セラミックスのその先へ、想像のその先へ―自動車部品・セラミックス技術製品を展開するグローバルメーカー・日本特殊陶業が「新規事業創出」で挑む3つの事業領域とは?
1936年に創立した日本特殊陶業株式会社。セラミックス技術を核として、スパークプラグや各種センサなどの自動車部品メーカーとして、世界中の自動車メーカーから高い信頼を得ている。
昨今、「CASE」や「MaaS」といったメガトレンドにより、自動車業界が100年に1度の大変革を迎えるなか、同社も大胆かつスピーディーな転換をはかっている。共創・オープンイノベーション拠点である「ベンチャーラボ」を、アメリカ・シリコンバレー、ドイツ、東京に創設。さらに、新規事業創出組織Business Creationカンパニーを構える。2025~2030年に事業軸とすべく複数の新規ビジネスをテーマアップするという目標を据え、外部共創による事業化に本格的に取り組む。既に、AUBAでも4か月で30社ほどの面談を進めるなど、スタートアップを含む社外との共創にも積極的だ。
今回、TOMORUBAではBusiness Creationカンパニーの副カンパニー長、稲垣 浩氏にインタビューを実施。同カンパニー発足の背景やビジョン、そして新規事業にかける想いについて聞いた。
■日本特殊陶業株式会社 Business Creationカンパニー 副カンパニー長 兼 ビジネス開発本部長 稲垣浩氏
1992年入社。エレクトロニクスをベースとする新規事業開発や、スパークプラグ、酸素センサを始めとする各種センサの有効活用のためのシステム開発に長く携わる。2001年より2年間、米国に出向し、現地のベンチャー企業と車両センサ統合制御システムの共同開発プロジェクトに従事。また、2015年に買収した米国の自動車部品メーカー、ウェルズマニュファクチャリングの製品を活用し、新規アフターマーケット事業を立ち上げる。2021年4月より現職。
自動車業界で安定した地位がある中で、ずっと危機感を募らせていた
――まずは、稲垣さんのご経歴についてお聞かせください。
稲垣氏 : 私は1992年に新卒で入社しました。当社はセラミックス関連の企業であるため、技術者は化学系出身者が多いのですが、私は電気系のバックグラウンドということで、エレクトロニクスに関わる新規製品やシステムの立ち上げに、キャリアの最初のころから関わっています。また、2001年から2年間アメリカに出向して、ベンチャー企業と新たな車両センサ統合制御システム共同開発プロジェクトに参画。さらに社内の開発のみならず、競合も含めた複数社とのグローバルな共同開発プロジェクトも推進しました。
キャリアを通して、当社の主力製品であるスパークプラグ、酸素センサを始めとする各種センサを有効活用するためのシステム開発や、エレクトロニクスを軸とする新規製品開発に携わってきました。また2015年、当社はアメリカのウェルズマニュファクチャリング(以下ウェルズ社)という、自動車のアフターマーケットの部品を扱う企業を買収。この会社の製品を活用し、当社のアフターマーケットの商流で、新たなビジネスを立ち上げるプロジェクトに参画し、新規事業を立ち上げる経験をすることができたのです。
そうした経験を経て、Business Creationカンパニーの副カンパニー長に就任いたしました。
――これまでのご経歴で、基本的には既存事業をメインで担当されていらっしゃったと思いますが、その中で新規領域へ挑戦せねばならないという危機感をお持ちだったのでしょうか。
稲垣氏 : はい、ずっと持っていました。当社の主力製品であるスパークプラグも酸素センサも、ずっと右肩上がりで伸びており、社内でもこのまま続けていれば安泰だという空気がありました。しかし私は、今後当社の競合であるシステムメーカーが部品+システムで対抗してくれば、単品での商売は非常に厳しくなるのではないかという危機感を抱いていました。
