【イベントレポート】IBM BlueHub DemoDay/第4期採択スタートアップ5社によるプレゼンテーション~最優秀賞に輝いた企業とは?
日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)によるインキュベーション・プログラム「IBM® BlueHub」において、第4期採択スタートアップのDemoDayが3月14日に開催された。会場には200名を超える参加者が集まり、大手企業の新規事業担当者やオープンイノベーション担当者、ベンチャーキャピタルのキーパーソン、メディアなど多くの来場者で賑わった。
同プログラムでは、2014年の第1期スタートから現在まで、参加した多くのスタートアップが大手企業との事業提携やベンチャーキャピタル(以下、VC)からの資金調達を実現している。第4期目となる今回、「日本の産業をテクノロジーによって変革」するというプログラムテーマを受けて採択されたスタートアップ5社の事業領域は「ドローンの運用支援」、「アロマ×ITのライフスタイル創造」、「調理×ロボティクス」、「食制限のレストラン情報サービス」、「音波通信」とバラエティーに富んでいる。過去3期とは異なり、スタートアップ1社につきVC1社がメンタリングを行い、さらにIBMの戦略コンサルタントやエンジニアもビジネス構築に加わった今期、各社はどのようなビジネスやプロダクトを生み出したのか。そのプレゼンテーションの模様を紹介する。
【採択スタートアップ5社/メンターとなったVC】
株式会社トラジェクトリー / Beyond Next Ventures株式会社 マネージャー 金丸将宏氏
株式会社コードミー / 株式会社サムライインキュベート CEO/創業者 榊原健太郎氏
コネクテッドロボティクス株式会社 / Draper Nexus Ventures Managing Director 倉林陽氏
株式会社フレンバシー / Mistletoe株式会社 Incubation Group Producer 嶋根秀幸氏
株式会社サイノス / 株式会社iSGSインベストメントワークス 代表取締役 代表パートナー 五嶋一人氏
株式会社トラジェクトリー(株式会社アイ・ロボティクスより該当事業の譲渡を受けた)
登壇者:代表取締役CEO 小関賢次氏 https://eiicon.net/companies/3580
約20年間、有人機の航空管制システム開発に携ってきた株式会社トラジェクトリーの小関氏が提案したのは、山岳遭難救助や災害救助でのドローン活用を前提としたドローン自動航行支援アプリ『ソラミチ』だ。これまでドローンを自動航行させるためには人がフライトルートを設定する必要があり、非常に手間がかかった上にヒューマンエラーも多く、飛ばしたドローンが墜落するという事故が後を立たなかった。『ソラミチ』は地図上の捜索ポイントまでの飛行ルートを瞬時に自動生成することでルート設定時間の大幅な短縮を実現し、迅速な捜索活動を可能にする。さらに山全体を捜索するような複雑なルート生成も可能であり、地図上で最も低い高度を飛ぶようにプログラミングされているため、捜索ヘリコプターとの衝突といった二次災害の心配もない。
すでに山岳救助現場への導入が決定しているほか、災害救助団体と連携することで災害現場への導入も進めていくとのこと。小関氏は「私たちは3.11の苦しみを二度と繰り返したくありません。そのためにもドローンをもっと簡単に飛ばせるようにして、もっと多くの現場で、多くの人を助けられるようにしたい」と決意を語った。
株式会社コードミー
登壇者:代表取締役社長 太田賢司氏 https://eiicon.net/companies/3516
「香りで世界を変える」というビジョンを掲げる株式会社コードミーは、パーソナライズアロマの定期購買ECサービス『CODE Meee』を提供している。Web上で入力したアロマプロフィールにあわせて3000通り以上の香りの中から、ユーザーの嗜好にあわせて朝、昼、夜、それぞれのシーンに適したエアミストが送られてくる仕組みであり、現在は自動で香りを切り替えられる次世代型デフューザーの開発も進めている。また、ユーザープロフィールと香りの処方情報の相関性に関するデータをもとにIBMと共同で「新たな香りの提案アルゴリズム」を開発するなど、toCビジネスで得られたデータの解析結果を、企業向けの香りマーケティング支援にも活用する予定だ。
