされるべきだというマイルストーンが明確にされていることもポイントとなる。
新規事業創出における、ステージゲートの重要性
香川氏は、新規事業創出においてステージゲートが非常に重要だと強調した。ステージゲートとは、新規事業創出プロセスの中での一定期間(ステージ)ごとに定める、投入リソース、予算、期間などの範囲(ゲート)である。
これを定めておくことで、例えば「PoCの期間にこれだけの反応があれば、一定の市場規模があることが確認できるので、次のステップに進む」とか、「この期間までにこれ以上の費用がかかるようであれば、事業から撤退する」といった、事業の継続・撤退の判断が可能になる。失敗の可能性がある程度高い新規事業開発だからこそ、撤退の判断を決められるステージゲートを定めておくことは、事業構想のポイントである。
最後に、事業化後の出口戦略も構想しておくべきだとされた。ステップごとのKPIを設定して、その達成後に、社内の事業部とするのか、JVとするのか、あるいは子会社化するのかといった、経営体制の将来像である。これも新規事業担当者と経営者との間で、早期に認識をすりあわせておかないと、スムーズな成長を阻害する場合があるという。
新規事業をスケールさせるための4つのポイント
続いて、グロービスの池田氏が登壇した。香川氏が主に新規事業起ち上げフェーズにおける課題を論じたのに対して、池田氏は、主に新規事業をスケールさせるにはどうすればいいかというテーマについて講演した。論点は、下記の4点になる。
(1)大企業内のリソースを活用するための前提をつくる
(2)コミュニケーションに細心の注意を払う
(3)事業のKSF(Key Success Factor)を押さえる
(4)KSFを踏まえたリソースを確保する
各論に入る前に、スケール化させる前提として、参入するマーケットがしっかりとスケール化しているか、あるいは3~5年程度でスケールすることが確実なマーケットであることが重要だと確認された。
(1)大企業内のリソースを活用するための前提をつくる
最初に池田氏は、「忘却・借用・学習」のフレームを提示し、何を忘却して、何を借用するかを構想することが必要だと述べた。そのフレーム自体はよく知られたものだが、よく、忘却に力点を置いて考えてしまう人が多いと池田氏は言う。
しかし、中期・短期でスケール化するマーケットでの事業を前提に考えると、多くの場合、ゼロベースでリソースを作っていては間に合わない。そこで、どんなリソースが活用できるのかを考える「借用」こそがポイントだという。そして、新規事業担当者が、社内リソースを借用する際の心構えとして、企業経営者がもっとも関心を持つのは収益性の向上であることを、強く念頭においておかなければならないと、池田氏は強調した。
それを踏まえた上で、新規事業の「①事業目的」「②全社の数値目標」「③事業範囲」「④参入方法」の4つの条件について、新規事業担当者が、経営者としっかり意思疎通をして、合意を握っておくことが重要である。
1つ目の「事業目的」でいえば、既存事業がかなり切羽詰まった段階での事業転換のために行うものなのか、それとも、まだ余裕があるうちに、将来の成長のタネをまくためのものなのか、といったスコープなどが例として考えられる。
2つ目の「数値目標」については、全社の中期目標を達成するために、新規事業がどの程度の寄与をすればいいのか、それは中期経営計画書に記載されてコミットされているのか、といった点だ。中計やIRレポートなどに記載されているのなら、ちゃぶ台返しやはしご外しはしにくくなるし、リソースの借用もやりやすくなる。
3つ目の「事業範囲」は、「両利きの経営」に示されているような、組織能力について既存のものを用いるか新規獲得するか、また、市場は既存市場を狙うか新規市場を狙うかといった意思決定に関連する。
「大企業の経営者の多くは、自分の任期内で新規事業を作るため、『既存の組織能力を使って新規マーケットにあたろう』と考えます。一方、新規事業担当者は『自社にない組織能力やリソースを獲得することがポイントだ』といった思考になる方が多く、経営者が望んでいるものと齟齬が生じがちです」(池田氏)。
最後の「参入方法」については、直線的、漸進的に成長していくスモールビジネス型を目指すのか、長期の赤字期間を経て市場を獲得し、そのあとで指数級数的な成長を目指すスタートアップ型を目指すのか、といったビジネスモデルの違いがある。また、オープンイノベーション型で進めるのか、自前主義のクローズド型で進めるのかという違いもある。
以上の各論点を、新規事業担当者が経営者としっかり握っておけば、リソースの借用はやりやすくなる。
(2)コミュニケーションに細心の注意を払う
新規事業担当者が経営者との合意を取ろうとする際には、コミュニケーション上の注意も必要だ。
「経営者の方から、結構よく聞かされる悩みに、新規事業担当者が使っている言葉がよくわからないというものがあります」(池田氏)。