そして、私はエンジニアとして内燃機関が大好きなのですが、学生のころとある研究機関でEV車両の実験を見学し衝撃を受け、このような時代がいつか来るとその時感じた次第です。日本特殊陶業に入社後、当社が持続的に社会に貢献していくためにも当社製品・技術にもっとエレクトロニクスを活用し付加価値を磨いていくべきだと考えました。そして、その付加価値をお客様に認めていただく働きかけをしていかなければならないと感じていました。
――やはり、そうした危機感を稲垣さんご自身がずっと抱いていたなかでの、Business Creationカンパニー立ち上げだったのですね。
稲垣氏 : そうですね。Business Creationカンパニーの創設前は、複数存在した個々の事業部のなかで、それぞれ新規事業を進めていました。ところが、リソースの関係で、どうしても各事業部でできることには限りがありましたし、新規事業テーマが面や線にならないスポット的な状況になっていました。そこで、かねてから「そろそろ全社組織としての新規事業に取り組まねば実りはないのではないか」という話をしていました。
ご存知の通り、世界を取り巻く環境が、未来に向かって大きく変わるフェーズにあります。自動車のEV・電動化が注目される中で、既存事業からの依存から脱出し、全社を挙げて内燃機関部品偏重の事業ポートフォリオ変換を実現すべく、新規事業に取り組む部門として、現在のBusiness Creationカンパニーが発足したのです。
新規事業創出のため、グローバルなイノベーション組織を発足
――Business Creationカンパニーは、「Provide solutions to better the quality of Life in the world」というミッションを掲げていらっしゃいますね。カンパニーとして、どのような未来を見据えていらっしゃるのでしょうか。
稲垣氏 : これまで当社は、スパークプラグや酸素センサのグローバルサプライヤーとして、自動車業界の様々な課題を解決してきました。結果として、世界で走る自動車のパフォーマンスや燃費向上への貢献、排出ガスのコントロールによる環境規制への適合など、自動車の進化を影ながら支えてきたという自負があります。
いま、自動車業界は100年に1度の大変革の真っ只中にあります。当社も、これから既存事業の枠組みを超え、得意のグローバル目線を活用して世界の人々の生活の顕在・潜在している課題を捉え、その解決に果敢にチャレンジしていこうとしているのです。
そして、様々なソリューションを提供することで世界の人々の豊かな暮らしの構築に貢献したいという想いを込めて、このようなビジョンを掲げました。
――グローバル目線の活用ということで、所属している方々のバックグラウンドも様々なのでしょうか。
稲垣氏 : はい。例えば、Business Creationカンパニーのカンパニー長、Dirk Schapeler氏は外国人です。彼はドイツ人で、前職にて新規事業創出に携われてこられた実績を以て力強いマネジメント力で組織を牽引いただいています。また、各事業部から新規事業を手掛けていた社員が集結し、ダイバーシティに富む専門性の人材が所属しています。
そして、新規事業創出を加速させるため、アメリカ・シリコンバレー、ドイツ、東京に、共創・オープンイノベーション拠点であるベンチャーラボを創設しました。国内外様々なナショナリティーのメンバーが連携し合って働いている組織です。
▲共創・オープンイノベーションを推進する「ベンチャーラボ東京」(品川)。日本特殊陶業の技術を体験できるスペースも用意されている。
――Business Creationカンパニーには、数百名が所属していると伺いました。大企業の新規事業セクションとしてもかなり規模が大きく、本腰を入れて新規事業創出に取り組もうという強い意志を感じます。
稲垣氏 : Business Creationカンパニーのファーストフェーズとして、広い範囲で様々な可能性に取り組み始めているという状況です。また現在は、前事業部で手がけていたテーマも複数走らせていて、更にはいくつかの製品、サービスで立ち上げフェーズにあるテーマもあります。Business Creationカンパニーでは事業提案のみでなく、事業の立上げと所定期間の事業運営までを担います関係上、必然的に人数も多くなっています。
