オープンイノベーターズバトン VOL.7 | JOMDD 石倉大樹
オープンイノベーション界隈に身を置き、数多の事例を見てきている業界人たちの知恵をオープンにしてしまおうというシリーズ企画「オープンイノベーターズバトン」。今回取材したのは、メディカル系インキュベーションを推進する株式会社日本医療機器開発機構(JOMDD)のCOO、石倉大樹氏です。
石倉氏は九州大学農学部在学時に医学部発の大学発創薬ベンチャー「アキュメンバイオファーマ」創業に参画、眼科技術を上市(欧州)に成功。また、エムスリー株式会社に在籍時には医療分野の新規サービス開発を担当しました。
その後、米スタンフォード大学経営大学院留学中に、アメリカ食品医薬品局(FDA)で日本人初となる医療機器審査官を務めていた内田毅彦氏と出会い、JOMDDを共に立ち上げました。
――第7回目となる「オープンイノベーターズバトン」では、大企業と内外ベンチャーを繋ぐべく、投資や事業化、コンサルティング事業に携わってきたJOMDDの石倉氏から、オープンイノベーションを成功に導く秘訣をお伺いします。
■株式会社日本医療機器開発機構 取締役 COO 石倉大樹氏
九州大学農学部在学時に、医学部発の大学発創薬ベンチャー「アキュメンバイオファーマ」創業に参画、日本で初めて大学発の技術を事業化した会社として上市(欧州)に成功。エムスリーで医療分野の新規サービス開発に従事したあと、米スタンフォード大学経営大学院に留学し、2012年にJOMDDを立ち上げ、現在に至る。
オープンイノベーションに可能性を感じ、チェスブロウと面会
ベンチャーでの新規事業、外部とのアライアンスなど、オープンイノベーション的な取り組みはずっと行ってきましたが、”これぞオープンイノベーション”と呼べる活動をしたのはエムスリーにいた2008年のときです。エムスリーは日本では医師の9割にあたる28万人以上が登録する、クローズドなオンラインコミュニティです。このネットワークをレバレッジし、新規事業をつくるための新規事業開発担当となってオープンイノベーションに取り組み、トライアル&エラーを繰り返してきました。
ちょうどその頃にヘンリー・チェスブロウ氏が来日したときは、いてもたってもいられなくなって講演会に行き、名刺交換をして、「あなたの提唱するオープンイノベーションのドクター版をやりたいのです」と想いをぶつけました(笑)。そのときのビジネス自体はフィジビリティの段階で断念せざるを得ず、事業化には至りませんでしたが、日本企業のR&Dや新規事業担当者に、想定する価格帯、アウトプットへの期待値などをインタビューして知見を貯めていきました。
医療業界特有の”危機感”
JOMDDで扱う案件は、医師の臨床ニーズに基づく研究や、医療系スタートアップへの出資のほか、大企業・中小企業からのカーブアウト系のご相談も多いです。「大企業でカーブアウトした」、もしくは「ポートフォリオでは優先順位が低く予算はかけられないが、技術は優秀なので外部と開発を進めたい」、というご要望です。かつてなら、外に出すのはいやだけれど、かといって自社で開発するのも難しいという、いわゆる「go」も「no-go」も出ない状況が多かったようですが、最近は迅速な開発が優先されるようになってきたように見受けられます。
その理由はなんといっても危機感です。危機感により、オープンイノベーションが喫緊の課題となってきました。製薬企業で言うと、アンメットニーズ(治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)の領域は限られてきているので、昔のようにブロックバスターと呼ばれる1つのプロダクトで1000億を稼ぐような収益性の高い医薬品の開発だけを狙うわけにはいかなくなってきており、従来のビジネスモデルからの脱却が求められるようになってきました。
ペイシェントジャーニーは予防、診断、治療、モニタリングという4つのセグメントから成るものですが、これまで製薬企業は、R&D、臨床開発、薬事承認、マーケティングといった治療のセグメントしか見てきませんでした。ここが変わってきていて、診断やモニタリング、薬の処方後のサービスがないかを探しています。事業ドメインを他で探し、拡張していかなければ成長できなくなったのです。
