大企業を中心に浸透する「カーブアウト」は、事業創出・成長の新たな手段となるか?―カーブアウト当事者らによるセッションをレポート!
2022年1月24日、eiiconはオリジナルセッションイベント【大企業からのカーブアウトー大企業がイノベーションを創り出す方法ー】をオンラインで開催した。
イベントのテーマは「カーブアウト」。親会社が戦略的に子会社や事業の一部を切り出し、分社化を行うカーブアウトは、近年、ベンチャー企業を創設する手法として大企業を中心に浸透しつつある。
しかし、一方で、「コア事業とノンコア事業を見極めず、すべての事業をコア事業として考えるマインド」や「事業や従業員を抱え込むことを美徳とする価値観」から、カーブアウトに懐疑的な態度を取る大企業も少なくない(※経済同友会 資本効率最適化による豊かな社会への第1次提言「収益力を強化する事業組換えの実践」要約より)
事業を創出・成長させる手段として、カーブアウトは果たして有効なのだろうか。また、企業内で新規事業を生み出すことと、カーブアウトの間には、どのような差があるのだろうか?
イベントでは、新規事業家として数々の実績を有する守屋実氏、カーブアウト当事者である株式会社 TOUCH TO GO 代表取締役社長・阿久津智紀氏、フォースタートアップス株式会社代表取締役社長・志水雄一郎氏、京セラ/matoil・谷美那子氏の計4名が、「企業がイノベーションを起こしていく手段としてのカーブアウトの有効性」について意見を交わした。
モデレーターを担当したのは、eiicon代表の中村亜由子。セッションの中では、社内新規事業やカーブアウトの経験者ならではの、血の通った議論が展開された。本記事では、その模様をレポートしてお届けする。
【ゲストスピーカー】
▲新規事業家 守屋実氏
▲株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長/JR東日本スタートアップ株式会社 マネージャー 阿久津智紀氏
▲フォースタートアップス株式会社 代表取締役社長 志水雄一郎氏
▲matoil 代表/京セラ株式会社 経営推進本部 本部室 Sプロジェクト2課 責任者 谷美那子氏
カーブアウトが、大企業に”新風”をもたらす
イベントは、3部構成のパネルディスカッションからスタートした。第1部のテーマは「カーブアウトして一番、本社に貢献できたことは?」。親会社の経営資源を活用する以上、カーブアウトにおいて「本社への貢献」は重要なポイントといえるだろう。
中村は、まず阿久津氏に尋ねる。阿久津氏は、無人AI店舗ソリューションなどを開発・提供する「株式会社TOUCH TO GO」の代表取締役社長。JR東日本スタートアップ株式会社主催のスタートアッププログラム内で採択された事業をカーブアウトし、TOUCH TO GOを設立している。
阿久津氏は、中村の問いかけに「『貢献できていない』というのが、正直な答えです」と回答。現状、JRグループなどから調達した資金を上回る成果は生み出せていないことから、さらなる事業成長が必要だと語った。
この回答に対し、守屋氏が「そんなことないです」と応答。「『カーブアウトに踏み出したこと』、それ自体がJRグループへの貢献だと思います」と指摘した。
守屋氏は、TOUCH TO GOはカーブアウトという手法を通じて、JRグループに新風をもたらし、新たな課題解決の形を根付かせようとしていると話す。その活動は、後に続く新規事業群の良きモデルケースであり、JRグループにとって十分意義深いはずだと語った。
続いて、中村は志水氏に問いかける。志水氏は、2016年に東証一部上場の株式会社ウィルグループからカーブアウトし、成長産業支援事業を推進する「株式会社ネットジンザイバンク(現フォースタートアップス株式会社)」を創業。2020年には東証マザーズにIPOを果たしている。
志水氏は、フォースタートアップスのIPOにより、カーブアウトのノウハウやナレッジ、「グループ内の一事業がIPOを達成」というブランドを残した点が、本社への貢献に当たるだろうと述べる。
加えて、志水氏は、こうしたポイントが親会社にカーブアウトを承諾させる説得材料にもなったと話す。フォースタートアップスの創業に前後して、志水氏ら経営陣は、親会社の取締役会などと綿密な調整を重ねた。そのなかで、カーブアウトによる両者のメリット・デメリットを整理し、親会社が得られる利益を明確に示すことでカーブアウトが実現した。
