NTT Comによる共創プログラム「ExTorch」―第1期採択スタートアップと進める共創プロジェクトの成果とは?
NTTコミュニケーションズグループによる共創プログラム「ExTorch(エクストーチ) Open Innovation Program」。現在、第2期となるプログラムへの参加企業を募集中だ(応募締切:3/31)。プログラムの狙いは、グループが保有するアセットに、社外のアイデア・技術を掛け合わせ、既存事業の革新や新規事業の創出につなげること。共創によって生まれたサービス・プロダクトを社会実装し、「事業化する」ことに軸足を置いていることが特徴となる。
2019年に開催された第1期プログラムから5社が現在も継続して共創を進めているという。第2期募集スタート直後となる今回は、第1期の採択企業であるメトロウェザー株式会社と3i Inc.(旧・YouVR Inc.)をお招きし、事務局メンバーとともにプログラムの魅力や終了後の進捗について、余すところなく語ってもらった。
なお第1期のプログラムは以下の4テーマで募集。メトロウェザー株式会社は(4)、3i Inc.は(2)で採択された企業だ。
(1)離れた場所でも自由自在に、身体を動かす体験の拡張
(2)設備運営の自動化で次世代データセンターを創造 ※3i Inc.
(3)ラグビーを革命するスポーツテック
(4)山中の無線中継所や鉄塔を活用した新たなサービス ※メトロウェザー株式会社
双方のニーズが合致して始まった、2つの共創プロジェクト
――まず共創の背景からお伺いします。それぞれどのような課題感から、プログラムでのテーマ提起、あるいはプログラムへの参加に至ったのでしょうか。
NTT Com・斉藤氏: 当社では無線中継所や鉄塔といった設備を保有していますが、これらが遊休資産になっていることが課題でした。やめるにも続けるにもお金が必要です。何かプラスに転じて新しいことができないかと考え、本プログラムにアセットとして出すことにしました。
▲NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 斉藤久美子氏/プログラム事務局の立場から、メトロウェザー株式会社との共創プロジェクトを伴走支援。
メトロウェザー・東氏: 私たちは大学発のベンチャーで、ドップラー・ライダーという風況観測装置を約5年かけて開発してきました。このプログラムに参加した当時は、装置がほぼ完成したタイミングで、どこに展開していくかを社内で議論している最中だったんです。NTT Comさんは「鉄塔というアセットを使ってほしい」ということでしたから、「ドップラー・ライダーを高所に置きたい」という私たちのニーズにマッチすると考え、プログラムに参加することを決めました。
▲【写真中】メトロウェザー株式会社 代表取締役 CEO 東邦昭氏/気象予報士・博士(理学)
NTT Comテーマオーナー平川氏とのチーム写真(2019年撮影)
――「鉄塔を活用したい」というニーズと、「高所に装置を置きたい」というニーズが合致したわけですね。3i プロジェクトはいかがでしょうか。
NTT Com・木付氏: 本テーマは、10年に渡ってデータセンターの構築・運用業務に携わってきたテーマオーナーが提起したものです。そのテーマオーナーは業務の中で、現場調査のために現地へと何度も足を運ばなければならなかったり、手作業が多く残っていたりすることに課題感を持っていました。これらの課題を解決できるパートナーと出会いたいとの思いから「設備運営の自動化で次世代データセンターを創造する」というテーマを提起しました。
▲ NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 木付健太氏/プログラム事務局の立場から、3i Inc.との共創プロジェクトを伴走支援。
3i・Ken氏: 私たちは2016年頃に、空間を3Dでビジュアル化するソリューションを開発しました。最適なマーケットを探索する目的でアメリカのアクセラレータープログラムに参加したり、不動産会社や建設現場、工場などさまざまな施設にアプローチをしたりと、動いていたのですが、なかなか相性のいいマーケットを見つけられずにいました。そんな時にこのプログラムを紹介してもらい、「具体的なユースケースやペインポイントを探れるのではないか」と考え、参加することにしました。
▲3i Inc.(旧・YouVR Inc.)CEO Ken Kim 氏(2019年撮影)
「社会に対してアピールする機会を得られた」(メトロウェザー・東氏)
