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愛知県信用保証協会主催のオープンイノベーションプログラム『TOPPA』が愛知の中小企業にもたらした変化と進化――進捗報告会密着レポート
愛知県信用保証協会は2024年度、愛知県内の中小企業・小規模事業者の新規事業開発実現に向けたオープンイノベーションプログラムを開始した。移り変わりの激しい時代の中で意図的に社外プレイヤーと手を携えて自社の限界を“突破”し、新規事業開発に挑むことから『TOPPA』(突破)と名付けられた本プログラムを、eiiconは運営支援している。
2024年7月のプログラム説明会、8月のワークショップを通じ、ホスト企業として株式会社北川組、共立産業株式会社、株式会社トラストの3社が決定。TOMORUBAでは、ホスト企業3社に対して共創テーマやプログラムに対する意気込みについてインタビューを実施した(※)。その後、新規事業を目指す共創パートナー企業探索とインキュベーション期間を経て、2025年2月17日に進捗報告会が開催された。
【愛知県内ホスト企業3社と共創テーマ】
●株式会社北川組(建設)/「建設業界における新しい研修システムの共同開発」
●共立産業株式会社(自動車部品物流)/「後世に思い出や生きた証を遺すサービスの構築」
●株式会社トラスト(人材派遣)/「従業員の離職防止に向けた取り組み/障がい者に対する就労支援」
――本記事では、主催者である愛知県信用保証協会において『TOPPA』の事務局を担う4名のインタビューと共に、ホスト企業3社が登壇した進捗報告会の様子をお届けする。
※インタビュー記事:愛知県中小企業×全国のパートナー企業で新たな価値創造を!愛知県信用保証協会による共創プログラムが始動――建設・自動車部品物流・人材派遣といったホスト企業3社が掲げるテーマを深掘り
【事務局インタビュー】 「共創」による新規事業創出に向け、歩を進めていく
●『TOPPA』プログラム全体の振り返りと成果
――2024年夏に始まった『TOPPA』ですが、現状までを振り返っていかがでしょうか。
日比野氏 : 私ども愛知県信用保証協会では、今回の『TOPPA』について、3つの目的を掲げていました。まず、その目的と成果についてお話しします。
1つ目は、直接的な成果として、新しい技術や製品・サービスを生み出したいということでした。短期間であるため、難しさを実感しましたが、進捗報告会では今後に期待できる内容を発表していただきました。eiiconからは「テーマ設計が非常に重要で時間がかかる」とアドバイスをいただきましたが、実際に進めてみて本当にそうだと感じましたね。
2つ目は、中小企業者の方の知識ノウハウの蓄積や人材育成などにつなげること。この点に関しては、セミナーには多くの方々に出席していただき、オープンイノベーションの意識醸成につながったはずです。またワークショップでは、共創による新規事業開発のテーマ策定プロセスも学んでいただけたと思います。
3つ目は、協会として新たな経営支援のノウハウを獲得したいということでした。協会の従来の経営支援は、現在の経営課題の改善に対する取り組みがメインになりますが、今回のプログラムは、将来の収益源とするための新規事業開発を支援するものです。実際取り組んでみて、新規事業開発の支援においては、問題点やリスクなどのマイナス面より、企業の特徴や強みといったプラス面を重視するという認識を持つことができるようになりました。
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▲愛知県信用保証協会 経営支援部経営支援課 担当課長 兼 地域連携課担当課長 日比野充氏
――ホスト企業3社を担当した硯見さん、沖田さん、小野さんはどのような感想を持ちましたか?
