ドローン社会に先駆けて、空の交通インフラを創る―NTT Com×メトロウェザーによる共創プロジェクト
2019年1月、同社初となるオープンイノベーションプログラムをスタートさせたNTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)。共創パートナーとして6社を採択し、現在6つのプロジェクトを進めている。去る8月29日には、その途中経過を発表するイベントも開催(※)。約300人もの来場者が注目する中、各チームによるピッチが行われた。
ピッチでは、審査員によって選ばれる「最優秀賞」「審査員特別賞」のほか、来場者の投票によって決定する「オーディエンス賞」も用意され、「オーディエンス賞」には京大発ベンチャー・メトロウェザー株式会社との共創プロジェクト=『鉄塔を活用した小型ライダーの展開による風況データ活用の実現』が選ばれた。(メトロウェザー株式会社は「オーディエンス賞」と「審査員特別賞」のダブル受賞)
今回eiiconでは、圧倒的な得票で「オーディエンス賞」を獲得した、メトロウェザーとの共創プロジェクトを取材。来場者の関心をわしづかみにした共創プロジェクトはどのように誕生したのか?共創の背景や中身、両社が見据える未来について、テーマオーナーであるNTT Com 平川氏、メトロウェザー株式会社 CEO 東氏、共同創業者 古本氏の3名からお話を聞いた。
※イベントレポート記事:世界屈指の通信インフラを活用したNTT Comのオープンイノベーション―遂にベールを脱いだ「6つの共創プロジェクト」を紐解く
<左→右>
【写真左】 メトロウェザー株式会社 取締役 ファウンダー 古本淳一氏/博士(情報学)・技術士(応用理学)
【写真中】 メトロウェザー株式会社 代表取締役 CEO 東邦昭氏/気象予報士・博士(理学)
【写真右】 NTTコミュニケーションズ株式会社 サービス基盤部 平川裕樹氏
遊休資産化する鉄塔と、置き場を求めたドップラー・ライダー
――まず、テーマオーナーであるNTT Com・平川さんから、「鉄塔や無線中継所を活用した新たなサービス」をテーマとして提起された背景について、現在の業務内容なども含めてお伺いしたいです。
NTT Com・平川氏 : 私はサービス基盤部という、鉄塔や無線中継所を含めた通信における基盤設備を管理している部署に所属しています。これまで、鉄塔や無線中継所は、無線の設備を置く場所として活用されてきました。しかし、近年、光ケーブルが主流となったことで、本来の用途での活用機会が減ってきています。
だからといって、撤去するにはコストがかかりますし、立派な設備でもあるので、何か新しい用途で使えないか、活用することで新しいビジネスを創出できないか、と模索していました。そんな時に、本プログラムの事務局からテーマの公募があり、「これは良い機会だ」と考え、このテーマを提起しました。
――社内だけではなく社外へも門戸を開くことで、活用の幅は広がりそうです。では、メトロウェザーさんにお伺いします。このプログラムに応募しようと思った理由やきっかけについて教えてください。
メトロウェザー・東氏 : 私たちは、ドップラー・ライダーという風況データを取得できる装置を開発しているベンチャーです。2015年に、京都大学で得た研究成果を社会実装していきたいとの思いから、古本と私で創業しました。創業から数年間は、ドップラー・ライダーの開発、とりわけ小型化に注力してきました。プロダクトはおおむね仕上がったので、次のステップとして、ドップラー・ライダーの設置場所を探しているフェーズでした。
建物のできるだけ高いところが理想だったので、ビルの屋上などをターゲットに探していたところ、当社の出資者でもあるリアルテックファンドさんから、このプログラムのことをご紹介いただいたんです。「鉄塔や無線中継所も設置場所になりえるチャンスだ」と考え、教えてもらったその日に応募をしました。
――即断ですね(笑) まさに鉄塔や無線中継所のような、“高所にある設置場所”を、探しているタイミングだった、ということですね。ちなみに、ドップラー・ライダーはどのような経緯で開発に至ったのでしょうか?
メトロウェザー・東氏 : 大学で研究していた頃から、私たちがターゲットにしていたのは下層大気です。高層大気の研究は進んでいましたが、下層大気についてはデータの取得が難しいことから、研究が遅れていました。当初は、気象レーダーとして一般的な「電波」を用いて、下層大気のデータ取得を試みていたのですが、電波では下層大気を扱うことはとても難しい。失敗ばかりで、なかなか思い通りに進まなかったんです。
どうすべきか悩んでいる時に、古本から電波ではなく「光」に変えるべきだというアイデアが出ました。私は予報やシミレーションが専門なので、ハードや工学には詳しくありません。古本に「そんなことできないですよ」と言ったら、「できないじゃない、仕事だからやるんだ」と言われて…(笑)。そこから赤外線を使ったドップラー・ライダーの開発がスタートしたというわけです。
――なるほど。平川さんにお伺いしますが、「鉄塔や無線中継所を活用した新たなサービス」というテーマだと、さまざまなアプローチ方法があったと思います。その中で、メトロウェザーさんを共創パートナーに選ばれた理由は?
