アスリートを救う「疲労分析サービス」が最優秀賞を受賞! | 第5期IBM BlueHub DemoDayレポート
日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)によるインキュベーション・プログラム「IBM BlueHub」の第5期採択スタートアップによるDemoDayが3月18日に開催された。会場となった東京ミッドタウン日比谷「BASE Q」には大手企業の新規事業担当者やオープンイノベーション担当者、ベンチャーキャピタリスト、メディア関係者など、200名を超える来場者が集まり、例年以上の賑わいを見せた。
同プログラムでは、2014年の第1期スタートから第5期となる現在まで、参加した多くのスタートアップが大手企業との事業提携やベンチャーキャピタル(以下、VC)からの資金調達を実現。第5期となる今回は「テクノロジーによる日本発の革新的事業の創出」をテーマとして掲げ、「通話内容の記録・分析・自動入力サービス」「SaaS型RPA」「中小企業向け海外展開支援プラットフォーム」「口腔内の画像分析によるデンタルチェック」「MRIおよび乳酸測定による疲労分析サービス」といった事業を展開する5社が採択された。
VC各社とIBMによる約半年間のメンタリングを受けた各社のビジネスやプロダクトはいかなる進化を見せたのか。そのプレゼンテーションの模様を紹介する。
スペシャル・セッション「テクノロジーで日本をアップデートする」
会場ではスタートアップ5社のピッチに先立ち、ヤフー株式会社の伊藤氏、株式会社ソラコムの玉川氏、IBMの池田氏をパネリストに迎え、BBT大学の谷中氏によるモデレートのもと「テクノロジーで日本をアップデートする」と題したスペシャル・セッションが行われた。
【スペシャル・セッション 参加者】
<写真左>モデレーター/BBT大学 グローバル経営学科長・教授、地方創生イノベータープラットフォーム INSPIRE 代表理事 谷中修吾氏
<写真左から2番目>
パネリスト/ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト Yahoo!アカデミア学長、株式会社ウェイウェイ代表取締役 伊藤羊一氏
<写真右から2番目>
パネリスト/株式会社ソラコム 代表取締役社長 玉川憲氏
<写真右>
パネリスト/日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 グローバルビジネスサービス事業 戦略コンサルティング&デザイン統括 池田和明氏
「テクノロジーは世界を変える? 技術の進化をいかに取り込むべきか」というセッションテーマにおいて玉川氏は「スタートアップはテクノロジーをキャッチアップするスピード、アウトプットするスピードが何よりも大事。加えて素晴らしいプロダクトを生み出すためには、いかにパッションを持ち続けられるかも重要」と発言し、伊藤氏も「技術情報の収集だけでなく『こういう世界を実現したい』というイメージやビジョンが重要。日本の経営者には足りない部分かもしれない」と付け加えた。
また、「大企業×スタートアップ協業のリアル」というテーマでは、KDDIとの共創を進めている玉川氏が現状について報告。KDDIはソラコムの事業を自社に取り込むという考え方ではなく、「スタートアップである自分たちをKDDIのリソースで支援する」という考え方で組んでくれたことによって協業がスムーズに進んでいると説明した。
一方、池田氏は「事業を取り込むのではなく、方法論を取り込むというスタンスで、大企業がスタートアップから学んでいく姿勢を持つことができれば成果につながりやすいのでは」と大企業側から見たオープンイノベーションについて語った。伊藤氏は数々のアクセラレータープログラムのメンター経験を踏まえ、大企業とスタートアップの境界を連結していくリーダー的人物の存在、スタートアップができるだけ自由に活動できる環境の構築、さらにはそうした環境の中で大企業とスタートアップが対話を続けることが共創成功のポイントであると持論を展開した。
第5期採択スタートアップ5社によるピッチ
スペシャル・セッション終了後、第5期採択スタートアップ5社によるプレゼンテーションが行われ、各社はIBMと著名VCによる半年間のメンタリングの成果を発表した。各社のプレゼン前にはメンタリングを担当したVCメンターからの応援コメントがあり、プレゼン終了後には3名の審査員からの質疑応答時間も設けられた。