硯見氏 : 新規事業開発支援は、これまでの業務ではほとんどしたことがありませんでした。答えのないなか、議論を詰めていくことに慣れておらず、時に停滞してしまうこともありました。そんな時に、eiiconの方々が新規事業創出のフレームワークやオープンイノベーションの考え方について適宜サポートをしてくださったことがとても新鮮で、学びになりましたね。
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▲愛知県信用保証協会 経営支援部経営支援課 主任 硯見亮太氏(※北川組を支援)
沖田氏 : 受発注の関係性ではなく、win-winの関係になれるよう「共創」をしていくという点が、これまでになく一番難しさを感じました。とはいえ、ホスト企業やパートナー企業それぞれが悩みながらも本当に楽しそうに打ち合わせをされているように見えて、こちらも嬉しくなりました。良い取り組みになったと思います。
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▲愛知県信用保証協会 経営支援部経営支援課 係長 沖田清華氏(※共立産業を支援)
小野氏 : オープンイノベーションにおけるマッチングの難しさを痛感しました。当然ですが、頭で思い描いた通りのパートナー企業は存在しません。そのなかで、まったく想定しない角度でのアプローチもあり、非常に刺激と面白さを感じられました。
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▲愛知県信用保証協会 経営支援部経営支援課 主任 小野晃平氏(※トラストを支援)
●ホスト企業3社、取り組みの進捗状況と変化
――本プログラムでは、株式会社北川組(建設)、共立産業株式会社(自動車部品物流)、株式会社トラスト(人材派遣)の3社のホスト企業の事業共創を進めてこられました。2024年夏にセミナーやワークショップを開催してから現在に至るまで、ホスト企業はどのように変化していったのでしょうか。それぞれ状況を伺いたいのですが、まず北川組を支援・伴走した硯見さん、お願いします。
硯見氏 : 北川組の共創テーマは、「建設業界における新しい研修システムの共同開発」です。はじめは抽象度の高いテーマだったのですが、同業他社も含めたアンケート調査や面談を行って、課題を具体化していきました。
建設業界では様々な工程がありますが、各工程管理における研修設計ができていないという所まで課題を特定できたため、北川組はかなりこの事業に対する本気度が高いと感じました。具体的な研修内容の組み立てについてはこれからになりますが、共創先との新規事業開発に期待したいと考えています。
――次に、共立産業を支援した沖田さんお願いします。
沖田氏 : 「後世に思い出や生きた証を遺すサービスの構築」をテーマに掲げた共立産業ですが、非常にアイデアが豊富で、社長の吸収力もとても高い企業です。ただ、やりたいことがありすぎて、最初は方向性が絞り切れていませんでした。
eiiconからも「マネタイズ」という言葉が頻出していたのですが、プログラムが進みスタートアップと接するうちに、「自社がやりたいこと」から「共創相手が求めていること」「想定顧客が何にお金を払うのか」といった事業化や収益化視点が加わり、対象を絞り込むことができたと思います。
その点は、今回の新規事業のみならず、既存事業にも生きていくのではないかと感じました。また、社長が様々なことを素直に取り入れて自社の力にしていく姿勢が素晴らしく印象に残りました。
――では、トラストを担当した小野さんはいかがでしょうか。
小野氏 : トラストは、「従業員の離職防止に向けた取り組み/障がい者に対する就労支援」をテーマに共創の取り組みを進めました。共創パートナーを探す軸としていたのは、単なるビジネスではなく、社会貢献につながる協業であることです。その軸をしっかりと持って探したパートナーであれば、今後にも期待できると考えています。
また、トラストの担当者である小林さんが「多くの企業と接点を持ったことで、新たな気付きがあった」「他社から見る自社を知ることで、課題の見え方も変わってきた」とおっしゃっていました。今回のプログラムに参加したからこそ、新たな視点を得られたのではないかと思います。
●形を変えながら、「TOPPA」は今後も続いていく
――愛知県信用保証協会として、今後のサポート体制や展望についてお聞かせください。
日比野氏 : 愛知県信用保証協会は、2025年1月に基本理念を策定しました。その理念とは、「私たちは、『中小企業のベストパートナー』として、事業者の皆さまとともに挑戦します。」、「私たちは、金融支援と経営支援に真摯に取り組み、事業者の皆さまとともに成長します。」、「私たちは、地域経済の発展に貢献し、事業者の皆さまとともに豊かな未来を創ります。」です。
この理念に基づき、今後もホスト企業3社の支援を継続していきます。eiiconに運営支援していただいている現在の体制は年度末で一区切りとなりますが、『TOPPA』プログラムが完全に終了するということではなく、協会がフォローアップしていく新たなフェーズに移行するということです。
協会には、金融支援、経営支援のノウハウが豊富にあります。今回、eiiconとのプログラム運営で新たに得た知見や視点も活用しながら、私たちにしかできないオープンイノベーションプログラムを引き続き提供できるよう、挑戦していきたいと考えています。
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【進捗報告会レポート】 ホスト企業3社が磨き上げた事業案の進捗を共有
ここからは、約2カ月のインキュベーション期間を通じて事業を磨き上げてきたホスト企業3社による進捗報告会の模様を紹介する。パートナー企業の探索や面談、選定したパートナー企業との共創検討、周囲のバックアップ・サポートなどを通して、北川組・共立産業・トラストは新規事業案をどのようにブラッシュアップさせてきたのだろうか?
