【インタビュー】コロナで混乱する医療業界を救う次世代聴診デバイス。実現を可能にした「フルーガル・イノベーション」とは
コロナショックによって最も影響を受けている医療業界。医療崩壊を起こしている現場も少なくなく、その多忙ぶりは多くのメディアでも取り上げられてきた。しかし、確立した治療法がない現成では医療従事者の方々も感染のリスクが怖くないわけではない。
そんな中、より感染リスクが少ない診療方法が広がりを見せている。デジタル聴診デバイス「ネクステート」(下画像)を使い、患者に直接触れずに聴診し、飛沫感染リスクを抑えるという方法だ。ネクステートはBluetooth無線通信機能が内蔵されているため、患者自身に聴診器を当ててもらえれば、ビニル越しの診察を可能にしてくれる次世代の聴診デバイス。
ネクステートを開発した株式会社シェアメディカルは先日、エヌ・ティ・ティ・スマートコネクト株式会社、公益財団法人豊田地域医療センターと提携し、同医療センターの外来で次世代遠隔診療システムを実現した(※)。今回はシェアメディカル代表の峯 啓真氏にオンラインで取材し、医療業界が抱える課題と今回の取り組みの経緯について話を伺った。
「資金も人も乏しいベンチャーが、大手企業と渡り合えている要因は『スピード』」と語る峯氏は、「フルーガル(質素、倹約的)・イノベーション」という言葉を使って開発の経緯を説明してくれた。医療業界という閉鎖的な社会で、わずか5名で改革を起こした成功要因をまとめていく。
※ニュースリリース:豊田医療センターと連携協定締結、ネクステートを新型コロナウイルスの診察へ活用
今でもFAXで情報共有。コロナショックで浮き彫りになった医療業界のデジタル化の遅れ
――まずはコロナショック以前から医療業界が抱えていた課題について教えて下さい。
日本の医療業界は、電子化が遅れていると、長い間言われてきました。私が起業した2014年ごろは、電子カルテを導入しているクリニックは全体の30%ほどでしたし、最近でも40%ほどです。その背景には、デジタル化してもしなくても保険点数が加算されないため、高額な費用をかけて導入するメリットがそれほど無いことが挙げられます。
ですので、コロナショック以前は病院に電子化の提案をしても、相手にもされませんでした。医療業界に限りませんが、見慣れないもの、自分たちが想像できないものはなかなか普及しません。一度サービスを使って貰うとよさを分かってもらえるのですが、導入までの道のりがとても長く、苦労してきました。
▲オンラインで取材に応じていただいた峯氏
――そのような状況でコロナショックが起きてしまい、どのような形で問題が浮き彫りになったのでしょうか。
業界には非効率な業務がいまだに多く残っており、コロナショックが起きて医療業界は一気に混乱しました。未だに情報共有の主力はFAXです、加えて朝令暮改の国の方針にも追いつけませんし、感染者のデータも手入力で行われているので時間もかかります。行政は現場の詳細な状況を掴めないまま制度を作って発表するので、制度が現場に浸透していない場面も多々ありました。
事態が深刻化してやっと、医療業界もデジタル化の必要性に気づくようになりました。コロナの感染者が殺到している病院には、一般の患者は怖くて行けませんし、ドクターも怖くて応援に行けません。防護服などが完備されていればいいですが、ドクターも感染が怖いのは私達と同じです。一般患者や医療従事者への感染リスクをさげるために、最近普及し始めているのがオンラインを使って、院内でコロナ感染者との動線を分ける「院内遠隔診療」です。別室で離れて診療することができれば、ドクターも感染者も一般の患者も安心して診療を受けられます。
――メディアでも取り上げられているように医療業界全体が大変だったのですね。
いえ、実はメディアで取り上げられているのは、医療業界の一部です。テレビなどでは、徹夜で大変な医療従事者たちの姿が映し出されていますが、それは発熱外来や救急などの一部の診療科だけです。それ以外の診療科では、逆に来院がなくてガラガラの状態が続いています。診療報酬は3ヶ月ごとに病院に支払われるため、今は3ヶ月前の報酬で経営を続けていますが、このままの状態が続けば経営に苦しむクリニックがたくさん出てくるのではないでしょうか。
緊急事態宣言でちょっとした風邪くらいで病院に行く人はいなくなったのは、クリニックの経営には大きなダメージを与えているはずです。それだけでなく、小児科などで本当はワクチン接種が必要な人まで来院しないのは、新しい問題を生み出すことになりかねません。今後はそのような課題もケアしていかなければなりませんね。