――メトロウェザーさんと3iさんにお聞きします。本プログラムに参加することで、どのようなメリットがありましたか。
メトロウェザー・東氏: ドップラー・ライダーをインフラとして整備していく中で、色々な方にアピールする機会をいただけたと思っています。というのも、私たちが開発した装置そのものはマイナーなものです。技術面では確立しているものの、営業面では力不足でどう進めていくべきなのかが分かりませんでした。そんな状況でしたから、本プログラムは一歩前へ進むきっかけになったと感じています。
▲メトロウェザーが開発する小型高性能ドップラー・ライダー。
――プログラムのデモデイでは、観客の投票で決まる「オーディエンス賞」を受賞されましたね。
メトロウェザー・東氏: はい、「オーディエンス賞」を受賞したことで、皆さん「風況の可視化が大事だ」とお感じになっていることが分かりましたし、これをきっかけにお引き合いも複数いただけました。実際に、NTT Comさんと一緒にPoCも進行中です。
昨年11月に長崎県五島市で実施されたドローンの配送実験では、現場にドップラー・ライダーを持ち込み、NTT Comさんに可視化の部分を担っていただいて、将来のお客様候補でもある方々に、私たちの風況可視化サービスを体験していただくことができました。
▲メトロウェザーとNTTComのメンバーによって実施された長崎県五島市での実証実験。
NTT Com・斉藤氏: 五島市の実証実験については、国土交通省の「スマートアイランド実証調査事業」というものがあって、そちらにANAホールディングスさんが参加されているんですね。
ANAホールディングスさんには、このプログラムを始めた際にニーズの調査やユーザーインタビューでご協力いただきましたから、定期的に進捗などを報告していました。その関係で参加させてもらったのです。この実証実験では、ドップラー・ライダーで取得した風況データを当社のクラウド環境を活用して可視化することに取り組みました。
▲五島市の福江島と嵯峨島間にドローンによる海上輸送ルートを構築し、ドローンを用いて処方薬などの海上輸送を行った。(図はプレスリリースより抜粋)
――長崎県五島市での実証実験から得られた手ごたえやユーザーからのフィードバックは?
メトロウェザー・東氏: 「こうしてほしい」というリクエストをいくつか頂戴したので、それらを採り入れて改善しているところです。
NTT Com・斉藤氏: 実は先週、香川県でも同様の実証実験に参加してきました。五島市で得た反省点や課題を踏まえてバージョンアップし、再度テストを行ったという形です。
▲香川県で実施された実証実験の様子。
「大企業向けに、ソリューションを改善できた」(3i・Ken氏)
――Kenさんにもお伺いしたいです。プログラムに参加して、どのような点がよかったですか。
3i・Ken氏: 本プログラムの一番よかった点は、自分たちの求めていたユーザー像と合致した企業に出会えたことです。私たちはかねてから現場の具体的なニーズを聞きたいと思っていました。それをもとに改善することで、ユースケースの具体化やペインポイントの解決につなげたかったのです。実際にテーマオーナーは、私たちのソリューションが業務改善に役立つと確信してくれ、私たちと同じビジョンを持って、ソリューションの改善に取り組んでくれました。
また、プログラムに参加したことで得られた気づきもありました。私たちのソリューションが、実はエンタープライズカスタマーと相性がよいということです。なぜなら、大企業の方が維持しなければならない資産を数多く保有しています。ですから、大企業であるNTT Comさんと一緒に具体的な現場の声を聞きながら、エンタープライズ向けソリューションへと進化させられたことは、このプログラムで得た最大の成果でした。
▲大規模な商業施設や工場向けのファシリティマネジメントソリューション「3i INSITE」。
――具体的にどのように共創を進めてこられたのでしょうか。
3i・Ken氏: まずは当初の予定どおり、データセンターの現場調査ソリューションとして試すことからスタートしました。毎月のように現場を一緒に訪問して要望を聞き「どうすれば現場に合ったソリューションになるか」検討を重ねました。
その結果、次第にユースケースが広がり、社内のコミュニケーションや国を越えたビジネスコラボレーション、あるいはマーケティングやセールスにまで使えるソリューションに仕上げることができたのです。正直なところ、ここまで一緒に取り組んでもらえると思っていなかったので、非常にうれしかったですね。
――当初の想定を上回るソリューションに仕上がったのですね。現状どの程度、実運用されているのですか。