さらに、カーブアウトに際して、志水氏は自宅を売却。金融機関から最大限の融資を受け、一部株式の買収を行なっている。自らの「本気」を示すことも、カーブアウトを承諾させるポイントだったという。
中村は、このエピソードに着目し、なぜ、それほどのモチベーションを持てたのかと尋ねた。
これに対して、志水氏は「日本を代表する起業家や投資家の皆さんとお会いするなかで、世界ではそれが当たり前だと気付きました」と答える。
志水氏は「今、世界標準で最も輝かしいキャリアは、起業からのExitです。その次が、GAFAMレベルの企業でのPre-IPOのキャリアです。なぜなら、時価総額100〜300兆円の企業で0.1%のストックオプションを保有していれば、1000〜3000億円の個人資産を持つことができる。やりがいと経済合理性を考慮すれば、給与ではなく、株式報酬を対価と考えるのが当然です。そうでなければ、事業を我が事にはできませんし、仮にカーブアウトをしたとしても、それは親会社の枠を出ない『一事業』になってしまいます」と述べ、カーブアウト時には「やりがいと経済合理性をいかに両立させるか」が重要性だと訴えた。
カーブアウトによって急速な事業成長が可能となる
続いて、2部のテーマは「カーブアウトの有効性」について。冒頭、中村は谷氏に質問を投げかけた。
谷氏は、京セラ株式会社内のスタートアッププログラムで採択され、食物アレルギー対応のミールキットを提供する「matoil」を立ち上げ。2021年10月より実証実験をスタートさせている。
谷氏は、自らの現状を振り返り、社内新規事業の出口の一つとして、カーブアウトは有効ではないかと答える。matoilが採択されたスタートアッププログラムは、人材育成や組織風土改革といった色合いが強く、カーブアウトを想定したものではないという。そのため、谷氏自身、カーブアウトを行うかは未定だが、事業成長後の選択肢を増やすことは有意義だと思うと語った。
次に、守屋氏は、カーブアウトの有効性として「社内政治に巻き込まれずに、急速な事業成長が可能なこと」を挙げた。
守屋氏は「社内新規事業の場合、『本業とのシナジーが効かない』や『事業部で予算を持ちたくない』などと、色々と異論が挟まれているうちに、事業が見殺しにされるケースが少なくないです。また、事業は一度スピード感を失ってしまうと、二度と元のスピードに戻ることができません。社内政治に巻き込まれて、『一旦来期まで待って』と12ヶ月も先送りにされては、取り返しがつかないことになります」と語り、制約の少ない場所で事業を進められるのがカーブアウトの有効性だと述べた。
ここで、中村は、ゲストスピーカーに「カーブアウトのタイミング」について問いかけた。社内新規事業を成長させる手段としてカーブアウトが有効だとすれば、そのタイミングはいつが適切なのだろうか。
この問いかけに対し、志水氏は「それは人によって変わると思います。ただ、私に関していえば、世界の常識を知っていればもっと早く独立していたと思います」と返答し、カーブアウトのタイミングを検討する前に、まず起業をめぐる世界の状況を知ることが重要だと指摘した。
志水氏は続ける。「世界的に見れば、優秀な人材は起業します。また、アメリカの西海岸では年収1000万円は新卒初任給レベルです。そうした状況が日本では広く共有されておらず、起業への意欲は非常に低い。なので、カーブアウトのタイミング云々よりも、まずは世界の状況を知り、そのなかで自らの求めるストーリーや対価を具体的にイメージすることが大切だと思います。そして、少なくとも、私自身は、そうした知識を事前に持っていれば、絶対にもっと早く起業したと思います」と力強く述べた。
さらに、志水氏のコメントに守屋氏も「カーブアウトは早い方がいいでしょうね」と同調。「まだ、日本ではカーブアウトを含めて、起業の手段が整っていないし、親会社側も理解しきれていないので、タイミングを逸したら、その先ずっと分社化できないということもあり得ます。なので、『出られそうなら出る』というのが適切なタイミングではないかと思います」と語った。
カーブアウトのデメリットとは?
