【ICTスタートアップリーグ特集 #16:Dots for】アフリカ農村部に安価で快適な通信環境を。Dots forがベナンから泥臭く仕掛ける勝ち筋
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回はアフリカ農村部に向けて通信インフラを安価に提供する事業を展開している株式会社Dots forを取り上げる。アフリカ農村部をターゲットにした経緯や、勝ち筋がどこにあるのかなど、アフリカ大陸西部・ベナン在住の代表取締役CEO 大場カルロス氏に話を聞いた。
▲株式会社Dots for 代表取締役CEO 大場カルロス 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■眞田幸剛(株式会社eiicon TOMORUBA編集長)
・アフリカの国々には投資が集まり経済発展やデジタル化を遂げています。しかしながら、そうした発展は都市部に限定されており、地方農村部ではデジタル化を始めとした様々な課題が未解決のままです。このような課題を解決すべく、Dots forでは無線技術「メッシュネットワーク技術」を活用して、村の中に無線ネットワークインフラを圧倒的安価・短期間に構築する分散型通信『d.CONNECT』を展開。地方にいても都市や先進国と遜色ない生活を送れる世界をアフリカの全農村に広げるべく、事業を推進しています。
・現在、代表・大場氏自身がアフリカ西部のベナンに移住して拠点を構え、地方農村部へ営業を行い、すでに100の村へ『d.CONNECT』の導入が完了。
・Dots forは、日経ソーシャルビジネスコンテストやグロービスG-STARTUP (6th batch) で優秀賞を受賞。さらには、松竹ベンチャーズ・アクセラレータープログラムに採択されるなど、国内企業の共創・オープンイノベーションにも取り組んでいます。
途上国を旅して目にした「通信に繋がること」への強い欲求
ーーDots forを起業した経緯や、アフリカ農村部のインフラをターゲットにした事業をスタートしようと考えた背景などを教えてください。
大場氏 : プライベートな話なのですが、私の母が60歳で亡くなりまして、母は40年間中学校の教師として働いていました。葬式の時に40年間の生徒たちが集まって母の死を悼んでくれた姿をみた時に、母が人生をかけて世の中に残したインパクトはこの生徒たちだなと思いました。では、自分が残せるインパクトは何があるのかと日々考えていたことが起業のきっかけとしてあります。
また、私はバックパッカーとして休みが取れればその度に世界を旅して回っていました。100カ国くらい訪れましたが、そこで感じたのは先進国と発展途上国との差です。中でも途上国の地方エリアは、我々にとって当たり前のことが彼らにとってはそうではないわけです。特にアフリカの農村部に滞在しているとき、こうした課題を強く感じました。
ーーDots forではアフリカ農村部に向けて通信インフラを安価に提供する事業を展開しています。なぜ、通信にフォーカスしたのでしょうか。
大場氏 : 通信の領域に関心を持ったのは10年前にキューバを旅したことがきっかけです。キューバの人々が、首都のハバナに2ヶ所しかないWi-Fiスポットへ30分接続するためだけに少ない収入の3割近くもするプリペイドのSIMカードを買っていたのを目の当たりにしました。「繋がる」ことへの欲求が強い彼らを見て、今のビジネスモデルの着想を得たという経緯があります。
10年前は採算が取れそうになかったため断念したのですが、近年また調査してみると通信デバイスの価格も非常に安価になっていて、これなら採算性があると思いました。「アフリカの農村部のラストワンマイルの通信」をターゲットにしているという意味では参入している競合も少ないため、勝ち筋があると考えて起業に至ったのが背景です。
通信はインフラを整えればリターンが早く返ってくる領域
ーー大場さんは前職でアフリカの小売店プラットフォーム事業を展開するWASSHAに勤めていらっしゃいましたが、それも起業に影響しましたか?