そうした危機感の中で、オープンイノベーションに目が向くようになりました。例えば当社株主のキヤノン社も医療機器メーカーを買収して「キヤノンメディカルシステムズ株式会社」をグループに入れ、医療系に力を入れていますが、大企業はリスクの高い新規事業にそう簡単に手を出すことはできません。そんなときに、我々JOMDDのようなインキュベーション事業者を使えば、リスクの低いステージまでタネを育てられます。技術であればリスクを管理しながら理解を深めることになり、ベンチャーであれば出資先のメンバーへの理解が深まり、情報の非対称性がなくなります。いわゆるCVC的に、当社に出資していただいている株主は多いです。
イノベーション担当者が「個」で動ける文化をつくる
日本企業のオープンイノベーションへのコミットメントは高くなっていると感じます。ただ、大企業側がベンチャーを受け入れる際は、スピード感が重要です。同じスピード感、同じ感覚でいられないと、スタートアップも疲れてしまいます。特に製薬企業や医療機器企業は動きがスピーディーとは言えず、全ての産業で一番付き合いづらいと言われることもあります。
大企業はプロジェクトが1カ月遅延してもそれほど困らないケースもあるかもしれませんが、スタートアップにとっては死活問題です。そこを解決するために、大企業側の担当者には独立性や権限を持たせることが必要ですし、それを是とするカルチャーを持ったチームで編成しなければいけません。つまり、イノベーション担当と既存事業担当を区分するのです。既存事業とのシナジーを出すのは非常に重要で、組織のどこかにぶら下げるという発想もあってしかるべきですが、重要なのは、担当者が独立し、「個」で動けることです。そうなれば、スタートアップにとっても好ましい存在となります。
海外のスタートアップとオープンイノベーションに取り組みたいと考える大企業も多いでしょう。そのときに言えるのは、海外スタートアップにとっては「日本市場に入っていきたい」という明確な計画がない限り、敢えて日本の大企業と組むメリットはないということです。会社の看板は効きません。個の領域で、特定のテーマでフラグを立てる必要があります。
シリコンバレーに日本の駐在員を置いても現地になじめずに帰ってきてしまうのだとすれば、それは「この領域ならあの人だ」と、名前で覚えられる前に帰ってしまうことになります。バイネームで覚えられれば、そのネットワークで案件の相談が入ってきます。そのためには、現地で長期間腰を据えて行動しなければなりません。
我々が支援している日本の大手電機メーカーや、医療ベッドメーカーの事例では、彼らの持つデジタルヘルスのプロトタイプがアメリカの医療機関や保険会社でも売れるのかどうかをフィジビリティスタディしに行きました。アメリカでは病院の中にイノベーション担当者やデジタル担当者がいるので、その人たちにヒアリングしたのです。病院でも患者でもいいのですが、最終的なエンドユーザーがどう利便性を感じるか、費用対効果があるのかについて、早い段階でフィードバックをもらい、製品デザインに反映していくという、製品開発のためのPDCAを回さないとスケール化はできません。当社では、その一番面倒くさい、汗をかくところを一緒にやっています。
国内企業には「どこから始めたらいいか分からない」というケースも多かったのですが、最近は「一緒にやっていきましょう!」と言ってくれる会社が増えてきました。CVCを立ち上げて現地にオフィスを持つ、というトレンドが日本で起きたのと同じタイミングですね。ですから、当社の顧客や株主は海外展開に積極的です。
オープンイノベーションへの注目が高まる医療業界
チェスブロウ氏が来日した10年ほど前は、まだオープンイノベーション黎明期で、日本ではまだまだ自前主義、オープンイノベーションに対して懐疑的な雰囲気が根深かったことを覚えています。しかし現在、状況は本当に変わったと感じます。特に、製薬、医療機器、ヘルスケアなどの医療系はあらゆる産業の中でも一番保守的なことで知られますが、その中でさえ、オープンイノベーションという言葉が飛び交っているのは大きなことだと思います。
当社もかかわりのある製薬企業の新規事業開発向けの定例会等では、例年「創薬」というテーマでゲストスピーカーを呼んで講演を行います。しかし近年は「デジタルヘルス」「Dx」というテーマで講演者を呼ぶことも多くなり、弊社に声がかかることも増えてきました。製薬企業はもちろんデジタル畑ではないので、デジタルヘルスやDxを始めるなら外とのパートナリングは必要不可欠です。この動きはますます加速していくでしょう。