なお、審査は「独自性・新規性」「成長の可能性」「テクノロジーの活用度」の3項目からなされ、全社のプレゼン終了後、審査員による評価と来場者による投票によって最優秀賞が選定された。
【採択スタートアップ5社/メンターとなったVC】
●pickupon株式会社/Archetype Ventures Inc, Managing Partner 福井俊平氏
●株式会社チュートリアル/DNX Ventures Managing Director 倉林陽氏
●株式会社IMPAKT/NTT DOCOMO Ventures Inc. Managing Director 浅田賢氏
●歯っぴー株式会社/iSGS Investment Works Inc. 代表取締役・代表パートナー 五嶋一人氏
●株式会社グレースイメージング/Beyond Next Ventures Inc. Manager 金丸将宏氏
■pickupon株式会社
登壇者:代表者 小幡洋一氏
pickupon株式会社の小幡氏は、AIが通話内容の重要箇所を自動でピックアップして営業支援ツールへの入力を行うサービス『pickupon(ピクポン)』を紹介した。小幡氏は、営業支援ツールを使った電話営業が普及し、営業活動の効率化が進んだ一方、膨大な共有情報と入力作業が発生し、電話営業に注力し始めた企業では営業支援ツールへの入力作業だけで年間一人当たり41人日の時間が費やされているという問題を提起。『pickupon』を活用した電話営業を行うことで、入力にかかる時間と手間を削減し、口頭でのやりとりを簡単かつ正確に共有できるようになると説明した。
『pickupon』は、AIを活用した独自のシステムで音声認識の精度を担保するとともに、1分10円というコストでソリューションを提供することが可能であり、価格、ユーザビリティ、精度など、あらゆる側面で競合サービスに対する優位性があると自信を見せた。
すでに大手企業やスタートアップでの導入も進んでいるほか、営業従事者の電話内容の年間推定入力コスト約1,270億円という市場に加え、対面領域まで可能性を広げれば1.1兆円/年のマーケット創出も可能であると将来性の高さをアピールした。
■株式会社チュートリアル
登壇者:代表取締役 福田志郎氏
株式会社チュートリアルが提供する『Robotic Crowd(ロボティック・クラウド)』は、RPA(Robotic Process Automation)による事務作業の効率化・ロボット化を実現するサービスだ。同社代表の福田氏は『Robotic Crowd』について、「Windowsネイティブだった従来のRPAソフトと異なり、SaaS型のクラウドネイティブであるためブラウザさえあればどんな環境でも利用できる。さらに月額10万円で2台のロボットを提供できるなど、時給換算すると70円程度という圧倒的な低コストで導入できる点にも強みがある」と説明した。
また、企業のコスト削減ではなく成長戦略に乗せられる仕組みがあることに加え、ロボットの機能開発をサードパーティーにも公開できるなどプロダクトの優位性をアピール。さらにはIBMのAI技術を活用したチャットボットの開発により、24時間体制でユーザーサポートを行う仕組も構築中であると紹介した。
「昨年9月のリリース以降、これまでに13万回ロボットが動いており、人間の時間に直すと10万時間以上は稼働しているが、今後も順調にロボットの稼働数を増やしていくことで、多くの人の仕事をもっと楽しくクリエイティブなものにしていきたい」と抱負を語った。
■株式会社IMPAKT
登壇者:代表取締役 朽木恵子氏
株式会社IMPACTは海外展開を目指す中小企業とグローバルなプロ人材をマッチングさせるプラットフォームを提供している。青年海外協力隊としてアフリカへの赴任経験を持つ朽木氏は、「どれだけ事前に情報収集をしても、現地に行って初めてわかることばかりだった。現場の肌感覚の大切さがこのサービスの原点」と語り、現在でも海外進出を考えている中小企業の7割が「相談相手がいない」と回答している現状を変えていきたいと訴えた。
同社のプラットフォームでは単発で完結するスポット型、継続的に関わっていくプロジェクト型の2種類を展開しており、朽木氏はそれぞれの成功事例について説明するとともに、すでに自社で厳選した500名以上のグローバル人材を確保し、60カ国以上をカバーしているとアピールした。
また、BlueHubのプログラム期間中にメンターの支援を受け、企業向けのUXを大幅に改善した成果についても語り、海外展開を検討し始めた企業向けに現地のニーズをまとめたデータベースサイトである『ネクストマーケット』を紹介。企業側が自社のプロダクトを入力するだけで、AIが最適なマーケットを提案してくれるというサイトの仕組を説明した。