「遠隔診療」ニーズで問い合わせが3倍に。支えたのは台湾のものづくり魂
――医療業界の課題を聞いたところで、「ネクステート」についても教えて下さい。
ネクステートはもともと「耳が痛くならない聴診デバイス」というコンセプトで開発した製品です。毎日、聴診器を使っている数十名〰数百名を診療するドクターたちは、聴診器に耳を締め付けられて耳が痛くなることに困っていました。ネクステートは聴診器で拾った音をデジタライズし、Bluetoothで接続したヘッドフォンやスピーカーで聴診器の音をヘッドフォン等で聞けるデバイスです。耳が痛くならないだけでなく、音量も調整できるため難聴のドクターでも聴診が可能になりますし、録音して学生や研修医の教育用にも使えます。
コロナ以前からドクターの間で口コミで広がりつつあったのですが、コロナショックにより患者と離れて診療する必要性を感じたドクターが、次々に導入し始めました。2月くらいまでは「日本ではそんなに感染が広がらないだろう」という風潮もあったのですが、3月に日本で本格的に感染が広がったのを機に、それまでの3倍の数の問い合わせ来るようになりました。
――すごい増え方ですね。
病院からの問い合わせだけではなく、医療機器を扱う代理店からの問い合わせも増えました。医療機器業界は医療業界に輪をかけて閉鎖的なので、それまで付き合いはありませんでしたが、4月に入ってからこちらからお願いしなくても取り扱ってくれるようになりましたね。
――急に注文が増えたのは喜ばしいことだと思いますが、生産は追いついたのでしょうか。
運がよいことに私達は台湾の工場で生産していたので、ギリギリではあったものの間に合いました。もし中国の工場で生産していたら、確実にアウトでしたね。一部の部品は中国製を扱っていたのですが、台湾に運ぶのに大変苦労しました。アプリの開発と違って、急速な需要に対応しなければいけないのはハードウェアビジネスの難しいとことです。
ちなみに今回の出来事を機に、製造をフル台湾製に切り替えました。台湾政府からの支援もあっての取り組みだったのですが、昨年に台湾の視察団が取材に訪れるなど、台湾では珍しい出来事だったようです。
――台湾のメーカーを選んだ理由はなんだったのでしょう?
実はネクステートの着想を得てすぐ、国内の町工場に話を聞きに行ったのですが、どこにも相手にしてもらえませんでした。そんな状況で、台湾のメーカーと繋がれるイベントに行ったのがきっかけです。彼らはヘッドホンなどを作っているオーディオメーカーで、脱下請けするために自社ブランドを作りたいと考えているところでした。お互いのニーズが合致し、私も彼らのものづくりへの姿勢に惹かれて、生産を依頼することにしたのです。
実際に彼らと仕事をしていると、考え方がかつての日本の職人のようだなと思うことが多々あります。「とりあえずやってみて、すぐに作って結果を出すこと」を重視しているので、彼らと出会って開発もスピーディに進みました。2回目に合った時には、試作機も作って持ってきてくれたのです。
私は「下町ロケット」が好きで、本当は日本で佃社長のような、熱いものづくりの魂を持っている人に出会いたいと思っていました。結果的に国内で出会うことはできませんでしたが、彼らに出会えて夢が叶いましたね。
ネクステートがオープンイノベーションの台風の目に。その理由は「わかりやすさ」
――先日発表した豊田地域医療センター、NTTスマートコネクトとの提携について、経緯を教えて下さい。
どちらも縁に恵まれて今回の提携に至りました。豊田地域医療センターの先生とはもともと面識がありまして、コロナショックが起きてから話を聞いてみると、毎日5件は感染の疑い患者が来ている状況だったのです。既に医療崩壊が危惧されている中で、スタッフも守らなければならず、ネクステートによる非接触の診療を始めることにしました。
NTTスマートコネクトに関しては、ホームページから連絡を頂いてからのお付き合いになります。同社はNTT西日本の子会社で、ラジオアプリの「ラジコ」などの開発実績をもっている、大規模なメディア音声を扱うのに長けている会社です。「聴診器の音を鮮明に表現するために、うちの技術を使いませんか」という風に連絡を頂いて、提携する運びになりました。
実は似たような問い合わせが増えており、この前は波形分析の研究をしているAIの会社に「うちの技術を使いませんか」という提案がありました。これからネクステートが「嵐の目」になってオープンイノベーションが加速していくと思います。
――優れた技術を持った会社が、ネクステートに惹かれる理由は何なのでしょう?