大場氏 : そうですね。水がない、電気がない、という課題に対してソリューションを提供するという意味でWASSHAのやっていることには共感していました。ただ、水や電気のインフラを整備しても、投資に対するリターンが出るまでに時間がかかるという部分に課題を感じていました。
例えば「電気が使えるから勉強できるようになった」として、そのリターンが返ってくるのはその子が社会人になってからです。もっと早くリターンが出る領域はなにか、と考えた時に通信が良いだろうと考えました。Dots forを起業し、事業を運営するにあたって、WASSHAでの経験は大いに活かせていると思います。
ーー社名になっている『Dots for』にはどのような思いが込められていますか。
大場氏 : スティーブ・ジョブズの有名なスピーチに「Connecting The Dots(点と点をつなげる)」というものがありますが、我々はこの「Dots」を「農村部に住んでいる人」や「農村」と捉えています。どうやってそれらの点と点を繋げて彼らの生活を変えるかが僕らのミッションになっていますから、例えば「Dots for ベナン」「Dots for セネガル」といったように、国や地域のDotsを繋げるという意味が込められた社名になっています。
ベナンにビジネスチャンスを見出した理由
ーーご家族とベナンに移住して暮らしているそうですが、広いアフリカの中からベナンを選んだ理由はどこにあるのでしょう。
大場氏 : はい。僕らは今、妻と子供たちと一緒に家族全員でベナンに移住しています。
理由の一つはアフリカの中でもベナンは通信料金の高さが1、2を争うことです。どのくらい高いかというと、1ギガあたり500円くらいで、これは日本と同じくらいです。GDPが日本よりもはるかに低いベナンで日本と同じ単価ですから、農村部の人々の多くは通信を使えていないのではと考えました。
二つ目の理由は政治が安定していることです。新しい大統領が改革を進めている最中で、海外企業の呼び込みやスタートアップ支援も推進しています。
三つ目の理由として、為替が安定していることがあります。ベナンでは西アフリカ共通の通貨を利用していますが、為替がユーロと固定されているため為替変動リスクが少ないです。
こうした理由からベナンを選びました。現地に法人を設立して、プロダクトを立ち上げて、すぐに現地の人々に使ってもらってフィードバックを得ることができる環境です。また、ベナンの隣国にアフリカ最大の人口をかかえるナイジェリアがありますが、ベナンで成果が出せればナイジェリアにも進出しやすいという地理的なメリットもあります。
泥臭く、村に対して営業しながら市場を開拓
ーー次にプロダクトについて教えてください。Dots forでは『d.CONNECT』という分散型無線ネットワークを構築していますが、事業の状況はいかがでしょうか。
大場氏 : 現在、ベナンで100を超える村で導入されています。ユーザーからのフィードバックとして「これまで通信がまともに繋がらなかったが、d.CONNECTによって動画がサクサク見れるようになった」という声をもらっていますし、しっかりとマネタイズも進んでいます。
ーー通信環境がなかった村民にとっては画期的でしょうね。営業活動はどのようにしているんですか。
大場氏 : 泥臭く、ひとつひとつ村を回って村長さんに許可をもらっています。現在はBtoCのビジネスモデルでやっていて、個人からお金を受け取るというのはやはりハードルが高いと感じます。「ないお金は払えない」というユーザーがお金を稼げるように貢献できないかと考えた結果、契約者向けのコンテンツとして職業訓練の動画を配信する施策を実施しています。
ーーBtoBのビジネスモデルは検討しているのでしょうか。
大場氏 : はい。メーカーと協業して我々がマーケットプレイスとなり、d.CONNECTの契約者が安く資材などを購入できる仕組みを構築しています。交渉力のない地元の個人事業主にとってはメリットになるはずです。
ーー日本の企業との共創などはありますか。
大場氏 : 2023年12月にプレスリリースがでましたが、松竹ベンチャーズのアクセラレータープログラムに採択されまして、松竹が持つコンテンツをDots forの契約者に対して配信する試みが進んでいるところです(※)。
他にも、日本の芸能事務所と協力して日本アーティストのミュージックビデオをベナンやセネガルで配信したり、日系メーカーの商品をマーケットプレイスで販売する計画もあります。このように、「日本のコンテンツやプロダクトをアフリカでバズらせよう」というプロジェクトがいくつか動いています。
※プレスリリース「松竹ベンチャーズ・アクセラレータープログラム2期パートナー企業7社が決定!」(2023年12月配信)
村・町・都市の境目をなくす
ーー今後の短期的なビジョンを教えてください。
大場氏 : 現状では、農村部に住んでいる人たちは農業を営んでいますが、「自分達が食べる分を育てて、余ったら売って収入を得る」というスタイルが大多数です。月に5ドルしか稼げない人もいますし、300ドル稼ぐ人もいます。
我々は農村部に住んでいる人が「インターネットに繋がれば収入は上げられる」という成功体験を持たせてあげることを目指しています。実際に収入が上がった事例もありますが、まだごく一部なので、ここを拡大させていきたいです。
ーー最後に、Dots forが目指すアフリカの未来とはどのような世界でしょうか。
大場氏 : 村・町・都市の境目をなくすことが長期的に目指す世界です。いまはそれぞれはっきりと分かれてしまっているので、村から町、町から都市に父親や年上の兄弟が家族を置いて出稼ぎに行かざるを得ないのが現状です。Dots forはそんな現状を変えて、次の100年には村にいながら都市と同じような生活ができる世界が作れたらいいなと思っています。その土台を直近の10年で作り上げようとしています。
取材後記
Dots forは、代表の大場氏の経験や思いがビジョンやプロダクトに色濃く反映されていることが印象的だった。d.CONNECTでは通信インフラが整っていないアフリカ農村部をターゲットに、安価で快適な通信環境を提供しているが、単なるインフラの提供に止まらず、ターゲット層の収入に対してコミットしている点がユニークだ。インフラを整備して終わりではなく、その先にある豊かな生活まで見据えて泥臭く未踏のマーケットを開拓するDots forの今後の動きに注目したい。
※ICTスタートアップリーグの特集ページはコチラをご覧ください。
(編集:眞田幸剛、文:久野太一)