最後に朽木氏は「人材マッチングサービスを皮切りにHR領域への進出、データを活用した広告事業にも乗り出し、5年後には世界中の企業やイノベーターが集まるような1000のプロジェクトを動かすプラットフォーマーを目指す」と今後の事業展開に対する意気込みを語った。
■歯っぴー株式会社
登壇者:代表取締役 小山昭則氏
歯っぴー株式会社の小山氏が提案したソリューションは、スマホの画像一枚で歯周病をチェックできる『Dental Check』だ。小山氏は、日本人男性の約8割が歯周病に被患している事実に加え、鬱病や糖尿病、さらにはアルツハイマーとの関連性が指摘されている病気であることを解説。その上でプローフと呼ばれる針を使った痛みを伴う検診方法が50年以上変わっておらず、多くの人が検診を避けている現状を説明した。
しかし、その一方で日本にわずか数人しかいない歯周病専門医は針を使わず目視で歯周病を検診できることについて説明し、「歯周病専門医の目をAIテクノロジーによって再現しようと考えた」と、プロダクト開発の経緯を語った。続けて小山氏は、BlueHubのプログラム期間中に、福岡歯科大学の電子カルテデータとIBMのAI技術を利活用することで歯周病の分類図を作り上げ、スマホの写真だけで画像処理診断を行える技術の開発に成功したことを報告。
また、すでに福岡市のヘルスラボでの実証実験も決定しており、今後は行政機関向けのサービスや企業の定期検診、「写真×診断」を活かしたエンタメ系アプリとの連動、舌診(舌の状況の診断)への活用など、さらなるビジネス展開についてもアピールした。
■株式会社グレースイメージング
登壇者:代表取締役 CEO 中島大輔氏
整形外科の医師であり、研究者でもあるグレースイメージング代表の中島氏がプレゼンしたのはアスリートのための疲労評価サービスだ。同社のサービスでは2つの技術を用いることで、選手の筋肉の質や疲労度を計測できるとしている。
1つ目の技術はMRI画像を用いた筋肉の評価方法であり、マラソン選手の疲れにくい筋肉(遅筋)とパワーリフターの疲れやすい筋肉(速筋)を、世界で初めてビジュアライズ化することに成功している。2つ目の技術は疲労物質である乳酸を汗から連続的にセンシングする技術。選手にウェアラブルデバイスを装着することによって、採血の必要なく選手の疲労度を測定することができるため、選手起用の抑制や休憩のタイミングを知ることができるようになるという。
ビジネスモデルとしてはサブスクリプションでの提供を考えており、現在はWebベースの疲労評価ソフトウェア『M-VISIBLE』を開発中であると説明。すでにサッカーや野球といったプロスポーツチームからのヒアリングを重ねており、疲労評価だけでなく得られたデータを医学的視点で解析するサービスであることにも注目が集まっているという。
また、BlueHubのメンタリングを通じて監督やコーチが直感的に使用できるようにデザインシンキングアプローチでUIを作成しており、すでにプロトタイプが完成していることも報告した。実証実験に関してはスポーツと競走馬を検討しているほか、将来的には軍事・宇宙領域、老化対策などへの拡張、グローバル展開も視野に入れていると力強く語り、ピッチを締めくくった。
第4期卒業生によるプレゼン
第5期採択企業5社によるプレゼン終了後、来場者による投票集計にあわせてIBM BlueHub第4期卒業生2社による事業の進捗報告が行われた。
ロボティクスとAIを活用した調理システムを開発・提供するコネクテッドロボティクス株式会社の沢登氏は、昨年のDemoDayで披露したたこ焼きロボットに加え、新たに開発したソフトクリームロボットを長崎のハウステンボスに納入しているほか、大手たこ焼きチェーンの工場・店舗へのアプローチも進んでいると報告。さらにはコンビニ内で調理を行うことを想定したホットスナックロボット、大手食洗機メーカーとコラボしたディッシュウォッシングシステムなどを各種展示会で発表しており、今夏には実店舗での稼働が予定されているプロダクトもあるなど、事業の順調な拡大についてアピールした。