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▲2/17に愛知県信用保証協会・本店(名古屋市)で開催された進捗報告会
●株式会社北川組(建設)
共創テーマ「建設業界における新しい研修システムの共同開発」
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▲株式会社北川組 代表取締役 北川尚子氏
創業150年を超える北川組は、数多くの民間工事を請け負う総合建設会社だ。昨今の人手不足や高齢化は、建設業界全体が憂慮する深刻な問題であり、建築工事に関して豊富な知見を有する北川組でも、若手や未経験者に対してノウハウを効率的に伝えるための教育・研修制度の整備が課題となっていた。
このような課題の解決を目指すべく、北川組は「建設業界における新しい研修システムの共同開発」をテーマに掲げて共創パートナーの募集を実施。11社のパートナー候補と面談を行った結果、ARグラスやAI技術を活用した学習ツールを開発する企業、マインドや能力を高めるボードゲームを開発する企業、知識やマインドを掛け合わせた研修開発を行う企業、これら3社との協議を継続中であると発表した。
北川組は新規事業の方向性についてもブラッシュアップを重ねている。事業の顧客としては、「現状のOJTや属人的な教育体制に不安を抱えている中小ゼネコン」に加え、「現場でのリアルな教育が実施できていない建築学科の教員」もターゲットに想定しているとした。また、事業開発についての具体的な進め方に関しては、「工程管理・安全管理・品質管理・原価管理の4軸をベースに検討する」「知識とマインドの2軸で検討する」「一人で予習復習できるツール(知識学習)」「マインドスキルがアップするツール(マインド学習)」など、7つの指針を紹介した。
今後のロードマップについては、2025年内に社内の合意形成と市場調査を並行して推進。同年5月からは現場担当者へのヒアリング・知識の棚卸を実施。2027年初頭よりツール開発に入り、同時に社内での実証実験も進めていくとした。
北川組の北川代表は、「パートナー確定にまでは至っていないが、『TOPPA』での様々な取り組みを通して、新規事業を進めていく上で必要な考え方や取り組むべきことへの理解を深めることができた。今後もやるべきことを明確にし、課題解決に向かっていきたい」と新規事業創出への熱意を述べた。
●共立産業株式会社(自動車部品物流)
共創テーマ「後世に思い出や生きた証を遺すサービスの構築」
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▲共立産業株式会社 代表取締役 鈴木勇雄氏
愛知県安城市で自動車部品の物流事業・生産支援事業を営む共立産業は、鈴木代表のアイデアから生まれた「後世に思い出や生きた証を遺すサービスの構築」に取り組んでいる。
同社の新規事業は、二次元コードを取り付けたアクリルスタンドからWebやクラウド上に記録された本人の思い出にアクセスするプロダクトアイデアが出発点となっている。ただし、鈴木代表は今回の『TOPPA』を通じて、基本プロダクトのコアアイデアにとどまることなく、「プロダクトに載せるイラスト、アクリルスタンドを中心とするグッズ展開、記録を残すWebなど、幅広い切り口から共創パートナーを探した」と説明した。
現状では、AI技術に強みを持つスタートアップや位置情報ログを収集するスタートアップなど、共創・受発注関係も含めて複数の企業や個人との協議を進めているという。また、これらの企業との赤ちゃんの誕生段階からのライフログ作りや、漆塗り工芸品企業との高級仕様の試作品検討も進んでいると発表した。
事業のマイルストーンとしては、今後3〜9カ月程度で事業立ち上げの準備と試験運用を実施。事業開始後は初期顧客の獲得と販路拡大を行い、1〜2年目で売上拡大・事業の安定化、3〜5年目で事業のスケールアップを想定。事業開始から5年で売上2億円、ユーザー数8千人を目指し、「誰もが自分の想いを後世に遺せる世界を創り上げる」というゴールイメージを実現していくという。
鈴木代表は、様々なパートナー候補との面談や事業共創の取り組みを通じて、自分の考えを相手に伝えることの難しさや、自分が正しいと感じていたことへの不確実性に気づき、仮説検証や価値実証、概念実証の重要性に気づいたという。最後に鈴木代表は「実際に様々な人の意見を聞き、体験し、行動を起こすことによってアイデアを具体化していきたい」と結び、今後の事業創出への意欲をアピールした。