すでに音楽業界やリゾート施設とのコラボレーションも進んでおり、アーティストのライブツアーにおける香りの空間演出を手がけた際にはSNSで大きな反響を得ているとのことだ。また、オフィス空間の香り演出を進めることで、時代にあった働き方を香りの力で支援していく事業も進めている。最後に代表の太田氏は「香り産業を変革するタイミングは、まさに今です」と力強く語り、ピッチを締めくくった。
コネクテッドロボティクス株式会社
登壇者:代表取締役 沢登哲也氏
大学時代に「NHK大学ロボコン」で優勝し、大学卒業後に飲食業界を志したという異色の経歴を持つ沢登氏が、「深刻な人材不足に悩まされている日本の飲食業界を助けたい」、「日本食をもっと世界に広めたい」という思いを抱いて開発したのがロボティクスとAIを活用した調理システムだ。このシステムにはIBMの画像認識技術が導入されており、例えば「たこ焼き」に関しては、油をひく、具材を入れる、焼き加減を見て回転させるという一連の作業をロボットに任せることができる。さらに、あらゆるメーカーのロボットを安全かつ精密に動かすことができるロボットコントローラーを開発していることも注目に値する。
また、一般的にロボットシステムの導入費用は高額になるが、売り切り型ではなく、アップデートを繰り返してサービスを進化させ続けるパッケージサービスとして提供することで初期費用を抑え、多くの人々に使ってもらえるサービスを目指すという。今年中に新宿、渋谷で店舗出店するほか、大手たこ焼きチェーン店における冷凍たこ焼き製造ラインへの導入も決定済みだ。沢登氏は、「最終的には料理をソフトウェア化することで、人間が作ったレシピをロボットが調理する世界を作りたい」と意気込みを語った。
株式会社フレンバシー
登壇者:代表取締役 播太樹氏 https://eiicon.net/companies/252
「当社の調査によると日本人の21%、人口にすると2600万人もの人が食べることに関して何らかの制約を抱えている」とプレゼンをスタートした播氏が代表を勤める株式会社フレンバシーは、ベジタリアン、アレルギー、宗教的制約といった食の制限を抱えている人たちのためのレストラン検索サイト『Vegewel』を運営している。同社は「食のバリアフリーの実現」をビジョンに掲げており、『Vegewel』の運営の他にも、食の制限に対応できる原材料・加工商品の市場への供給を促すべく、食品メーカーと共同で料理教室やレシピコンテストを実施しているほか、現時点で食の制限に対応できる商品を販売していないメーカーに対してバリアフリーカンファレンスという勉強会も開催している。さらには小売店との連携を進めることで、欧米諸国では一般化している「食の制限に対応できる商品を集めた専用棚」も設置していく予定だ。
また、将来的には『Vegewel』に蓄積されたデータをIBMのAI技術で解析し、食品メーカーの商品開発や飲食店の出店計画などに利用できるデータとして、企業向けに提供していくことも検討しているという。メンターを務めた日本IBMの松谷氏は、「今後は既存ユーザーの情報を活用しつつ、ユーザーや企業に対してどのような情報を提供ができるかがポイントになるが、引き込み力の強さがあるので圧倒的なサービスを提供できる可能性を秘めている」と同社の取り組みを評価した。
株式会社サイノス
登壇者:代表取締役 桑山燿氏 https://eiicon.net/companies/3618
株式会社サイノスは音波通信『soundcode』を手がけ、情報配信や決済などへの応用をめざしている。『soundcode』は人間の耳には聴こえない非可聴音を使って、データを送信する全く新しい通信技術であり、当日の会場でも受信アプリをダウンロードした聴衆のスマホにその場でデータを送信するというデモンストレーションを行った。代表の桑山氏は「『soundcode』は音の二次元バーコードのようなもの」と説明した上で、安全性が高いこと、あらゆるスピーカーから再生できること、さらには音の届く範囲に対して限定的に情報を配信できるという点に特長があり、一対一通信ではなく、一対多数の通信が必要とされるシーンで強みを発揮すると語った。
この半年間、IBMのサポートを受けて様々な領域で実証実験を繰り返して来たが、すでにファン限定のコミュニケーションイベントを開催しているソーシャルゲーム事業者と、イベント時におけるユーザー認証などでの活用協議が進められている。そのほか、テレビのクイズ番組へのスマホを使った参加、通販番組を見ながらの決済、さらにはスポーツ観戦中のスタジアムにおける販売員との中距離間決済、ファッションショーでモデルが着ている服をその場で購入する、音楽ライブで流れている新曲をその場でダウンロードする、といった様々なユースケースを想定しているという。