既存事業の枠を超え、共創パートナーと共に新規事業を点から線、そして面へ
――続いて、新規事業創出におけるこれまでの活動内容と課題について伺います。2030年の長期経営計画では、これまで新規事業は種まきをしてきたが、事業化までのシナリオは描けなかったという振り返りがありました。そこには、どのような課題があったのでしょうか。
稲垣氏 : 事業を立ち上げスケールさせていくには、点ではなく、線や面にしていく必要があります。当社も4000億円規模の売り上げがあるため、会社を支えるには、ある程度大きな規模の事業にしていかねばなりません。しかし、以前は各テーマがスポット的で点を線や面にするという活動にまで至りませんでした。事業の軸を明確にし、軸を太くしていく、枝葉を付けていくような展開が必要と認識しています。
もうひとつの要因としては、顧客のペインが正確に掴み切れていなかったり、ついつい自前主義に陥り自分たちのやりたいことに偏重し、顧客の欲しいモノとずれてしまったということがあったと感じています。Business Creationカンパニーでは、デザイン思考や人間中心設計思想を全メンバーに導入するなど、顧客視点でのビジネス開発を徹底する姿勢をカンパニー長とともに浸透を図っており、社内の空気も変化が見えてきています。
――稲垣さんご自身も、アメリカのベンチャー企業との共同プロジェクトや、ウェルズ社との新規事業立ち上げをご経験されていらっしゃいます。そういったことから、外部共創の重要性を実感されたのでしょうか。
稲垣氏 : それは大きいですね。特に、ウェルズ社との新規事業立ち上げは、私自身の転機となりました。アメリカの会社なので、文化も違えば言語も違います。そして、当社はOEMベースの思想に対して、ウェルズ社はアフターマーケット専業の会社のため、品質に対する考え方なども大きく異なります。お互いの“当たり前”が、まったく違うんですよね。そのなかでお互いを理解し合う姿勢を大切にする意識が芽生えました。
さらに、お互いの強みを活かしてシナジーを創出し、最終的にエンドユーザーへのメリットにつながるには何が必要か、そうした考え方ができるようになったことが、私自身の大きな収穫でした。
Business Creationカンパニーが注力する、3つの新規事業創出領域
――新規事業創出において、どのような領域に注力していくのでしょうか。
稲垣氏 : 日本特殊陶業の長期経営計画に対して、Business Creationカンパニーは、明確なビジネスチャンスがある領域であり、かつグローバルトレンドにもとづき将来の成長の可能性が見込めると想定した、3つの新規事業創出領域を設定しました。
その領域とは、「次世代モビリティ領域」、「エネルギー・環境領域」、「医療・ヘルスケア領域」の3つです。
――3つの領域それぞれについて、どういったことを実現しようとしているのか、お聞かせください。
稲垣氏 : まず、「次世代モビリティ領域」では、CASEやMaaSをキーとする大変革が起きています。その中で、我々は80年以上自動車部品に携わることで世界中のOEMとアフターマーケットと販売チャネルなど次世代モビリティ領域に貢献できる非常に大きなアセットがあります。また、固体電池や、燃料電池、セラミックによる熱マネジメント等の技術もあり、様々な組み合わせでのハードウエアやシステム、サービスビジネスが展開できるのではないかと考えています。
一例として、当社の自動車アフターマーケットのネットワークは修理工場にまでつながっており、このアセットを活用、ユーザーと修理工場をつないでプラットフォーム化するサービス「ドクターリンク」を2021年5月よりテスト運用開始しました。このように、当社のアセットを活用しつつもこれまでの形態にこだわらない事業を展開することを考えています。
――次に、「エネルギー・環境領域」についていかがでしょうか?