3i・Ken氏: NTT Comさんのデータセンターや通信ビルにおいて、可視化やコミュニケーション用途で使ってもらっています。これが好事例となり、日本国内屈指のデータセンター事業者や建設会社、それに建物・設備を多数保有する大企業、たとえば電力や石油、倉庫といった業界から、たくさんのお問い合わせをいただけるようになりました。
私たちのソリューションのポイントは、「誰でも簡単に屋内のストリートビューを作成できること」です。これができると、出張を減らせるので費用削減にも役立てられます。加えて今、コロナの影響で国外はもちろん国内でも出張が難しい状況ですから、そういった意味でも私たちのプロダクトに期待が寄せられています。
着飾らず本音をぶつけることで育まれた「真の共創関係」
――共創を進める中で、立ちはだかった壁や課題などはありましたか。どのように乗り越えたかも含めてお聞きしたいです。
NTT Com・斉藤氏: プログラム期間中、六甲山にある鉄塔にドップラー・ライダーを置く予定でしたが、装置の開発や事前の調査などに時間を要し難航しました。一旦、鉄塔から離れ「何ができるか」を考え直さなければならなかったことが、直面した課題でしたね。
そんな中で、ドップラー・ライダーと当社の強みを活用しながら、社会の課題をどのように解決していくのか。メトロウェザーさんとは週1回の頻度で会話を重ねてきました。ユーザー候補となる方たちにヒアリングを行いながら、少しずつプロジェクトを前進させています。
――東さんはいかがですか。
メトロウェザー・東氏: スタートアップと大企業とでは、考え方や置かれている立場が全然違います。当初、そういったギャップが壁としてありました。ですが、プログラムの中頃に、お互いが「そういう考え方なのか」「そういうことに困っていたのか」と分かり合える瞬間があって、そこを乗り越えてからはスムーズでしたね。プログラム期間中にギャップを埋められたからこそ、プログラム終了後に業務提携契約を締結し、今も継続して取り組みを進められているのだと思います。
NTT Com・斉藤氏: 実は私たちも当初、遠慮していた期間がありました。「なるべく迷惑をかけないように」という配慮ではあったのですが、仲間だったら「今こうだからこういう状態なんです」といったことも、本当は説明しなければならないと思うんですね。大丈夫ではないのに「大丈夫です」というのも失礼なので。本音を包み隠さず伝えることが大事だと気づき、今ではキレイに着飾って会うのではなく、本当に普段着で会えるような関係性を構築できています。
――どのように距離を縮めていかれたのでしょうか。
NTT Com・斉藤氏: メトロウェザーさんが京都で私たちが東京なので、オンラインミーティングが多くなるのですが、メトロウェザーさんが東京に来られるときには対面でお会いして、気になっていたことなどを聞くようにしています。
メトロウェザー・東氏: やはり対面でお話しする機会があるのとないのとでは全然違うと思います。それに、ミーティングもカジュアルな雰囲気なので助かっていますね。
▲メトロウェザー社とNTT Comテーマオーナー平川氏とのチーム写真(2019年撮影)
――遠慮せずに本音で話し合うことが、関係を継続していくために重要だということですね。Kenさんはいかがですか。
3i・Ken氏: 課題はなかったのですが懸念は持っていました。「ただのショーなのではないか」という懸念です。以前、大企業が自社のプロモーションを目的に、こういったオープンイノベーションプログラムを実施しているのを見たことがあったので。それにNTTグループは非常に大きな企業ですから、堅実すぎて何も進まないのではないかという心配もありました。時間ばかりを要して成果が何もなければ、スタートアップとしては困ります。
しかし実際、プログラムに参加してみて、そんなことは一切ありませんでした。テーマオーナーが私たちと驚くほど同じようなビジョンを抱いていて、なおかつ強い情熱もお持ちでした。また、大企業だけあってさまざまな側面から、私たちを支えてくれました。プロダクトを改良していくプロセスにおいても、見せかけではなく「現実的な必要性」を重視してアドバイスいただけたので、とても参考になりましたね。
▲3i・Ken氏とNTTComテーマオーナー稲葉氏とのチーム写真(2019年撮影)
――順調だったということですね。木付さんからはプログラム事務局の立場から、直面した課題、それをもとに改善した点などをお聞きしたいです。