最後のテーマは「カーブアウトのデメリット」について。第3部の口火を切ったのは阿久津氏だった。
阿久津氏は、カーブアウトのデメリットとして「一般事務に追われて、事業が疎かになる可能性がある」と指摘する。特に大企業からのカーブアウトは、メンバーが会計や総務などに明るくないことが多く、事前の想定以上に一般実務にリソースが費やされてしまうことがあるという。そのため、カーブアウトに際しては、早期に事務の体制を構築するべきだと話した。
これに付け加える形で、志水氏は、評価制度や賃金体系など、インセンティブの設計にもいち早く取り組むべきだと主張する。社員のやりがいと経済合理性を担保するためにも、インセンティブは重要な要素となる。しかし、カーブアウトにおいては、親会社との関係上、自律的な評価制度や賃金体系を設定するのが難しいケースが少なくない。そのため、志水氏は、カーブアウトに際しては、親会社を説得する方法論や材料についても考えを巡らせるべきだとした。
守屋氏は「制度の悪用のおそれ」をカーブアウトのデメリットとして挙げた。日本国内ではカーブアウトが一般化しておらず、多くの企業で制度が未整備の状況にある。そのため、なかには、制度の抜け穴を悪用し、親会社に損害をもたらす人物も現れるかもしれない。こうした事態は、組織内にカーブアウトを回避する文化を生み出す可能性もあるため、親会社側はカーブアウトにのぞむ人材の覚悟や責任感にも注意を向けるべきだろうと守屋氏は述べた。
続けて、志水氏はカーブアウトが失敗する確率についても言及する。志水氏は「一般的に、IT系のスタートアップで上場する確率はとても低いです。カーブアウトの場合、もう少し確率が上がるかもしれませんが、それでもExitするのは20社のうち1社がいいところではないでしょうか。それがカーブアウトの現実だと思います。そのため、親会社側には『それでもやる』という動機と、経営チームを的確に評価できる力が求められます」と述べ、カーブアウトにのぞむ際の親会社側のポイントについて語った。
最後に、中村は「アントレプレナーやイントレプレナーにとっては、『失敗して当たり前』とも言えるカーブアウトを、いかに親会社を説得して実現させるか。また、親会社側にとっては、カーブアウトを全社的な戦略のなかに位置付けて、いかに制度化していくか。この2つの観点から、カーブアウトについては検討されるべきなのだと思います」と議論の感想を述べ、パネルディスカッションを締めくくった。
質疑応答:参加者からの質問をゲストスピーカーがリアルタイムで回答
イベントの最後には、参加者との質疑応答の機会が設けられた。以下では、その回答の一部を抜粋して紹介する。
・社内事業の時点から、カーブアウトを想定していたか?
志水氏:私の場合は「ボソボソ言っていた」という感じです。社内新規事業を立ち上げた時点で「成功したらカーブアウトするからね」と常々話していたので、会社にはそれとなく伝えていたと思います。
阿久津氏:JR東日本スタートアップ内での実証実験が終わった段階で、「誰かが我が事として取り組まないと、この事業は終わってしまう」と感じました。それがカーブアウトのきっかけなので、当初から想定していたわけではありませんでした。
谷氏:カーブアウトは全く想定していません。ただ、事業が進むにつれて、社内でもカーブアウトに対する意識が醸成されつつあって、そのなかで、私も出口戦略の一つとしてカーブアウトを認識するようになりました。
・本社機能や会計システムなどを利用できないことにデメリットは感じなかったか?分社化にあたって、工夫した点はあるか?
阿久津氏:正直なところ、本社の会計システムのほうが使いづらく、管理もしにくいです。小さな規模で、機動的に事業を進めていくうえでは、本社機能を使うことが足枷になることもあると思うので、特にデメリットは感じていません。
志水:「グループ統制」と「独立性の担保」をいかにバランスするかには非常に力を注ぎました。この二つは真逆の動きですが、カーブアウトを行ううえでは避けて通れません。報連相を緊密に行いながらも、本社の各部門と調整して、自社の機能をいかに独立させるか。その点を整理するのが、カーブアウトでは最も重要なポイントだと思います。
取材後記
今回のイベントでは、カーブアウト当事者による貴重な体験談や議論を聞くことができた。さらに、その視点も多様であり、カーブアウトからIPOを達成した志水氏、今まさにIPOへの道のりを歩んでいる阿久津氏、眼前にカーブアウトを見据える谷氏、多数の新規事業創出に携わってきた守屋氏と、複数の立場からカーブアウトの有効性について検討されている。今後、カーブアウトに乗り出す企業に良きヒントを送る機会となった違いない。これからもeiiconでは、イノベーション創出のきっかけとなるイベントの開催に力を注いでいく。ぜひ期待して、ご注目いただきたい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:島袋龍太)