稲垣氏 : 「エネルギー・環境領域」については、食糧、水、空気、エネルギーというライフラインが地産地消されていく環境を見据えています。我々のセラミックスやセンシング技術を活用して創造できる事業は、無限の可能性があると思っています。
たとえば現在、バナメイエビをはじめとする様々な品種の陸上養殖の歩留まりを向上させる水質管理システムに、当社のセンサ技術を活用しています。また、弊社が保有していたセラミックス製プラズマ発生体の技術からウィルスを不活化させ、新型コロナウイルスを含む空気中の浮遊ウィルスを抑制し、安心・安全な空間への貢献に向けた開発も進めています。
「医療・ヘルスケア領域」は、皆さんご存知の通り、いま在宅医療や遠隔医療が進んでいます。そこでのニーズへの対応に、たとえば圧電素子や超音波素子といった我々のセラミックスのエレメント技術の活用や、センサ技術にデジタルを融合させた事業の検討を行っています。
ただ、「医療・ヘルスケア領域」については現在戦略のブラッシュアップを進めている最中であるため、今回の本共創における注力領域としては「次世代モビリティ領域」、「エネルギー・環境領域」を優先的に進めていこうとしています。
――テーマによって異なるかと思うのですが、だいたいどのくらいのチーム規模で取り組んでいるのでしょうか。
稲垣氏 : そうですね、開発フェーズにより異なりますが、まだ初期段階のテーマなどは、数名レベルで進めています。その一方で、立ち上げフェーズに近いテーマの場合は、数十名程のメンバーで運営しています。
80年以上の歴史で培ったネットワークと技術は、強力なアセット
――共創において、社外のパートナーに対して提供できる強み、リソースについてもお伺いしたいです。
稲垣氏 : まず、前述もしました当社のグローバルネットワーク及びこれに基づくダイバーシティ文化が挙げられます。また80年以上自動車部品の会社として事業を営んできた中で培った、難しいことを実現する高い技術力、高い品質と社会貢献の意識があると思っています。
一方、モビリティの領域は自動車のEV・電動化が注目される中で、今後もクルマに対する信頼性は変わらないはずです。そこで、当社が長年培った開発経験に基づく企業文化一つのアセットになるでしょう。そういったものを活かし、自動車以外のセンサやシステム、サービスに対しても、難しいことをやり遂げ、事業の構築、展開ができると思います。
――実際に共創アイデアが外部から寄せられた時は、どのような流れで進めていくのでしょうか。
稲垣氏 : ベンチャーラボが、共創・オープンイノベーションの窓口拠点として最初に面談をいたします。そして、関連部門に繋いでいきます。例えば社内での事業創出・Ideation部門が、各テーマに合致したメンバーをアサインし、そこから実証の方向性を決めていくというのがメインの進め方です。その場ですぐに共創先が見つからなかったとしても、当社には共創アイデアをプールしていくシステムがあるため、数カ月後にまた共創の機会が生まれることもあります。
――最後に、共創パートナーに向けたメッセージをぜひお願いします。
稲垣氏 : 当社は独立系の自動車部品メーカーとして、長年にわたってスパークプラグと排気ガスセンサを中心としたセラミック系コンポーネントにて、世界の車両メーカー様を始めとするお客様の課題解決に、時にはパートナー様との協業も経ながら取り組んできました。今後は、自動車という枠を超えて、グローバル目線で、パートナー様と対等な立場で共に強みを生かしながらお付き合いをさせていただき、新しいことに果敢に挑戦していきたいと強く思っています。
現在Business Creationカンパニーで進めている各事業も、10年後には事業として立派に軸として独り立ちしていることが、目指しているゴールです。そのために、共創パートナーの方々とお互いの強みを活かして進めていきたいですね。そして、私自身も、パートナー様とのディスカッションの場にもできるだけ出席し、たくさんの対話を重ねながら様々なチャレンジをしていきたいと考えています。
取材後記
米国企業との共同研究や新規事業立ち上げプロジェクトから、外部共創の重要性を、身をもって感じたという稲垣氏。現在、Business Creationカンパニーのメンバーに対しても、共創・オープンイノベーションの重要性や、自前主義からの脱却について、アドバイスをしているという。
Business Creationカンパニーという名称で組織化されたのは最近だが、それまで各事業部で新規事業に取り組んできた歴史があり、かつ数百名規模ということからも、ビジネスの種となるテーマが多数あることが伺える。技術力やネットワークなど、強力なアセットを持つ同社と共創を進めることで、事業が花開く可能性も広がるのではないだろうか。
興味がある企業・団体は、AUBA内 日本特殊陶業株式会社 専用ページよりコンタクトを。
https://auba.eiicon.net/projects/949
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)