NTT Com・木付氏: 当初の予定では、プログラム期間が終わり継続判断となった後、テーマオーナーが所属する部署で、実装に向けてプロジェクトを進める設計としていました。しかしテーマオーナーは、このプロジェクトとは別で本業も持っています。周囲の巻き込みなども含めて、すべてをテーマオーナーの部署で担うことが難しいことが進める中で分かってきました。
そこで当初の設計を改め、事務局メンバーである田口や私がBizDevとして伴走し、NTT Comの社内やNTTグループ、さらには外向けの展開を進めていくことにしたのです。その中で取り組みの成果も出てきたため、第2期からは正式に事務局のメンバーが、プログラム終了後の一定期間、伴走して支援を行える体制に変更しました。この点は第1期の課題を踏まえて改善した部分になります。
NTTグループ内外に向けて拡販、同じ悩みを持つ企業の課題解決へ
――今後の展望については、どう考えていらっしゃいますか。
メトロウェザー・東氏: 鉄塔にまだ置けていないので、鉄塔に置いてデータを取得したいです。ただ置くだけではなく、お客様のニーズに応えられる形で置くことが理想です。加えてUIの部分ですね、どのようにお客様に見せると、お客様の課題を解決できるのかという部分を突き詰めていきたいと思っています。
NTT Com・斉藤氏: 来年度はぜひドップラー・ライダーを鉄塔に置きたいですね。それと、風況可視化のニーズはあるのですが、どこからお金を集められるかはまだ可能性の段階です。具体的なビジネスモデルの構築が、今後の課題だと捉えています。実証実験を重ねながら事業化に向けて、引き続き取り組みを継続していきたいです。
――3i プロジェクトは、いかがですか。
3i・Ken氏: 昨年まではプロダクトをエンタープライズ向けへと進化させることにフォーカスしてきましたが、今年はいよいよ全世界に向けて積極的にマーケティングを開始していく計画です。
NTT Com・木付氏: NTTグループへの展開も検討中で、すでにNTT東西や、コムウェア各社へは紹介しています。いずれも通信ビルやデータセンターなどを保有しているので、共通の課題を解決できるのではないかと考え、グループ横断で活用を検討するタスクフォースも立ち上げました。
一方で、NTTグループ外向けの拡販も検討しています。NTTグループは強力な営業組織を持っていますので、社内のリソースも活用しながら、幅広く展開していく考えです。
――NTTグループ内へもアプローチを検討されているのですね。営業部門からは、どのような反応がありましたか。
NTT Com・木付氏: 非常に興味を持ってくれていますし、営業を通じてファシリティマネジメントを本業とするグループ会社からもポジティブな声を頂戴しています。簡単に建物の中を撮影しストリートビュー化し、管理できる点が評価されています。
NTTComとしてのサービスリリースはまだですので、グループ外としては数社への紹介のみですが、それだけでもポジティブな声が聞こえてくるので、「良いサービスに仕上がっているのだな」という実感を持っています。
――いずれのプロジェクトも、今後の飛躍が楽しみです。最後に、第2期プログラムへの参加を検討されている皆さんに向けて、一言メッセージをお願いします!
3i・Ken氏: NTT Comさんは大企業なので「堅い」というイメージをお持ちかもしれませんが、そんなことはなく非常に柔軟ですし協力的です。NTT Comさんの求めていることと、自分たちの実現したいことがマッチするのであれば、積極的に挑戦してほしいですね。
メトロウェザー・東氏: こうした機会がたくさんあるわけではないので、思い切って参加してみるといいのではないでしょうか。そして参加後は「大企業にこんなことを言うと関係が崩れてしまうんじゃないか」といった遠慮はせず、主張していくことが重要だと思います。
取材後記
取材を通して、プログラムを契機に生まれた事業の芽が、プログラム終了後もしっかりと育まれている様子が伝わってきた。第2期プログラムはすでに募集を開始している。今期は5つの募集テーマ【水中ロボット/データセンター/通信ビル/応対自動化AI/SIMサービス】が掲げられた。いずれも非常に興味深いテーマばかりなので、以下の関連記事もご覧いただき、ぜひ第2期プログラムへの応募を検討してほしい。
(オンラインプログラム説明会:3月2日 18:00~20:30/応募締切:3月31日)
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※募集詳細・応募ページ:「ExTorch Open Innovation Program」