新規事業担当者は当たり前のように“スタートアップ用語”を用いてしまうが、経営者への説明をする際は気をつけなければならない。池田氏は、コミュニケーションの一般理論として、相手への影響力は「自分が持っているパワー」と「相手の感情やニーズ」との掛け算で決まるという。つまり、自分の話していることの正しさだけではなく、相手の感情などにも十分に配慮しなければ、相手に影響は及ぼせないということだ。
(3)事業のKSF(Key Success Factor)を押さえる、(4)KSFを踏まえたリソースを確保する
KSF(Key Success Factor)とは、平たく言えばある事業における「勝ち筋」「勝ちパターン」である。
「新規事業担当者は、ちょっと引いて考えて、『そのマーケットは世の中にないのか』を考えてみてください。多くの場合、そんなことはないですよね」(池田氏)。
類似事業を他社が行なっているのであれば、その中にあるKSFを、最短で押さえることを第1に考えればいいと池田氏は言う。例として池田氏が以前にサポートした植物工場のケースが説明された。池田氏によると植物工場のKSFは「販路を確保すること」「コストを削減すること」の2点だという。そしてそれは、すでにその事業に取り組んでいる他社を見ればわかる。それを知らずに、時間をかけて試行錯誤しながらKSFを探すのは、時間の無駄である。
まだ市場が立ち上がっていないような完全に新規の分野は別として、すでに市場が立ち上がりつつあり先行者がいる場合、その先行者を学んで、最短でKSFを押さえにいくことをぜひ実行してほしいと池田氏は強調した。
そうしてKSFがわかれば、あとはそれを踏まえたリソースを借用していく。もし社内にそのリソースがなければ、オープンイノベーションなどを活用すればいい。
新規事業の成功確率を上げるための風土醸成
新規事業をスケールさせていくのは、失敗する確率も高い。それを踏まえれば、母数として新しいチャレンジがどんどん生まれてくる文化風土が重要である。すなわち既存事業を含む全社の文化醸成が大切になる。特に、経営層やシニアマネジメントなどのキーマンを中心にチャレンジを良しとして行くようなポジティブな態度が必要となる。
池田氏の講演の最後に、経営陣や部長クラスのマネジメント層に対して、そのマインドを新規事業に融和的なものに変えるための取り組み事例が報告された。
100名以上の部長職を対象とした階層別研修の中で、既存事業の戦略に加えて、新規事業を考案する取り組みを導入したところ、大きな成果を上げているという。大企業の場合、部長職のようなキーになるポジションのマインドをまず変えていくことが、効果が大きいという。
また、新規事業部門が社内で優秀な人材を確保する際に新規事業コンテストなどの参加者からめぼしい人材を見定めておき、事前に接触して意思を確認しておいてから、公募の異動に応募してもらうことで、他部門との軋轢が少ない形で、人材を確保することができるといった、コツなども話された。
オープンイノベーションの効用
続いて、再び登壇した香川氏から、eiiconが実施した調査結果を参照したオープンイノベーションの効用について報告された。大企業が新規事業に取り組む際の主な方法には、自社内開発、CVC投資、M&A、そしてオープンイノベーションがある。eiiconが売上高100億円以上の企業100社を対象に実施した調査によると、これらの手法のうちで、もっとも短期で新規事業のリリースが実現できた手法はオープンイノベーションであったそうだ。
また、それぞれに取り組んだ際の副次的効果についてもたずねたところ、オープンイノベーションでは「必要な技術・ノウハウや人材の育成」「新規顧客接点の獲得」「従業員の意欲向上」などにも、高い効果が見られているという。
最後の講演全体のまとめとして、会場参加者の大半である新規事業担当者に向けて、香川氏から以下の4点が改めて伝えられた。
まず、新規事業創出にあたっては、事前の組織設計や準備などが非常に重要であること。次に、スケール化のためには、大企業ならではの優位性として、既存アセットやリソースを活用すべきである点。それらを活用するからこそ、新規事業に模倣困難性や独自性が生まれる。そして、その活用のためには、経営者との合意が重要である点。
3点目は、新規事業を支えるには、企業全体の風土醸成も必要であること。特に、事業のキーマンとなるマネジメント人材に対して、新規事業に対する理解を深めてもらい、一緒に取り組んでいける関係を作っておくこと。最後に、スピード感がある事業開発のためには、自前主義に捉われず、必要に応じて外部の活用を視野に入れること。
――その後、質疑応答を経て、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
取材後記
新規事業創出というと、スタートアップやベンチャーが注目されがちだ。しかし、既存事業で培った豊富なアセットを持つ大企業だからこそなしうる新規事業創出もありうる。そしてそこには、スタートアップやベンチャーとは違った、大企業ならではの難しさや戦い方があることを教えられた。イベントでは、会場参加者同士のネットワーキングの時間も用意され、単なるセミナー聴講を超えた有意義なイベントとなった。
(編集:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:加藤武俊)