小さなサクセスとPMFの両方を見る
とはいえ、オープンイノベーションでそう簡単にホームランが飛ばせるわけではありません。スタートアップも、大企業側の担当者にも言えることですが、まずは早い段階で小さなサクセスをつくり、自分たちの価値を認めてもらうことが大切です。
CVCが投資を決めるのには半年~1年かかることもあります。それをじっと待つよりも、「どこかの事業部にこんなに情報提供できたのだ」という、有形無形のバリューを出されている企業もいらっしゃいます。小さくてもいいので積み重ねていくことは、トップマネジメントからのエンゲージメントを維持する上で重要な要素の一つです。
また、オープンイノベーションに取り組むなら「プッシュ型」だけではなく「プル型」で色々な方に相談してもらえる土壌がないといけないので、認知度を上げることも重要ですが、まずは気軽に相談できる環境と幅広に対応できるチームを揃えることも大事です。
一方で、大きな視点も必要です。当社が新規の相談を受ける際は、いろいろな先生にヒアリングします。発明者の先生からだけではなく、その診療科の別の先生や海外の先生にも話をお聞きする。アイデアが具現化したときに本当にスケールするのか、その医療機器を買ってもらえるのか、いくらなら買ってくれるかを徹底的に定性・定量調査します。そのヒアリング結果の通りに行かないこともありますが、それをやらずに思い切って進んで上手くいくことは、まずありません。ガッツセンスも必要ですが、エビデンスを取って、本当にニーズがあるのかどうかは徹底的に詰めています。
オープンイノベーションは人と人とを繋ぐだけでは実現しません。横の広がりは入り口として必要ですが、究極的に落とすときには、本当にそれがイノベーションになるのかどうかの基礎的なところ、つまりPMF(プロダクトマーケットフィット)を考えなければいけません。これはどの産業でもおそらく変わらないでしょう。
ベンチャーにとって、新規の案件を考えて、インダストリーを特定して、主要な企業を選定、さあ話をきこうとなったとき、誰にきけばいいのかは悩むところです。すぐに思いつくのはR&Dかマーケティングですが、彼らも自分の日々の仕事があるので、新規案件のヒアリングにはいちいちつきあってくれません。しかしそこでイノベーションが止まってしまうと、せっかくの機会を逸してしまいます。オープンイノベーションを始めたいけれど、なかなか機会がなくて……とお悩みの大企業は、社内にオープンイノベーション担当や、CVC担当を持つことをおすすめします。そこでベンチャーからの新規相談を専門的に受け付けるのです。担当者がある程度の決裁権を持っていれば、R&Dの責任者も一緒に連れて来て、一気に話が進むこともあるかもしれません。そうしたフランクさ・スピード感に関しては、アメリカに比べると、日本は圧倒的にハードルが高いです。
ただ、昔に比べると大企業の社員がスタートアップに入ったり、スタートアップの社員が大企業に入ったりするようになり、文化はカジュアルになりつつあります。医療業界でも、スタートアップは若手だけではなく、ベテランも多いです。この変化が進めば、お互いの感覚や、懐具合が分かってくるので、動きはスムーズになるでしょう。この流動性がさらに進むことを期待しています。
石倉氏のお話の中から、オープンイノベーションの成功のエッセンスとして導き出されるのは主に以下のポイントです。
●「イノベーション担当者には独立性と権限を」……プロジェクトが1カ月遅れたら、スタートアップにとっては死活問題。大企業のイノベーション担当者に独立性や権限を持たせて同じスピードで動けるようにしよう
●「バイネームで覚えてもらう」……日本企業が海外のスタートアップとオープンイノベーションに取り組みたいのなら、プロトタイプなど早期の段階から現地に拠点を置き、長期間腰を据えながら人脈を育てよう
●「小さなサクセスを積み上げる」……オープンイノベーションの取り組みに関して、トップマネジメントからエンゲージメントを維持するには小さくてもいいのでサクセスの積み上げが大事
●「PMFがなければ成功はない」……繋ぐだけではなく、「本当にこれがイノベーションになるのか?」を考える
(編集:眞田幸剛、文:菅葉奈、撮影:古林洋平)