「グローバルで勝負できるポテンシャルを秘めている」
講評/経済産業省 経済産業政策局 新規産業室 新規事業調整官 石井芳明氏
国内のスタートアップや大企業のオープンイノベーションを支援する石井氏は、各社のプレゼンテーションについての感想を述べ、いずれの企業もグローバルで勝負できるポテンシャルを秘めていると高く評価した。また、政府としてもグローバルで成功を収め、世界的な課題を解決できる日本企業を生み出すべく、政府調達や規制緩和、リスクマネー供給など、様々な手段でスタートアップのグローバル展開を積極的に支援していくという方針を表明。今回のようなプロジェクトへの参加はもちろん、IBMのような大企業やVC、アクセラレーターと連携しながら、より理想的なオープンイノベーションや、スタートアップを成長させるためのエコシステムを構築していきたいと語り、講評を結んだ。
資金調達を行い、事業のスケールを続ける~第3期卒業生によるステータスアップデート
来場者による投票結果の集計にあわせて、IBM BlueHub第3期卒業生2社による事業の進捗報告が行われた。賃貸不動産の「VR内見」など、リアルとバーチャルをつなぐプラットフォーム『NUR*VE(ナーブ)』を展開するナーブ株式会社の代表である多田英起氏は、すでに7.6億円の資金調達に成功し、今年中には10億円の調達が達成できる見込みであるとした上で、日本の不動産の約1/6に達しているシェアを今年中に1/2へ拡大したいと意欲を見せた。また、大手旅行代理店の関東エリア全130店舗にも導入され、約20%の顧客の単価アップに貢献していると、急成長を続ける事業の成果について報告した。
また、所有しているファッションアイテムを登録することで、クローゼットの中身を可視化できるスマートフォンアプリ『XZ(クローゼット)』を展開する株式会社STANDING OVATION代表の荻田芳宏氏は、同アプリが50万ダウンロードを達成し、250万点のユーザーの手持ち服が登録・公開され、80万点のコーディネートが作られているなど、サービスの好調ぶりをアピール。今後のアップデートで追加予定の様々な機能を紹介したほか、これまでの広告収益に加え、CtoC、BtoCのコマース導入によって収益の柱を増やし、さらにはクローゼットデータベースを企業向けに提供するといったビジネス展開も見据えていると語った。
受賞結果概要~最優秀賞に輝いたのは、株式会社サイノス!
審査は、「新規性」「成長性」「テクノロジーの活用度」「共感度」の4項目からなされた。会場の来場者による投票によって<最優秀賞>に選ばれたのは、音波通信『soundcode』をプレゼンテーションした株式会社サイノスとなった。同社代表・桑山氏は受賞をうけ、「この半年間、仮説を立てては検証を繰り返し、試行錯誤を重ねてきた『soundcode』のシステムが評価され、最後に有終の美を飾れることができたことは本当に嬉しいです」と感想を述べた。
また、総評として日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業本部 イノベーション&インキュベーション・ラボ 理事 工藤晶氏は次のように語り、DemoDayを締めくくった。「世界特許も取得している新しい技術を持ったサイノスさんが皆さんの投票によって最優秀賞に選ばれたことに大きな感銘を受けています。様々な想像を膨らませることができる技術であり、幅広いユースケースが考えられると思います。今回会場にいらっしゃった方々も、どのようなビジネスに使えるかということを一緒に考えていただきたいですね」。
取材後記
今回のDemoDayを以って4期目が終了した「IBM BlueHub」のインキュベーション・プログラム。過去3期と異なり、スタートアップ1社につきVC1社がメンタリングを行ったほか、IBMサイドもテクノロジーの提供にとどまらず、同社の戦略コンサルタントやエンジニアがビジネス構築に参加するなど、これまで以上に多くの人たちがスタートアップと本気で関わり、支援していることが伝わってくるイベントだった。
IBMの工藤氏がプログラムの締めくくりに「今回集まった人々は、日本企業を世界に羽ばたかせようとする仲間だと思っています」と語ったように、今後、日本からグローバルで活躍するスタートアップを次々に輩出するためには、大企業やVC、アクセラレーター、政府など、あらゆる関係者がスタートアップと共創できる環境のもとで手を取り合うことが求められる時代になりそうだ。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:佐々木智雅)