NTT Com・平川氏 : 風をテーマにしたサービスは、ありそうでない。直感的に「おもしろそうだな」と感じました。私たちの持つ鉄塔や無線中継所と、メトロウェザーさんのドップラー・ライダーを掛け合わせると、世の中にない、尖ったおもしろい事業を生み出せるのではないか――そんな視点で選ばせていただきました。
本音での議論が、大企業・ベンチャー間の溝を埋める
――4月から共創プロジェクトが始まり、約5カ月目になりますが、現在の進捗や今後の予定について教えてください。
NTT Com・平川氏 : まずは、当社の保有する鉄塔にドップラー・ライダーを設置して、リアルタイムかつ立体的に風のデータを取得するところからのスタートになります。11月までに六甲山にある当社の鉄塔にドップラー・ライダーを設置し、実際に風況データを取得するPoCを行う予定です。事前調査を行い、置く場所は問題なさそうです。データを取得した後は、データの視覚化・ビジュアル化を進め、さらに業界ヒアリングを行いながら、サービスを使ってくれそうな企業を見つけにいく予定です。
当社としては、ただ設置する場所貸しに留まらず、本業である通信とも紐づけていきたいと考えています。たとえば、オンラインでリアルタイムにデータを出力するにはネットワークが必要ですし、データを蓄積するならサーバーも必要です。本業にも絡めながら、新しいビジネスを創出する。それに向けて、現在は一歩足を踏み出そうとしている段階ですね。
▲風況データの取得風景
――なるほど。共創プロジェクトを進める中で、直面した壁などはありましたか?
メトロウェザー・東氏 : マインドセットやカルチャーの違いには少し苦労しましたね。立場も違うし、所属も違います。大企業とベンチャーでは、アプローチの仕方やビジネスの組み立て方も大きく異なります。当初、そういった考え方の違いを、あまり話きれずに進めていたんです。それを、何かのタイミングで、私からぶつけてみたんですね。その場の空気が一瞬、凍ったんですが…(笑)
NTT Com・平川氏 : 違う会社なので、カルチャーの違いはもちろんあって、開始後2カ月程度はそれぞれが違うことを思っている状況でした。ですから、時間をかけて議論をしたんです。議論をすることで、少しずつ相互に理解が深まり、同じ方向を目指せるようになりました。メトロウェザーさんの事業成長も支援しながら、お互いWin-Winな関係をいかにつくれるか――今も模索しながら進めているところです。議論をしながら、少しずつ関係性を構築しているという感じですね。
――オープンイノベーションは、バックグラウンドがまったく異なるメンバーでのチームビルディングになるので、順調に進まないこともあります。しかし、本音で意見交換をすることで、溝は埋まってくる、と。
メトロウェザー・東氏 : はい、こちらの考えをぶつける中で、私たちベンチャーが困っていることも理解してもらえましたし、NTT Comさんが本気でベンチャー支援に取り組んでいらっしゃることも伝わってきました。ですから、信頼が増しましたね。私たちは、こういった共創プログラムに参加するのは初めてですが、NTT Comさんの場合、対等につきあっていただける点が大きな特長だと感じます。だからこそ、お互いに本音で意見をぶつけ合えるような関係性が構築できています。
NTT Com・平川氏 : 対等という観点でいうと、ドップラー・ライダーについて当社に知見はなく、メトロウェザーさんの方がプロです。こちらから一方的に進めるものではありません。そういうところもあって、「一緒にやっているんだ」という進め方ができているのだと思います。私ももちろんですが、プログラムの事務局や会社にも、「パートナー企業と一緒に成長していきたい」という思いが強くあります。ですから、共創パートナーが進めやすい環境や雰囲気をつくっていけるよう、常に意識しています。
▲NTT Comのオープンイノベーションプログラムの中間発表会を兼ねたイベント『OPEN INNOVATION DAY』(8/28開催)では、「オーディエンス賞」と「審査員特別賞」のダブル受賞を獲得した。
世の中の関心の高さは、当初の予想を遥かに超える
――先日開催されたピッチでは、6つの共創プロジェクトの中から見事「オーディエンス賞」を受賞されました。圧倒的な得票での受賞だったと聞いています。率直な感想をお伺いしたいです。
NTT Com・平川氏 : メトロウェザーさんを共創パートナーに採択させていただいた時、この事業の将来性までは深く考えていませんでした。どちらかというと、真新しさやおもしろさから選ばせていただいたんです。ところが、蓋を開けてみると、実は世の中に大きなニーズがあることが分かりました。それに気づけたことが、今回の受賞による大きな収穫ですね。「これは、発展させられるビジネスになりそうだ」という期待を膨らませているところです。
プログラムとしては11月で検証期間は終わりますが、個人的にはそこで終わるつもりはありません。六甲山の鉄塔でPoCを実施し、風況データを取得して、それを視覚化する。同時に業界ヒアリングも進めながら、11月までにはしっかり地固めを行いたいです。そして、会社として“これは事業としてやらないわけにはいかない”という状況にまで持っていきたいですね。
――イベント当日は、来場者の皆さんと交流する時間も設けられましたが、どんな声が寄せられましたか?