ネクステートの価値が分かりやすいからです。ドクターにネクステートを使っているところを見せれば、誰もがどんな商品か想像がつきますし、価値を理解できます。使い方が単純だからこそ、優れた技術を持っている企業は技術を提供したがります。おかげで数名しかいない私達の会社が、業界大手と渡り合える商品に育て上げることができました。
――「商品力」こそオープンイノベーションの鍵になっていると思いますが、ネクステートを開発する過程で大事にしていたことはありますか。
スピードですね。最近、効率よりも機敏さを優先するという考え方の「フルーガル(質素、倹約的)イノベーション」が、日本でも認知されるようになってきました。資本も人も乏しい私達が、ここまで注目を浴びるようになったのは、何よりもスピードを重視して動いてきたからです。アイディアをすぐに形にしてマーケットに出し、マーケットの声で商品を育ててきました。何よりもスピードを持ってドクターの声を反映させてきたので、ドクターにとって価値が分かりやすい商品に育ってきたのです。
日本の医療は「有限」だからこそ、テクノロジーで守っていかなければならない
――ネクステートが爆発的に普及し始めて、ドクターからはどんな声が届いていますか。
お客さんの反応で特に嬉しいのは、わざわざ電話番号を探して「よくこんな商品を作ってくれた」とお礼を言ってくれることですね。それも、わざわざ電話をしてくれるのは一人や二人ではありません。「世のため人のため」と言うのは恥ずかしいですが、感謝の言葉を言われるのが私含めてスタッフたちの一番のモチベーションになっています。
また、中にはネクステートをテーマに論文を書きたいと言ってくれるドクターもいます。ドクターたちはエビデンスがほしいですし、私達も論文を書いてもらえれば商品に活かせるので、Win-Winの関係になっていますね。
――今後の展望についてもお話を聞かせてください。
まずは海外に打って出ようと思っています。体の音を聞いて診察する技術は、医学の基礎として世界中どこでも同じように行われています。ですので、日本のドクターが抱えていた課題は、世界中のドクターも同じように課題に感じています。ネクステートを使えばドクターが診察をしやすくなるだけでなく、体の音を分析、記録することで医学の発展にも繋がるはずです。
コロナショックが起きる前は、海外進出は来年以降だと思っていましたが、今回のような事例があったので、かなり前倒しで考えています。実は既に中国の病院やデンマークの大学から、導入の問い合わせを頂いています。日本では緊急事態宣言が解かれて、収束に向かっている雰囲気がありますが、これから必ず第二波が来ますし、それは世界も一緒です。夏までには迎撃体制を整えるためにも、国内での社会実装と世界展開を進めていきたいですね。
――最後に、アフターコロナで医療に関して変わることはどんなことでしょうか?
日本人の「医療」に関する捉え方が変わると思います。日本では「皆保険」が整備されているため、日本人は蛇口をひねれば出る水のように「無限の資源」だと思っていた節がありました。しかし、日本でもこれだけ医療崩壊が危惧され、医療現場のギリギリの状況がメディアに映し出されたことで、医療は「有限の資産」であって自分たちで守っていかなければならないことに気づいたと思います。
国民ひとりひとりの意識が変わることはもちろん、テクノロジーで医療業界を守っていく動きもこれから現れるのではないでしょうか。ネクステートをそういった動きを牽引する存在にしていきたいですね。
編集後記
わずか5名のシェアメディカルが、開発から200年変化のなかった聴診器に変革を起こした。それは、社会を変えるのに大きな資本や多くの社員が必要ないことを証明したと言えるだろう。「世のため人のため」というマインドと、優れたビジネスコンセプトがあれば、必要な技術は自然と集まってくる、そう考えさせてくれる取材だった。
既に日本でもコロナショックの第二波が起こり始めているが、医療従事者たちを守るためにも、業界の変革は欠かせないだろう。ネクステートを皮切りに、医療業界のオープンイノベーションが進むことを期待せずにはいられない。
(取材・文:鈴木光平)