また、AIによる航空交通管制システムを開発している株式会社トラジェクトリーの小関氏は、ドローンの航行ルートを自動生成し、自動誘導する技術を活用した『TRJ X(トラジェクトリーエックス)』というプラットフォームについて、今年6月のローンチに向けて開発を進めていると説明した。また、海外メーカーも含め、複数のドローンメーカーとのタイアップが進んでいるほか、1億円以上の資金調達が完了していることについても報告。IBMのブロックチェーン部隊と進めている協業や数日後に行われる都市部での自動航行ドローンによるフライトテストなど、さまざまな方向に飛躍し始めた事業の進展について語った。
内閣府・石井氏、本荘修二氏による講評
国内のスタートアップや大企業のオープンイノベーションを支援する内閣府 政策統括官付イノベーション創出環境担当 企画官 石井芳明氏は、全社のピッチが素晴らしいものだったと感想を述べ、各社へのエールを送った。pickupon株式会社と株式会社チュートリアルに関しては自動化のソリューションであり、「政府においてもさまざまな作業の自動化を進めているため、興味深く話を聞かせていただいた」と語った。
また、中小企業の海外展開をサポートするプラットフォーム事業を進める株式会社IMPAKTに対しては「JICAやJETROの方々が普段から苦労されているところでもあるので、ぜひとも応援したい」と声援を送った。さらに医療・健康に関わるプロダクトのピッチを展開した歯っぴー株式会社、株式会社グレースイメージングに対しては、「医療・健康は日本がこれから勝っていかなければいけないし、勝つことができる分野である」と語った上で「両社のこれからの活躍に期待したい」と、講評を結んだ。
一方、さまざまなアクセラレータープログラムやビジネスコンテストに関わってきた本荘事務所代表 本荘修二氏は「アントレプレナーシップやスタートアップの世界は、実践する人が一番。だからこそ5チームの方々が一番の主役である」と述べた上で、半年間のメンタリングを通じて各社の大きな成長が見られたIBM BlueHubのプログラムとしての完成度の高さについて言及した。
続けて本荘氏は「テクノロジードリブン、プロダクトドリブンとして素晴らしいプレゼンを見せていただいたが、ビジネスオポチュニティやカスタマーディスカバリーはまだこれからというチームが多かった」と今後の課題についても言及し、5チームの健闘を称えて講評を締めくくった。
受賞結果概要〜特別賞に歯っぴー株式会社、最優秀賞に輝いたのは株式会社グレースイメージング!
本来であれば最優秀賞のみの発表予定だったが、審査員の意見やオーディエンスの投票結果を加味した結果、急遽、特別賞が設けられた。
特別賞を受賞したのは「口腔内の画像分析によるデンタルチェック」をプレゼンテーションした歯っぴー株式会社。同社代表の小山氏は「当初は画像処理の精度が上がらず試行錯誤していた。なんとかAIを導入できないかというアイデアだけで参加したが、BlueHubのプログラム期間中にプロトタイプを作り上げることができた。卒業後も皆さんに使っていただける仕組を構築するために頑張っていきたい」と述べた。
最優秀賞に選ばれたのは、「MRIおよび乳酸測定による疲労分析サービス」をプレゼンテーションした株式会社グレースイメージングとなった。同社代表の中島氏は受賞をうけ、「ビジネスに関してはまったくの素人という状況からスタートしたが、大変素晴らしいパートナーの方々に恵まれた。この半年で私たちのプロダクトやUIは大きく進化したが、これからもさらに加速できるよう、より一層邁進していきたい」と今後のさらなる大きな目標への意気込みを語った。
取材後記
強烈なパッションを持ったスタートアップ、人材・技術・ネットワークに関する豊富なリソースを持つIBM、著名なベンチャーキャピタリストなど、多くの人々の共創・協業の姿勢を間近に感じることのできた今回のDemoDayは、まさに「日本発の革新的事業」の創出を予感させるに相応しい熱量の高いイベントだった。
今回のDemoDayで「IBM BlueHub」のインキュベーション・プログラム第5期は終了を迎えるが、第4期卒業生のプレゼンなどからもわかるように、プログラム終了後もIBMやVC関係者からの継続的な支援を受けることでビジネスの拡大やオープンイノベーションを進めている企業も少なくないようだ。
また、今回の採択企業メンバーの多くが、過去の採択企業の関係者から「IBM BlueHub」のプログラムとしての素晴らしさを勧められてエントリーしているという話も伺っている。期を重ねるごとに参加するスタートアップの満足度も向上しており、今後も「IBM BlueHub」から素晴らしい共創やイノベーションが生まれ続けていくことは間違いなさそうだ。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:加藤武俊)