メトロウェザー・東氏 : 「立体的な風のデータに興味がある、ぜひほしい」という声が多かったです。分野限らず、風況データに対して高い関心があることに驚きました。空をビジネスとして、いかに活用していくか、という議論が世の中で高まってきていると感じました。一方で、「期待されているので、しっかりと成果を出さなければならない」と、身の引き締まる思いでもいます。
NTT Com・平川氏 : 注目されている分、プレッシャーは感じますね(笑)。
――業界ヒアリングも同時並行で進めていらっしゃるとのことでしたが、まずはどういった業界にフォーカスしていくご予定ですか?
メトロウェザー・東氏 : 現段階では、業界の絞り込みはしていません。さまざまな業界に対してヒアリングすることで、各業界でお困りのペインを探している状況です。ペインに対して刺さるソリューションを提供することが、ビジネスに直結すると考えています。ですから、さまざまなペインを見つけ、それぞれを掘り下げていく――そんな展開の仕方を考えています。
一方で、ピッチでもご紹介した通り、ドローン業界には注目しています。なぜなら、これから加速度的に成長することが見込まれている業界ですし、新しく生まれつつあるマーケットなので、入り込みやすいはずです。早い者勝ちのマーケットだと思うので、このタイミングを逃さないようにしなければ、という思いもあります。
「風を制し、空の安全を守る」――空に交通インフラの構築を
――最後に、10年後、20年後、どんな未来を描いていきたいのか。この共創プロジェクトによって実現したい世界観について教えてください。
メトロウェザー・東氏 : 「空のデータについては、われわれに任せろ」という状況を、国内のみならず世界でつくっていきたいですね。そのためには、ドップラー・ライダーを様々な場所にたくさん置く必要があります。ビルの屋上には必ずドップラー・ライダーがあって、周囲の風をセンシングしている状態を目指しています。
メトロウェザー・古本氏 : 2023年頃には、ドローンが本格的に実用化されると言われていますが、万が一にでもドローンが落ちてきたら凶器となりえます。大惨事になる可能性もあるでしょう。私たちのやろうとしていることは、安全に空を飛行するためのソリューションを提供すること。解決できるメニューを提示できるようにしたい。ですから、風のデータを活用して、ドローンが安全に飛行できる最適なルートをいかに構築していくかが重要だと思います。
かつては、自動車も走る凶器と言われてきました。ですが、現在は交通のインフラとして機能しています。時代を経て、道路の安全が確立されてきたように、空の安全はNTT Comさんと私たちでつくっていく――そんな未来を考えていますね。
NTT Com・平川氏 : 私の描く未来も、お二人が思っている通りです。まずは鉄塔や無線中継所からアプローチしつつ、カバーできない場所については、当社以外の企業や団体とも連携して、ドップラー・ライダーを置いていきたい。そして、空に道をつくることが最終ゴールだと考えています。
取材後記
自動車には「道路」があり、飛行機には「航空路」がある。今後、その数が増えるであろうドローンや空飛ぶ車には、「低空路」なるものが必要となることは必然だ。低空路の研究は進んでいる一方で、「風」からのアプローチはあまり耳にしない。今回の共創プロジェクトは、鉄塔や無線中継所を使って風況データを取得することで、ドローンなどが安全に運行できる空の道づくりを目指す、非常におもしろい取り組みだと感じた。
平川氏の話す通り、今まさに「一歩足を踏み出そうとしている段階」。これからの歩み次第では、大きなビジネスとなる可能性は大きい。この共創プロジェクトから、どんな未来が生まれるのか、今後の動向が楽しみだ。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:加藤武俊)