●株式会社トラスト(人材派遣)
共創テーマ「従業員の離職防止に向けた取り組み/障がい者に対する就労支援」
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▲株式会社トラスト 執行役員 営業推進室 室長 小林伸吾氏
人材派遣・紹介・業務請負を中心とする総合人材サービスを展開するトラストの小林氏は、「従業員の離職防止に向けた取り組み」「障がい者に対する就労支援」という2つのテーマを掲げて『TOPPA』に参加した。
小林氏は『TOPPA』の始動後、2つのテーマについて20社のパートナー候補と面談を実施。現在は「従業員の離職防止に向けた取り組み」に関して2社との共創を進めている。そのうちの1社は、女性講師陣による女性コーチングなどの研修サービスに強みを持つ企業であり、トラストの顧客に対する研修企画を提案中であると報告した。実際に静岡県の有名飲食チェーンとの協議も進んでおり、複数社が参加できる集合研修型のサービスを検討しているという。
また、従業員サーベイサービスを提供する企業とは、同社のサーベイに関するノウハウと、トラストのノウハウを紐付けたサービス開発での共創をイメージしており、現在はトラストの派遣スタッフへのテスト導入を調整中であるとした。
もう一方のテーマである「障がい者に対する就労支援」については、パートナーとの共創には至っていないものの、『TOPPA』での経験で学んだオープンイノベーションの発想を応用することで、これまでにない価値を提供する障がい者就労支援サービスの構築を進めていると発表した。
具体的には、障がい者の就労トレーニングを担っている就労移行支援事業所の強み、トラストが有する企業とのネットワーク、さらには強力な発信力を持つ著名インフルエンサーとのコラボレーションを想定しているという。まずはトラスト自身が自社で障がい者を雇用することからスタートし、5〜10名の採用を行った上でノウハウを蓄積。自社内でのストーリーを含めて顧客への提案を行っていく方針だ。
最後に小林氏は『TOPPA』での取り組みを振り返り、「社外には自分たちの知らないサービスがあふれており、オープンイノベーションも含めて様々な選択肢を持つことが大切だと感じた。そして、新規事業を推進するには、何よりも自分自身の熱量やワクワク感がもっとも重要であると感じた」と語り、報告を締め括った。
●進捗報告会総括――社内に失敗を許容・賞賛する文化を醸成することも重要
ホスト企業3社による進捗報告後、eiiconの伊藤達彰氏が総括を行った。新規事業は、失敗することの方が多い。そのため、現実的な撤退ラインも設定しつつ、社内で失敗を許容・賞賛する文化を醸成することが重要であると説明した上で「これからも失敗を恐れずに挑戦を続けてほしい」と3社へメッセージを送った。
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▲株式会社eiicon 執行役員/地域戦略事業本部 本部長 伊藤達彰氏
また、閉会の挨拶を行った愛知県信用保証協会の柘植貴文氏は、関係者への謝辞と3社への激励の言葉を送り、「当協会では今年1月に“中小企業のベストパートナーとして事業者の皆さまとともに挑戦する”という新たな基本理念を策定した。今後も“まずはやってみよう”という精神で、皆さんと共に様々な挑戦をしていきたい」と述べ、挨拶を締め括った。
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▲愛知県信用保証協会 経営支援部 地域連携課 課長 柘植貴文氏
取材後記
新規事業テーマの設定やパートナー企業の募集開始から数カ月しか経っていないものの、ホスト企業3社の事業案は予想以上にブラッシュアップされ、事業化に向けての具体的な取り組みが進んでいることに驚かされた。3社の登壇者それぞれが語っていたように、この数カ月間での様々なスタートアップとの出会いは、自分たちの事業案の実現性・妥当性・収益性などについて、改めて磨きをかけるための契機となったようだ。また、トラスト社は、『TOPPA』で得たオープンイノベーションの考え方をベースに就労移行支援事業所と共に事業創出に挑むなど、ホスト企業各社が新規事業創出に関するノウハウを身に付けつつあることも感じられた。3社の事業創出はまだまだスタートしたばかりだが、今後の動向にも引き続き注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵・佐藤直己、撮影:齊木恵太)